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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
156/235

蝦夷の皇帝

 

 僕は謎の夢を見てからの数日間を、特にやることも無く札幌の街をぶらぶらして過ごした。


 夢の内容は結構ハッキリ覚えているし、何かあれに実感のようなものがあったことも重々承知している。


 けれど、じゃあハスミにこんな夢を見たんだ。と言って忠告しようとしても、笑われるだけだろう。最悪、ちょっとキモがられるかもしれない。


 だから僕はとにかく波風を立てないまま、ここ数日はハスミと札幌の観光に費やした。


 札幌にはたくさんの市場と住宅地、それにやたら大きい氷の豪邸がドンと一つそびえ立っている。


(観光スポットか何かか...?)


「街中って程じゃないっすけど、こんなのが市内にあったら邪魔なだけっすよね。普通。」


「観光地的な感じなのかな?誰が観光するんだろって話だけど。」


「私らみたいなはぐれ者専用ってことすか〜!結構いい趣味してるっすねぇ〜。」


 この数日で、僕は何となく札幌に住む人の雰囲気を掴みつつあった。まず、そもそもアイヌの人々は本州人にいい感情を抱いていない。


 過去現在で様々な仕打ちを受けているし、仕方の無いことだろう。では、なぜ僕は結構普通に街の人たちに受け入れられているのか。


 その答えは、僕が隣に連れているハスミだ。アイヌ人の観念として、本州人はもののけを忌み嫌っているというイメージが着いている。


 それはあながち間違いでは無いのだが、彼らにとってもののけとは共に自然を生きる隣人のようなものなのだ。


 故に、その隣人と仲良くしている僕もまた隣人。という扱いになっている。


 初めのうちはこれが結構疑問だったが、ここの近くの川沿いにあったご飯屋に入った時に店主が僕に優しく教えてくれた。


「もう行くところも無くなっちゃったしなぁ...これって中入っていいのかな?」


「立ち入り禁止とは書いてないっすけど...まあ、怒られたら帰ればいいっすからね。」


 平坦な毎日を過ごし続け、とうとうやることも無くなってしまった僕らは、やっぱり好奇心には勝てなかった。


 氷の豪邸。ともすれば城とも受け取れるような構造をした、何とも高級そうな建物。その荘厳な扉を、僕はそっと開く。


 氷で作られているはずなのに、不思議と中は冷たくない。そんな風に取り留めもないことを考えていると、僕は玄関でピタッと動きを止めてしまう。


 玄関には、恐らく休憩上がりと言った姿を見せる看守らしきペンギンのもののけ。


 僕はそのペンギンのもののけと目が合って、一瞬固まってしまった。刹那、脳内に溢れだしてくる緊急アラート。


「.......間違えました。隣の家と。」


 咄嗟に出てきたのは、見るも無惨な苦し紛れの言い訳。ペンギンの看守は刀を抜いて、明らかに警戒態勢を取っている。


「隣に家は無い、マヌケ。」


(やっっっっべ。普通に不法侵入だもんね!これ、流石に謝って許される感じじゃないんだけど?!どうするハスミ?!)


