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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
141/235

銀の雫降る降るまわりに

 

 銃弾の雨が降り終えて、シャコ・マーンは意識を現実に戻すかのように、熱い息をほうっと吐き出す。


 痛みと熱が意識を明瞭にさせ続け、シャコ・マーンは弟の目を直視する。怨恨に満ちた曇眼、そうしてその原因が自分であること。


「シャコ・マーン。お笑いだよな、ふざけたその名前。ボクはあの雨の夜から、一睡だってまともに出来なかったよ。いつ人間が襲ってくるか分からない、次殺されるのは自分かも。そう思いながら、ボクはずっと暗い海の底で惨めに隠れ続けたんだから。」


 シャコ・マーンは何も言わない。弟の独白に、ただ静かに耳を傾ける。するとだんだん、弟の瞳が滲んで涙が溢れだしてきた。


 それだけでシャコ・マーンは、弟が一体どれだけ辛い思いをしてきたのか。ほんの少し、分かれたような気がした。


 弟の声が荒くなる。留めていた感情の濁流が暴発し、もう抑えきることは出来ない。そんな怒りと悲しみ、それから諦めの奔流が、シャコ・マーンを襲う。


「.....ずっと、待ってたんだ。兄さんのこと。待ってたんだよ?ボク。でも........アンタは来なかった。」


「チャンピオン?シャコ・マーン?ふざけるなよ!アンタは....アンタは....!!!ボクのことなんか忘れて一人楽しんでたじゃないか!!!!それを今更、よく戻った?ふざけるのも大概にしろよ!!!!【臓腑(ぞうふ)(ついば)め】『乾荒原(デザート)隻眼鷲(イーグル)』!!!!」


 弟の口から言葉が発された瞬間、虚空から銃弾が生成され、瞬時に装弾。再び銃弾の雨がシャコ・マーンに降り注ぐ。


「もう限界だ.....!これ以上のダメージは...いくら師匠でも耐えきれない....!!」


 春水はもう、我慢の限界を迎える寸前だった。いくら兄弟喧嘩、いくら師匠から見守ってくれと言われていても、目の前で死なれることを許容できる訳じゃない。


(たとえ師匠から一生恨まれることになってでも、僕は弟を止める。今の僕なら、殺さずに制圧だってできるはずだ....。)


 足に力を入れ、春水は土を蹴飛ばそうとした。しかしその寸前で、春水はハスミに声をかけられる。


「春水...お師匠さん、笑ってないっすか?」


 シャコ・マーン。完全無敗、最強無敵の熱血漢と呼ばれた漢は、全身から血を吹き出しながらも笑顔を崩さない。


 チャンピオンとしての意地はあった。師匠としての誇りもあった。けれど何より、兄としての愛情がそこにはあった。


「久々の再会!生き別れた弟との、初めての兄弟喧嘩だ!!目に入れたって痛くはないさ!!さぁ存分に、想いをぶつけてこい!!!我が弟よ!!!」


「そう言うところが.....!!!!!ウザいって言ってんだよ!!!!クソ兄貴!!!!!!!」


 狙いは正確、威力は最大。ただし、それら全てはシャコ・マーンを死に至らせるには全くもって足り得ない。


 進む。進む。進む。どしゃ降りの雨を進んでいき、あの日離してしまった手をもう一度掴むのだと、シャコ・マーンは腕を伸ばしながら進む。


 そうして距離が縮まっていき、最終的にはもう腕の届く距離となった。けれど、この瞬間に伸ばしていたはずの腕は、だらしなくぶら下げられる。


「殺しに来たって言っただろ。アンタはここで、ボクに懺悔しながら死ぬんだよ。」


 シャコ・マーンの額に、ガチンと銃口が突きつけられた。弟は引き金に指を掛け、いつでも銃を発射できる体勢を整えて、最期の瞬間を待つ。


「....お前は引けないよ。お前は優しい子だ。殺しなんて、出来やしない。」


「.....この銃を聖女に与えられてから、ボクは最初に人間を殺して回ったよ。沢山殺した。山ほど殺した。ボクら一族の死体の分以上に殺した。だから、もうボクは....兄さんの知るボクじゃない。」


