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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
138/235

人の業

 

「わざわざ傷まで治していただいて...本当にありがとうございました...!」


「...ええよ別に。ほら、はよ行きや。」


 刑部は複雑そうな顔をしつつ、結局最後には少しはにかんで鶴のもののけが空へ飛び立っていくのを見届けた。


 血痕や死体の傷跡から、刑部たちの関与が露見することは決してない。しかし、その他の痕跡が残っている可能性も否定はできない。


 残香、抜け毛、ともすれば気配。人間側に目敏いものがいるならば、ここに刑部たちがいた事実にも気づかれてしまうだろう。


 故にできる限り、一刻でも早くこの場から立ち去るのが最善。そう考えた刑部はそれぞれに指示を出し、再度函館へ向かおうとした。


「そう急くな。貴公らは見たところ、外から来た者共だろう?道は分かるのか?人間の分布は?悪霊どもめらの有無は?」


 牡丹は善意から、刑部たちにそう尋ねる。刑部はその善意を跳ね除けようとしたが、一方かぐやは牡丹の親切さに甘える方針を選択。


「刑部さん。確かに、私たちが蝦夷の方々に見つかってしまうのは危険です。ですが、それ以上にこの方から得られる情報というのも捨てがたいでしょう?」


 刑部の後ろからひょっこり顔を出して、かぐやは牡丹に近づく。瞬間、牡丹の殺気が鬼のようにどっと膨れ上がったが、それはすぐに霧散してしまった。


 かぐやはそれに驚き、へなへなと後ろに尻もちを着いてしまう。それを見た全員は警戒態勢に入り、かぐやの前を優晏と花丸が隔てるように立つ。


「....何のつもりですか。返答次第では、ここでの戦闘も私は辞しません。」


「あぁ...すまない。少々、そこのお嬢さんの気配が人間のようだったのでな。気が立ってしまった。お嬢さんは...もののけとの間の子か?」


 かぐやは少し考えて、こくこくと頭を縦に振った。ここで人間だと告白してしまえば、確実に殺されると思ったから。


 それを確認した牡丹は申し訳なさそうに頭を下げ、お詫びと言わんばかりに情報を刑部一向に提供する。


「腰が...腰が抜けちゃ....。」


「かぐやだいじょうぶ〜?おねえちゃんが、おぶってあげよっか!」


 織がかぐやを背負って狼形態となった花丸の背中まで運び、かぐやの背中をさすさすと撫でる。


 それから絹もかぐやの傍に寄って、瞬時にモコモコの服を編み上げてかぐやに着させた。


「体....冷えたら悪い。あったかくしてね。」


 そんな風に一呼吸ついた後、刑部らと牡丹は少し離れた人気のない雪原まで移動。辺りには誰もいないことを確認し、情報共有を行う。


「まず、こっちは人探しをしてるんよぉ。春水って男の子で...まあ、うちらの棟梁みたいなもんやね。」


「奇遇だな。こちらも、人探しと物探しをしている。これも何かの縁、これから先の旅路に儂が同行するというのはどうだ?」


 知らない土地をガイドなしで彷徨うリスク。人間からマークされている危険なもののけを連れて行くリスク。


 これら二つを天秤にかけて、刑部はぐるぐると終わらない思案をした。そうして結局、刑部含めた六名で多数決を取る事に。


 もしも三対三で別れた場合には、最悪ジャンケンにしようという運任せの方策も決まり、一行は多数決の話し合いを始めた。


「うちは反対やねぇ...。厄ネタすぎんねん、あん人。」


「賛成...かなぁ。春水と会えるなら、これが最短みたいだし。」


「私も優晏様に同じくです。最短の道があるなら、それを目指したい。」


「.....しゅんすいは大事だけど...みんなにも危ないことはしてほしくない...。わたしは、おさかべといっしょ。」


「ん....賛成。早くしないと...手遅れになるかも。」


「私も賛成です。一秒でも早く、春水と会いたいですから。..............牡丹さんは、ちょっぴり怖いけど。」


 賛成四に反対二。ジャンケンをするまでも無く、刑部一行は牡丹を連れて行くことに決めた。


 そうして刑部たちは牡丹に事情を話し、流されてしまった春水とどう合流したらいいかを尋ねる。


 事情を話している最中、牡丹の顔色が若干薄暗くなったが、それでも牡丹は彼女らにアドバイスを託す。


「幽霊船....か.....まあいい。とにかく、向かうなら函館は辞めておいたほうがいい。ここらは人間の溜まり場だ、それに荒くれ者も多い。大した情報は無いだろう。」


