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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
135/235

深海のお姫様

 

 その出会いは、どうしようもない奇跡で。私にとって、紛れもない初恋の瞬間でした。


 私は見たのです。海に漂う、弱々しくも瞬く星を。私はそれを掬い上げて、両の腕でそっと抱き締めたのです。


 冷い肌で、冷たい呼吸をしている、名前も知らない彼。私はそんな彼が、ほんの少しだけ愛おしく思えました。


 私は、ずっと役立たずの末妹でしたから。誰かを救えることが、こんな自分でも誰かの役に立てたことが、心の底から嬉しいと思えた。


 四人もいたお姉様たちは、全員殺された。お母様も、お父様も、みんなみんな、殺されてしまった。全てはあの、深海を侵した聖歌隊のせいで。


 聖域ルルイエ。私たち人魚と、私たちの信じる神様が住まう、海下の都。そんな都は、ある日一晩で奪われた。


 それは数多の悪霊を従えた聖女と騎士による、有無を言わせぬ大虐殺。悪霊たちは楽器を携え歌を歌い、私たちの都を塗り替えていく。


 そうして残ったのは、私だけ。私だけは、逃がされた。いいや、逃がされてしまったんだ。


 何にもできない私は足でまといだったから、ただ流されるがままに逃げ出した。優しいみんなに縋るばかりで、みんなを見捨ててしっぽを巻いた。


 恩知らずで穀潰しな、卑しい卑しいタコの人魚。そんな私が、今こうして誰とも分からぬ人を救っている。


「こんな私でも....誰かの役に立てることが...!あるんすね...。」


 足をバタバタと動かしながら、できるだけ彼の体を冷やしてしまわないように自らの体に密着させる。


 だが、どこまで行っても彼は人間。長く冷水に晒されていれば、おそらく死んでしまうだろう。


「させないっすよ....!私にも....ようやく...できることが....!見つかったんすから...っ!」


 私は術式を発動し、空間と空間を繋げる窓を生成する。ここからは少し離れてしまうが、それでも悪霊たちに見つかるよりかはよっぽどいいだろう。


 窓の出口は、ここより安全な孤島。もう誰も住んでいない無人島にして、それ故に誰の目にも止まることのない安全地帯。


「『黄衣水鏡(こういのみかがみ)』ほら...っ!もうすぐっすから、我慢してくださいね....っ!」


 私は彼を抱えたまま、ゆらゆら揺れる窓をくぐる。そうして出口の孤島に到着し、その孤島の砂浜に彼を優しく置いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ん......?ぁ.....あ.....あ...。ここ....は.....?」


「あ、起きたっすか?!んも〜!超!心配したんすからね!!」


「...え、誰。」


 目を覚ました瞬間、見知らぬ女の子に僕はいきなり抱きつかれた。寝起きで回り切っていない頭に柔らかな感触が押し付けられ、更に脳がフリーズする。


 しばらく状況を把握するのに時間がかかったが、どうやら僕はこの子に助けられたらしい。


 ひとまず、僕は死んでない。それにほっと一息ついた直後、すぐさま僕は気絶する前の出来事を思い出した。


「みんなはっ?!僕以外に助けた子とか、居なかった?!」


 勢い余って体が跳ね起き、思わず目の前の女の子の肩をガシッと掴んでしまう。女の子はそれに動揺して、その後すぐ、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「申し訳ないっす。ほかの人たちは見つけられなくて...。私は...えっと....その、何て呼んだらいいっすか?」


「そっか...、僕のことは春水でいいよ。逆に、僕は何て呼べばいいかな?」


「私はハスミっす。蓮に美しいで、ハスミ。」


 そんな風に僕らは軽い自己紹介を終えて、僕は次の質問に移る。そうやって色々聞いているうちに、僕は大体の事情を把握出来た。


 まず僕らがいるこの場所。ここは『礼文(レモン)島』という孤島らしく、悪霊たちの襲撃は少ないらしい。


 次に、僕たちを襲ったあの幽霊船。あれは最近ここらにやってきた、聖女とやらが原因で発生したものみたいだ。


(ってことは、この聖女の撃破が目標になるのかな。力を持ったもののけ...羽後の時に戦った蚕並の相手なら、ちょっとしんどいな....。)