 寂寥感の滲んだ微笑みで、弟は笑った。もうこの手は汚れているのだと、もう止まることなど出来はしないのだと。


 兄を恨むしか無かった。そうしないと、自分が壊れてしまうから。


 人を殺すしか無かった。そうしないと、自分が殺されてしまうから。


 憎しみだけが、彼の命を繋ぎ止めている鎖に他ならない。この憎しみの火を失えば、彼はきっと凍え死ぬだろう。


 分かっていたのだ。兄が悪くなんかないこと。それでも、それでも自分が生きるためには、恨むしか無かった。


「ボクは....生きてちゃいけなかったんだ。あの夜に、みんなと一緒に死んでいればよかった。そうすれば...そうすれば....!」


 こんなに苦しむこともなかった。そう付け足そうとしたところで、弟の言葉はシャコ・マーンによって遮られる。


「それは違う!!!!!!!!」


 下げられていたシャコ・マーンの腕が二本とも動き出し、弟を強く抱きしめる。滴る血と体の体温が熱を伝え、冷えた心を温め始めた。


「俺だって...俺だって沢山殺した!八つ当たりだぞ?!ただの八つ当たりで....沢山殺してしまったんだ!!」


「兄....さん....?」


「俺たちはもう清流では生きられない!でも...ドブ川でも生きられないんだよ.....!だから...殺してきた分償うしかないんだ....そうしないと俺たちは....あの夜の人間たちと同じじゃないか.....。」


 それはともすれば、告解だった。自分はどうしようもなく血に濡れているのだと、自分はただの愚かな殺戮者なのだという。そう言う告白。


 ある雨の夜に、蝦蛄一族を虐殺した人間とは無関係の人間を、シャコ・マーンは殺して回った。


 本当にただの八つ当たり。憂さ晴らし以下の、惨めな殺戮。彼は殴り殺した人間の体温を、今でも鮮明に思い出せる。


「人を殺すのは、最悪の気分だっただろう....。ちっとも、スッキリしなかっただろう.....。俺も一緒だよ、自分が汚れてしまった。そんな感覚だけが、毎日毎日俺を責め立てるんだ。」


 彼ら兄弟が復讐者となるには、彼らはあまりにも優しすぎた。そうしてその高潔すぎる心は、もう泥まみれに汚れてしまっている。


「でも....ボクは人間を許せない....!許せないんだよ....兄さん.....!!!」


「ああ...。許さなくていい、許さなくてもいいんだ....。だから、自分を傷つけるのはやめろ。だって、俺たちはもう一人じゃないんだから。」


 大粒の涙が、ボロボロとこぼれ始める。そうしてそれを誤魔化すかのように、空が曇り始めて大雨が降った。


 その雨は乾荒原に染み入るかのように優しく、泥を濯ぐように美しい銀の筋で。


 弟は銃を自然と手放した。そうしてまたシャコ・マーンも、自然と腰からチャンピオンベルトがずり落ちた。


 ここにいるのは、ただの兄と弟。なんてことの無い、世界にたった二人だけの兄弟。


「......銀の雫降る降るまわりに。金の雫降る降るまわりに。」


 ハスミは何かを感じたかのように、抱擁し合う二人を見て、ポツリとそう呟いた。


「ん?ハスミ、なにそれ。」


「アイヌの詩っすよ。立場が逆転して、それでも復讐したりせず、平和にまとめようって言う。綺麗事ばっかの詩っす。」


 ハスミは空を見上げて少しだけ辛そうな顔をしたが、頭をブンブン振って雑念を取り払う。


「綺麗事...か。でも、綺麗事でいいんじゃないかな。汚いのよりかは、やっぱり綺麗な方がいいじゃん?」


「...ふふ。バカっすね、春水は!」


 心底面白がるように、ハスミはころころ笑う。でもその笑いには、どこか諦め切っているところがあって。


 春水はそんなハスミの笑顔を端目に、ハスミの言葉を反芻して、自分でもポツリと呟いてみる。


「銀の雫降る降るまわりに。金の雫降る降るまわりに。」


 言葉は雨に掻き消え、誰の耳にも届くことなく消え失せる。それでもその詩は確かに、抱きしめ合う兄弟を誰よりも祝福していた。

・『乾荒原(デザート)隻眼鷲(イーグル)


祝詞は【臓腑(ぞうふ)(ついば)め】。


この魅孕(すだまはらみ)はある砂漠に生息していた大鷲のもののけの(くちばし)と鉤爪から作られた銃である。効果は銃弾の無限生成と自動装填。


元来はある聖女の持ち物だったが、堕天を探すという条件と引き換えに、シャコ・マーン弟が聖女から譲り受けたもの。



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