輝く肉体美。それ即ち、王者の証なり
僕とハスミはチャンプに案内されて、島の奥にあった廃村へと足を運んだ。
そこには一応生活できるような拠点があり、ある程度の備蓄や、雨風を凌げる仮設基地まで設置されている。
「と言うか....チャンプはこんな所で何をしてるんですか?ここって、無人島なんですよね?」
「ん?ああ、そういう認識なのか。この島はな、元々我ら蝦蛄一族が拠点としていた島なのだ。」
「へえ〜。じゃあここは、シャコマーンさんの地元って感じなんすね。」
ハスミがそう言うと、チャンプは高らかに笑ってポージングを披露した。その筋肉は少し汗ばんでいたが、それが逆に輝いて見える。
しばらくピクピクと大胸筋を震わせて満足したのか、チャンプは僕らに魚や干し肉、木の実などをご馳走してくれた。
「少年!タンパク質がいいぞ!タンパク質だ!肉や魚が筋肉になるからな!骨まで喰らえ!」
チャンプの言う通り、僕は魚の骨までバリバリと噛み砕いて飲み込んだ。それを見たチャンプはフルフルと震え、踊り始める。
唐突なダンスに僕とハスミは戸惑う。しかし、そんなことは気にも留めず、チャンプは舞を披露し続けた。
「人と話せるなんて五年ぶりだ!!人との交わりとは、斯様なまでに楽しかったのか!あぁ、だがここまで来ると、欲が出てしまうな。少年!修行がてら、吾輩と模擬試合をしてはくれないだろうか!!」
僕はもちろんそれを承諾し、食事を済ませた後は広場に出た。そこで軽く準備運動をこなし、武器を捨てて相対する。
武器なし、術式なしのステゴロ勝負。決着は敗北を認めるか、気絶するかの二パターンのみ。ちなみに、審判はハスミに任せた。
はっきり言って、幼い頃の僕でも倒せた相手なのだ。確かに僕は、チャンプの在り方や生き様に尊敬を覚えている。
だが、それと実力が伴うかは別の話。ただこちらには五年あったように、向こうにも五年という月日があった。
単純比較はできないだろうが、それでも遥かにこちらの方が上であることは間違いない。
一応、油断した先刻は不覚を取ったため、警戒をマックスにして初手からトップスピードで行く。
僕は尊敬と敬意を持って地面を踏み上げ、本気の蹴りをチャンプにお見舞した。
(食後の運動には....丁度いい!!)
「ふむっ!お行儀の良い蹴りだな、威力も申し分無い。さぞ修行を詰んだと見える。だがな、頂きには程遠い。」
チャンプはこちらの攻撃を片手で易々と弾き、反撃のボディーブローを繰り出してくる。
僕はその速さと威力に驚愕しながら、何とか体勢を整えて地面に着地。何とか腹を抑えて、低姿勢のまま意識を保つ。
(さっきのが全速じゃなかったのか....!!たったの一発が...重い...!!)
「気づいていないようだな、少年。先程のはほんのジャブ、たった二発のワンツーに過ぎんよ。」
「二発....?!早すぎて、目で追えなかったって...ことなのか.....。」
チャンプは蹲るこちらをじっと見つめて、何やら思案している様子だった。その瞳には見下すような気配など全く無く、ただただ眼下の僕を見ている。
僕はその真っ直ぐさが、恥ずかしくなった。その瞳に、僕の慢心や思い上がりみたいな、そういう全てが見抜かれている気がしたから。
「まだっ...!まだやれる....っ!」
だけどそれが、膝を折っていい理由にはならない。だって、まだ負けていないのだから。
僕は気絶してもいなければ、負けを認めたわけでもない。先手を取られ、恥辱に塗れただけだ。
だから、僕は再び立ち上がった。チャンプの前で、恥ずかしい姿を見せたくはない。そんな意地も、ほんの少しだけ混ぜ込みながら。
「いや、その必要は無いぞ少年。この勝負、吾輩の反則負けだ。すまんな、ついやってしまった。」
「.................は?」
「ちょっとちょっと!どういうことっすか!審判的にはなんも違反はないっすよ!!」
その後、チャンプは気恥しそうに自らの違反行為について語った。僕から言わせればそれはグレーラインだったのだが、チャンプの高潔さがそうさせたのだろう。
「すまんな。つい自分が使える故、少年も使えるものだと思い込んでしまった。輝ける肉体、『蝦蛄奥義』を。」
チャンプは僕に頭を下げて、自らの非礼を詫びた。僕はそれにフォローを入れつつ、チャンプの反則行為についてとても興味が湧いてしまう。
『蝦蛄奥義』。名前からして、チャンプの一族専用の力のようだが、もしかすれば僕も使えるのかもしれない。
僕はチャンプに、この『蝦蛄奥義』について聞いてみることにした。
「何から話していいやら....。少年、妖術....人は魔術と呼ぶのだったか。とにかく、これについてどれだけ知っている?」
「魔術ですか?うーん....。詠唱が必要...ってことぐらいかなぁ。」