「では、私たちはどこに向かえばよろしいのでしょうか?」


 牡丹は優晏の肩に乗りながら少し考えて、術式を使って雪の塊を生成。それを蝦夷の形に整えてから、説明を始めた。


「函館のあたり....。蝦夷のしっぽと言って理解出来るか?その辺は本州の人間が跋扈している地域だ。そうしてそれより北に北上すると、アイヌともののけの居住地域となる。つまり目指すべきは....小樽だ。」


 現状、刑部たちが位置しているのは函館付近の雪原。ここから本州の人々が住む地域を抜けるためには、二日ほどかかる。


 そこから更に小樽までとなれば、移動に一日かかり、合計三日もかかる計算となってしまう。


 しかも、これは単純計算の話。人間とぶつかればその分時間にロスは出るし、突発的な事故も起こる可能性がある。


 それらを加味した末、牡丹は小樽までの時間を見積もって、最短でも四日はかかると断定。その旨を刑部一行にも伝えた。


「四日.....四日かぁ.....。...寂しいなぁ。」


「かーぐーやー!それは禁句って約束でしょ〜!!」


「ひたいです!ひたいです!ほっぺた引っ張らないでください!」


 優晏はかぐやの頬を両手でつまんで、ギリギリと引っ張った。それを見た花丸がふふっと吹き出し、刑部がやれやれと肩を落とす。


「みんな...元気そうでよかった。」


「うん!みんなはえらいから、しゅんすいがいなくてもなかよくできるの!でも、さみしい子が出ちゃうかもだから。そうなったら、わたしがしゅんすいのかわりなの!」


 織がふふんと胸を張って、小さな体を大きく見せる。自分が春水の代わりをきちんと果たして見せるのだと、そう高らかに叫ぶように。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


松前(まつまえ)殿!!申し上げます!また我が手勢の武士が三名、もののけによって殺害されたとのこと!」


「あー....。また?もうさ、アイヌ共使って人海戦術で炙り出さない?今月で二十人ぐらい殺されてるよね?んで、やっぱあいつなの?」


 現在、天皇による蝦夷の支配は滞っており、大目に見て蝦夷全体の二割五分程しか倭国として認められてはいない。


 その理由は幾らかあるが、大きなものを二つ上げるなら、原住民であるアイヌの反抗と、現地を半分ほど支配してる『皇帝』だろう。


『皇帝』の支配は磐石であり、現地のもののけとアイヌが協力することで、本州の侵略から蝦夷をここ数年まで守りきっていた。


 しかし、その磐石な体勢を切り崩した男がいる。その男の名こそ、松前(まつまえ)である。


 彼は本州から蝦夷侵略のために派遣され、ものの数年で現状まで蝦夷の侵略を完了した。倭国大乱が起こらなければ、彼は確実に蝦夷全土を手中に収めていただろう。


「老人ゲリラの残党....。それがここまで猛威を振るうか....。よーし、じゃあもう綺麗さっぱりやっちゃおっか!」


松前(まつまえ)殿....いかがなされるので?」


「ん〜アイヌの村二、三個燃やして...。こっちのアイヌ奴隷兵たちにもののけがやったって言えばいいんじゃない?そうしたら、死にものぐるいでやってくれるっしょ!あ、ちゃんと目撃者出ないように皆殺しにしてね!」


「では、そのように。」


 松前(まつまえ)が望むもの、それは金と地位と女。いい家柄に生まれ、何不自由なく育ち、勝つことが当たり前だった人生。


 故に彼は、これからも無傷での完全勝利を望む。自らが流血することなく、盤上の駒を動かすように人の生死を決める。それしか、知らないから。


「もののけ......かぁ。あんまり殺したくないなぁ、いい労働力になるのに。」

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