 そうして最後。聖女は悪霊たちを率いる他に、四人の強大な下僕を従えているそうだ。


 それらの詳しい詳細は不明だが、いずれ会敵することになるかもしれないと頭に入れておくだけで一旦はいいだろう。


「ま、ざっとこんなことろっすね。他に何か、聞きたいこととかあるっすか?」


 僕は申し訳なさを覚えながら、恐る恐る思っていた疑問を吐き出す。


「ハスミ...はさ、なんで僕を助けてくれたの?」


 一瞬の間、刹那の静寂。ヘラヘラ笑っていたハスミの顔が少しだけ真顔になって、すぐにまたヘラヘラ笑いに表情を戻す。


「ん〜!なんとなくっす!本当に、理由なんかないっすよ〜!!」


「.....そっか。色々と、ありがとね。本当はお礼とかもしっかりしたいんだけど....ごめん。早くみんなのところに戻らなきゃ。」


 僕はゆっくりと立ち上がり、遠くの海を眺めた。ここから元いた位置まで、一体どれだけの距離があるのだろうか。


 そもそも、みんなは無事なのか。分からないことだらけの現実が、僕の心を不安で埋め尽くす。


 そんな僕の横顔を見て、ハスミは大きくため息をついた。それからぷにっと僕の頬をつついて、ニヤッと笑う。


「しょーがないっすねぇ、春水は。よしっ!私が蝦夷の道案内をやってあげるっす!」


 正直、願ってもない申し出だ。僕はハスミの優しさに精一杯感謝して、深く頭を下げた。


「ほんっっっとうにありがとう!命だけじゃなくて、これから先のことまで...!色々、感謝してもしきれないよ。」


「ふふん!お代は体で払ってもらうっすよ〜!あ、冗談っす!!冗談っす!!逃げないでぇ〜!」


 短時間の鬼ごっこを終えて、僕らは自分たちが腹ぺこなことに気づいた。戦うにせよ、みんなと合流するにせよ、お腹が減ってたら話にならない。


 幸いここは無人島、サバイバルがてら食料を探すには事欠かないはずだ。そう考えた僕らは、砂浜から『礼文(レモン)島』の中心部へと木々を掻き分けて進んでいく。


「ここは無人島っすから!何にも警戒するようなことは無いはずっすよ〜!」


 そう言って鼻歌交じりにスキップをして、ハスミはどんどん先へ先へと足を伸ばす。僕はそんな彼女の背中を追って、少し後ろから着いて行った。


「無人島って言っても、もののけとかはいないの?それこそ、鬼とかそう言う類いの。」


「いるわけないじゃないっすか〜!ここは昔、どっかのもののけの一族が住んでたって言う島っすよ〜?そんなところに危ないヤツがいるわけ...。」


 刹那、木を全力で殴ったような轟音が響き、近くに見える大木がゆっくりと傾いていく。


「あわ....あわわわわわわ...!春水!まずいっす!なんか居るっすよ!!」


 ハスミは全力でバックして僕の背中に隠れ、僕を前へと押し出した。僕はその情けない姿にちょっと笑いそうになりながらも、警戒の色を強める。


(打撃音からして、中々の猛者だろうな。流れ者の悪霊?動物的なタイプのもののけ?どちらにせよ、初っ端から本気で行く!)


 音源地まではおよそ二十メートルほど。木々や茂みで相手のことは見えないが、それでも大体のシルエットは掴めた。


 僕は翼を展開し、木々を蹴って跳躍。ピンボールのように不規則な軌道を描いて、相手を狙い思いっきり蹴りをぶちかます。


 確かに、こちらの蹴りは相手の顔面を撃ち抜いた。だがしかし、相手は効いてない素振りを見せたどころか、反撃まで繰り出そうとしてくる。


(無傷?!いやそれよりっ...!早っ!!避けきれ...ないっ....?!)


 反撃の拳が意趣返しとばかりに僕の顔面へと向かい、先程大木を粉砕した威力のまま僕の頭蓋をも砕こうと走った。


 しかし、結局その拳が最後まで放たれることはなく、僕は反射で瞑ってしまった目を恐る恐る開く。


「...む?少年!久しいな!迷宮ぶりか!!」


「.....チャンプ....?チャンプ?!」


 見覚えのある筋肉。見覚えのあるチャンピオンベルト。見覚えのある堂々とした拳。迷宮の王者、シャコ・マーン・三世が、そこには立っていた。

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