 僕はハスミの顔色を伺うため、くるっと後ろを向いた。すると、そこにはもう既にハスミの姿は無い。パタンと、ドアが閉まる音がした。


「にっ...逃げやがった!!!!」


 冷や汗をダラダラ流し、僕が硬直していた数秒後、再び扉がバンっと開かれる。そうしてそこには、首根っこを掴まれるハスミと、ハスミを掴む銀髪を靡かせた見慣れた姿。


「慌てて逃げようとしてるもんだから捕まえちゃったけど...この子って誰.......。え?春水?」


「優晏!!!!!!!!!!よかった!!!無事だったんだね!!!」


 僕はその姿を見るなり、思わず優晏の方へ走り出してしまう。それから優晏目掛けて思いっきりハグをして、力いっぱい抱きしめた。


「春水こそ....!春水........!本当に....生きてる.......!もう...会えないかもって..........!!」


 優晏はじわじわと瞳に涙が滲み、次第に耐えきれなくなってボロボロと大粒の涙を零した。僕はそんな優晏の頭を撫でながら、しばらく彼女が落ち着くまでその場で座り込む。


「って、アンタの知り合いかよ。察するに、そいつが旦那の春水って男かい?優晏さんよ。」


「.....そうよ。この人が春水!私の...旦那様なんだから!」


 優晏は僕に抱きついたまま、全く離れようとしなかった。しばらく離れ離れだったのだ、このぐらいの距離でも悪い気はしない。


 むしろ、彼女なりに寂しさの分を挽回しようとしてる気がして、可愛らしくさえ思える。


「優晏さん〜??????私の夫に何をしているんですか〜????????????」


 いつの間にか、僕の右腕にはがっしりとかぐやが引っ付いていた。かぐやは僕の腕に頬擦りをしながら、熱っぽく僕の瞳を見上げる。


「随分と....久しぶりな気がしますね。あなたがいなくて、私とっても寂しかったんですよ?春水。」


 正面には優晏、右腕にはかぐや。二人からデロデロに甘えられて、僕はやっぱり嬉しかった。でもその代わり、後ろから突き刺すような冷たい視線も飛んでくる。


「ふ〜ん。そっすかそっすか!春水ってば女好きの女たらしなんすね!!ふ〜ん!そーなんだー!!!」


 冷ややかな態度に冷たい視線。僕はそれを二人の体温に支えられながら何とか受け流し、若干の脂汗を額に滲ませる。


 そうして更に、追撃と言わんばかりのタイミングで刑部や花丸、それに織と絹までもが揃う。


「我が王....私は貴方の生存を....ただ信じておりました.....!」


「しゅんすい〜!!まったくもう....!生きてて良かった!!」


「ん....服、ボロボロ....。ボクが...直すね。」


 もう怖くて後ろが見れない。後ろには、途轍もない力を持った死神が立っている気がする。僕はもう意を決して、その死神からの裁きを受け入れることにした。


「ハスミ.......紹介するよ....。これが僕の言ってたなかまっ?!」


「知ってるっす!道中で私がどんだけ聞いたと思ってんすか!!五百回くらい聞いたっすよ!!」


 ハスミはうなじあたりから生えている二本の触手を僕の首に絡みつけて、普通に死ぬんじゃないかって思えるぐらい首を絞めてくる。


 ぷりぷりと怒るハスミの断罪を、僕は甘んじて受け入れる。それから少しの時間が経つと、刑部がハスミの肩をポンっと叩いて、首絞めを中断してくれた。


「ご主人様が女たらし重婚野郎ってことはもうみんな知っとるんよぉ。だから、ここらで堪忍したってぇな。」


 刑部のトドメの一撃が僕にクリーンヒットし、見事僕の心を粉々に打ち砕く。


 その様子を見てハスミは溜飲を下ろしたのか、触手を解いてぷいっと明後日の方向を向いた。


「色男だねぇアンタ。七人も女侍らせるなんてさぁ〜。」


 力なく倒れ込んだ僕の手を取って、先ほどまで剣呑な雰囲気を醸し出していたペンギンが、僕を引き摺って豪邸の奥の方まで運搬する。


 いかにも針のむしろと言った感じだ。だが幸い、地面が氷でできていたため大根おろしになることはなく僕は運ばれていった。


「これって、僕はどこに運ばれてんの?もしかして、処刑されたりする?」


「オレ的にはモテすぎ罪でぶっ殺してぇとこだけど、アンタが来たら皇帝の前に連れて来いって言われてんだよ。命令でね。」


 引き摺られること数分。僕とみんなは、明らかに豪邸の最奥と言う様な豪華な扉の前まで案内された。


 そこでようやく僕は自分の足で立つことを許され、大きな扉の前で体勢を立て直す。


 道中、見事な早業で絹がちゃんと服を繕ってくれたため、新品のような着こなしで僕は晴れやかな気持ちのまま扉へと手をかける。


 ただそれだけの動作に、大きなプレッシャーがのしかかる。それは扉の奥にいるものの強さからか、生き物としての格の違いからか。


 ただ一つ断言できるのは、その皇帝とやらは身分だけでなく、実力もある程度は持ち合わせているという事だ。


 僕はその事実にほんの少し口角を上げながら、肌を射抜くかの如きプレッシャーを跳ね除けつつ扉を開ける。


 扉の奥には、煌びやかに光る玉座と宝石がいくつも埋め込まれた王冠。真っ赤で質のいいマントに、皇帝を象徴するような黄金の剣。


 そうしてそれら全てを身につけた、ほかのペンギンたちとは一回り大きさの違うペンギンが、どっしりと玉座に鎮座していた。


「皇帝の前で斯様に笑うか。不遜だが、その意気は認めよう。ようこそ、我が庭である蝦夷へ。我は貴様を歓迎してやる。」

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