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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
148/235

私の神様

 

 吹雪は勢いを強め、着実に空間を支配していく。そんな中、白に染まらぬ黒い影とゆらゆら揺れる青い炎が『象』へと立ち向かう。


 身を切り裂くような風と、全身がかじかんで動きが鈍くなる寒波。


 この二つを、優晏は彼女の血界、『燼不凍星(もえずのいてぼし)』の応用として炎の華を自らの周囲に浮かばせることで、体温を上げてカバーしていた。


 しかし、優晏だけの熱量を確保すればいいだけならまだしも、熱量の確保が必要なのは三人。つまり、この空間に耐えるだけでも相当の熱量を消費するのだ。


 残存熱量が無くなれば、その時点で優晏たちは打つ手を失い敗北。為す術もないまま、吹雪の中に埋もれてしまうことだろう。


(だから短期決戦!もう出し惜しみはしない!!)


 優晏は炎の出力を最大にして、炎の剣をもう一振り作った。そうしてそれを花丸へと投げ渡し、花丸は剣の持ち手部分を影で包んで受け取る。


「ここで守りに入れば、儂の勝ちは揺るがんだろうな。だが、こちらにも通すべき意地がある。...復讐のため、真っ向から打ち砕く!!覚悟しろ、貴公ら!!」


 優晏たち同様、牡丹もまたギアを上げた。正しさの押し付け合い。自分の正しさを証明するかのように、互いが互いに牙を剥く。


 先手を打ったのは花丸。彼女巨体である『象』の股下を潜り抜け、すれ違いざまに四足へと斬撃を放った。


 ただその攻撃に、牡丹はピクリとも反応を示さない。痛みもダメージもあったが、ここで動けばさらに痛手を負うのを彼女は理解している。


「こちらが本命なのだろう?教科書通りでつまらないな、悪霊の。」


「っ....!あたりっ.....!」


 下に対応していれば、上がお留守になる。だからと言って、下の攻撃に目もくれないのはリスクの高すぎる行為だ。


 宙を舞い剣を振り下ろそうとしていた優晏を、牡丹は自慢の鼻でたたき落とす。しかし、タダではやられないと優晏は剣を傾ける。


 鼻での攻撃へと向けて、優晏は炎の剣を構えた。防御としてではなく、攻撃として鼻を焼き落とすために。


 ジュワッと肉の焼ける音が聞こえたあと、鼻での叩き落としが振り向かれ、優晏は酷い音を響かせて地面の雪へと激突する。


「優晏様っ....!!っ!その覚悟、無駄にはしません!!」


「優晏ちゃん!!!!東の豊穣十二番、『美園(みその)』!!!くっ...美園(みその)ですぐ治るようなダメージやない....。」


 優晏は多大なダメージにより気絶、戦闘の続行が不可能となった。けれど、気を失って尚彼女は術式を解いていない。


 炎の剣も、炎の華もまだ存在している。それに牡丹の鼻には大きな火傷ができており、これで超高密度の吹雪を放つ大技の『鼻吹雪(はなふぶき)』は使えない。


 優晏は確かに、自分の役目を果たした。牡丹を追い込み壊錠(かいじょう)を使わせ、その後も勝ちの目が出てくるまでには粘った。


 彼女がいなければ、おそらく戦いにすらなっていなかっただろう。その健闘を無駄にしないよう、花丸は足を全力で動かす。


(大技もない、鼻での攻撃もない。だったら、残りは死ぬ気で回避すればいいだけの事!!)


 花丸は術式を発動して『魔纏狼(まてんろう)』を擬似展開、残りの体力を全て消費する勢いでスパートをかけた。


 縦横無尽、上下左右に素早く駆ける。素早さで翻弄し、辻斬りのようにすれ違いざまに牡丹の全身へとダメージを蓄積させ続ける。


 その合間を狙う牡丹の踏みつけ攻撃や、力任せの突進には全神経を集中させつつも、攻撃の手を緩めることはしない。


 そんなことを続けているうちに段々と、花丸の息が上がってくる。だが、それは牡丹とて同じこと。


 数多の出血に、数多の火傷。普通ならもう倒れてもおかしくないはずなのに、牡丹はまだ吹雪の出力を下げない。


 底なしの体力、尽きることの無い気力。飢餓一歩手前にして、牡丹は恐るべき耐久力を花丸たちに見せつけた。


 ただ体力が落ちれば動きに粗が出るし、判断力もその分落ちる。花丸はどうしても、短期決戦故の焦りが出てしまう。


(体力も...優晏様の華ももう限界....。一か八か、やるしかない...!!)


