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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
134/235

機神の涙

 

 竹姫かぐやは、人間ではない。肉体はという話ではなく、魂の根本が人間のそれとは大きく異なっている。


 彼女は擬似(デミ)巡礼者(ピルグリム)とは違い、正式に地球へと派遣された正統衛星(ムーン)巡礼者(ピルグリム) U+263E号。


 彼女は地球に転送された際、外部的衝撃を受け仮想天体(テイア)データの大部分が破損。自らの使命と正体、それから機能を綺麗さっぱり忘れてしまった。


 しかし、データが破損したとしても、機能までは損なわれない。そうして、第五元素(エーテル)濃度の高いこの環境が、かぐやの力の一端を目覚めさせる。


月間星雲(クラウド)に接続.....不具合により失敗。仮想天体(テイア)データの受信が行えなかったため、出力はレベル1のみに限定されます。」


 かぐやの口が勝手に動き、自動的にテキストが読み上げられた。かぐやはそれを気味悪く思いながら、胸の内からせり上がってくる力に思いを馳せる。


(何が起こったのかは分からない....。でも、今の私なら.....っ!!)


 かぐやは己の身に起きている事象を、全く理解していない。かぐやが今分かっていることはせいぜい、突拍子もなく自分に力が与えられたことぐらいだろう。


 それが、自らを焼く月光だとも知らずに。


「......敵対生命判定(ディシジョン)。...厄災剪定(プルーナ)、レベル1。エーテル充填、完了。『月女神(アルテミス)の(・)(レイ)』プロトコル、実行します。」


 曇天が戦慄き、大海が震え、遠くの大地が震撼する。かぐやの放った言葉は極光を連れて、雲を割き空から降り注いだ。


 たった一筋の光。されどそれは轟音を響かせ、幽霊船へと着弾。敵艦の後方部分をごっそりと焼き滅ぼし、一気に優勢だった相手を半壊させる。


 敵船員は半数が死亡。船と人員共に壊滅的なダメージを受け、しばらくは再起不能となるレベルまで陥った。


「なんなん.....?今の........?」


 刑部は見た。海に、穴が空く様子を。強大すぎるレーザーは遥か下の海底まで足を伸ばし、閃光に触れた部分の水分を完全に蒸発させた。


 故に閃光が途絶えた瞬間、消えた分の海を補おうと周囲の水が穴へなだれ込む。その崩落に、残った前方部分の幽霊船は巻き込まれてしまう。


「馬鹿な.....?!こんな馬鹿げたことが....!!チッ。文字通り潮時ですね。所詮は悪霊、人間の成れ果て。上手くは行きませんか。総員、残った人員をかき集め小舟で避難を。大丈夫、船の代わりは幾らでも利きます。」


