唸る老骨、火の試練。(二)
春水は翼をはためかせ老人に向かってジグザグに突進し、照準を定めさせないよう距離を詰める。
しかし、そんな春水の動きを知ったことでは無いと老人は自分の周囲五メートルに電撃の円を形成。
春水の接近を防ぎ、自分は電撃で生み出した安全地帯に潜みつつ再び木製の蝶鮫を大量に向かわせた。
その群れを春水は空を飛行することで、一旦は回避。それから後方に彼を追いかける蝶鮫たちを引き連れて、上空から老人への接触を試みる。
電撃はあくまで平面円状に広がっているのであって、球状に老人をすっぽり包んでいる訳ではない。
故に、上空からの攻撃には弱い。そう、春水は結論づけた。しかし、老人は杖でトンと地面を叩き、円状の電撃を高速で回転させ始める。
「流石に想定外...っ!!!だけど、ギリ間に合う!!間に合わせるっ!!」
驚愕の色に表情を支配されながらも、春水は急速に方向転換をして間一髪電撃に触れることから逃れた。
そうして後続の蝶鮫たちは春水を追いきれず、曲がりきれないまま無様に電撃へとぶち当たる。
蝶鮫たちは電撃に触れると一瞬で黒焦げの木屑となり、原型を失い灰となってきえた。
その威力に戦慄し、春水は冷や汗を拭って大きく深呼吸する。大量の酸素と空気中のエーテルを取り込み、脳と体をフル稼働。
(あの杖...魔術を使う時に一瞬光るな。杖に付いてる真珠が光ってるのか?真珠は三つ、火と木と電気。それに対応している?)
とここまで考えた時点で、春水は杖を奪うための強行突破を決意した。『借煌』と『魔纏狼・纏身憑夜鬽・改』の出力を最大に、短期決戦へと向かう。
老人はいつものごとく木製の蝶鮫と電撃の併用を繰り出し、春水の進行を阻む。だが、『魔纏狼・纏身憑夜鬽・改』の輝きがそれを許さない。
溜め込んだ月光。その全てを解放し、エネルギーとして換算する。使い慣れた術式が、身体の向上によって更に威力を底上げされ、ここにその強靭さを見せつけた。
「なっ....?!お前さん正気か?!この雷は正真正銘、ワシの全力だぞ?!それを...正面突破だと?!」
「策の練り合いじゃ分が悪いから....ね....!綿密な作戦とか磐石な定石ほど、突破されたら脆いものでしょ...!!」
蝶鮫たちを無視し、春水は電撃の球に到達。それから腕を無理やり電撃の中に突っ込み、膂力で有無を言わせずこじ開けようとうする。
一瞬触れるだけで、全身に致死の電流が走る。痺れが体のあちこちを駆け巡り、体外からも満遍なく蝶鮫の突進が彼の身を削った。
それでも、春水は力を緩めない。バリバリと電撃が唸る音を無視し、ガリガリと蝶鮫が装甲を削る音を無視して。
少しづつ、ほんの少しづつ、彼は電撃を割いてこじ開けていく。その姿に恐怖を覚えた老人は、思わず杖を握る手に力を込め、冷や汗をダラダラと流す。
「僕を試すんだろ?やってみろよ、全部真正面からぶっ壊してやる。」
「...その意気や見事なり。ヒヤッとはさせられたの。だが、お前さんのはただの自殺行為だ。それでは、まだまだワシには届かんよ。」
老人は電撃をこじ開けようとして、無防備状態の春水へ向かい炎を繰り出した。その容赦ない火炎放射は春水の身を焼き、電撃と相まって過剰なまでの威力をたたき出す。
バキンと、甲冑の割れる音が響いた。春水の『魔纏狼・纏身憑夜鬽・改』はその高い性能と引き換えに、短期決戦にしか使えぬ諸刃の剣。
時間切れの鐘が春水へ敗北を告げ、老人は炎が彼を包み込んだ瞬間に勝利を確信した。
そうして老人は炎が消え、晴れた視界で刮目することになる。電撃を破り、炎を耐えた少年がこちらへ殴りかかって来ている瞬間を。
