墓標に添えて
「結局、民族衣装しか売ってなかったっすね。」
「うーん...じゃあ、しばらくこのまま....?」
市場を一頻り巡って骨董屋まで戻ってきた僕たちは、特になんの成果も無くボロボロの服のまま帰還する。
流石に冬の蝦夷でこの軽装は耐え難いものがあると思った僕は、急いで骨董屋の中に入って暖を取れるものは無いかニンニンケッポに聞こうとした。
「おーい、まだ起きてないの〜?そんなに殴った覚えはないんだけど。........!」
ゴロンと、足に何かがぶつかった。ボールのような生暖かい何か、僕はその正体の虚ろな目と、バッチリ目線を合わせてしまう。
辺りの地面を埋め尽くす粘り気の強い血液、まだ体温を保っている切断面。恐らく、ニンニンケッポを殺した犯人はまだ近くにいる。
僕は息を呑んで、そっとニンニンケッポの首を抱えた。スパッと切り落とした切り口が、犯人の獲物が刀だと言うことを物語っている。
あまりに唐突な死。だけど、唐突じゃない死なんて無い。僕は屋敷で暮らすうち、随分と人の生き死にに慣れてしまった。
仲が良かったご近所さんの武士、大規模任務で一緒になった雇われの武士。そういう人が、お別れも言えずに死んでいく。
だからって悲しくないわけじゃない。ニンニンケッポとは短い間ながらに、少しばかりの絆みたいなものがあった。
でも、こんな時。僕は酷く冷静な自分が、何よりも残酷な化け物に思えて嫌になる。
「...!春水!まだ犯人は近くにいるはずっす!今すぐ追いかけて...そいつを....!」
「ダメだ。多分、もう逃げ切ったと思う。....埋めてあげよう。」
切り口から見るに、刀による犯行。刀は、倭国独自の技術だ。つまり、犯人はアイヌではない。
かと言って、もののけならもっと痕跡を残す。抜け毛や匂跡、それに血痕。然してこれらが導き出す結論は、たった一つ。
犯人は、本州人だ。僕はその事実に、頭が沸騰しそうなほど腹が立った。腹が立って、腹が立って。それでも何処かに、冷静な自分が顔を出す。
僕はハスミと協力して、スコップを持ち出し骨董屋の庭に小さなお墓を立てた。穴を掘っている最中、何度も何度も繰り返して、ニンニンケッポの言葉を反芻する。
「『どうか恨まないで。』か。」
彼の妻は、一体どれだけの呪いを彼に残したのだろう。愛した人を殺されて、最後には自分まで殺されて。これが、恨まずにいられるのか。
多分、アイヌの人ともののけが山ほど殺されて、全部綺麗さっぱり居なくなったとしたら、本州人はそれ以上の繁栄をするんだろう。
殺した分以上に栄え、殺した分以上に増える。大きなうねり。多数派の幸福のため、それ以外を切り捨てる。
(正しいことか?数が多いことは.....正義は多数決で決まるのか?)
「....ハスミ、人間は嫌い?」
「...嫌いっすね。でも、春水まで嫌いなわけじゃないっす。....そういうもんっすよ、人間への気持ちなんて。」
僕は、仲間たちに幸せになってもらいたい。そのためには、人間と手を取り合って進む未来が必要なはずなのに。
「人間がみんな死ねば、もうこんなこと起きないのかな。」
ポロッと、思わず口から溢れ出てしまった。そんなこと、本気で考えている訳じゃない。僕も人間側で大切な人は沢山いる。
家族に、屋敷のみんなに、かぐやだって。誰一人欠けて欲しくない、大事な関係のはずだ。
「春水...。春水は、それでいいんすか?」
ハスミは穴を掘る手を止めて、こちらを真剣な眼差しで見た。僕はなんだか、目を逸らしちゃいけないような気がして、自分の胸に聞いてみる。
人間がみんな死ねば、僕にとって大切な人たちの大多数は幸せになれる。そう、幸せになれるんだ。
と、ここまで考えたところで、僕はあることに気がついてしまった。多数派の幸福のために、少数派を切り捨てる。僕も、あの人間たちと同じだということに。
それじゃダメなんだ。少ない方を切り捨てる方がずっと楽で、簡単に正解を選べたような気がする。