 脳みそが一気に冷え、世界が暗転したかのような錯覚を葉蔵は覚える。それもそのはず、葉蔵の術式である『道化華(どうけのはな)』には副作用が存在するからだ。


 その副作用とは、術式終了後に奪った分の幸福感と統合が永続的に失われてしまうということ。


 つまり葉蔵は、術式を使えば使うほど自壊していく。そうして自壊した分、より狂気的な面がギラギラと目を血走らせるのだ。


 自壊し、最後に残るのは廃人と化した自分だけだと理解しておきながら、それでも彼には、成したい目的がある。


 救済を。罰による救済を。彼の望む先は、破滅以外にありはしない。その破滅さえ、彼にとっては罰となりうる。


 葉蔵は身を翻し、避難用に用意していた小舟を辺りに放出。比較的重要な船員たちを乗せて、この海域から脱出した。


「いずれ、また会いましょう。ここを過ぎれば悲しみの街だ。それまでは、面白可笑しく生きるといい。」


 そうして呑み込まれていく甲板に残された二人は、葉蔵から距離が取れたことで術式の効果範囲内を脱し、正気へと戻る。


「ゆうあー!!はなまるー!!はやく戻ってきて〜!!じゃないと、こっちももう持たないって〜!!!!」


 船の修繕を終えて、ある程度の運航が可能になった船を、刑部は穴に呑み込まれまいと全力で陸の方へと向かわせる。


 優晏たちと刑部たちまでの距離は、おおよそ三十メートルほど。優晏が氷を生成して宙を駆けたとして、半分まで行ければいい方だろう。


「花丸って.....泳げる?」


「....やった事はありませんが、この激流に加えてあの穴。十中八九、海に落ちたら死にます。」


「同感。でも、やるっきゃないわよね。」


 刹那の迷いが、一分一秒を争うここでは命取り。優晏は生還の可能性が低いことを理解した上で、氷の板を空に生成し、二人で刑部たちへと向かった。


 術式とはいえ、物理法則から逃れることはできない。薄氷の板は生成された瞬間から重力に従い落下。


 それを踏み、跳躍する二人も同じようにどんどん水面へと近づいていく。


 そうして二人が最後の足場を踏んだ時、船まで残されていた距離はあと十メートル。一般的に見れば、十分な健闘だった。


((あと十メートルっ....!その十メートルが...遠いっ....!))


 ゆっくりと、二人は荒れ狂う海に身を浸す。みんなの乗る船に手を伸ばしながら、無念に心を蝕まれて。


「はなまるっ!!!!!!ゆうあっ!!!!!ダメっ!!!!!!!ダメっ!!!!!!」


 そんな織の悲鳴も虚しく、二人は暗い海へと沈む。そうして遠くの渦に呑まれ、冷たく死んでいく。


「ん。この距離なら、ギリギリ引き上げられる。『白袖絹糸(しらそできぬいと)』」


 今にも沈んでしまいそうな最後に残った二つの腕を、絹の術式で生み出された糸が捉える。


 絹の術式、『白袖絹糸(しらそできぬいと)』で生み出された糸は一本でもそれなりの強度を誇り、二人の腕にぐるぐる絡みついた。


 だが、それだけだ。二人を繋ぎ止めることはできたものの、引き上げるには至らない。このままではいずれ溺れるか、糸が切れるかの結末が待っている。


「織....!手伝っ...て....!」


「うん....!うん!手伝う!かぐやも!おさかべもお願い!!みんなで、二人を助けるよ!!」


 絹と織が糸を掴み、思いっきり引き上げる。そうしてその後ろには、刑部の分体が沢山配置された。


「私も.....お手伝い...しま...........。」


「かぐやちゃん?!いい!他の子らは二人をお願い!!かぐやちゃんはうちが面倒見るわ!!」


 かぐやが急に意識を失い、甲板上に倒れ伏してしまう。しかし今の織や絹には、かぐやを気にかける余裕はない。


 刑部の分体のうちの一体にかぐやを任せつつ、その他の人員は二人の引き上げに全力を注いだ。


「あとすこし....あと....すこし.....!!」


「ん....!!顔.....出た...!!」


 希望が見えたことで、より一層腕に力が入る。力んだ腕で一気に糸を引っ張り、マグロを釣り上げるように腕を持ち上げる。


 すると、どぱっと水面から二人が跳ね上がり。水浸しになった優晏と花丸が、甲板上に打ち上げられた。


「けほっ...けほっ...!魚って、こんな気分だったのね。」


「危うく、渦に呑み込まれるところでした...。」


「ふたりとも!!!無事でよかったよぉ〜!!!!」


「ん...。ボクの...おかげ...!ぶいっ...。」


 涙目となった織が二人に抱きつき、絹が早業で布を織って二人に被せる。これで再び、春水を除いた全員が船に揃った。


「かぐやちゃんも気絶してるだけっぽいわぁ。よっぽど、疲れたんやろなぁ....。」


 その刑部の言葉は、ある種の懐疑を含んでいた。その懐疑を、戦闘員でありかぐやに救われた二人は、同じく抱えている。


(かぐや...あなたは本当に人間なの.....?)


(かぐや様.....先程の力は...一体....?)

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