唸る老骨、火の試練。(四)
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いつだったか、俺が初めてもののけを殺したのは。もう、随分遠い昔のように思える。俺は代々名のある武家の一族に生まれ、ガキの頃から武士として在れと教育を施されてきた。
今思えば、俺は随分な悪童だった。でも腕っ節には自信があって、そういう部分だけは親父殿も認めてくれていた。
俺が初めて森に入って、一人で子供のもののけを退治したあの日。親父殿は、流石は俺の息子だ。なんて大層機嫌よく褒めてくれたっけ。
ガキの頃はなんでも出来た気がした。気に食わなけりゃぶん殴って、腹が立ったら切り捨てりゃいい。
随分滅茶苦茶なもんだが、それもせいぜいガキのやること。ヤンチャな分、将来は強い武士になるのだろうと誰もが俺に期待した。
だが、十で神童十五で才子、二十過ぎれば只の人とはよく言ったもので、俺は歳を重ねるにつれて、誰からも見向きされなくなった。
そしてそれに拍車を掛けたのが、鎌倉のもののけ狩り共だ。特に綱、こいつが何より最悪なクソ野郎だったんだ。
大した地位もない。女には目がなくて、すぐに任務をサボるちゃらんぽらん。でも、あいつは誰よりも強かった。
俺の同世代でもののけ狩りか武士をやっている者なら、一度は誰もが悩まされる問題。綱病。
あの圧倒的な強さといい加減さが、俺の同期の何人もの心をズタボロに折っていった。あの強さは目に毒だ。才能の差ってやつが、眼前に叩きつけられたような気分になる。
そんでプライドばっか高かった二十の俺は、まだ俺より五歳も歳下だった綱に決闘を申し込んだ。
真剣で、どちらかが死ぬまでの勝負。勝てると思っていた。実力としては負けていても、真剣を持って相手の命を背負う覚悟まではないと、勝手に決めつけていた。
もう言わずとも分かるだろう、結果は惨敗。俺は真剣さえ使われず、素手で横顔を思いっきりぶん殴られ気絶。
そのあまりの情けなさに、実家を勘当までされた。親父殿は最後に俺を見て、たった一言ボソリと零す。
「うちに生まれたのがお前ではなく、あの綱であったなら。」
怒りは湧かなかった。実際、その通りだと思った。だから俺は一言も言わずに、実家を去って行くあてもなく倭国を彷徨った。
幾度となく一人の夜を超える度、俺はじわじわと涙が溢れ出て止まらなくなった。そうして魘されるのはいつも決まって、あの冷ややかな綱の顔。
悔しい。悔しい。悔しい。悪夢から飛び起きる度に、刀を振って雑念を頭の中から何とか追い出そうと必死に振り払う。
それでも尚、俺の心にはトラウマとして綱がこびりついている。
俺が負けたのは慢心があったからだ。俺が負けたのは、俺の怠慢さ故だ。そうやって、俺は目を背け続けた。
ぬるりと自分の背中を抜ける、大きな生き物。自分とは別次元の、努力などでは言い表せない何か。
生き物としての格が違う。そんなこと、分かっていたさ。努力だけでどうこうなるなんて、思っちゃいない。
でも、諦められなかった。勝ちたい。あの理不尽で、クソッタレな遊び人の馬鹿野郎に一発かましてやりたい。
そんで、俺の努力の証をこれでもかと見せつけてやるんだ。そうしてやっと、俺の人生は色を取り戻す。
決意とともに修行を続け、俺が三十路を超えたある日。俺は蝦夷にて、ある男に拾われた。
「随分と頑張ってんね〜。ところであんた、名前は?」
「....影丘。」
「影丘...ね。とりあえず、無精髭と目の下のクマ酷いぞ?ったく、一宿一飯くらいは出してやるよ。ほら、さっさと着いてこい。」
その男は松前と名乗り、後に俺はそいつが蝦夷の偉い大名なのだと知った。松前は放浪の俺の世話を焼いてくれて、更に仕事までくれた。
