輝け、煌めけ。
チャンプとの修行は苛烈を極め、僕は今現在、呼吸をするのさえ苦痛になるほどの瀕死に追い込まれている。
本来であればもっとゆっくり行うものらしいが、僕がみんなと合流したいが故に無理を言って予定を切り詰めてしまったのだから無理もない。
しかし修行の内容はシンプルなもので、その内容の工程を大まかに分けると、たったの二つ。
一つ目は魔術を気絶寸前まで使用し続けることで、体内のエーテルを空っぽにすること。
二つ目はそんなフラフラの状態で、チャンプ改め師匠との殴り合いをすることだ。
「右!右!左!左!右!ガードが緩くなってきているぞ!少年!!」
「押忍っ.....!ぐっ....!」
一発一発が致死の一撃になり得る重さを孕み、こちらの痛いところを確実に突いてくる。
僕が平常時でさえ、ガードの上から喰らっても相当の痛手になる攻撃だ。そんなものを今のフラフラの状態で貰っては、当然タダでは済まない。
僕は既に何度も気絶し、何度も地に付している。だがその度に師匠から叩き起され、また殴り合いを続けているのだ。
「時に少年よ。君はなぜ、ここまで力に固執する?今更こんな方法に頼らずとも、少年が手っ取り早く強くなる方法はいくらでもあるだろうに。」
鋭い攻撃を捌きながら、僕は師匠の言葉を頭の中で何度も反芻する。
確かに、その通りではある。こんな地道な努力なんてしなくても、ミカの力を借りれば一瞬で僕は最強だ。
それは楽でいい。簡単で、スムーズで、苦労のない道筋。でも、心のどこかに引っかかる。
これではいけないと、僕の中のエゴが騒ぎ立てるんだ。自分の力じゃないと、不安になってしまうから。
「僕のは.....貰った力だ....!僕の力じゃない....からっ....!だから僕は...胸を張って....みんなを守りたい.....!」
「....エゴだな。」
師匠はかつてなく目を伏せて、そう吐き捨てた。そうして次の瞬間、今までとは比べ物にならないほど早く重い拳が僕の腹を打ち据える。
「エゴ....誇りは大事な事だ。特に、漢にとってはな。だが、覚えておけよ少年。誇りを突き通したいと願うなら、誰よりも強く在れ。そうでなければ、取り零すばかりだ。」
僕は歯を食いしばって、歯の隙間から血を吹き出しながら、倒れまいと足を踏ん張った。ここで倒れては、いけない気がしたから。
「...........がっ.......!」
「...今のを耐えたか。少年、その感覚を忘れるな!『蝦蛄奥義』は攻防一体のもの。防御が出来れば、自然と攻撃にも転用できるようになる!」
「はーい!一旦休憩っす!お魚いっぱい取ってきたっす〜♪」
僕はハスミの声を聞いた途端、今までの疲労とダメージで地面に倒れ込んだ。そうして小指一本も動かせなくなり、ただ地面を舐める。
そんな僕を見かねたハスミは、魚を串に刺して丸焼きにしたものを、僕の口元まで運んできてくれた。
「ほら〜お魚さんが泳いで来てくれたっすよ〜!あ〜ん!」
「あ...ありがと....あっつ!ちょ!熱いって!!あぢっ!!!」
「あっはっはっはっは!まじウケるっす!もう冷めたんで食べていいっすよ〜。」
僕はほの温かい魚の塩焼きを頬張りながら、少し休んで回復した体をゆっくりと起き上がらせる。
『蝦蛄奥義』を未熟とはいえ会得している最中だからか、傷の治りと体力の回復も若干早くなった。
師匠が言うには、『蝦蛄奥義』とはエーテルを体内で回して完結させるものである。そのため、攻防及び身体能力。ひいては自身の治癒力なども向上するそうだ。
「吾輩からのノウハウがあるとは言え、少年は飲み込み速度が異常だな!もうほとんど、会得間際まで来てしまっているではないか!」
師匠はそう言って、心底愉快そうに笑った。そうして、これはあくまで僕の考察だが、山篭りの経験があればあるほど『蝦蛄奥義』は会得しやすいのではないだろうか。
例えば、道鏡の『阿頼耶識法術』。あれは治癒力を極限まで高めた、魔術の上に位置している法術だ。と道鏡は言っていた。
(あれって...結構、『蝦蛄奥義』に近い技術だったんじゃないかなぁ....。)
そんなことをぐるぐる考えながら僕は食事を終え、少しの休息を取ってから再び師匠との殴り合いを再開した。
イメージするのは大きな力の流れと、目に見えない空気を取り込む感覚。
師匠の拳には言うまでもなくエーテルが込められており、僕に拳が接触する瞬間には、確実にその流れが感じられる。
(何度も受けた!何度も喰らった!その流れを...確実に掴むんだ....!道鏡がやってたみたいに...あの時みたいに!!)
