冷たさと残火
呼吸の仕方が分からない。轟々と燃える村の中で、私は何人もの人を殺した。
私に向かってくる人たちの表情はみな怒りに満ちていて、同胞を殺されたという正当な理由を持って、私に復讐の刃を向ける。
そんな人たちを、私は殺した。殺した時の感触が、未だに手のひらで鮮明に記憶されている。
「なぁ、悪霊の。儂ら人で無い者は、いつ死ぬと思う?」
鮮血を拭いながら、牡丹が炎の中で私に問いかけてきた。私は地べたにペタンと座り込みながら、ただ問いかけへの回答を思い悩む。
「大切なものを失った時、儂らは死ぬ。故に、儂は既に屍人。貴公は....悪霊と言えどまだ生者なのであろう?」
私は静かに牡丹を見上げる。そうして、ふと思った。この人はなんて、寂しそうな目をする人なんだろうって。
「あなたは....辛くないの?」
「どうだったかな。もう...忘れたよ。貴公は若い時の儂によく似ている。だから.....迷えば失うぞ、悪霊の。」
牡丹は血振りをして術式を解き、ゆっくりと歩いて村を去った。私はほんの少しだけ俯いて、考え事をしながら遅れて村を出る。
村の外にはみんなが心配そうな顔で私を待っていて、刑部なんかは私を見るなり急いで走ってきて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「大丈夫やった?変なもんとか、見ぃひんかった?」
温かみのある体温、温かみのある言葉。そう言えば刑部は、こんな風に自分の故郷が燃やされたんだっけ。
迷宮で二人暮らしていた頃、そんな話を本人から聞いたことがある。その時の刑部は私の目を見ないで、なんでもないようにサラッと話を流していた。
なんでもないようにしか、話せないんだ。あまりに辛くて、苦しくて。もう二度と見たくないから、サラッと流して遠ざけるしか。
刑部は優しい。特に、五年も一緒に暮らした私には。その優しさを無下にしたくなくて、私はつい嘘をついてしまった。
「大丈夫、何にもなかったわ。ね、牡丹。」
この傷は、私一人が抱えよう。他の誰かが背負ったら、きっと押し潰されてしまう。私一人で、背負わなければいけないものだ。
弱々しくも作った笑顔を私は顔に貼り付けて、なんとか牡丹以外のみんなを安心させる。
「そっか...そっか。うん、ならええんよ。お疲れ様。」
刑部の私を抱く力が一層強くなる。もしかしたら、刑部は私の嘘なんか全部見抜いているのかもしれない。
その上で、私の気遣いを尊重しているのかもしれない。私はなんだか無性に泣きたくなって、涙が零れないように空を見上げる。
「綺麗な星ですね。我が王も、どこかで見上げていらっしゃるのでしょうか。」
「屋敷にいた時よりもずっと綺麗に見えます!空気が澄んでいるからなんですかね....?」
本当に綺麗な星だった。空にバラバラ散らされた明かりが、瞬きながらはるか遠くに揺蕩っている。
そうして、それらを一緒に見上げられる大事な友達たち。この子たちにあんな惨劇を見せなくて本当に良かったと、私は心の底から安堵のため息を漏らした。
一頻り星を見終えて、私たちはすぐにこの場を発った。燃えた村の近くに居続けるのは縁起が悪かったし、何よりみんな私に気を使ってくれたんだと思う。
戦闘の音に、燃えた村。やはり、これで何も無いと言う方が不自然だろう。そんな自分の嘘の粗さに、私は後で気づいた。
(....迷えば失う、か。)
牡丹の言葉を、私は何度も頭の中で繰り返し考える。彼女の言葉はきっと正しい。けれど、迷わずにいられる事なんてできるのだろうか。
初めて人を殺した。嫌だった。もう二度と、やりたくないって思った。でも、きっとそんな甘くはいかないと思う。
私はこれから一体、何人の人を殺すんだろう。どうして、こんな事になっちゃったんだろう。
私を救ってくれた春水。名前をくれて、生きていい理由をくれた春水。私は、そんな彼が大好きだ。
(春水のためだったら、私は人を殺せる?)
