二つの場所に火種が落ちる
皇帝はこちらを見るなり玉座から立ち上がって、金ピカの剣を携えて僕の目の前までやって来た。
眼前まで迫られて初めて、僕は皇帝の大きさが二メートルほどあったことを知る。
巨躯という程でもないが、確実に自分よりも大きいサイズをした皇帝は、威圧でもするかのように僕に顔を近づけた。
「彼女らの頭と聞いてはいたが...ふむ、中々どうして度胸がある。良い、貴様が蝦夷にやって来た理由を話せ。」
「...蝦夷には強力な力を持ったもののけが侵攻してきているはずだ。そいつを、僕は討伐しに来た。」
皇帝とは言うが、見た目はただの大きなペンギンだ。僕は物怖じすることなく、ただ堂々と自分の目的を告げる。
すると皇帝はくるりと身を翻し、再び玉座へと踵を返す。そうしてどっかりと深く腰かけた後、真剣な眼差しで話を切り出し始めた。
「なるほど....なるほど。あの聖女の討伐に来たわけか。だが、だとすればもう手遅れだな。」
皇帝はため息をついて、僕を引き摺った部下ペンギンに他の部下を呼んでくるよう命令した。
それからたくさんの部下ペンギンがわらわらと部屋にやって来て、その部下たちは全員浅葱色の羽織を羽織っている。
皇帝は部下を跪かせ、部下たちにも聞こえるような大声で僕に蝦夷で何が起こったかを伝えてくれた。
「奴らはある日突然現れ、蝦夷にあった人魚たちの海底都市、聖都ルルイエを襲撃した。聖女はそこに今も滞在し続け、まるで動向を見せない。」
ルルイエの話になった途端、ハスミがグッと奥歯を鳴らすほど歯を噛み締めた。皇帝はそれを労わるように、優しい口調で話題を転換する。
「ただ、聖女にも使いっ走りがいてな。幽霊船の船長と冬将軍、それから飛び道具を使う蝦蛄と...。あと一人、聖女の元から離れない騎士がいる。」
「あ〜...蝦蛄は気にしなくていいよ。うん、もうそれは片付いた。」
多分シャコ・マーン弟、もとい蝦蛄谷くんの事だろう。あの後二人がどうなったのかは知らないが、チャンプがいる以上もう道を踏み外したりはしないはずだ。
「春水、冬将軍のことは...私に任せて欲しいの。.....お願い。」
「....まだそれは決められない。でも、考えてはおくよ。」
僕は少し申し訳ないが優晏の願いを一旦は保留にして、皇帝の話の続きを聞くことにする。そもそも話の全体像が掴めるまでは、綿密な作戦など立てようもない。
「それで、皇帝さんの言う手遅れってのはどういう意味なの?いまいち話が見えてこないんだけど。」
「そう急くな。今言った使いっ走りの一人、船長が何やら津軽海峡で怪しげな動きを見せていてな。『海底に埋まっていた棺らしきものを回収していた。』なんて情報まで上がってくる始末。」
皇帝が言うにはつまり、聖女には何らかの目的があって、既にそれを達成した状態らしかった。
ただ、それだけで手遅れと断ずるには少々早計過ぎるんじゃないだろうか。そう思っていたところで、皇帝が付け足して言葉を紡ぐ。
「現在、幽霊船がルルイエの海上に停船している。もちろん、あの船長を乗せた幽霊船だ。情報によると、奴らは既に戦闘態勢に入っている。少なくとも、明日の早朝には蝦夷本土へ向かって襲撃を開始するだろう。」
「ルルイエってのがどこにあるのかは知らないけど、その本土襲撃が開始されるまでに僕らがそこまで到着できないってこと?」
僕の確認に、皇帝は頭を縦に降って肯定する。彼は悔しげな表情を浮かべた上で、剣の切っ先をちらりと見た。
「ルルイエは小樽の沖合に位置している。ここからでは、いくら急いでも一日は経過してしまう...。小樽の村民は....捨て置く他ないだろうな。であるなら、我は皇帝としての責務として、札幌だけでも守り抜く所存だ。」
幽霊船の脅威は、僕も身をもって体験している。それに、恐ろしいのは海上戦だけじゃない。相手の人員や規模、兵士の質の一切が不透明なままだ。
それを把握するため、小樽を犠牲にして札幌だけでも守り通そうとする皇帝の判断は、極めて正しい。
