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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
159/235

忠義の剣

 

 黄金色の太陽が、水平線の向こうから顔を出す。海には見渡す限りの幽霊船と、その船頭にはもちろん葉蔵が立っている。


 そうしてそれらを迎え討つように、小樽の浜辺にて朝日を眺める者たちが五人。刑部、かぐや、花丸、織、絹。


 浜辺に幽霊船が到着すれば、悪霊たちはこぞって小樽の都市や町村を焼き尽くすだろう。それを防ぐため、彼女らは船を浜辺に寄らせないよう、海上で戦闘を仕掛けた。


 そうしてその間、優晏は幽霊船たちのいる浜辺とは少し外れた海岸で、ある人物を待っている。


 新雪を踏み鳴らす心地の良い音。そんな快音が優晏の耳に聞こえ、優晏はようやく彼女がやってきたことを知る。


「久方ぶり...いいや、そこまで時は経っていないか。悪霊の。」


 冬将軍が、抜き身の刀を一本携えて優晏に話しかける。その雪で作られた体は既に朱に染まっており、ここまで来る道中に人間を何人も屠って来たことを物語っていた。


 その身、紛うことなき羅刹。禍々しくも涼やかな立ち姿をした牡丹は、真っ直ぐ優晏と向き合って目を合わせる。


「その眼....儂と同じ眼だ。屍人の眼...。貴公、生を捨てたか。」


「私はね...ずっと、否定したかったんだと思う。自分は悪霊なんかじゃないんだって。自分もみんなと一緒なんだって。でも、違った。私は悪霊。生者では無い、死せるもの。私のワガママのために、死んで?牡丹。」


