唸る老骨、火の試練。(一)
春水とハスミは骨董屋の戸を叩き、しばらく返答がなかったため取手を掴んで扉を開けた。
骨董屋の中にはその看板に恥じぬ程の骨董品たちが立ち並び、それぞれが埃を被って静かに眠っている。
「古い弓...指輪.....。それに、小刀?骨董屋ってこんなのも売ってるんだ....。」
「春水〜!見て欲しいっす!壺!!めっちゃ高そうっすよ〜!!」
ハスミは明らかに高級そうな壺を持ち上げて、キャッキャとはしゃいだ。それに春水はハラハラさせられながら、ハスミが壺を元の位置に戻したことでほっと一息つく。
乱雑に物が溢れた店内は非常に狭く、奥までの道のりが一本道の廊下となっている。
春水は埃っぽくも異様な雰囲気を醸し出す店内を観察しつつ、ゆっくり奥へと進んで行く。そうして店の最奥、大きな木目調の机の上に杖を置いた老人が、静かな瞳でこちらを眺めていた。
杖の先には大粒の真珠が三つ付いていて、いかにもと言った貫禄を感じさせる。
それから肝心の老人はと言うと、煤けたローブを羽織っており、こちらと目が合うなり突然杖を取って立ち上がった。
「待っておったよ。ルルイエの生き残りと...星の子。ワシはそなたらを歓迎しよう。」
老人は杖をつきながら、あれでもないこれでもないとあたりの物品を掻き回し続ける。それからしばらくしてようやく、目的のものを見つけたのか金貨を一枚取りだす。
その金貨は花びらのような、触手のような三つの線が中心から外に向かって伸びている模様が刻印されていた。
そんな不気味な金貨を老人はハスミに手渡し、ボソリと一言残して老人はハスミから視線を外した。
「その金貨を持って念じるといい。お前さんの術式はそれだけで、繋がる。」
老人が持つ見た目の圧と唐突な展開に戸惑っていた春水は、ようやく脳内の整理を終えて老人に自分の目的を伝える。
「あ、あの!僕はあなたに、仲間を探す手伝いをしてもらいにここまで来たんです!あなたなら、人探しにピッタリだって...!」
すると老人はお見通しと言わんばかりに、鹿の肩の骨を取り出して、詠唱も無く瞬時に魔術で焼いた。
バキッと骨の焼き割れる音が辺りに響き、何本かの筋が骨に走る。それを見た老人は刹那の時間で占いを終了させ、目的を達成。
(今、詠唱あったか...?一体....何をした.....?)
「....見つけた。」
春水はその言葉を聞いた瞬間、頭の中にあった疑問なんかすっ飛ばして、老人に縋り付く。それ程までに、彼にとって老人の言葉は喜ばしいものだったから。
「本当ですか!!!教えてください...今みんなはどこに!!!」
「教えてもいい.....がな、ワシにも目的がある。話は後にして、少々それに付き合ってもらうぞ。なぁに、お前さんにとっても悪い話じゃあるまいて。」
老人は逸る春水の肩をポンと叩き、杖を携えたまま外へと出た。春水も老人の後を追い、少し開けた庭まで着いていく。
庭に着くと、老人の方から何やらパリッと肌を刺すような空気が流れ出した。それだけで春水は、向こうが戦闘態勢に入っているという気配を察知。
こちらも警戒レベルをぐんと引き上げながら、なぜ戦闘に臨まなければならないのか理由を尋ねる。
「僕としては実力が試せて願ったり叶ったりなんだけど、あなたが僕と戦う理由は無いはずだ。だからせめて、理由を聞かせて欲しい。」
「....この地には、消えていくものが多すぎる。滅び、絶え、喪われる。全てが消えゆく運命であり、だからこそ生きとし生けるものは残そうと抗うのだ。」
「話が見えてこない...。結局、あなたは僕に何を伝えたいんだ?」
「お前さんが次代の担い手に相応しいか、確かめてやろうと言うだけの話だ。耄碌した老人の遊び相手に、ちょっと付き合ってくれんか...のっ!!」
老人が杖を振り、辺りに炎が撒き散らされた。相変わらず詠唱は無し。春水はこれに戸惑いながらも、『借煌』と『魔纏狼・纏身憑夜鬽・改』を発動。
咄嗟に出せる最高速度で炎の波を回避して、老人を無力化すべく杖を奪取しようと正面へ駆ける。
(杖がなくても火は出せてたけど...わざわざ杖を持つってことは何かしら意味があるはずだ。おそらく、杖に何かある。)
実際、春水の考察は当たらずとも遠からずと言ったところだ。この老人の持つ魅孕、『栗鼠・宝玉』の能力は魔術のストック。
事前に魔術を詠唱して真珠に力を込めておくことで、最大三つまで魔術をストックできる。
ストックした分は制限無しで使用が可能であり、周囲のエーテルが無くなるまで連発することまでできてしまう。
「簡単に近づかれてはこちらも面白くない。どおれ、玩具をくれてやる。」
