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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・蝦夷編
131/235

『罰病』

 

『恥の多い生涯を終えた先にあったのは、また恥の多い死後の旅路でありました。


 誰でも良かったとは思いません。ただ波に流されて、消えてしまいたいと破れかぶれに錨を抜けば、隣に女が一人居た。それだけの事です。


 情死の相手の名前さえ忘れているような自分が、何もかもを忘れて死にそびれてしまった。これを、滑稽と呼ばずしてなんと呼べばいいのか。


 まさに敗残の徒。死ぬべき時に死なねば、死よりも恐ろしい恥が残っていると言いますが、私は死んでも尚、汚辱に塗れて暮らしているのです。


 死の崇高とは滑稽なものです。傍から見れば、私の船出などお笑いでしかありゃしない。


 どうにもできない情慾の種子を植え付けられた許りに


 善だ悪だ罪だ罰だと呪われるばかり


 どうにもできない只まごつくばかり


 抑え摧く力も意思も授けられぬ許りに


 ある詩句の一節を何度も何度も繰り返しては、砂金のごとく空に散らばる星を見て、私はふと思うのです。


 祈りとは、懺悔とは。罪人だけの所作では無いのかしら。


 顔も知らぬいつかの先祖の、知恵の樹の実を食べたと言う意味のわからぬ罪業で、私たちはみな罪人となった。


 知らぬ罪。犯したことのない罪で、永遠に裁かれ続けるのです。私も、あなたも。一様に罪の重さに耐えかねている。


 信頼心は罪の源泉。であれば、信仰はどうなのか。信仰は、罪の証左です。』


 ゆらゆら揺れる波の上、私はぱたりと日記を閉じる。それから潮風に白髪を靡かせ、ズレかけた片眼鏡を持ち上げた。


 ここはオンボロ幽霊船。死さえ許されなかった札付きが集まる、敗残兵の大都。


 酒に、薬に、鼻歌に。あぁ、どうしてこうも、薄暗い場所というのは心地が良いのでしょう。


 暗がりの一体感とでも言うのでしょうか。私どもはみな、先など持たない死霊兵。なのに、誰もが浮かれて上機嫌。


葉蔵(ようぞう)船長。そろそろ、お時間ですぜ。」


 部下の水兵が一人、酒場を抜け出した私を見つけ出して、声をかけてくる。一人で物思いに耽っていたと言うのに、空気の読めない部下だ。


 私はわざとらしく、錆び付いてフジツボが着いた懐中時計を取り出す。それから適当に分かったようなフリをして、再び水平線へ目をやった。


「では、出港ですね。堕天の少年を取り逃してしまったとあれば、イスカリオテの聖女にも面目が立ちませんから。」


 私たちから死を奪った、イスカリオテの聖女。裏切り者の癖に、誰より主を追い求めた愚かな聖女。


 そんな彼女だからこそ、私たちは彼女の手足となることを選んだ。だって、彼女と私たちは、同じだったから。


「みなさん、宴は終わりです。私たちはこれより津軽の海峡に向かい、堕天を撃ち落とします。それが、我らの聖女の願いですから。」


 わっと、歓声が湧き上がる。悪霊どもはすぐさま錨を上げて船出をし、オンボロの船をこれでもかと進ませた。


 全ては、聖女の御心のままに。金星の悪魔を贄として、この海峡のどこかに眠ると言われている、主の御遺体を探し出すために。


「聖女の望みは私たちが必ず叶えます。他三人...いえ、二人の幹部にゆめゆめ、先を越されないよう。」


 柄でもない船長なんて役回りをこなし、私は船員たちの士気を大いに盛り上げる。


 何のためかと問われれば、それは自分でも分からない。私は何のために、こんなことをしているのか。


 でも、きっと縋りたいのでしょう。主のお力に。救世主の御手によって、罰されると言う救済。


 それを、私は望んでいるのかもしれない。胡乱な頭となり、半白痴の自分では最早、自分が何を考えているのかさえ分からない。


 流される。ただ、流されていく。愛という錨を喪った私は、それよりほかに術がないのです。


 臆病者は、幸福で怪我をする。ですから、半端な不幸くらいが丁度いい。鎖で囚われ、足枷で自由を亡くす。


 そうやって罰を貰って始めて、私は清くなれるはずだ。裁きの後にはきっと、楽しい暮らしが待っている。


「裏切りの聖女様と、辛い潮風と。それから......名前の思い出せない心中相手に、献杯。」


 一杯のウィスキーを飲み干して、私は船頭に立つ。これから先の、嵐を予感して。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 羽後国(うごのくに)での騒動からしばらく経って、僕たちは今陸奥国(むつのくに)までやってきていた。