でも、その結果がこれだ。そんなの、報われないじゃないか。僕はもう、大切な人たちに悲しんで欲しくない。誰一人だって、切り捨てたくない。
「良くない。....良くないね。ありがとうハスミ、ちょっと...どうかしてた。」
僕はそれから、一輪の花を拾ってお墓の上にそっと置いた。どうか安らかに、妻の元へ旅立てるようにと。
夕焼けが空を緋色に染め、僕らは少しばかり骨董屋で休憩してから街へ向かって宿屋を探すことにした。
骨董屋で休憩している最中、やや悪いような気もしたが、僕は山積みにされている本が気になったので手に取ってペラペラとめくる。
「オー・トイヤン・クツタリ?ねぇハスミ、これどういう意味か分かる?」
「ん〜?あぁ、あなたは地に広がる者みたいな意味っす。アイヌ語は私もかじったぐらいなんで、正確かは分かんないっすけど。」
「いやいやありがと。地に広がる者...か。うん、消えゆく者なんかより、そっちの方がよっぽどいい。」
僕はパタンと本を閉じて、最後にもう一度墓へと向かった。そうして墓の上には本も供えて、前向きに一言声をかける。
「繋いでく。僕があなたから教えて貰った力を繋ぐよ。だから、ニンニンケッポはその原点!消えゆく者なんかに、させないから。」
僕は身を翻して、街の方へと踵を返した。日はすっかり落ちて、夜風が素肌に冷たい。
風は死なない。いつかの遠い未来まで、ずっとずっと繋がっていくものだ。形がなくとも、姿がなくとも。消えてなくならないものだ。
僕はそんな風に思いながら、街の宿を何泊か分取って、ひとまず今日の疲れを癒すために眠ることにした。
(随分長い一日だったような気がする。どっと疲れた...今日は良く眠れそうだ。)
深く深く、布団の中に沈みこんでいく。まぶたは重く下がり、四肢はピクリとも動かない。そうして僕は、夢の世界へと落ちていく。
「どこなの.....?ここ。」
僕は気がつくと、不思議な空間にふわふわ漂っていた。自分の存在に実感がない。宇宙か深海か区別がつかないような、そんな場所。
「待っておったぞ....。星、いや風の子よ。」
いきなり突然、訳の分からない黄色のボロ布が、モゾモゾと蠢きながら僕に話しかけてきた。
夢にしては随分と気色の悪い光景だ。あんまり悪夢を見る質では無いのだが、肉体の疲労が過ぎたのだろうか。
「..................夢ではないぞ。」
「いや、流石に夢でしょ。」
何だか気まずい空気感が僕と黄色のボロ布との間に流れ始める。何と表現すればいいのだろうか、お互い何を話せばいいか分からないと言うか。
例えば僕がかぐやと正式に結婚できたとしたら、実家に挨拶しに行くことになるのだろう。その時、きっとかぐやのお父さんとはこういう雰囲気になるのかもしれない。
そんな類いの、お互い話しにくい雰囲気。なんとも言われぬ空気感が、沈黙となって重々しくのしかかってくる。
「我がルルイエの民...蛸の娘の事なのだがな...。我が最後の民が消えるのは、こちらとしても物寂しい。どうか、あやつを守ってやってくれないだろうか。」
「蛸...あぁ、ハスミのことか!でも、守るって一体何から?」
「あやつの短剣を、使わせてはならぬ。」
黄色のボロ布はそう言ったっきり黙りこくって、再び重々しい沈黙が幕を開けた。
僕はどうしてもその空気感に耐えられなくて、苦し紛れに話題を展開しようと何とか言葉を振り絞る。
「今更なんだけど...あの...どちら様で?」
「黄衣の王...と呼ばれている。お前と同じく、風を司るものだ。お前の託された風とは、少し意味が違うかもしれんがな。」
軽く笑ったのか、小刻みに黄色のボロ布は震えた。それから黄衣の王は、ゆらゆら揺らめきながら僕に言葉を送った。
「アイヌ語で風の神はレラ・カムイと呼ばれる。ただ、アイヌ語のレラにはもう一つ本来の意味があるのだ。」
「それは、全ての者と踊ることができる存在と言う意味。レラ・カムイ、全ての者と踊る神。さて、一体お前は誰の手を引く?」