春水が老人に接近し、杖を蹴り上げようとしたところで、春水の真横に木製の熊が出現。春水に突進することで、老人への攻撃を中断させた。
「また無詠唱....!魔術師は伊達じゃないってことか...!!」
不意打ちの突進を受けて尚、春水は無傷のままだった。以前の彼であれば衝撃でそれなりの手傷を負っていただろうが、今は前よりも数段硬く速い。
素早く体勢を立て直し、『大鵬金翅・迦楼羅焔』を使用して炎を纏った翼を形成。木製の熊へ向かい、宙からの飛び蹴りを喰らわせる。
熊は一撃で文字通り木っ端微塵に砕け散り、春水はこれに留まることなく再度老人本体への襲撃を開始。
「ふぅむ、木彫りの熊は性に合わんかったか。では、今度は海の幸と行こうかの。」
老人がトンっと後ろに倒れるように春水の一撃を回避し、今度は木製の蝶鮫の群れを生成。
鋲のような刺々しさを持った鮫肌たちが、宙を泳ぎものすごい勢いで春水を呑み込む。
(熊のとは別の魔術?いや、同じ木の感じがする。柔軟性の高い木の魔術だと考える方が妥当だけど...如何せん向こうの手数が多すぎる。)
濁流のように絶え間なく押し流れ続ける蝶鮫の群れの中で、春水は防御を硬めながら次の一手を考える。
あくまで鮫肌によるダメージはほとんど無いが、それにしても喰らい続ければ動きが落ちるのは確かだ。
春水は深く思考を落としていき、一度炎を遮断した。相手が木製であるため、炎は有効打に思えるだろう。
だが、それではまた物量で押されてジリ貧になるか、良くて振り出しに戻るだけ。故に春水はあえて炎を消して、蝶鮫の中に紛れることにした。
出現したいくつもの蝶鮫は宙を円のように回遊し、絶え間なくこちらを襲う。だがそれは、決して指向性を与えられて正確に狙い撃っている訳ではない。
この群れは範囲攻撃。範囲内に春水が位置を置いているだけで、相手の老人は彼の位置を特定し切れていない。
その弱点を瞬時に見抜いた春水は、浴びせられ続ける少量のダメージを受け入れて、老人へ近づくため密かに機を待った。
正しく、肉を切らせて骨を断つ。この判断は、極めて正解に近い行動だった。けれど、相手は老獪かつ百戦錬磨の生き残り。
「相手が見えないのは確かに不便だからのう。そこに漬け込みたくなる気持ちも理解出来る。でもな、術の主導権はこちらにある。」
老人は蝶鮫を散らして魔術を解除。そうして、事前に生み出していた木製の鯱を春水へ突撃させた。
(抜かった...!視界の悪さはこちらも同じ...警戒しておくべきだった....!!)
「でも、それはそれ。これは...これっ!!」
向かってきた鯱はその殺意を全身で振り撒き、彼を食いちぎらんと鋭い牙をガチンガチンと唸らせる。
そんな相手を、春水は真っ向から受け止めて殴り飛ばす。この鯱は先程の熊とは硬度も強さも比べ物にはならないのだが、彼からすればそれは微々たる差。
老獪さを上回るパワー、経験を上回る圧倒的なフィジカル。彼はもう既に、『借煌』を百パーセントものにしていた。
それだけに留まらず、春水は常に戦いの中で自らの可能性に問いかける。これで終わりか、ここが終着なのかと。
「....驚いた。いや、お前さんを見くびっておったよ。謝罪しよう。そして、ここからは決死の覚悟で挑んでこい。勢い余って、ワシはお前さんを殺してしまうかもしれんからの。」
より一層、空気がどっしり重みを持つ。押しつぶされそうなプレッシャーをドバドバ垂れ流す老人を見て、春水はニヤッと笑った。
「僕は手加減するよ。みんなが何処にいるか、まだ聞いてないからね。」
人差し指をクイクイと動かし、あからさまな挑発を繰り出す。ただ慢心は無い。ひとえに、彼は高揚しているのだ。新しく得た力を存分に振るえることに。
「....はっ!クソガキが。」
春水と同様に、老人もニカッと笑う。獰猛な笑み同士が交錯して絡み合い、二人は再び戦闘へとその身を投じて行った。
・『栗鼠・宝玉』
リスのもののけがその一生を掛けてほっぺに貯めておいたどんぐりが、結晶化して真珠のようになったものを加工して作った魅孕。
祝詞は【巫術を使ってその身を隠せ、トゥスニンケ。】なのだが、これは魔術をストックする際に読み上げればいいため、発動する際は無詠唱で貯めておいた魔術を使用出来る。
融和都市・札幌では、言葉を喋るもののけと喋らないもののけで扱いが変わってくる。
言葉を喋るもののけは人間と同様に扱うし、喋らないものは食料や魅孕にするため狩猟するものの、敬意を持って相手に接する。
ちなみに都市の人口比率はもののけとアイヌ人で4:6である。




