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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
146/235

雪や氷も元は水

 

 老い。それは、生きとし生けるものの全てが囚われる肉体の枷。どれだけ強靭な戦士であろうと、歳を経てしまえば筋量は落ち、全盛程の力は出せなくなる。


 その点で言うなら、牡丹は酷く衰えた状態にあると言っていい。戦いの記憶は遠く、今では肉体の全盛をとうに過ぎていた。


 だが、歴戦の彼女はそれすらも見越して術式を磨いている。肉体の衰えが始まって尚、彼女の術式の練度は未だに上がり続ける。


 老いを克服した訳ではない。けれど確かに、彼女の力量は寸分の狂いなく、全盛期と同等のものだ。


「安心しろ、儂の目的はあくまで人間の殲滅。貴公を殺しは.....せん!!」


 言葉の最中に牡丹は思いっきり地面の雪を踏み込み、刀を右袈裟に振り下ろす。凄まじい剣速ではあるものの、優晏もこれを地面を凍らせることで滑って回避。振り下ろしの後隙を狙って反撃に出る。


 氷のドレスを靡かせて、優晏は舞うように回し斬りを牡丹に浴びせた。その斬撃は牡丹の背中を軽々と抉り、辺りに雪を飛び散らせる。


 そのあまりにも呆気ない手ごたえの後、カウンターの気配を察知した優晏は追撃を一度中断して牡丹から距離を取った。


「聡いな、よく見ている。」


「.....厄介ね。」


 優晏はそこで、牡丹が孕んでいる真の脅威についてようやく気づいた。その脅威とは、本体がとても小さいこと。


 牡丹は術式で雪の甲冑を生成しており、二メートル弱ほどの冬将軍のような見た目で戦っている。


 一方で、その中身は一メートルもない矮小なコロポックル。たとえ優晏がどれだけ牡丹の身を削ったとしても、本体に当たるかは分からない。


(ひとまず回避に務める....。その後は....うん、何とかなるわね。)


 優晏は今後の方針を決定して、しばらく回避に専念することにした。しかし、それをみすみす見逃すような手合いでもないことは、優晏も理解している。


 及び腰になった優晏を叩くため、全速で刀を走らせてくる牡丹。


 それを確認した優晏は相手の視界を奪うため、ドレスを生成した時のように、周囲の熱を奪って小さな氷を沢山作り上げる。


 生み出された氷はチャフとしての機能を果たし、牡丹の視界から完全に優晏の姿を消させた。


 ただそれでも、牡丹が持つ歴戦の勘が唸りをあげる。そうして捕捉されそうになればまた、優晏が熱を奪ってチャフを生み出す。


 ただの時間稼ぎ。アイヌの男をできるだけ遠くへ逃がすための、単なる遅延行為に過ぎない。


「猪口才な....!見ず知らずの人間を逃がすためだけに、何故ここまでする?」


「じゃあ逆に聞くけど...!なんで牡丹は見ず知らずの人間を殺そうとするのよ!そっちの方が意味わかんないでしょ....っ!」


「理由など...復讐と...あとは意地だっ!!!」


 とうとう、優晏のチャフを牡丹の勘が上回った。牡丹は見えない視界の中で優晏を捉え、踏み込みが甘いながらも十分な一撃を叩き込む。


「いっ....!痛いで済むんだから....まだマシよね...っ!」


 防御用に生成したドレスが一撃で砕け、その役目を終わらせられる。まだ編み出したばかりの技であるとはいえ、一撃で砕かれるのは優晏も流石に想定外。


 その威力の高さに戦慄しながらも、優晏は自分の新技に確かな手応えを覚えた。


 そうして、貰った一撃で軽く飛ばされた優晏は地面を滑って軽やかに着地。戦闘続行が可能なレベルの手傷を負って、状況は振り出しに戻る。


 ただ、この程度の傷なら不利にさえならない。なぜなら、優晏の側にはサポートである刑部がいるから。


「東の豊穣十二番、『美園(みその)』。これで完璧な振り出しやけど...もうチャフは見切られてる。ちょっと、ジリ貧っぽいなぁ。」


 チャフを使わないことで、刑部のサポートが十全に受けられるのは確かにメリットとなる。ただし、相手は優晏の『焔奪氷化(えんだつひょうか)恋折水仙(こおりすいせん)』を一撃で砕く威力を持っている。


