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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
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来たれ冬将軍

 

 刑部たち一行は葉蔵からの襲撃後、数時間をかけて蝦夷本島に上陸。見張りなどで張り詰めた空気がようやく解かれ、全員がほっと一息つく。


「場所的にはここ、函館のはずれやろうね。.....これから、どないするん?」


 刑部の一言は短いながらも、核心を突いた一言だった。中心人物の欠落と精神的な疲弊、それに加えて右も左も分からない現状。


 辺りは雪がもう地面を覆っていて、真っ白な大地と遠くに見える港町が、柔らかな明かりを灯している。


 白い息がほうっと吐き出され続け、誰も何かを語ろうとしない時間が長く続いた。



 多分、全員が何を話していいのか。何を話せばいいのか、分からなくなってしまっているのだ。


「....春水を、探しに行きます。」


 そうして唐突に長い沈黙を破り、静寂を切り裂いたのはかぐやだった。かぐやは真っ直ぐな目で、全員の瞳を見つめる。


 かぐやの心の中には、春水のことを想う純粋無垢な愛情。ただ、それだけが詰まっている。けれど、それを上手く呑み込める者が全員ではない。


 不信感。最弱に近かったかぐやが見せる、絶滅の極光。ともすれば春水を遥かに超え得る力を放った、あの閃光を。


 ただ、誰もそれを言い出すことはできない。それを口にしてしまえば、今までの信頼や積み重ねが、壊れてしまう気がしたから。


 優晏を筆頭に、花丸、次いで刑部がそれぞれの思いを一旦は引っ込めて、かぐやの意見に賛同する。


「しゅんすいを探しに行くのはいいけど...じゃあどこ探すの〜?」


「そうなのよね...春水が行きそうな場所...そんなのあるかしら?」


「では僭越ながら、都市部に行くのはいかがでしょうか。人の出入りが多ければ、情報もそれなりに集まりやすいかと。」


 花丸の提案に全員が同意し、刑部が情報を付け足すことで、第一の目的地は函館に決まった。


 もしそこで情報が何一つ得られなかったら、今度は蝦夷を北上して小樽に。そうしてその次は札幌と、あらかたのルートを決めておく。


 それから早速、刑部一行は函館へと向かって出発した。なるべく最速で向かうために、花丸には優晏とかぐや、それに狸形態の刑部が乗る。


 残りの絹は飛行できるため、織を乗せて花丸の頭上を飛んでもらう。


 この布陣で急げば、目的地までは二時間もかからない。しかし、問題はそこではなかった。


 刑部たちが雪の中を駆け、もう少しで函館に到着するといった所で刑部たちは目撃する。人ともののけ、その圧倒的な乖離を。


「オラァ!!ゴミの役にも立たねぇ、奴隷土人共以下のゴミクズがよ!!さっさと死ねや!!!」


「てめーらみたいな畜生はな!人間様にぶっ殺されんのがお似合いなんだよ!!」


「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!!うぐっ...!がっ!!おぉぇ...っ!」


「おいおい!こいつ泣いたぞ!気持ち悪ぃ!バケモンの癖に人の言葉喋ってんじゃねーよ!!」


 少し離れた海岸沿いで、鶴のもののけが人間数人に囲まれ、暴行を受けていた。


 もののけは人に近いものや、獣に近いものなど多種多様な姿を取る。極端な例を上げるならば、ほとんど人と見分けのつかないものもいれば、ほとんど獣の者もいるということ。


 そうして今暴行を受けている鶴のもののけは、紛れもない後者だった。


 差別と言うには生温いかもしれない。これは最早、排斥である。確かに、人ともののけにはどうしようもない違いがあって、繰り返されてきた差別の歴史がある。


