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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
143/235

火葬

 

 刑部一行が小樽を目指し、蝦夷を北上し始めてからもう一日が経過した。そうして雪路を走り続け、とある問題が浮上する。


 それは、食料物資の不足。刑部たちは本来、ヤスから手渡された紋所を持つ春水に頼り、蝦夷の国守たちから正規の手段で食料を入手する手筈だった。


 しかし、海上での襲撃により春水と散り散りになってしまったせいで、彼女らは手持ちの食料でどうにかやりくりするしか選択がなくなってしまう。


「ふぅむ...食糧不足か。ならば、この先にはアイヌの村落があったはずだ。」


「牡丹さんは詳しいんですね。でも...お金とか、アイヌの人たちに通じるんでしょうか?」


「ん?あぁ...。そういうつもりでは無かったのだがな。」


 本州とは訳が違い、蝦夷の冬は苛烈だ。植物は寒さに耐えきれず、動物は冬眠し、海に入れば凍え死ぬ。


 まさに、試される大地。よく蝦夷を知らない余所者では、食料の現地調達などほぼほぼ不可能と言っていい。


 故に、アイヌの村に寄って食べ物を分けてもらうという作戦は極めて正解に近い回答の内の一つのはずだった。


 花丸は牡丹の案内を受け、経路をやや右に傾けてアイヌの村を目指した。それから深雪を蹴って、爽やかに雪原を走り抜ける。


 少しの空腹は美味しい空気で誤魔化して、一行はどんどん足を進めていく。そんなことをしていると、刑部が何かに気づいた。


「あ、もしかしてもう村近いんちゃう?なんか、焼ける匂いがするわぁ。」


「ご飯時だし、お魚とか焼いてるんじゃない?いいなぁ〜!物物交換とかで分けて貰えないかしら。」


「......料理の...匂いじゃない....!」


 一足先に何が燃えているかに気づいたのは、空を飛行し料理にも精通していた絹だった。


 それから一歩遅れて、他のメンバーも気づき出す。焼けていたのは、村の方だったのだと。


 木製の家は過剰なまでに火を焚べられ、生木にまで燃え移っているのか、空に向かって大量の煙を吐き出している。


「火事....?大変...!!助けなきゃ!!」


「ちゃう。これは火事なんかじゃない。これはもっと...酷いもんやねぇ.......。」


「...狸の。貴公もそれを知っている口か。分かるよ、この場に満ちた悪意と瘴気。偶発的な火事では、こう非道く燃え移ったりはしまい。」


 一行は村の入口までたどり着き、優晏が全速で村の中へと足を向かわせる。その理由は単純。彼女が、春水ならこうすると思ったから。


 そうして独力で村の中まで先行し、彼女は目撃することになる。人間の悪意、その奥底に潜む狂気を。


「嘘.......。嘘よ。こんな、こんな。こんな酷いこと、人が出来るわけ....。」


 村人の数は全部で三十八名。男に女、老人に子供。妊婦から赤ちゃんまで、その全てが串刺しにされて惨たらしく燃やされていた。


 最も恐ろしいところは、彼彼女らが全員まだ生きているという点。ここにいる村人たちの中で、まだ死人は一人たりとも出ていない。


 磔にされた村人たち。その全てが、もはや喋る気力など残っていない。それなのに、彼らの目はある一言を、何よりも物語っていた。


「ころしてくれ。」


「..............ぁ。い...嫌....。嫌...!嫌!嫌!嫌ぁっ!!!」


 優晏には、明確な殺人の覚悟があった。彼女が春水の隣に立ちたいと願ったその日から、彼女はあらゆる辛酸を彼のためと思って舐めた。


 殺人の経験は無い。けれど、その時が来れば容赦なく殺せる。そういうメンタルを、彼女は訓練によって獲得するに至る。


 ただし、それはあくまで戦闘での殺人。今みたいに、なんの関係性もない、なんの罪もない人間を殺すことは想定などしていない。


「ころしてくれ。」


「.......嫌。」


「ころして。」


「嫌....やめて....!」


「ころしてくれ。」


「嫌なの...!やめて....。やめて!!」


「らくになりたい。」


「.........。」


「ころして。」


「もう....もう聞きたくないよ.....。」


「たのむ。」


「...................。」


「ころしてください。」


「......。」


「ころして。」


 優晏は、自分のことを非情になり切れるタイプだと思っていた。いや、思い込んでいた。そうしてそんな思い込みは、砂の城を崩すみたいに簡単に崩れ落ちる。