 刑部のサポートは回復以外、焼け石に水だろう。そのことを、牡丹も優晏も正確に理解していた。


「....貴公も見ただろう?あの村の惨劇、悲劇を。人間が生きている限り、あの地獄は何度も繰り返される。愛しい人が、大切な仲間が。人間の手で奪われる。」


 牡丹は刀を振るう手を一旦下ろして、重々しく呟いた。優晏と花丸、それから誰よりも暗い顔をした刑部が、鎮痛な面持ちで牡丹の話を受け入れる。


「人間など居ない方がいい。分かり合うことなど....出来ぬ。出来たとしても、儂は人間が嫌いだ。だから、そこを退いてくれ。」


「あなたは...失った側なのね。だから、そうやって憎み続けてる。」


「そうだ。儂も初めは、人が好きだったさ。でも関わっていく度に、彼らの醜さを知っていった。それでも迷って、迷って、迷って。本当にこれが正しいのか考えているうちに、みんな死んだ。もう誰も、儂を止めてくれる仲間はいない。」


 話は終わり、再び刀が持ち上げられる。油断も手加減もない、本気の目。次の一撃で確実に、こちらを戦闘不能にしようという気概が、パリッと優晏の肌を刺した。


 しかし優晏の方も、仕込みは完全に終えている。次の一撃を繰り出される前に、先手を取れれば負けはない。


 手練同士の戦場で一瞬生まれる、無音の時間。お互い、確信を持って最後の静寂を噛み締める。そうしてその静寂を破ったのは、優晏の言葉だった。


「あなたとは短い時間しか一緒にいなかったけど...それでも、私は牡丹が悪い人にはどうしても思えないの。だから、私が止めるわ。あなたの復讐。」


「....はっ。その言葉、あと五年早く聞いておきたかったよ。残念だが、転がった雪玉はもう止まれない。周りの雪を巻きとって、大きく大きく膨れ上がるだけだ。」


 牡丹が踏み込み、最後の一撃を放とうと雪の刃を振り抜いた。けれど、その刃が終ぞ優晏を襲うことは決してない。


 それどころか、牡丹を包んでいた雪の甲冑が溶け出して霧散する。牡丹は不思議そうに辺りを見回して戦闘続行のため再度術式を発動。


「何故だ?!何故、術式が発動しない....!!」


「言ってなかったけど、私の術式は氷を生み出す術式じゃないの。私の術式は熱を奪うもの。氷はただの副作用みたいなものよ。」


 優晏はチャフを何度も作り上げることで、人間を逃がす時間稼ぎと熱のチャージ、この二つを両立させた。


 優晏の術式について知らなかった牡丹は、当然前者の目的にしか気づくことが出来ない。それ故に、周辺の温度が上がっていることに気づけなかった。


 優晏を中心に熱が発せられ、急速に雪が溶かされていく。つまり、牡丹は術式を封じられたも同然。


 本来であれば、優晏の熱量を上回る雪を生成できていたかもしれないが、生憎今は空腹状態。術式の操作は衰えなくても、出力は半分程度しか出せていない。


「相性もあるでしょうけど...完封よ、牡丹。だからもう、復習なんて....やめて。」


「.......ふふ。ふふふ。あっははははははははは!!久方ぶり、久方ぶりだ!ここまで追い詰められたのは!!」


 刹那、無防備で無抵抗な牡丹から、異様な殺気がどぷどぷと漏れだし始める。この場にいた優晏、刑部、花丸の背筋を悪寒が走り抜け、冷や汗が滝のように流れた。


 そうして優晏は反射的に、血界を使用。本能的に死を感じさせられた恐怖に、思わず最大出力で牡丹を襲う。


「【血界侵蝕】『燼不凍星(もえずのいてぼし)』!!!!!!」


「ほう、血界まで使えるか。ならば、こちらも魅せてやろう。血界には、更にもう一段階上のステージがあることを。【血界侵蝕】『雪魄氷姿(せっぱくひょうし)』」


 愉快と言わんばかりに、牡丹は血界を生成。しかしその形は、血界とは思えないほど異形の姿をしていた。


「刀.....?それが血界.....?一体何を.....。」


 牡丹の血界は刀の形を取って、眞白の雪艶を放っている。そうして優晏が混乱している中、牡丹はその刀で自分の心臓を突き刺す。


 刀が血に染まり、朱が眞白を犯していく。牡丹は心臓を貫いたというのに、酷く晴れやかな表情をしながら高らかに吠える。


「血界とは、所詮魂の上澄みを世界に映し出したものに過ぎない!!だがこれは、魂の発露そのもの!!見るがいい!!【壊錠(かいじょう)】『雪象(せつぞう)』」


 実体のない魂が心臓を食い破り、牡丹の体を呑み込んで、本来の形を取り戻す。強大で、圧倒的な欲望の獣。その本性が、牙を剥く。

・【壊錠(かいじょう)

魂の奥底に眠る獣を発露する、術式の最奥。まさに、術式を最後まで練り上げた者だけが到達し得る頂き。


ちなみに屋敷編で春水が暴走したのはコレ。頼光さんの持つ魅孕(すだまはらみ)の効果で強制的に引き出されたもの。


羽後国編で最後に白母(はくも)が至った喰禍蠱(くわこ)もコレ。狐の切り分けられた尻尾によって強制的に引き出されたもの。


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