 ただ、今の倭国は乱れてしまった。もののけたちの活発化。それが引き起こしたのは、差別のヒートアップだった。


 今まではせいぜい、穢らわしい異民族程度だった人間のもののけに対する価値観は倭国大乱で一変。自らの喉元に凶器を突きつけてくる、害獣へと変貌した。


 倭国大乱。それは人が押し込んできた、もののけたちの怒りの発露である。差別の鬱憤が爆発し、とうとうもののけたちは立ち上がるに至ってしまう。


 だが、人間というのは己の非を認めることができない生き物。彼らは自らの罪業を生存競争と正当化し、もののけたちとの戦争を是非とした。


 その結果、ただ静かに生きていただけのもののけは、人々に蹂躙される。そこに尊厳はなく、慈悲もない。


「.............ひどい.....。」


「かぐやちゃん。見ん方がええで、あんなの....。」


「.....助けに行きましょう。あそこにいる人間は三人。今の私たちなら、無傷であの鶴の方を回収できます。」


「ん...回収用の縄の準備、出来てる。」


 優晏は無言で氷の刀を作り、今にも走り出そうと海岸沿いを睨む。それは、花丸や織もそれは同様で。


 しかし、刑部は彼女らの動きを制止し、悲しそうな目を鶴のもののけに向けた。


 優晏はもちろん、花丸、織、絹。彼女らはもののけとして生まれて、まだ日が浅い。故に、彼女らは差別を知らない。人間の怖さを、知らない。


「人に手ぇ出したらあかん。確かに、あの子は可哀想やと思うよ?じゃあそれで、あの子を助けたその後は?」


「その後...その後って!じゃあ刑部はここであの子を見捨てるの!?」


「うちは見捨てる。見捨てた方がええ。じゃあ優晏ちゃん、あそこで助けた後、一体どれだけの人間がうちらを付け狙ってくるのか、ちゃあんと理解出来てる?」


 人間は執念深い。人が殺されれば恨みで追ってくるし、殺さなくても目撃されればより追跡が深くなる。


 数の暴力。その恐怖は、刑部が一番知っている。人に全てを焼かれ、逃げるしか無かった少女時代。


 お腹が減ってどうしようもなくて、畑の芋の葉っぱだけを齧って逃げ延びたことだってある。


 なぜ、少女だった刑部は人を殺して奪わなかったのか。簡単だ、人を殺せば殺されるから。


 追手は絶えずやってくる。夜寝る時、いつ襲撃されるか分からない恐怖。


 執念の恐怖、恨みの恐怖、人間の恐怖。それを彼女は知っているのだ。


「うちらの目的は何?もののけを助けることなん?そんで犬死にでもする?ご立派やけど、うちは乗れんよ。そないなアホらしいこと。」


「刑部様っ!それは....言い過ぎです........。」


「花丸....やめて。これに関しては私が冷静じゃなかった。ごめん刑部、頭冷やす。」


「ええんよ。うちも厳しい言い方になってもうたわ。ごめんな。」


 優晏は氷の刀を頭上で霧散させて、悔しそうに歯を噛み締める。海岸沿いでは、未だに絶え間ない悲鳴が上がり続けていた。


「私.....。うちかて、できることならな....。」


 思い出すのは、膝を抱えて震えるだけだった少女時代。助けて欲しかった。誰でもいいから、助けて欲しかった。


 泣いても、叫んでも、喚いても。誰も助けてくれやしない。だったら自分で強くなるしかない。逃げ続けるしか、無かったから。


「助けてぇ!!!!!お願いですっ!!誰かぁ!!!誰かいませんかぁ!!!おねがっ!!!お願いです!!!!ガハッ.....!!」


「そろそろ死ぬんじゃねぇのこいつ。こんなに一生懸命よぉ!!」


「おうおうさっさと殺せ殺せ。そんでようやく、鬱憤も晴れるってもんじゃねえか。」


「お前らもののけが人間を殺したのが悪いんだろうが!!自業自得なんだよダボ!!」


「ちがっ....!私じゃない!!わたしじゃ...!!おごっ...!!」


「知らねぇよ!坊主憎けりゃなんとやらってなぁ!!」


