どしゃ降りが教えてくれた
シャコ・マーンが銃撃を受け倒れた瞬間、彼の弟の視界から春水の姿が消える。
そうして、弟が春水を探そうと意識を周りに向けた時には既に春水は弟の背後に回り込んでいた。
「師匠の弟だか何だか知らないけどさ、兄弟喧嘩にしてはやりすぎだろ。」
(早いっ?!いつの間に回り込んっ!!)
春水の静かな怒りを込めたストレートが、弟の顔面に炸裂。しかし、春水はあくまで無関係な第三者。
そこを春水本人もよく理解しているため、彼は本気の一撃ではなく、多少加減した威力で拳を振るった。
ただそれでも、『借煌』を使用した春水の拳の破壊力は相当なもので、弟は少し遠くの地面まで吹き飛ばされる。
「師匠....!師匠!!大丈夫ですか!!」
春水はシャコ・マーンの傍らに寄り添い、傷の具合を見た。出血が酷く、このままでは助かる怪我では無い。
けれど、『蝦蛄奥義』を発動すればひとまずは一命を取り留めるレベルの致命傷。だが、シャコ・マーンは奥義を使おうとする素振りを全く見せなかった。
「この程度.....なんて事ないハプニングだ、少年。だから......どうか見守っていてはくれないか.........?」
血をドバドバ地面に撒き散らしながら、シャコ・マーンは立ち上がった。金ピカに光るチャンピオンベルトを血液でくすませて、彼は吹き飛んだ弟の方へと向かう。
春水はその背中を見て、奥歯をギリリと噛み締める。チャンプを助けたい気持ち、師匠の誇りを守りたい気持ち。
その二つがせめぎ合い、春水は結局傍観することを決めた。その葛藤の末を、シャコ・マーンは労い、春水に軽く頭を下げる。
「ありがとう.....少年.....。それから、少女も。」
「...いいっすよ、水臭い。でも、死なないでくださいね。お師匠さん。」
進んでいく。毎歩進むごとに傷跡が熱く燃え上がるように痛み、体の芯が冷えて凍える錯覚に襲われようと、彼は進む。
『蝦蛄奥義』は使わない。彼の最も得意とする、一族の命を全て賭けても間に合わなかった集大成。それをあえて、彼は捨てたのだ。
「弟と語らうのに、鎧で身を守る兄がいるのか?なぁ、我が弟よ。」
「......今更。今更.....になって!アンタはまだそんなことを言うのか!!アンタは...アンタはボクを.....!捨てたくせに!!!!!」
三発の銃声、三発の着弾音。肉が弾け、内蔵が破れ、血が吹き出す。辺りには硝煙と臓物の匂いが充満し、殺伐とした雰囲気が二人を包む。
シャコ・マーンは銃弾を避け無かった。彼にとって、銃を避けることなどは造作もないことであるのにも関わらずだ。
「ガフっ....!......いい銃だな。我が鋼鉄の肉体に、こうも易々と穴を開けるとは.....。」
現在の倭国の技術力では、銃を量産するどころか、その発送にすら未だ至れていない。ただし、海外となれば話は別だ。
この場において、銃の知識を持っているのは全部で三人。前世の知識を所有している春水と、海外遠征の経験があるシャコ・マーン。
そうして最後に、聖女から下賜された魅孕、『乾荒原の隻眼鷲』を使用しているシャコ・マーン弟。
「避けれるのに避けないとか。ウザいんだよ、アンタ。それで、ボクの心が揺れるとでも?」
続けざまに二発。それから三発。加えて数え切れないほどの乱射を、弟はシャコ・マーンに発射していく。
そんなどしゃ降りの銃弾の雨を、シャコ・マーンは傘もささずに前進する。それから銃が弾切れになるまで、彼は進み続けた。
(.....こんな酷い雨だったな。吾輩が、お前と別れることになった日は。)
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「兄さん!兄さん!!!!パパもママも...おじいちゃんもおばあちゃんも.....!もう.....みんな......!」
蝦蛄一族。術式を持たず、筋肉質な良い肉を持つ我々は、人間にとって食い物にし易い鴨だった。
生きることにみな必死だ。我々だって魚を食う、鳥を殺して肉を食う、虫も草木も、腹が減っていれば食う。
けれどこれは、幼子にはあまりにも残酷な光景であった。父や母、親戚や同胞たちが、無惨にも頭を抉られ身をくり抜かれ、精肉されていく。
そんな現場を、我輩と弟は必死に抱き合いながら見つめ続けた。声を出したら自分もそうなる、音を立てれば自分もそうなる。
そう確信できていたからこそ、吾輩は弟の目を覆い、家の屋根裏で息を殺し続けた。
こんな地獄を弟に見せる必要は無い。そう思った。けれど、吾輩の手は生憎たったの二本。目は塞ぐことができても、耳までは塞げない。
悲鳴が永遠と木霊する。殻をベリベリ剥がされて、脳みそと身がちぎれる音がする。ベリベリ、ベリベリ。ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。
