私の神様
吹雪は勢いを強め、着実に空間を支配していく。そんな中、白に染まらぬ黒い影とゆらゆら揺れる青い炎が『象』へと立ち向かう。
身を切り裂くような風と、全身がかじかんで動きが鈍くなる寒波。
この二つを、優晏は彼女の血界、『燼不凍星』の応用として炎の華を自らの周囲に浮かばせることで、体温を上げてカバーしていた。
しかし、優晏だけの熱量を確保すればいいだけならまだしも、熱量の確保が必要なのは三人。つまり、この空間に耐えるだけでも相当の熱量を消費するのだ。
残存熱量が無くなれば、その時点で優晏たちは打つ手を失い敗北。為す術もないまま、吹雪の中に埋もれてしまうことだろう。
(だから短期決戦!もう出し惜しみはしない!!)
優晏は炎の出力を最大にして、炎の剣をもう一振り作った。そうしてそれを花丸へと投げ渡し、花丸は剣の持ち手部分を影で包んで受け取る。
「ここで守りに入れば、儂の勝ちは揺るがんだろうな。だが、こちらにも通すべき意地がある。...復讐のため、真っ向から打ち砕く!!覚悟しろ、貴公ら!!」
優晏たち同様、牡丹もまたギアを上げた。正しさの押し付け合い。自分の正しさを証明するかのように、互いが互いに牙を剥く。
先手を打ったのは花丸。彼女巨体である『象』の股下を潜り抜け、すれ違いざまに四足へと斬撃を放った。
ただその攻撃に、牡丹はピクリとも反応を示さない。痛みもダメージもあったが、ここで動けばさらに痛手を負うのを彼女は理解している。
「こちらが本命なのだろう?教科書通りでつまらないな、悪霊の。」
「っ....!あたりっ.....!」
下に対応していれば、上がお留守になる。だからと言って、下の攻撃に目もくれないのはリスクの高すぎる行為だ。
宙を舞い剣を振り下ろそうとしていた優晏を、牡丹は自慢の鼻でたたき落とす。しかし、タダではやられないと優晏は剣を傾ける。
鼻での攻撃へと向けて、優晏は炎の剣を構えた。防御としてではなく、攻撃として鼻を焼き落とすために。
ジュワッと肉の焼ける音が聞こえたあと、鼻での叩き落としが振り向かれ、優晏は酷い音を響かせて地面の雪へと激突する。
「優晏様っ....!!っ!その覚悟、無駄にはしません!!」
「優晏ちゃん!!!!東の豊穣十二番、『美園』!!!くっ...美園ですぐ治るようなダメージやない....。」
優晏は多大なダメージにより気絶、戦闘の続行が不可能となった。けれど、気を失って尚彼女は術式を解いていない。
炎の剣も、炎の華もまだ存在している。それに牡丹の鼻には大きな火傷ができており、これで超高密度の吹雪を放つ大技の『鼻吹雪』は使えない。
優晏は確かに、自分の役目を果たした。牡丹を追い込み壊錠を使わせ、その後も勝ちの目が出てくるまでには粘った。
彼女がいなければ、おそらく戦いにすらなっていなかっただろう。その健闘を無駄にしないよう、花丸は足を全力で動かす。
(大技もない、鼻での攻撃もない。だったら、残りは死ぬ気で回避すればいいだけの事!!)
花丸は術式を発動して『魔纏狼』を擬似展開、残りの体力を全て消費する勢いでスパートをかけた。
縦横無尽、上下左右に素早く駆ける。素早さで翻弄し、辻斬りのようにすれ違いざまに牡丹の全身へとダメージを蓄積させ続ける。
その合間を狙う牡丹の踏みつけ攻撃や、力任せの突進には全神経を集中させつつも、攻撃の手を緩めることはしない。
そんなことを続けているうちに段々と、花丸の息が上がってくる。だが、それは牡丹とて同じこと。
数多の出血に、数多の火傷。普通ならもう倒れてもおかしくないはずなのに、牡丹はまだ吹雪の出力を下げない。
底なしの体力、尽きることの無い気力。飢餓一歩手前にして、牡丹は恐るべき耐久力を花丸たちに見せつけた。
ただ体力が落ちれば動きに粗が出るし、判断力もその分落ちる。花丸はどうしても、短期決戦故の焦りが出てしまう。
(体力も...優晏様の華ももう限界....。一か八か、やるしかない...!!)
