滅びず、絶えず、朽ち果てず
春水は騎士から距離を保ちつつ、相手の攻略法について深く思考する。そうして春水が弾き出した結論は、スピードに特化することだった。
春水は膂力を捨てて速さを取った『魔纏狼・甕星浮』を発動。トップスピードを維持し、周囲を駆け巡ることで騎士を混乱させる。
(攻撃は重い、防御は硬い。これでいて速さまであったら詰みだけど、装甲が硬い分そこまで俊敏には動けないだろ....!)
春水は翼を持ち、さらに風を操る力も手に入れた。つまり彼は、空中での極めて自由な機動が可能となっている。
更に、そこに付け加えられた超速のスピード。火力と硬さに特化した騎士では、今の彼を捉えることは至難と言っていい。
「良いだろう。俺にお前は捉えきれん。故に、俺はただお前の攻撃を受け入れよう。さぁ、どこからでもかかって来い。」
騎士は春水の攻撃に最速最短でカウンターをぶち込むため、重量のある剣を捨てる選択を取った。騎士は剣を再び地面に突き刺し、徒手空拳にて春水を迎え撃つ。
ともすれば挑発とも取れる発言を受けて尚、春水は冷静に速さで撹乱を続ける。騎士は春水の動きの線を何とかギリギリ目視し、攻撃地点を予測。
深く腰を落として鈍重に、堅牢に構える。そうして春水もまた、胸元に秘めた花を左手に握って覚悟を決め、ギアを一段階上げた。
結局春水が選択したのは、腹部ど真ん中への全力右ストレート。彼は勢いを保ったまま地面へと降り立ち、その足場を蹴り崩すかのような威力のスタートを切る。
だが、その痕跡だけで騎士は春水の攻撃位置を正確に予測。真正面を警戒し、相手の速さに合わせて勘で拳を振り上げる。
(ここまでは予想通り!!ここからが正念場っ!!」
春水は左手に力を込めて、花に溢れんばかりのエーテルを流す。すると瞬間、花は自身の身に内包できないほどのエーテルに花弁を破裂させ、圧倒的な光量を撒き散らした。
正に、天然のスタングレネード。これにより騎士は完全に視界を失い、春水の居場所を目視できなくなる。だがそれは、騎士にとって痛手足り得ない。
「元より、目で追うつもりは無い。攻撃箇所はもう理解している。今更、視界を奪ったところでどうにかなるとでも?」
騎士は拳を振り抜き、自分の腕に確かな衝撃と手応えがあったことを確信した。確実に、相手の頭蓋を打ち砕いた。そんな手応えがあった。
「それでどうにかするのがっ!!!僕の戦い方なんだよっ!!!!!!!」
無傷の春水が拳を風で加速させ、渾身の一撃を騎士の腹部へと叩き込む。その衝撃とダメージは騎士の鎧にヒビを入れ、騎士は初めて片膝を地面に着く。
春水は海木犀のスタングレネードを使用したと同時に、『魔纏狼・月蝕』を発動。
エーテル暴発の光に紛れて、その光弾を騎士の少し手前の地面に落とした。そして、その影によって生み出された狼が騎士の腕へと襲いかかる。
視界があれば、騎士は春水と影の狼を間違えることは無かった。視界があれば、そもそも光弾を警戒してわざわざ迎え撃つなんて真似はしなかった。
強者のみが持つ、自身に対する強さへの自覚。視界に依らずとも、十分対応が可能だという慢心。
三千年もの時間が生み出した、剣に纏わり着く錆。騎士は自分さえ気付かぬうちに、生き死にをかける戦闘に悪い意味で慣れてしまっている。
その事に騎士自身が衝撃を受けながら、片膝を着いたまま春水からの攻撃を喰らい続ける。
春水は止まらない。相手が片膝を着こうが、それが倒すべき脅威であるならば容赦無く潰す。
風に乗っての連撃。回し蹴り、かかと落とし、右ストレートに左アッパー。息切れすることなく、絶え間ない攻撃は続いた。
(硬い....!こっちの拳が先に砕ける.....!)
