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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
152/235

唸る老骨、火の試練。(三)

 

 仕込み杖の銀筋を紙一重で躱しながら、春水は隙を伺って反撃に移る。しかし相手も巧みにこれをいなすため、決定打にはならず終始硬直状態。


 ただ、ダメージと疲労の差で言うなら春水の方が圧倒的に深手だ。木製の下僕と電撃、それに加えて炎。


 もはやこの全てを喰らって尚戦えている現状の方が、異常と言って差し支えない程の負傷。それでも春水は、戦いを諦めない。


 ずっと、わだかまりのように彼の胸の内に巣食っていた感情。自分の力だけで強くなっていく、優晏や花丸たち。


 一方、借り物の力で相手を下し続けてきた自分。譲り受けただけの力で、道を切り開いてきた自分。


 そんな自分が、ズルをしているようで。彼は証明したくなったのだ。自分も、自分だけの力で前に進めるのだと。


 ミカの圧倒的な力は春水の周囲に、強すぎるが故の畏れを植え付けた。ただ、ミカの力を最も恐怖したのは、皮肉にも春水本人だった。


 封印とまでは行かない。彼は今の自分が未熟であると知っているし、自分の手に溢れんばかりのものを守りたいとも思っている。


 だからこそ、危ない時は容赦なく使う。信用に値する、圧倒的な力を遠慮なく振るう。だけど、それにかかり切りにはしたくない。


 そう思ったから、彼は今必死になって戦っている。ここが、意地を通すべきところだと理解しているから。


「いい加減...っ!にしろっ!!!」


 老人の剣筋を春水は地面に倒れ込むことで回避し、倒立のような体勢となって仕込み杖を蹴り上げる。


 そうして相手が徒手空拳になったところで、春水は両手で地面を押して体を捻り、翼を存分に使ったサマーソルトを顔面目掛けて繰り出した。


「甘いわ!!ふんっ!!!」


 それを予見していたかのごとく、老人は春水の足を掴んでそのまま思いっきり遠くへぶん投げる。


 それに追撃として、春水を飛ばした方向へと火を放つ。春水は飛んできた火の玉を避けきれずに被弾し、ドサッと地面に撃ち落とされた。


(何のからくりだ...?火しか使ってこないし、それ以外は使えないんだろうけど....。頭が回んない....貰いすぎたな.....。)


「......タフだの。いいだろう、お前さんがここまで耐えたことに免じて教えてやる。ワシが魔術師と呼ばれた所以、エーテルの特性をな。」


 蹲る春水を見つめながら、老人は肩で息をしつつ説明を語り始める。春水はその合間を狙って襲撃しようかとも考えたが、小休憩ついでに話を真面目に聞くことを決定。


 呼吸を整え体を休め、ただじっと春水は老人の語り口に耳を傾けた。


「エーテル、これは四つの元素が織り成して生まれる存在だ。例えば...埃を細かく見ていけば糸クズや髪の毛、色々なものが集まって構成されているだろう?まあ簡単に言ってしまえばエーテルとはそんなものよ。」


「風、火、土、水。これらの目に見えない小さな粒が集まって、エーテルは存在している。そして、人にはそれぞれ得意な属性が一つ、生まれた時から決まっているものだ。」


 ここまで聞いて、春水は貞光の講義を思い出した。魔術には体系付けられた流派があり、それぞれ得意な分野が異なる。


 魔術とは大気からエーテルを吸収し、一つの属性を抽出するものだ。そのため、得意属性によって技術体系が枝分かれするのは当然であり必然。


 春水が培ってきた経験と知識、それに老人の言葉が組み合わさって、点と点がようやく繋がった。


 そうして満を持し、春水が感覚として理解する。己の得意属性。エーテルを体内で操作し、たった一つの属性を切り分けて抽出するやり方。


 屋敷での五年、シャコ・マーンから教わった『借煌(しゃっこう)』、どれ一つ欠けていても到達できなかっただろう極地。


 春水は片膝を着いて立ち上がる。整えられた呼吸は大気のエーテルを余すことなく体に取り入れ、血管を激しく駆け回った。


 一陣の風が、春水の背中から吹く。燃え盛る火でも無い。積み上がる土でも無い。緩やかな水でも無い。


 野に生き、孤独だったはずの少年と常に共に在ったのは、山々を巡る風だった。森の木々を通り抜け、綿毛を運ぶ爽やかな疾風。


「...ありがとう。あなたのおかげで、僕は一歩先に進めた。」


「はっ!そうでなくてはつまらんのお....!!さぁ!今度は待ってやらんぞ....っ?!」


 風が老人の足元を掬い、それに留まることなく宙へと激しい勢いで浮かび上がらせる。


 春水は一瞬で風の性質を理解。慣れ親しんだ術式を使うかのごとく、ごく自然に指先一つで風を操作した。


「この疾風....(レラ・)(カムイ)か.....!まさか、こんなにも早く順応するとは...!だが、こちらは年季が違うわ!!!!!!」


 老人は火を最大出力にし、昼間なのにも関わらず流れ星と見まごうほどの光量を持った火球を出現させる。


 それから老人は宙に浮かんだまま、火球を地面にいる春水へ向けて発射。当たればチリさえ残さぬ威力を孕んだ直死の炎が、春水を襲う。


(風、風、風。包み込み、遠くへ飛ばし、彼方の地で咲く花のように。)