花丸は優晏と同じように、宙へと飛び上がり真正面でのぶつかり合いを所望した。しかしそれは、ただの自殺行為。
「それは勇敢さではなく、蛮勇だ。抜かったな、狼の。」
自身の目の前に飛び上がった花丸へ向けて、牡丹は全力で突進を繰り出す。ただし、鼻は火傷していてそこへの被弾を嫌ったのか、頭突きのような形での突進。
パワー、スピード。共に一級品以上のものを持っている牡丹から放たれる突進を、花丸はもろに喰らった。
衝撃で骨が折れ、バキッと嫌な音が鳴る。だが、花丸はそれでも弾き飛ばされることなく、ニヤッと笑って相手の額にへばりつく。
「灯台下暗し、という言葉をご存知ですか。」
「...?いきなり何を....。」
「灯りの下...。近くにあるのに気づけない、と言う意味ですよ...牡丹様。」
優晏の炎。即ち今花丸が持っている剣は、決して使い手を傷つける事はしない。では何故、花丸は剣の持ち手を影で包んだのか。
「照らされない灯りの下....!ここが一番、影が濃い!!!」
「貴公?!まさかっ!!!!」
花丸は炎の剣を離し、手に隠していた影を針のように伸ばして、無防備な牡丹の目に突き刺した。
花丸の術式は、影の濃さや暗さに威力が依存する。故に光が強ければ、その分影も強くなるのだ。
花丸は完全に牡丹の右眼球を一つ潰し、修復不可能な手傷を負わせる。ただその代償に、痛みで暴れ回った牡丹の体当たりを受けて遠くに吹き飛ばされる。
「はあっ...はあっ....はあっ.......!まさか、ここまでとはな......。」
残ったのは、終始サポートに徹していた刑部のみ。刑部のサポートは、確かに二人の命を繋ぐことが出来た。
速さを上げていなければ、もっと攻撃を喰らっていたかもしれない。防御を上げていなければ、気絶では済まなかったかもしれない。
目立つことはしなかったが、陰りなく影のMVPと言って差し支えない程の活躍を見せた刑部だが、戦闘面での活躍は言わずもがな。
片目を潰され、全身は火傷と切り傷だらけ。そんな相手でさえ、刑部一人を気絶させるには十分すぎる。
「とでも思ったん?うちも低く見られたもんやなぁ、それだけ弱ってたら十分。東の豊穣六番、『鬼堕十三定僻詩』。」
「ガハッ?!...何を.....何を....した.....!」
牡丹は血を吐き、ドスンとその巨体を雪へと投げ出した。刑部は倒れた牡丹にそっと近づき、刑部本来の口調で話しかける。
「呪い。普通のあんたなら効かなかっただろうけど、こんなにボロボロになってたら十分効くでしょ?」
「化かし合いは狐狸の領分、か....。あの茶釜の孫だものな、抜かっていたのは...こちらの方か。」
どこか満足そうに、牡丹はふっと笑みを零す。しかし刑部は冷徹に、牡丹へと提案をもちかけた。
「茶釜の知り合いを殺すのも忍びないし、逃げるんなら逃がしてあげる。でもその代わり、一つ教えて。この国中の大騒ぎを起こしたのは、お姉ちゃんなの?」
「..........そうだ。茶釜も、あの狐の娘...なんと言ったか、妲己の元にいる....。」
「...クソじじぃが。」
吐き捨てるようにそう呟いて、刑部は空を見上げた。どこか遠くの空を眺めているやもしれない、姉のことを想って。
「随分...隠し事が多いのだな。春水と言う少年も、貴公にとっては駒に過ぎないと?」
「....アンタに関係ある、それ?まぁ、春水も私の仕込みってだけ。それ以上でも、それ以下でもない。」
「...はっ!素直ではないな。そういうところも、茶釜によく似ているよ。」
「うっさい。呪いは解いたから、早くどっか行って。お姉ちゃんがこの大乱の主犯ってのが分かっただけで、私はもう満足だから。」
刑部はパチンと指を鳴らして、牡丹の呪いを解いた。そうして牡丹も同様に『壊錠』を終了させ、元のコロポックル姿に戻る。
「収穫は無いが、それでも手傷を負いすぎた。一旦、聖女の元にでも帰還するか。」
「棒鱈、一個取っといたんよぉ。ほら、手切れ金代わりに。」
棒鱈を受け取った牡丹は、それを食べてどこか遠くへと去っていった。残ったのは一人立ち尽くす、刑部だけ。
(天津甕星がいれば、お姉ちゃんの目を引けると思った。でも、それだけじゃない。春水には、まだやって欲しいことがある...。)
刑部が春水と迷宮で語り合った話は、嘘だらけという訳では無い。ただそれでも、本当のことは言えていない。
「全人類、全もののけの眷属化....。人ともののけが同じになれば、もう誰も争わなくて済む。」