けれど、そのどれもが有効打にはならなかった。それは単に鎧が硬いという理由だけではなく、騎士が持つ性質に依る所も大きい。
攻撃の嵐が止み、最後春水は思いっきり蹴りを繰り出した反動で後ろに引いた。そしてその直後、何事も無かったかのように騎士が立ち上がる。
「....つくづく、武器を奪うのが好きな奴だ。」
「悪いね。生憎、今は手持ちが無いんだ...よっ!!」
春水は地面に刺さった剣を後退したと同時に引き抜き、騎士に向かって投擲。剣を風に乗せて、縦横無尽に独立した剣戟を放たせる。
風に乗せられて宙を舞う剣は、細やかな操作によって甲冑の繋ぎ目を正確に狙い撃つ。騎士はその攻撃を防ぐため、自身の辺りを飛び回る剣に集中力を割いた。
その虚を、春水は決して見逃さない。春水は器用な風捌きで剣を宙に動かし、彼本人もまた徒手空拳で騎士へと攻撃を仕掛ける。
(...攻撃を喰らいすぎた。今の俺では、剣と侵入者、どちらか一方ですら対応が難しい。体が...重いな。)
甲冑の合間を縫って剣が少しづつ騎士に削りを入れ、ゆっくりと出血量が増えていく。そうして時間が経つ事に騎士は春水の動きに対応出来なくなり、行き着く先は防戦一方。
いいや、春水の完全勝利と言っていいだろう。このまま時間をかければ着実に、騎士はダメージによって動きに精彩を欠いて死ぬ。
春水もそれを把握した上で、最後まで逆転がなされないように、全神経を集中させながら慎重に一手一手を詰めていく。
(術式はまだ見てない。だから油断はしないけど、このまま使わせる前に削り切りたい....。)
抜け出すことの出来ない、斬撃と打撃のコンビネーション。騎士はまるで、自分が二対一で圧倒されているかのような錯覚を覚え、段々と体が動かなくなっていく感覚を他人事のように噛み締める。
そうして、乱打を受け続け体勢を崩した騎士は、春水の繰り出した掌底打ちをもろに顎に喰らって後方へと大きくよろめく。
ガラリと空いた首元。甲冑という構造上、絶対に出来てしまう致命的な弱点。その最後の砦を、春水はこじ開けた。
トドメを刺せと、風は剣を春水の手元まで運ぶ。またと無い最高の好機に、春水は素早く対応して剣を両手で逆手に持ち、突き刺すように騎士の首元へ突き立てる。
騎士は教会の前に倒れ、春水は騎士に馬乗りになったまま、ほうっと安堵のため息をついた。
確実にトドメを刺せた手応え。吹き出した血の量。騎士は誰の目に見ても明らかなほど、完全な敗北を喫した。
(疲労はあるけど、手傷はあんまり喰らってない。これなら...パフォーマンスを落とさずに連戦も出来る。)
春水は騎士の首元から剣を抜いて、切れ味を殺さぬよう剣を横に振って血を落とす。教会の手前に血がビシャっと付着し、春水は騎士から自分の体を退かして教会の扉に触れる。
「春水!!!!後ろっ!!!!まだそいつ、死んでないっす!!!!!!」
「えっ?」
叫ぶようなハスミの声が聞こえた時には、もう全てが手遅れだった。春水は頭部をがっしり掴まれ、力一杯地面に叩きつけられる。
それから地面が粉々になるまで、春水は何度も何度も打ち付けられた。初めの方はそれを見て悲鳴を上げていたハスミだったが、地面が紅くなっていくごとに悲鳴すら掠れていった。
「戦士としては、俺の敗北だった。だが、俺は聖女様の騎士。ここでお前を通すことは、敗北以上の汚名となる。」
地面にボロクズかのごとく倒れ伏す春水を見下ろし、騎士は彼の手から剣を強引に取り返す。
そうして意趣返しかのように騎士は春水の頭を踏んで、確実に息の根を止めるため首元に剣の狙いをつけた。
「お前の勝ちだ。死後、俺に勝ったことをあの世で誇るといい。」
剣が振り上げられる。断頭台と見まごうほどのその一振は、春水の命を絶つために超速で剣筋を走らせた。