 炎へ向かって、春水は腕を伸ばす。そうして空で軽く片手を握り、力を込めて手のひらが上を向くように手首を捻る。


 彼を指揮者とするならば、風はきっとオーケストラなのだろう。風は彼の望んだように手足となり、炎を遠くへ遠ざけて散り散りにした。


 ただそちらに集中したせいで老人は風の牢獄から脱出し、いつの間にか地上に降りて近接戦へと持ち込む。


「春水よ....!蝦夷の歴史を、知っているかっ...!!」


 拳の逢瀬、蹴りの応酬。激しい打撃音が幾度となく響く最中、老人は孫にでも語って聞かせるかのように、春水へと呟く。


「野を駆け、鹿を取り、誰かを愛して子供を成す。ワシらにとって、日々とはそういうものだった。何不自由ない、暖かな生活だった。」


 老人の拳が春水の腹にめり込み、相応のダメージを春水に与える。ただし、春水はそれに怯まずお返しに頭突き。


「がっ....!満たされていた....。何も...何も不満などなかった....!もののけと暮らし、獣と暮らし、人と暮らす。そんな毎日は、本州の人間によって...奪われた......!」


 春水の頭突きを耐え、老人は姿勢を低く春水の足元を蹴りで払う。春水はそれに対応するため老人の頭上を飛び越え、器用に着地してから拳を放った。


「ぐっ.....。開拓、開拓....?ふざけるな、あれは殺戮だった!村の女子供は攫われ犯され、男は有無を言わせず奴隷。共に暮らしたはずのもののけたちだって、その姿を隠すようになった。」


「....酷い話だね、反吐が出る。」


「そうだ!反吐が出る!だから、我らは本州の人間に対抗すべく立ち上がった!その過程で何人死んだ!いくつの文化が途絶えた!」


 融和都市・札幌。この都市は元々、存在しなかったものである。本州からやってきた人間が開拓と言う名目の侵略を開始して数年、アイヌたちと蝦夷に住むもののけは力を合わせ、結託し都市を作り上げた。


 その音頭を取ったのは、もののけ側の皇帝とアイヌ側のリーダーだった存在。彼らは共に様々な制約を設け、本州人と拮抗するまでに勢力を伸ばす。


 ただ、大きな都市に大量の人口。彼らは多数派が心地よく生きるため、自らの文化を捨てねばならなかった。


 すり潰されていく文化、消えていくアイヌ人。普遍的だったエーテルの知識も途絶え、今ではニンニンケッポだけが『魔術師』なんて大層な名前で呼ばれている。


「大衆に迎合した結果だ。仕方が無かった。だが!本州人が来なければ、こんな結果にはならなかった!!!ならなかった...はずだ!!!」


 拳の一発一発が、今までのどんな攻撃よりも重く春水にのしかかる。春水はもはや、反撃する気概を失っていた。


 いいや、反撃するまでもない軽い拳だったからこそ、春水は重く受け止めるしか無かったのだ。


「消える....。ワシが愛した大地が、文化が、人の繋がりが.....。...........妻の最後の言葉は、『どうか恨まないで。』だったよ。」


 春水の胸にどすんと拳を打ち付けて、老人は体力が尽きたのかその場にへたり込む。


「人間というのは狡猾だ。力で敵わないとわかった途端、毒や疫病、人質や焼き討ちなど平気でする。」


 アイヌたちと本州人の全面戦争。当時、蝦夷開拓の功績だけが欲しかった役人たちは、後に残される土地のことなど考えず、平気で井戸に毒を撒いた。


 その結果、不毛になった土地がいくつもある。死んで行った歴戦のアイヌたちが数え切れないほど大勢いる。


 生き残ったのは、たった一人のへっぽこだった『魔術師』だけ。


「考えたよ。何故、自分だけが生かされたのか。必死で必死で考えて、研究に没頭して。そうしてようやく、お前さんを見つけた。」


 老人は春水の胸ぐらを掴んで、顔を自分に近づける。そうして瞳を近い位置で交錯させ、真剣な表情で訴えかけた。


「星の子。天津甕星(あまつみかぼし)の子よ。まつろわぬ神であるお前さんに、一つ頼みがある。聞いてくれるか。」


「もちろん。約束するよ、僕の大切な仲間に誓って。」


「そうか....よかった....。一つでいい、口伝一つでいい。ワシが持つ力を、次の世代に残していってくれんかのう.....。」


 復讐はしない。それは、妻の望みじゃないから。だから、せめて残したかったのだ。自分が生きた証を、この生は無駄ではなかった。


 この命と、散っていった仲間たちの意志は途絶えることがないのだと、そう世界に吠えてやりたかったから。


「この力、そうしてあなたのこと。僕は決して忘れない。いつか僕に子供が産まれたら、その子に教えてあげることにするよ。その子にも、繋げて貰えるようお願いしておく。」


 老人はほっと一息ついて、掴んだ胸ぐらをパッと離した。そうして、疲れたと言わんばかりに地面に尻もち着いてポロッと一言。


「お前さんの仲間、小樽からこっちに向かっておる。だから心配せんでも、もう時期会えるさ。」

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