「あれを耐えるかっ...!!化け物がっ.....!!!」
「こんなダメージ、みんながいない寂しさに比べたら屁でもない。僕をはっ倒したいんだったら....もっとマシなの持ってこい!!!!!」
地面が揺れるほどの踏み込み、その豪脚が大地にめり込む。それからがっちりと固定された腰と腕は、着火される寸前の砲台のように今か今かと機会を待つ。
世界は彼を祝福するかのごとく、煌めきを放たせ続ける。そして、最大の瞬きが拳に起きた瞬間、春水の正拳突きが振り抜かれた。
「『借煌』!!!!!!!」
拳は老人へと向かい、正確な狙いを持って老人を一撃で撃ち抜くはずだった。
けれど、老人の持つ魅孕『栗鼠・宝玉』に込められた魔術は全部で三つ。木と雷と、最後に水。
老人は分厚い水の防壁を自身と春水との間に作り上げ、渾身の一撃であった拳の威力を減衰させた。
だがそのあまりの威力の衝撃までは殺しきれず、余波でそれなりのダメージを喰らった挙句、杖に着いていた真珠が破損。
魅孕としての効力を完全に消失した杖だけが手元に残り、それでも老人は少年に向かいなおる。
「....詰みだよ。その杖、真珠に何か細工があったのは分かってる。これからどうやったって、僕に勝てっこないだろ。」
ボロボロの体でありながら、春水は絶好調だった。渾身の『借煌』を繰り出したことで、エーテル操作のコツのようなものを掴み、彼はまた一段階上のステージへと至った。
満身創痍。だからこそ無駄な動きがなく、より洗練された強さが彼の中で大きく渦を巻く。
更に彼の中で、あと少しで自身の力の輪郭を掴める。と言った確信が湧き上がった。戦いの中でこそ成長していく、春水の類まれない才能。
「詰み...詰み.....か。高々杖一本お釈迦にしただけでいい気になるなよ、クソガキ。」
老人は壊れた杖を掴み上げ、素早い足捌きで春水に接近した。そうして、老人は杖を巧みに振り抜いて春水の顎を狙う。
そんな驚くべき老人の挙動に、咄嗟の判断で春水は体勢を捻って杖での打撃を回避。するりと抜けるように、滑らかな移動で老人の攻撃を避けきった。
それでも、追撃は止まらない。老人は炎の波を生み出して春水の逃げ先を限定、追い詰めるように杖を振り回す。
(こいつっ...!あれだけ近寄るのを避けようとした魔術ばっか使ってたのに....!近接は苦手じゃないのか....!しかも、火!もしかして、杖が無くても他の魔術も使えるのか....?!)
春水は向かってくる杖をパシッと片手で受け流し、空いた片足で反撃を喰らわせようと蹴りを相手の胴体へ走らせた。
だが、こちらの蹴りが命中しようとした瞬間、杖の腹部分がするりと抜け落ち、銀色の牙がギラリと艶やかに光る。
「仕込み杖...!うお....っ!!!あっぶない!!!」
春水は蹴りを中断して、翼を使って無理矢理不意打ちの斬撃を最小限のダメージで乗り切る。杖を受け流した方の手から一筋の赤が滴り、血に濡れた仕込み杖が妖しく光沢を見せつけた。
「火神よ。消えゆく我らに、祝福を。.....行くぞ、ぼさっとしなさんな。クソガキ。」
老人は火を燃え上がらせ、仕込み杖をブンと振って付着した血を落とした。それを見た春水は固唾を飲んで、老人に向かって一つ質問をする。
「僕は春水。...そっちの名前を、教えてもらっても?」
「...ニンニンケッポ。蛍....消え消えするもの、という意味だ。」
名乗りを終え、第二ラウンドが幕を開ける。小細工のない、正真正銘のぶつかり合い。鎬を削る二人の戦いが、一瞬の硬直を経て再開された。