「あああああああ!!!!!!」
そんな地獄に、弟は耐えきれなかった。弟は悲鳴を上げてパニックを起こし、我ら兄弟は呆気なく人間に見つかってしまう。
そこからは吾輩が弟を抱えて雨の中、無我夢中で島中を駆け回った。けれど、どこを見ても人間がいる、どこに逃げても人間がいる。
我らの居場所など、もはやどこにもありはしない。ここにあるのは、蹂躙された故郷と同胞の死骸だけ。
ただ一つ幸いなことに、天気は大荒れ大嵐。海は猛って荒れ狂い、人間たちは船を出すこともままならぬ状況。
これしかないと思った。もちろん、これだけの荒れ具合なら我らとて無事に済む保証はない。
それでも、ここで死を待つよりかは何十倍もマシな結末だ。そう確信した吾輩は、弟を背負ったまま海辺へと駆けた。
「弟よ...。そろそろ泣き止め....、もうすぐ。もうすぐだからな。」
「兄さん...にいさん....!ごめん...ごめんっ...!ボクのせい...ボクのせいで.....。」
「違うさ。お前は何にも悪くない。悪くないんだ、弟よ。さぁ、飛び込むぞ。大丈夫、俺がいるんだ!最強無敵のこの兄!蝦蛄丸がな!!お前はその弟なんだぞ?胸を張れ!!」
吾輩は弟をぎゅっと抱き締めて、それからばちゃばちゃと暴れる水面を眺める。恐怖はあった。泣き出してしまいたいほど、恐ろしかった。
でも、隣には震えている弟がいる。だから、吾輩はにっこりと笑顔を作って弟に向けて笑う。
「ほら、怖くな」
パシュンと、唸る弓の音が聞こえた。背中が熱くなって、吾輩はその衝撃で一人海へと落ちていった。たった一人、弟を残して。
「兄さん!!!兄さん!!!兄さん!!!!」
激流の中、我らは散り散りになった。特に吾輩は意識のないまま、ただただ流れに流されるばかり。
吾輩が目を覚ました時には、どこかも分からぬ砂浜に一人寝転がっていた。
弟を探して、探して、探して、探して。海の外から倭国まで、数えるのも億劫になるほどの時間が経ってから、吾輩は遂に終着へと流れ着く。
行き場所がないものたちの吹き溜まり。術式なし、頼れるものなし、居場所なし。こういう溢れ物たちが集まる、大縄迷宮。
ここには色んな奴がいた。人間に奪われたやつ、そうじゃないやつ。強いやつ、弱いやつ。頭がいいやつ、悪いやつ。
果てには人間時代、もののけを殺したことがあるって言う悪霊までいやがった。でも、ここではそんなこと関係なかった。
過去を忘れて、ただ馬鹿みたいに騒ぎ立てる。そういう意味で、迷宮は吾輩にとって楽園だった。
「大縄様。吾輩は....弟を探している。どうか協力をしては貰えないだろうか....?」
「蝦蛄丸くんはよく働いてくれているからね。いいだろう、では第一層の階層主として、チャンピオンをやりなさい。私からも、君の弟の捜索はやっておくよ。」
不敗神話を築く。そうすれば名も上がり、弟が向こうから見つけてくれるかもしれない。そんな淡い期待は、当然叶わなかった。
戦って、戦って、戦って、戦って。勝って、勝って、勝って、勝って、長い時間が経った。だから、もう潮時なんじゃないかって諦めた。
「何がチャンピオンだ!!!!何がシャコ・マーン三世だ!!!!クソ!!クソ!!!クソっ!!!!!なんで....!!!なんでだよぉおおおおおおおお!!!!!」
煌びやかな声援と、ギラギラ自分を照らすスポットライト。その全てが煩わしくて、全部投げ出してもう死にたかった。だって、弟だってもう死んだだろうから。
そんな時、ある少年がリングに上がってきた。春水と言うらしい、ただの子供。最後に見た弟みたいに小さい、子供。
そんな子供に、吾輩は敗北した。手を抜いてたわけじゃない。ちゃんと戦った。その上で、弟の影がチラついたのだ。
少年のキラキラした眼差しで、吾輩はチャンピオンを演じていた自分が恥ずかしくなった。
大事なものも諦めかけて、あまつさえ今の地位も中途半端に投げ出そうとして。そんな自分が、あの時の弟に胸を張れるのか。
そんな自分の弱さに嫌気がさした。だから、一からまたやり直そうと思った。
荒れ果てた故郷に逃げ帰って、他にやることもないもんだから、ただひたすらに修行を重ねるだけの日々。
これでいいのか。このままでいいのか。そんな何万回と繰り返してきた自問自答を、流す汗と血反吐を吐くほどの鍛錬で外へ押し出す。
「これでいい。吾輩は、真にチャンピオンとなる。弟と再開した時、胸を張れる自分がいい。」
この地で、どれだけの年月が経とうと弟を待つ。弟が死んでいるなんて考えない。だってそれは、ただの侮辱に他ならない。
吾輩は、最強無敵の兄だ。故に、ここでお前の帰りを待ち続ける。だから、だから。
「早く帰ってこい、我が弟よ。」