もののけ狩りや用心棒。武士としての経験や、強者との戦い。松前の下で働く日々は、一人でする修行よりも効率的に俺を強くした。
そんなこんなで数年、松前の下で仕事をこなすのも板に付いてきたある日。俺は松前に呼ばれて、執務室へと一人で向かう。
「お前はよーく働いた。実力も中々着いてきたし、もう蝦夷じゃお前に敵うやつはいない。だからこそ、お前にしか頼めない汚れ仕事をしてもらいたい。」
松前はそこで、机にどすんと何かの書類を置く。その書類に書かれていたものは、驚くべきことに俺の実家についてだった。
「あ〜、勘違いはするなよ。別に親を殺せってんじゃない。単純に、お前の素性を調べたってだけだ。」
「...っ!俺は...信用ならねぇっすか。お家に勘当された身だ、それも仕方ねぇ....仕方ねぇけど...。」
松前は席から立ち上がり、俺をぎゅっと抱きしめた。俺は一瞬、何が起きているのか分からず目を白黒させて戸惑う。
「お前は良くやったよ。良くやった。だから、この仕事が嫌なら家に帰ってもいい。こっちからお前のことは話を通しておくから。」
松前はそれから、自分の昔話をぽつりぽつりと語った。優秀な家に生まれたこと、自分より優秀な弟がいて、松前自身はあまり構って貰えなかったこと。
そうして、優秀な弟は鎌倉で大成。一方松前は左遷に左遷を重ねて蝦夷まで流されてきたという事。ここまで松前の話を聞いて、俺はどうしても他人事に思えなかった。
俺を拾ってくれた恩、こんな俺を認めてくれた恩、弱かった俺に強くなる機会をくれた恩。俺は、この命を松前のために使おうと決意した。
「私には、お前が必要なんだ。だが、お前が望むのなら.....。」
「俺はあんたについて行く。だから、安心して欲しい....っす。大将。」
俺がそう言うと、松前は一層俺を抱きしめる力を強めた。松前はそうして肝心の、汚れ仕事とやらの内容を俺に伝える。
「札幌に潜入して、アイヌの魔術師を暗殺してくれ。あの不確定要素が無くなれば、蝦夷の開拓はより進む。」
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影丘がいつに無く気合を入れて、アイヌ奴隷から押収した服に着替え札幌へと発った。
執務室には一人、小さな笑いを零す松前が椅子に腰掛けて楽しそうにはしゃいでいる。
「ぷっ...!あ〜、まじでラッキーだったよなぁ。名家の武士をあんなに安く駒にできるなんてさ、美味しすぎるでしょ!」
松前に弟はいない。それどころか、鎌倉の家に話を通すなんてのもでっち上げの嘘に過ぎない。
松前は初めから、手駒を欲していた。そうしてあらゆる情報を洗い出し、名家から勘当された影丘の存在を知る。
全ては、蝦夷開拓のための戦力補強。蝦夷を実質支配する皇帝に、アイヌ最高戦力である魔術師。それから、現在倭国を乱している倭国大乱。
その全てを加味してなお、松前は勝機を見出す。いいや、それどころか松前は、倭国大乱さえも利用して蝦夷を開拓する計画を立てた。
「鎌倉の綱は確かに強い。けどなぁ、あれだけ名が売れてたら動かしづらい。地味で強い駒。ああいう奴が暗殺なんかやったら、誰も止められないでしょ。」
兎を狩るのに、大砲はいらない。松前は、ただ機を待っていた。倭国大乱が起き、皇帝の勢力と倭国を乱す勢力がぶつかり疲弊する瞬間を。
「漁夫の利、漁夫の利〜♪蝦夷は私の国にする。もののけ共とアイヌを奴隷にして、軍事政権でも作っちゃおっかな〜♪」
鼻歌交じりに、松前はご機嫌で窓の外の空を見上げる。決戦は近い。そんな予感にも似た確信を胸に浮かべながら、松前はただ自分が王になる妄想で悦に浸る。




