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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
154/235

深海に沈む初恋は泡となる

 

 春水とニンニンケッポが戦闘をしている最中、ハスミは骨董屋の中で一人もらった金貨をじっと眺めていた。


「...行かなきゃっすもんね。」


 溜息にも似た素振りで酸素を深く吐き出して、ハスミは金貨を手に術式を発動。空間がたわみ、ワープゲートの窓が生み出される。


 ハスミはその窓へと、恐る恐る一歩踏み出した。そうしてゆっくりと、水面から浮き上がる感覚が体を舐め回していく。


 どぷんと、静寂の中に水音が聞こえ、それからまた静謐な空気感が辺りを満たす。


 深海の奥深くにいるような、果てまた宇宙の最果てに揺蕩うような。そんな感覚を覚えたハスミは、柔らかな日差しで目を覚ますかのように瞳を開けた。


「我がルルイエ、最後の生き残り。人魚の系譜を持つうら若き乙女よ。ここに来たということは、私に何か願いがあるのだろう?」


 黄色のボロ布が、ザワザワと蠢きその身を揺らす。そしてその内から、何本もの触手がうねうねと這い出している。


 ハスミはそんな相手に一歩も引くことなく、片膝を着いて頭を下げる。最大限の経緯を払うように、今まで聖都を見守ってくれた大神を労うみたいに。


「....聖都ルルイエは、悪霊の手に落ちました。みんな、みんな殺されました。黄衣の王、私の魂を捧げます。だからどうか、私に復讐を成す力をお与えください。」


 そこに、いつもの軽薄なハスミは存在しない。いるのは、ただ残された娘。自分一人が生き残ってしまった罪悪感に駆られた、哀れな子供。


 黄衣の王はそんなハスミを見下ろして、穏やかに瞳を閉じた。それから短く嘆息した後、彼は一つの短剣を彼女に下賜する。


「これを刺せば、刺された者は誰であろうと死に至る。それが例え、死を奪われた亡者だったとしても....。だが努努忘れるな、一度使えばお前は...泡となって消える。」


 ハスミは面を上げて、短剣を手に取った。短剣は曇った輝きを放ちながら、重々しくハスミの手のひらにのしかかる。


「ルルイエは最早朽ちた。それに、お前の心が復讐に満ちていないことは分かっている。無理に義理を立てる必要なんて...ないのだぞ。我が最後の民よ。」


 黄衣の王。聖都ルルイエを生み出し、海に生きるもののけたちを愛した、星の外から飛来した何か。


 彼はその圧倒的な力故に、地球のあれこれに干渉しすぎることを是としない。その思慮分別によって、悲しくもルルイエは滅ぼされた。


 ハスミも、それを恨んではいない。彼が彼なりに出せる全力で、都市を守ってくれた事は十分に知っている。


「ありがとうございます。でも、みんな死んじゃったのに、私だけ生きてるなんておかしいじゃないっすか。だから、私は全部終わらして死ぬんす。そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ....。きっと、許されないじゃないっすか。」


 ハスミはそう言って笑う。何でもない事のように、ごく当たり前の事のように笑う。笑って、ヘラヘラ笑って誤魔化して。


 彼女は、何処にも感情の置き場が無かった。みんなが殺されていく中、自分だけは逃がされて。


 すり潰される悲鳴、響く剣戟に血の匂い。そんな記憶たちが、彼女を酷く責めたてる。


 何故、一人だけ逃げたのか。何故、自分たちは救われなかったのか。きっと彼女を逃がしたルルイエの民たちは、そんなこと思っていない。


 けれど、どうしても彼女は自分自身を責めずにはいられないのだ。だって、取れたかもしれない手を取らずに、生き延びたのだから。


 自分が生きていていいのか、自分は早く死ぬべきなんじゃないか。そんな折、ハスミは海で溺れかけていた彼を見つけた。


 彼を抱きとめて、髪を掻き上げてその表情を見た時、ハスミはどうしようもなく嬉しくなった。


 ようやく救えた。ようやく、生きてて良かったって思えた。役目は果たした。だから、もう終わりにする。


 迷いは無い。自分の命は、自分を生かしてくれたみんなのために使う。そう、ハスミは春水との出会いでようやく決心できた。


(最後に、ほんの少しでも夢を見れたんす。それだけで私は、十分すぎるぐらい幸せなんすよ。)