 炎が村人の肌をジリジリと焼く。焼けた皮膚は黒く縮こまってボロボロ剥がれ落ち、最大限苦しむようにという製作者の悪意がありありと感じられた。


 拷問し慣れてなければ、こうはならない。恐らく、何度も何度も繰り返し実験したのだろう。


 何度も何度も村を焼き、何度も何度も人を焼き、何度も何度も殺して。その末にようやく手に入れた技術なのだろうと、優晏は嫌な確信を覚えた。


「おぇ....!ぐ.....おぇぇぇぇ......。」


 肌を焦がす匂いが、命を削る炎が跳ねる音が、絶望と痛みの中で死という安らぎを求めてくるその目が。


 その全てにおいて、優晏は不快感を感じ吐き気を催す。胃の中が空っぽなので、優晏は胃酸を地面に垂れ流し、苦悶の表情を浮かべた。


 折れる。普通なら、ここで心が折れてしまう。それほどまでに、ここに広がる光景は残酷なものだ。


「....春水なら。春水なら、きっとこうする。」


 優晏は氷のナイフを生成し、一人一人を苦しみから解放していく。できるだけ痛みが無いよう、一瞬で。


 彼女は折れない。一度、彼の隣に立ち続けると決めたのだから。


 そんなキラキラ輝く、薄氷のような覚悟。それが逆に、彼女たちを苦しめる仇となる。なぜならこの状況は全て、一人の男によって仕組まれたものだから。


 刑部一行とは村を隔てて反対側。おおよそ一キロ程離れた地点に、蝦夷の武士と奴隷アイヌたちが勢揃いしている。


 そして、そこには当然蝦夷の大名である松前も足を運んでいた。


「え〜奴隷諸君!俺は大変、心を痛めている。君たちの同族であるアイヌの村が、あんなに手酷く燃やされているではないか〜。しかも、犯人はまだ中にいるみたいだぞ。」


 マッチポンプも甚だしい。この村に火を放つよう命令したのは松前本人だし、村人を丁寧に串刺しにするよう命じたのも彼なのだが、奴隷となっているアイヌたちはそんなことなど露ほども知らない。


「俺は君たちを奴隷として扱っているがね。やはり奴隷にも、きちんと報酬は払うべきだろう?さぁ、復讐の機会を与えよ〜!」


 最悪のタイミングでの扇動。松前はちょうど優晏がアイヌの村人たちを殺すタイミングを望遠鏡で見計らって、奴隷アイヌたちを出動させた。


 仕組まれたとは考えもせずに、奴隷たちは同胞の村を燃やされた怒りで火の中へ我先にと突っ込んでいく。


「よくも....!!!よくもおおおおお!!!!!」


「殺されて行った奴らの仇だ!!!報いを受けろ!!!」


「許さねぇ...許さねぇぞ!!!外道がっ!!!」


 奴隷のアイヌたちが、一斉に剣を優晏に向ける。普段の優晏ならこの程度、寝ぼけ眼でさえ対応出来るレベルの相手だ。


 しかし、今の彼女にはそれが出来ない。無辜の人々を殺してしまった負い目と、返り血で汚れた自分を責め立てる相手。


 優晏は心の中で、思ってしまった。向こうの方が、正しいと。そんな一瞬の迷い、ほんの刹那の逡巡が、優晏の防御を阻害した。


(あ、まずい。避けきれないや。)


 眼前には、もう避けようのない三本の剣筋。優晏はどこか他人事のような心地で、自分の死を確信する。


「まずは一人、向こうの手勢を減らせたかね〜。ラッキーラッキー。」


 だが、松前のそんな言葉を否定するかのように、三本の剣筋は動きを止める。


 それから、優晏を襲撃してきた奴隷アイヌたちはスパッと首を落とされ、一瞬にして絶命。辺りに鮮血が吹き荒れた。


「大丈夫か?悪霊の。怪我はないか?」


「....大丈夫。それよりごめん、牡丹。」


「いいのさ。生娘の頃は儂だって、いちいち躊躇った。別に、謝るようなことじゃない。」


 優晏は生娘という言葉に反応して、少しだけ反論したくなったが、やっぱり口を閉じた。それから大きく息を吸って、再び心を硬く保つ。


 人殺しの覚悟。血に濡れる覚悟。戦闘になれば、優晏はもう迷わない。


「チッ、やっぱり出張ってきやがった。老兵の癖して生意気なんだよ...。まあいい、撤収!撤収!!」


「ですが殿!奴隷どもは宜しいのですか?それに、我ら正規の武士はまだ一人も戦っておりませぬ!」


「いいんだよ、これはあくまで削りだ。殺せればラッキーだが、殺せなくても村での補給は滞る。どの道、奴隷なんか使い捨てだし。」


 松前たちは被害が出る前に奴隷を置いて撤収、削りの捨て駒として使い潰す。そうして自分たちは無傷のまま、目的を完遂した。

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