「はいはいはい!シャコマーン先生!私知ってるっす!人によって得意不得意があるあれっすよね!」
チャンプはハスミに先生と呼ばれて嬉しくなってしまったのか、また筋肉をピクつかせた。それから恍惚とした息を大きく吐いて、再び説明に戻る。
「Ecstasy.....!おおっと、ごほん!すまんすまん。」
「魔術というものは、無際限に使用出来るわけではないだろう?では、何かを消費しているはずだ。少年に少女、君たちは魔術を使う際、何を消費している?」
第一候補は体力だ。体力を消費するからこそ疲れるし、魔術の使用限界を超えれば気絶する。そういった点で、魔術を使う際は体力を消費する。そう、僕は貞光さんから教えられた。
ただ、ここまで回りくどい聞き方をしておいてそんな陳腐な答えで終わるわけが無い。僕は頭をフル回転させて、何とか答えを探す。
「分からないようだな、まあ無理もあるまい。答えは、天上を満たす輝けるもの。第五元素なのだから。」
「えー....てる?なんすかそれ!聞いた事ないっす!」
ここでは僕もハスミに全面同意だ。エーテルなど、聞いたことさえありはしない。僕はひとまず、チャンプの説明を聞き逃さぬように集中した。
「大気中にはエーテルが満ちている。これは空気のように見えないし、触れもしない。だが、感じることはできる。それを体内に取り込み、形を変えて放出するのが魔術だ。」
「そこで、それを放出せず体の中で循環させてみる。そうすれば、『蝦蛄奥義』の完成だ。エーテルが体に満ちれば速度、膂力、反応。全てにおいてが段違い。凄まじい力を得ることができる。」
チャンプの説明が終わって、僕は質問したいことが山のように生まれてしまう。
それらを頭の中で整理しつつ、僕はチャンプへの質問を投げかけようとした。しかし、僕の質問より先にハスミの方が手を挙げる。
「元気がいいな!では、少女!」
「はいっす!『蝦蛄奥義』...そんなに強い技なのに、なんで広まらなかったんすか?魔術なんて人間でも使えるのに...おかしいっす!」
確かに、魔術なら僕やヤスでも使えるし、屋敷の人たちなら余裕でもっと使いこなしていた。
そんな熟達した人たちがいながら、ここまで魔術についての見聞が広まっていないのは不自然に思える。
「ふーむ...。元々、魔術というのは狐どもの領分だった故な、汎用性に特化したと言えば良いのだろうか...。ただ、『蝦蛄奥義』に関して言うなら、これは我らが編み出した技であり、門外不出だったから広まらなかったのだ。」
「我ら一族は術式を持たん。苛烈な生存競争を生き抜くには、魔術に頼るしかなかった。しかし、我ら一族の肌に魔術は合わなかった!だから改良したのだよ。研究に研究を重ね、何人もの同胞が海に沈んだ。残ったのは...吾輩と弟だけ。」
『蝦蛄奥義』は、どうやらそれほど歴史のある技では無いらしかった。
術式が無い分の不利を補うため、日々魔術の研究に明け暮れた。そうしてようやく研究の成果が出た頃、もうこれが手遅れだったと気づいたのだ。
「ありふれた話だ。弱いものは喰われる。我ら一族はこの島に来訪した人間によって惨殺され、文字通り食い物にされた。今や弟も、生きているかさえ分からぬ。」
チャンプの顔は、今まで見たことのない悲しみに彩られていた。空を見上げ、強く拳を握りしめる。それは、己の無力さを嘆いているようで。
「また人間....っすか。」
「......。チャンプは、それをなんで僕たちに話してくれたの?『蝦蛄奥義』、門外不出なんでしょ?しかも、僕に至っては.......人間だし.......。」
チャンプは空から目線を移し、僕の顔をまじまじと見つめて、それから笑った。バカなものを笑い飛ばすみたいに、自然と笑った。
「少年は我らを襲った人間とは別人だからな!恨む事などあるわけもない!!それに、『蝦蛄奥義』はもはや滅びるだけの技術!であるなら、次代のチャンピオンに託すというのが道理だろうよ!!」
豪快に、痛快に。チャンプはその全てを笑い飛ばした。悲しいこともあったけれど、繋いでいけるのならそれも悪くないと。
そう、高らかに笑ったのだ。それを聞いた僕は、なんだか胸が熱くなって。溜まっていた質問なんて投げ捨てて、僕は気づけばチャンプにすごい勢いで迫っていた。
「....チャンプ!!いや、師匠!!僕に....『蝦蛄奥義』を教えてください!!」
感じていた蟠り。羽後の蚕との戦いで、胸の中に詰まっていたしこり。それは、借り物の力による強引な物事の解決によるもの。
だから僕は、今ここで更に強くなりたかった。借り物でも、一時的なものでもない。受け継ぎ、自らの努力によって会得した、本物の技。
それを得ることで、僕は真に強くなれる。チャンプのように、勇ましくなれる。そう、確信したから。
「いいだろう!少年よ!我が一族秘伝!『蝦蛄奥義』、それらの全てを託そうではないか!!」