 そっと、自分の胸に短剣の腹を押し当てる。とくんとくんと心臓の鼓動が聞こえ、ハスミは自分の気持ちが聞こえたような気がした。


 叫び出したい想い。伝えたかった、彼へ向けた初恋。潰れた喉では、何も言うことなどできやしないのに。


 だから、それには蓋をする。だって、それは罪深いことだから。自分は、生きてちゃいけないものだから。


 好き、好き、好き。決して叶わない、淡い恋。ハスミはほんの少しだけ、ワガママなことを思う。


 刹那の出会い。共に過ごした、短い時間。こんなことで好きになるなんて、私はチョロい女なのかもしれない。そうハスミは思い、なんだか少し可笑しくなった。


(もし、もしも。春水がルルイエに産まれていたら?彼の言う仲間たちと出会うよりも前に私と出会えていたら?....侵されていくルルイエで、彼が私の手を引いて。それで、二人で逃げ延びていたら?)


 何か、変わったのだろうか。


 おとぎ話のように、情けない夢想に耽ける。そうして彼女は、小さい頃によく読み聞かせてもらった絵本の一節を思い出すのだった。


(おうじさまは、朝焼けに溶けた人魚のおひめさまのことなんて知らずに、はなよめと幸せに暮らしましたとさ。)


 酷い話だ。でも、これぐらいが丁度いい。自分はそんな、潔白なお姫様なんかじゃないのだから。


 ハスミは短剣をしまって、黄衣の王にお辞儀をしてから術式を発動。今居る不思議な空間から骨董屋へと、位置を戻した。


 そうして彼女は、骨董屋の扉を開く。自分に意味を与えてくれた、愛しい愛しい少年の顔を、少しでも目に焼き付けたかったから。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「終わったっすか〜!って!うわひっど、どっちもボロボロじゃないっすか!!大丈夫なんすか〜これ?」


「僕は平気だけど...お爺ちゃんがダメみたい、一旦中まで運ぶね。」


 そう言って春水は巧みに風を操り、老人を宙へ浮かせて器用に運搬する。そうして揺れないよう慎重に運び、骨董屋の最奥にあった机へと置いた。


 その後春水はパッパと服に着いた埃を払って、何とか身なりを整えようと必死に繕い始める。


「いや、全然無理っすよ。もう新しいの買った方が早いんじゃないすか?」


「そう?いや〜お爺ちゃんがさ、ここで待ってたらすぐ仲間と合流出来るって言うから、せめて服だけでもと思って。」


「ふーん......。じゃあ、市場戻って服でも探しに行かないっすか?どうせお爺ちゃん、気絶しちゃったんでしょ?」


 春水はハスミのその案に賛成し、一度骨董屋を後にした。そして市場に向かう道中、軽口を挟みつつ時間を潰す。


「お爺ちゃんをあんなに虐めて...老人虐待っすよあれ!」


「いやいや、めっっっっちゃ強かったからね!ほんと油断してたら、全然殺されてたかもなんだよ?!」


 そんな風に、春水たちは骨董屋を後にした。誰も居なくなった市街の外れ。


 人っ子一人いるはずのないこの場所に、一つの人影が突然現れ、骨董屋の扉を開く。


 人影は刀を携え、気絶して無防備なニンニンケッポの首元へ一突き。確実に命を断つ刺突を繰り出した。


「これも仕事だ。悪いな、爺さん。」


 影丘は、春水とニンニンケッポの戦いを一部始終監視していた。請け負った暗殺という仕事を、確実に成功させるために。


「がっ....!なっ.....誰....だっ........!」


「起きちまったか...。悪ぃ、苦しませるつもりは無かった。今、楽にする。」


 練り上げられた一閃、狭い空間でさえも尚振るえる程極められた刀が老人の首をスっと通り抜け、ゴロンと頭を転がらせる。


「これで任務は終了。これで...ようやく始まるんすよね、松前さんの望んだ『開拓』が。」

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