 花丸は優晏と同じように、宙へと飛び上がり真正面でのぶつかり合いを所望した。しかしそれは、ただの自殺行為。


「それは勇敢さではなく、蛮勇だ。抜かったな、狼の。」


 自身の目の前に飛び上がった花丸へ向けて、牡丹は全力で突進を繰り出す。ただし、鼻は火傷していてそこへの被弾を嫌ったのか、頭突きのような形での突進。


 パワー、スピード。共に一級品以上のものを持っている牡丹から放たれる突進を、花丸はもろに喰らった。


 衝撃で骨が折れ、バキッと嫌な音が鳴る。だが、花丸はそれでも弾き飛ばされることなく、ニヤッと笑って相手の額にへばりつく。


「灯台下暗し、という言葉をご存知ですか。」


「...?いきなり何を....。」


「灯りの下...。近くにあるのに気づけない、と言う意味ですよ...牡丹様。」


 優晏の炎。即ち今花丸が持っている剣は、決して使い手を傷つける事はしない。では何故、花丸は剣の持ち手を影で包んだのか。


「照らされない灯りの下....!ここが一番、影が濃い!!!」


「貴公?!まさかっ!!!!」


 花丸は炎の剣を離し、手に隠していた影を針のように伸ばして、無防備な牡丹の目に突き刺した。


 花丸の術式は、影の濃さや暗さに威力が依存する。故に光が強ければ、その分影も強くなるのだ。


 花丸は完全に牡丹の右眼球を一つ潰し、修復不可能な手傷を負わせる。ただその代償に、痛みで暴れ回った牡丹の体当たりを受けて遠くに吹き飛ばされる。


「はあっ...はあっ....はあっ.......!まさか、ここまでとはな......。」


 残ったのは、終始サポートに徹していた刑部のみ。刑部のサポートは、確かに二人の命を繋ぐことが出来た。


 速さを上げていなければ、もっと攻撃を喰らっていたかもしれない。防御を上げていなければ、気絶では済まなかったかもしれない。


 目立つことはしなかったが、陰りなく影のMVPと言って差し支えない程の活躍を見せた刑部だが、戦闘面での活躍は言わずもがな。


 片目を潰され、全身は火傷と切り傷だらけ。そんな相手でさえ、刑部一人を気絶させるには十分すぎる。


「とでも思ったん?うちも低く見られたもんやなぁ、それだけ弱ってたら十分。東の豊穣六番、『鬼堕十三定僻詩(きたじゅうさんじょうひがし)』。」


「ガハッ?!...何を.....何を....した.....!」


 牡丹は血を吐き、ドスンとその巨体を雪へと投げ出した。刑部は倒れた牡丹にそっと近づき、刑部本来の口調で話しかける。


「呪い。普通のあんたなら効かなかっただろうけど、こんなにボロボロになってたら十分効くでしょ?」


「化かし合いは狐狸の領分、か....。あの茶釜の孫だものな、抜かっていたのは...こちらの方か。」


 どこか満足そうに、牡丹はふっと笑みを零す。しかし刑部は冷徹に、牡丹へと提案をもちかけた。


「茶釜の知り合いを殺すのも忍びないし、逃げるんなら逃がしてあげる。でもその代わり、一つ教えて。この国中の大騒ぎを起こしたのは、お姉ちゃんなの?」


「..........そうだ。茶釜も、あの狐の娘...なんと言ったか、妲己(だっき)の元にいる....。」


「...クソじじぃが。」


 吐き捨てるようにそう呟いて、刑部は空を見上げた。どこか遠くの空を眺めているやもしれない、姉のことを想って。


「随分...隠し事が多いのだな。春水と言う少年も、貴公にとっては駒に過ぎないと?」


「....アンタに関係ある、それ?まぁ、春水も私の仕込みってだけ。それ以上でも、それ以下でもない。」


「...はっ!素直ではないな。そういうところも、茶釜によく似ているよ。」


「うっさい。呪いは解いたから、早くどっか行って。お姉ちゃんがこの大乱の主犯ってのが分かっただけで、私はもう満足だから。」


 刑部はパチンと指を鳴らして、牡丹の呪いを解いた。そうして牡丹も同様に『壊錠(かいじょう)』を終了させ、元のコロポックル姿に戻る。


「収穫は無いが、それでも手傷を負いすぎた。一旦、聖女の元にでも帰還するか。」


棒鱈(ぼうだら)、一個取っといたんよぉ。ほら、手切れ金代わりに。」


 棒鱈(ぼうだら)を受け取った牡丹は、それを食べてどこか遠くへと去っていった。残ったのは一人立ち尽くす、刑部だけ。


(天津甕星(あまつみかぼし)がいれば、お姉ちゃんの目を引けると思った。でも、それだけじゃない。春水には、まだやって欲しいことがある...。)


 刑部が春水と迷宮で語り合った話は、嘘だらけという訳では無い。ただそれでも、本当のことは言えていない。


「全人類、全もののけの眷属化....。人ともののけが同じになれば、もう誰も争わなくて済む。」

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