私は残虐にはなれない。冷血にも、冷徹にもなれない。非道にも、外道にもなれないけれど、あなたのためならきっと殺せる。
それほどまでに、私は恋に落ちている。そうやって人を殺す私を、彼はきっと辛く感じてしまうのだろう。
それはでも、少し嬉しくて。私を思って辛くなってくれることが、やっぱり私はとても嬉しい。
彼の熱を知ってしまってから、私はどこか熱病に魘される気分のままだ。ただ、心のどこかで冷えきった自分が顔を出す。
悪霊は子供を作れない。私の行為は、私の好意はどこまでいっても虚しいものだ。
彼の熱を知る度、私は私の冷たさを知る。死体のように冷い身体に、氷のように冷たい唇。
私はそこまで考えて、これ以上は考えないようにと思考をやめた。だって、この先の結論はどう足掻いても袋小路の行き止まりだから。
「狼の。次の村までは少しかかる、ここら辺で一度休憩を取った方が得策だ。」
「了解致しました。ではここで、一度野宿の用意を開始致します。」
花丸は狼形態から人形態へと姿を変えて、織や絹を連れて野宿用の魔術を発動しようとした。
しかし、牡丹はそれを遮るように止めて、自分の術式を発動させて雪のかまくらを作る。
「儂の術式は『六花枯野』、雪を操る術式だ。故にこの通り、一晩を明かす宿を作るのには事欠かん。」
「わー!!!すごい!!雪でできてるのに中さむくなーい!!!」
「ほんとやねぇ...これならゆっくり眠れそうやわぁ。昨日は走りっぱなしやったし、花丸ちゃんもゆっくり休みや。」
瞬時に作られたかまくらは七人が入っても広々とした大きさがあり、なおかつ冷たい風が入ってこないので思ったよりも暖かかった。
ここ数日は寒さと空腹、それに加えて不安でじわじわと削られてきた私たちだったが、今一時は寒さを忘れて眠ることができそうだ。
それでも、目下の悩みである空腹は満たされることがない。
「出発から小樽まで、ここがようやく折り返しと言ったところだ。しかし、この空腹はどうにもならん。少々遠回りにはなるが、明日はこの先のアイヌの村を目指した方がいいだろう。」
「お腹減ったら....力....でない....。」
きゅううとお腹を鳴らして、切なそうに音源地の部分をさする絹。そうしてそれに共鳴するかのように、全員がお腹の音を鳴らし始めた。
そんな時、突然織が自分の服の中をまさぐり始めた。それからしばらく何かを探すような素振りを見せて、目的のものを見つけたのかニヤッと笑う。
「みんなお腹すいてるでしょ〜?なかよく!わけるんだよ?」
織は服の中からクルミを三つ取り出して、みんなに分けた。それから牡丹がクルミの殻をパキッと割り、中の身をそれぞれ二つに分断。計六個のクルミが出来上がる。
かまくらの中には七人、クルミは六個。熾烈な食料の奪い合いが、今始まろうとしていた。がしかし、結局のところそんな事にはならない。
「わたしはクルミ、すきじゃないの。だから、みんなでたべてね。」
織は朗らかに笑う。こうすることが当然だと言わんばかりに、柔らかな雰囲気を纏いながら。
「織ちゃん、私のと半分こしよう?一緒に食べた方が美味しいから。」
「いーいーの!かぐやは弱っちいし、ちゃんと食べなきゃ倒れちゃうでしょ!ほら、食べて!!」
クルミは本当に小さかったし、一口かじっただけですぐに胃の中へ消えてしまった。
ほんの小さなクルミと、純粋な思いやり。それらが、私たちの胃袋をいっぱいに満たす。織の優しい気持ちが、私たちを思いやってくれる気持ちが、何よりも嬉しかったから。
幼い体でも、やっぱり彼女は私たちのお姉ちゃんなのだ。私は織のそういう所を尊敬しつつ、暖かいかまくらの中で眠った。