大きく息を吸い込む。その吸い込んだ息を肺に溜め込み、血管の一本一本へと行き渡らせる。
頭、腕、腹、足、指先。全ての部位に淀みなく、満遍なく空気を行き渡らせるイメージ。それからようやく、こちらに飛んでくる拳に僕も拳を合わせる。
体勢を固定するための指先。一歩前へ踏み込むための足。力を貯めて吐き出すための腹。攻撃の要を担う腕。それから狙いを定めるための頭。
全ての歯車がガッチリと噛み合い、今ここに渾身の一撃が放たれる。こちらの拳と師匠の拳は拮抗し、互角となった衝撃は相殺され霧散した。
「フッ。ようやく入口に立ったな、少年!」
「押忍!!!師匠!!!」
僕は深く師匠に頭を下げて、最大限の敬意を表明する。そんな僕を見た師匠は満足そうに笑みを浮かべ、少し何かを考えるように指先を顎に当てた。
「ううむ...『蝦蛄奥義』とは言ったものの、少年が使うには些か違和感があるな....。だが蝦蛄の意匠も取り入れたい....。」
そうしてしばらく思案し続け、数分経ってピンと来たのか師匠はバシバシと僕の背中を叩きながら話す。
「エーテルとは、天上を満たす輝けるもの。そして『蝦蛄奥義』とはそれを借り受けるものだ。故に、少年よ!自然に感謝を忘れず、こう呼ぶと良い!『借煌』と!」
煌めきを借りる、蝦蛄から受け継いだ技『借煌』。その力を、僕は会得することに成功した。
努力の末に勝ち取った力。技術を磨くことでようやく辿り着いた、自分自身の力。
心の底から、誇らしさがどんどん湧いてくる。迷宮での挫折があって、屋敷での五年があって。ここに至るまでの全ての経験が、ようやく形となったのだ。
「『借煌』....。師匠...僕はこれを、まだまだ試したい。もう一回、手合わせお願いします....!」
この感覚を、ここで終わらせたくない。力の余韻が残っている今のうちに、体に使い方を染み込ませておきたい。
そうして欲を言うなら、まだこの力に酔いしれたいのだ。そんな高揚感を見抜いたのか、師匠はチャンプの表情へと顔を変える。
「良いだろう!!少年よ!!これで我らは同じ土台へと立った!!リングは無いが...リベンジマッチだ!!少年!!!!」
お互いにテンションは最高潮。ハイになった脳みそをフル回転させながら、僕はゴング代わりの拳をチャンプの顔面にお見舞いしようとした。
しかしその刹那、ズドンと僕とチャンプのちょうど中間地点に一点の小さな穴が空いた。その小さな穴は、まるで銃痕のようで。
それに気づいた瞬間、僕はさっきのズドンという音が、撃鉄の起こされた音だとようやく理解することが出来た。
「....久しぶりだね、兄さん。」
「貴様はっ......!まさか.....?!」
チャンプの視線の先には、チャンプと色違いの全く同じ顔をした、黒いコートを羽織る蝦蛄のもののけが銃を携えて立っていた。
「おぉ....!おぉ!!!生きて...生きていたのか...!!よく....よく戻った!!!我が弟よ...!!」
チャンプは蝦蛄のもののけの方に近寄っていき、ハグの体制のままダッシュで彼の方へと向かっていく。
そうしてそんなチャンプを見て、冷たい表情をしたままのチャンプの弟は、ただ無感動に腕を上げ、再び撃鉄を起こした。
「勘違いするな。ボクは...アンタを殺しに来たんだよ。シャコ・マーン。」
銃弾はチャンプの脇腹を貫通し、チャンプは何が起きたのか分からないと言った様子で、地面へと倒れ込んだ。