 刹那、空気が凍る。暴虐を繰り広げていた人間三人の手が止まり、鶴のもののけは人間の背後を凝視した。


 そこに立っているのは、精巧な雪像かと思うほど真っ白な雪で構成された、刀を携える甲冑。一目見て歴戦だと分かるほどの殺気が、形を成している。


「お.....お前.....!お前か...!俺らを殺し回っ。」


「所詮は老兵だろうがっ!俺ひと。」


「クソッ!クソ!!クソッ!!来るなぁ...!来るんじゃねぇ...!お前...心はねぇのか!!」


 最速で二つの首を切り落とし、返り血で真っ赤に染まった甲冑は、最後の一人を追い詰めて刀を振るう。


「......手前(てまえ)が心を(かた)るのか。」


 怒りに満ちた太刀筋が、噴水のように鮮血を撒き散らす。地面の雪は赤く溶け、鶴のもののけもまた、朱に染まった。


「.....あ。ぁ......!あぁああ.....。ありがとう.....!ありがとう.....ございます........!この御恩は一生....一生忘れません....!!」


「良い、我が同胞(はらから)よ。...その傷では歩けぬだろうな。そこに隠れている狸、疾くこちらに来い!もう怯える必要は無いぞ!!」


 鮮血を受け赤となった将軍は声を張り上げ、隠れていた刑部を呼び寄せた。


(バレてんのね。だったら、隠れても無駄....か。)


「....うちに何か御用でも?」


「そう警戒せずとも良い。貴公、よもや狸であれば茶釜の知り合いであったりせぬか?儂は牡丹(ぼたん)羅刹雪牡丹(らせつゆきぼたん)。と言った方が分かりやすいか?」


 その時、刑部の背後に控えていた優晏がピンと来たような顔をして、牡丹(ぼたん)に話しかける。


「そう言えば、京極が言ってたわ!あなた、もしかして『唄鳥(うたどり)』の人?」


 京極の名を聞いて、牡丹(ぼたん)は懐かしそうに笑った。そうして空を見上げ、はらはらと降り始めた雪を掌で受け止める。


 しわがれた声に、艶を失いもはや女として見られぬ年であることは理解していながら、それでも牡丹(ぼたん)は乙女のように声を紡ぐ。


「あぁ。懐かしい名だな。京極、京極よ。お主は.....結局、儂より先に逝ったのだったな...。」


 哀愁漂う恋心。淡く擦り切れ、セピア色に薄れてしまったものだとしても、確かにそこには恋があった。


 牡丹(ぼたん)は空に向かって瞑目し、先に行った戦友を想う。最期まで伝えられなかった想い、もう決して届くことがない恋文。


 それらに年甲斐もなく浸ったところで、最後に帰結するのはいつも、恨みだ。


 京極を奪ったのも、『唄鳥(うたどり)』のみんなとバラバラになったのも。全ては人間の暴虐によるもの。


 殺さねばならない。一人残らず、嬲り殺さねば気が済まない。先に逝った鬼を愛した老婆は、返り血を啜る復讐鬼に堕ちた。


 静かに目を開けて、牡丹(ぼたん)は術式を解いた。雪の甲冑が解け、中から本体が露出する。


 現れたのは小人の老婆。先程の甲冑からは想像もつかないほど小さく、それでいて気の強そうな素顔。


「さぁ、そこの狸。治癒術は使えるか?」


 しわくちゃの顔が、笑顔に歪んでさらにしわを増やす。復讐鬼の笑顔、決して人に向けられることは無い、鬼の笑顔がそこにはあった。

牡丹(ぼたん)

蝦夷生まれでコロポックルの老婆。身長は三十二センチ。


コロポックルはアイヌと共存し、蝦夷の大地で平和に暮らしていたのだが、そんな日常に退屈を覚えて本州に出奔。


コロポックルの物珍しさから人間にいいように扱われ、奴隷に身を落としたところ、奴隷の牢獄で京極と出会い恋に落ちる。


唄鳥(うたどり)』壊滅後は京極同様大人しく暮らしていたのだが、彼の死によってタガが外れ、狡猾に人間を殺して回る復讐鬼と化した。

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