 陸奥国(むつのくに)から蝦夷まで渡るには津軽海峡を超える必要があり、本来なら船を用意しなければならない。


 しかし、僕にはヤスから貰った紋所がある。これを陸奥国(むつのくに)の役人に見せることで、なんとか話をつけた。


 途中、検問でかぐやがバレそうになったり、花丸がしっぽを隠し忘れていたりでゴタついたが、そんなことは些細な問題だ。


 とにかく船を一隻貸してもらえることとなり、僕らは早速、蝦夷へと船を出すことを試みる。


「え〜....。船の操縦できる人...いる?」


「私はできないです。と言うか海自体、最近初めて見ましたし....。」


「私もかぐや様に同じくです。アンちゃん様はどうですか?」


「本当にその呼び方やめて。いや、ほんとに。冗談抜きで。」


「きぬちゃんは?いろいろ器用だから...できそう?」


「ん.....。ボクもできない....。」


「なら、うちがやろか?わざわざそれで雇うんも、お金がもったいないしなぁ。」


 どうやら、刑部が船を動かせるらしい。刑部は蝦夷に親戚がいるとも言っていたし、こういうことには秀でているのだろうか。


 何はともあれ、これで出港出来る手筈は整った。僕らは役人から借りた中型船に乗り込んで、短いはずの船旅を開始する。


 船を出してから数時間。かぐやと織は、船酔いでダウンしてしまった。


 それから僕も、二人を介抱するために甲板に上がる。外に出た二人はすぐさま、顔を真っ青にして甲板に倒れ込む。


「大丈夫....?背中さするよ?」


「あっ...わたしダメかも。うぷっ。」


「............お水.....ください......。あ〜......視界がグラグラしすぎてて、幻覚まで見えてきちゃいました....。」


 そう言ってかぐやは、真横の海を指差す。けれど僕は指差された方向を見るよりも、二人の背中をさすってあげた方が重要だと判断。


 そんな風にしばらく背中をさすり、それから水を取ってこようと立ち上がったその時、かぐやの言っていたことが幻覚ではなかったと知る。


「....幽霊船.....?!しかも...デカい!!」


(これだけ接近していたのに、どうして気づかなかった?!いいや、そんなことは後で考えればいい。今はとにかく、二人の避難を...っ?!)


 そう思った刹那、船に大きな衝撃が走る。その衝撃の余波で僕は船の外へと放り出され、猛り狂う波へ飲み込まれてしまった。


「春水!?春水!!あぁあ.......。織ちゃん!みんなを呼んできて...!私は辺りにあるロープを...!キャッ?!」


 僕は翼を展開し、波からの脱出を試みた。しかし、翼でより波を拾ってしまい、余計遠くへ流されていく。


 遠ざかっていくみんなが乗った船は、幽霊船による体当たりで大きな衝撃を受けた。だが、それにより船内に居た優晏たちも襲撃の存在に気づく。


(クソッ....!!もがけばもがくほど溺れそうになる...!!!戻れ....ないっ!!!)


「後で合流!!!!!!!!全員!!!!!全力で逃げてぇ!!!!!!!!!!!」


 あらん限りの大声を張り上げ、僕はみんなに自分の無事と、これからやるべきことを伝える。


 みっともないけれど、今の僕にできる精一杯はこれだけだ。不安がない、と言えば嘘になってしまう。


 だけど、先日見た優晏と花丸の決闘。あれほどの実力を持っている彼女たちが、そう簡単に死ぬはずがない。


(頼む.....!みんな生きて逃げてくれ.....!僕も...必ず....生き延.....び......る........!)


 慌てたせいで水を大量に飲み込んでしまい、僕は溺れながら波に流されていく。視界が薄れ、意識は朦朧。だけど、タダでは終わってやらない。


「ミカッ.....!一発だけでいい....!あのデカ船に、穴を開ける!!」


 《.....分かった。一発きりだ。それ以上は、私の抱えるリスクが大きすぎる。》


 ミカはやけに深刻そうな声をして、『屑金星』を一発分作ってくれた。僕はそれを、薄れ行く意識の中狙いを定める。


「こぽっ......!『屑金星』.....!」


 トドメとなり得るほど、大量に水を飲み込む。それでも尚、僕は腕に力を込めることをやめなかった。


 それが功を奏し、僕の放った『屑金星』は見事幽霊船へ命中。山なりのアーチを描いて、敵船の甲板へと落下した。


「へっ....!よかっ......た..........。」

《この海域...⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎濃度が高すぎだ....。一体、何が埋まってる?》

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