正しいが、それだけだ。満点回答じゃない。僕はハスミの方を向いて、その双肩に両手をぽんと置く。
「ハスミ。最後の案内、頼んでいい?」
「.....水臭いっすね。もちろんっすよ!私に任せてくださいっす!!」
普通なら、ここから小樽までは数日かかるんだろう。だが、こっちにはハスミが付いてる。
僕がシャコ・マーンたちのいる礼文島から札幌にワープしたように、もう一度札幌から小樽までワープすれば余裕で決戦に間に合う。
ハスミは早速術式を発動し、小樽までの窓を繋げてくれた。僕は最後まで僕に良くしてくれたハスミにお礼を言って、皇帝の顔を少しだけ覗き見る。
「一緒に来る?蝦夷の皇帝ってんなら、蝦夷を侵攻しようとしてるその...聖女ってやつをぶっ飛ばしたいんじゃないの?」
「ふん!気遣いは無用だ。我は我で、札幌にてやらねばならぬ使命がある。貴様らがせめて、時間稼ぎにはなってくれるよう祈っておくよ。」
最後の最後で嫌味の豪速球を繰り出してきた皇帝に僕は背を向けて、一人窓の中へと一歩足を踏み込む。
後続には訝しみながらも、優晏に刑部、続いてかぐやと花丸たちが窓に入っていった。窓の感覚が慣れないのか、みんなは三者三様の変な声を上げる。
しかし窓を抜けた途端、一気に景色が変わったのを見て、長距離のワープを確信したのか全員が感嘆の声を漏らした。
「へぇ〜すごいなぁ...。ハスミちゃん?めっちゃ便利な術式やねぇ。」
「....これだけ便利な術式です。何か制約があるのでは?特殊な条件下でしか発動が難しいとか...。」
花丸は多少狼狽えながら、何とか弱点は無いかハスミに質問をしていた。
その後、初めて行く場所には使えないという制約をハスミから聞いて、花丸は自分の役目が失われていないと知って小躍りする。
「小樽沖合で...侵攻は明日の早朝。よし!じゃあ早速だけど、作戦を立てようか。」
パンと手を叩いて、僕は一気に空気を引き締める。蝦夷に来た当初の目的、倭国大乱の一部を平定するために。
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「幽霊船が小樽沖合で確認されたのは分かってる。襲撃準備をしてるんなら、皇帝も無視はしないだろ?お前らは、その間に札幌を襲え。皇帝が留守なんだ、殺るなら今のうち。違うか?」
松前は大量の武士たちに伝令を飛ばし、札幌の襲撃計画を伝える。それから、アイヌの一般人虐殺という内容を覆い隠して、士気が上がるよう精一杯の激励をした。
「いいか!!これは蝦夷だけじゃない、倭国の全ての者が幸福になるための仕事だ!!倭国大乱...これによって大勢の者が死んだだろう?家族を失ったものもいるだろう!全てはもののけの手によって!!もののけの手によってだ!!」
「そんな最悪の人殺しの化け物と手を組むアイヌを...人と認めていいのか?!いいや、認めていいはずがない!!故に、これは虐殺じゃない!倭国大乱で死んで行った全ての者を弔う、弔い合戦だ!!!」
蝦夷へと派遣された武士たちは、ほとんどが落ちこぼれの左遷された弱小たち。実力は当然無く、雑兵としての価値さえほとんど無い。
けれどその分、彼ら武士は燻っていた。自分たちも刀を持つ者だ、自分たちは農民と違って選ばれたエリートなのだ。
そんな選民意識と、本州の武士たちに対する劣等感。その二つを、松前は上手くくすぐった。
大義名分があれば、人は簡単に虐殺を起こし得る。彼ら無能武士たちは、一人一人が自身を英雄のように思っていることだろう。
自分の弱さから目を背けた末路、とでも言おうか。武士たちは、ただ言われるがまま汚れ仕事を請け負うだけの傀儡と成り果てた。
ただし、札幌には依然皇帝が鎮座している。皇帝は松前の侵略を想定し、どうしても札幌からは離れられずにいた。
そんな彼にとって、春水はまさに渡りに船だったと言えよう。彼のおかげで、皇帝はみすみす小樽を捨てることなく札幌に居座れるのだから。
小樽での決戦、札幌での死闘。二つの戦いが、今まさにその幕を上げようとしていた。