 優晏の瞳が妖しく光る。彼女は、全ての迷いを捨て去った。自己の葛藤、己の存在意義、自分という命の在り方。それら全てを、彼女は放棄した。


 氷の刀が宙に生み出され、牡丹の雪の刀とぶつかり合い、鍔迫り合いが始まる。


 一度は多人数で引き分けたが、今度は一体一の真剣勝負。策略も謀略も関わることの無い、完全なる自力のぶつかり合い。


 小樽の地上では、この二つの戦いが繰り広げられている。そうして残るは、最重要事項。春水とハスミの二人だ。


 彼らは既に、聖都ルルイエへの侵入を成功させている。いくら海底都市とは言え、そこはハスミの出身地。


 春水はハスミの術式を使用してルルイエに侵入。荒廃した都市に顔を顰めながら、彼は大本である聖女を潰すため捜索を開始した。


「海底にこんな都市があるなんてね....。しかも、空気まである。どうなってるの?これ。」


「ん〜。簡単に言えば、ここは血界の中なんすよ。私たちの神様みたいな人が、海底に都市を作って私たちにプレゼントしてくれたんす。」


 ハスミの言う通り、ここは文字通り黄衣の王の庭のようなもの。彼はただ、安らぎを求めていただけだ。


 それ故に深海に長く潜っていたが、流石の神とは言え退屈には耐えられない。彼は自身の無聊を慰めるため、他の生き物を観察できるような庭を作った。


 聖都ルルイエ。二度の滅びを回避した、最古の都。この都市だけが唯一、六千六百万年前の絶滅と三千年前の滅亡から逃げ延びている。


「血界の中....か。ひとまず、敵とぶつかるまで散策かなぁ。」


 春水は不意に、空を見上げる。天井はドーム状に空気が張り巡らされていて、真っ暗な水がゆらゆらと揺らめいていた。


 陽の光さえ届かぬ深海。それでいて、周囲は青くほの明るい。その原因は、所々の地面に咲いている発光した青い花。


「気になるっすか?これは、海木犀(カイモクセイ)っす。これが一年中咲いてるんすよ。人が言うには、その花、あの世と繋がってるらしいっす〜。」


 春水が不思議そうに花を摘むと、ハスミは何だか懐かしむような素振りで彼に花の知識を教えた。


「....この花、エーテルを吸ってる。それで光ってるのか。」


 春水は海木犀(カイモクセイ)を何本か摘んで、自分の服の内側へとしまった。それからまた、ルルイエの探索を再開する。


 壊された跡が残る家、乱雑に散らばった瓦礫、果てまた焼け焦げた写真。ハスミはそれらを見て、胸がぎゅっと締め付けられたような気分になった。


 《............................。》


 二人は街を進む。一つ、また一つと残骸を目にする事に、ハスミの心は音を立てて壊れていった。


 けれど、春水はそれに気が付かない。なぜなら、ハスミはもうとっくに壊れてしまっているから。


 彼女もまた、ここに散らばった瓦礫と同じく、残骸に過ぎない。ルルイエと言う、滅びた都市の忘れ形見。


 歩くこと数十分。彼らは荒れ野となった街の中、ただ一つだけ無事な建物を発見した。


 神聖に光るステンドグラスに、こじんまりとした真っ白い彫刻。象られているのは、赤子を抱いている女の像。


「教会......?」


 教会の中からは微かに賛美歌が漏れ出し、見た目も相まってとてつもない高潔さを場の雰囲気が醸し出す。


 教会の正面には木製の大きな扉と、剣を地面に突き刺してこの場を守護する一人の騎士。


 騎士は全身を鉄の甲冑に包み、背中には青い十字が描かれたマントを羽織っている。彼は静かに、剣を地面に眠らせたまま春水を見た。


 教会に騎士に、それから賛美歌。春水は何となく、この中に聖女とやらが居るのだろうなとアタリを付ける。


 それからハスミを後ろに下がらせ、春水は騎士の前へと一歩足を出す。そうして警戒態勢を取りながら、騎士に向かって言葉を発した。


「ここに、聖女が居るんだな?」


「無論。通りたくば、俺を殺してからにしろ。」


 騎士は地面に突き刺された剣を抜き、正面に構えた。緩やかな動きながら、春水はそれだけの動作だけで相手の力量を確認し戦慄する。


(流麗で滑らかな動き。間違いない、手練だ。でも....負けない....!)


 手強い相手ではある。だからこそ、相手にとって不足はない。春水は騎士を見据えて、呼吸を整え追い風を巻き起こす。


 それに加えて、春水は『借煌(しゃっこう)』を発動。『魔纏狼(まてんろう)纏身憑夜鬽(てんしんつくよみ)(あらため)』を温存したまま、小手調べとばかりに先手を奪った。


 春水は以前、津軽海峡にて葉蔵の襲撃を受けた際、海に流され刀を失っている。それ故に現在まで彼は刀を所持しておらず、彼はそれ以降の戦いを素手で切り抜け無ければならなかった。


 だが、逆にそれが春水にとって発想の起爆剤となる。春水は足りないからこそ自身の能力と向き合い、試行錯誤し、一つの終着に辿り着く。


 春水が一歩踏み込んだ刹那、騎士の手元から爆発的な風が二つの指向性を持たされて生み出される。


 一つは上空から剣の切っ先を押すように、もう一つは剣の柄の部分を下から突き上げるように。


 てこの原理を利用した、擬似的な躰道の刀取り。古武術とエーテル操作のいい所だけを組み合わせた、経験からのみなせる技。もはや春水は意のまま、風を指先のように支配できる。


 騎士の手を支点とした剣は、風の影響でクルクルと回転しながら宙へと放たれ春水の方へと向かう。


 春水はそれを器用にキャッチし、そのまま剣を用いて甲冑へと切りかかる。しかし、相手も負けじと春水の剣筋を把握して攻撃を甲冑の腕部分で巧みにガード。


 攻撃のダメージを最小限に抑えつつ、空いた左足で春水の腹部に蹴りを放つ。そうして浮いた剣を回収、盤面を振り出しに戻した。


(っ...!危なかった...!咄嗟に風で防御出来てなかったら、腹に穴が空いてた.....!!)


「妙な手応えだ。見たところ、ダメージも無い。お前は....危険だな。」


 騎士がおもむろに剣へと力を溜め、唐竹割りの構えを見せる。春水は一瞬で、その攻撃がとてつもないものだと察知。翼を生成し、ハスミを抱えて空へと避難する。


「無駄だ。俺の剣は、聖女様の御心に捧げられたもの。俺の忠義が砕けぬ限り、俺に砕けぬものは無い。受けてみろ、絶技『海割り』!!!」


 海がひび割れてしまうかのような轟音が、深海中に轟く。ただし、騎士の背にそびえ立つ教会には一切の衝撃を与えずに。


 空へ向かって放たれたその斬撃は、余波だけで黄衣の王の血界をすり抜けて海を二つに割る。斬撃の中心には、空を舞う春水の姿。


「はあっ.....!はあっ.....!なんだよ...今のっ...!!」


「避けたか....。いや違うな、斬撃そのものをズラしたのか。」


 脂汗をドバドバと流しながら、春水は喘ぐように酸素を求める。それもそのはず、彼はあれだけの威力を誇る攻撃を、自分たちのいる範囲だけとは言えズラしたのだから。


「ハスミ...悪いけど、自分で隠れてて。助ける余裕はあんまりない...かも。」


 春水はハスミを地面へ優しく下ろし、騎士へと向かい直る。その間、騎士は春水へ一切の攻撃をせず、ただじっと動きを潜めた。


「紳士だね、待ってくれるなんて。」


「当然だ。俺は聖女様に使える騎士、良識無くして騎士は務まらん。」


「良識があるんなら、悪霊使って街を襲わせるなんてやめてよ。あんなの、ただの虐殺だ。」


「聖女様の掲げる大義のためだ。多少の犠牲は、やむを得ん。」


 ハスミが少し離れた瓦礫に避難し終わったところで、話は強引に中断される。そうして騎士の剣が再び、春水へと襲いかかった。

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