北へ
「はぁ〜ぁぁぁぁぁぁ.......。つっかれたぁ......。」
湯船に漬かりながら、優晏は盛大にため息を零した。花丸との決闘を終えたはいいものの、体の節々に疲れが溜まっている。
それを吐き出すように、深くまで温水へと身を沈ませて、体の芯をゆっくりと温めた。
刑部のおかげで肉体的なダメージが綺麗さっぱり取り払われたとは言え、それでも体力までは回復できない。
疲れでメンタル面が落ちているのか、お湯の温みで脳みそを蕩けさせて尚、優晏に一抹の不安がふっと過ぎる。
(花丸は強くなる...。血界を身につける成長速度も、フィジカルの強さも....。それに引き換え私は...頭打ちね。)
伸び悩んでいる。そんな実感が、質量を持って彼女の胸に鈍痛をもたらした。
ある程度の実力を持って初めて、自分が今どれだけの位置にいるのか把握出来る。今優晏が立っている地点は、丁度道半ば。
成長速度とは、得てして衰えていくもの。それを彼女は理解していつつも、やはり焦りは消えることなくそこにある。
そんな風に優晏が考え事をしていると、突然凪いだお湯がざぶんと波を立てた。それに驚いた彼女は、横に視線を向ける。
するとそこには、張りのある双丘を携えた花丸が堂々とタオルを頭に乗せて入ってきていた。
「.....もう、体は平気なの?」
「ええ...。特に問題は無いかと。」
気まずい静寂が、辺りを包み込む。お互いがお互いを嫌っているわけではない。単に、どう話を切り出していいか分からないのだ。
「「あのっ...!」」
声が重なり合い、瞳が交錯する。不思議なものだ。戦いの最中ではあんなにも煽り合いが成立していたのに、今では見る影さえない。
戦うことでしか語ることのできない不器用な二人が、拳を置いてコミュニケーションを取ろうとしている。
そうして、不慣れな会話を先に切り出したのは優晏だった。優晏は視線をわざと花丸から外して、露天となった外を見つめる。
「.....綺麗ね、夕焼け。」
「はい....。とても、綺麗です。」
真っ赤な太陽が地平線へと沈んでいく。優晏たちがいる旅館は海に面しており、どちらかと言えば陸奥に近いところ建設されている。
綺麗な景色が見えて嬉しい。というのは本心なのだが、それでは会話は続いてくれない。
(まずいわね...。何を話せばいいのかしら....。いっその事、もう先に上がる?いやいや、それが一番悪手じゃない?!)
「私は、優晏様のことが...好きではありません。....好きではありません、でした。」
ぽつりと、独り言のように花丸が言葉を零す。それを優晏は、ただ真剣に外を眺めながら聞いていた。
「それでも、強い貴女に憧れた。私は...感情の置き場がもう、どこにもないのです。私は我が王...春水様が好きだ。だけど、貴女が嫌いなわけじゃ...ない.......。」
憎めたら、どれだけ良かっただろうか。嫌えたら、どれだけ楽だっただろうか。花丸は、不覚にも愛してしまったのだ。
性愛ではなく、友愛を持って。恋敵である優晏を、花丸は愛してしまった。ただそれは、優晏とて同じこと。
彼女もまた、多くを愛していた。春水だけでなく、彼の周りを構成する全ての人間関係が、愛おしかった。
もちろん、乙女としての独占欲は当然ある。だがそれを差し引いても、優晏は楽しんでいたのだ。
寒くてひもじくて、死んでからもどん底だった自分を救い上げてくれた存在と。その存在を囲む暖かな人間関係。
紛れもない恋敵。でも、友人でもある大切なみんな。その友人たちとガヤガヤ過ごす日々が、楽しかった。
だからこそ、優晏は息を思いっきり吸って、ぺちんと花丸の大きな胸を叩いた。花丸は一瞬呆気に取られ、何が起こったのか分かっていないように放心する。
「私も、花丸のことは嫌いじゃないわ!でもね、そのおっきな胸は好きじゃない!!....好きじゃないところがあったっていいのよ。だってもう、友達でしょ?」
春水は渡さないけど。という枕詞を添えて、優晏はべーっと舌を出す。そんな優晏を見て少し笑った花丸は、胸を大きく張っていつもの調子を取り戻した。
「そうですね。....もう友達です。我が王のことは、貴女を倒してからきちんと告白します。ですから、それまでは首を洗って待っていてくださいね。」
「上等じゃない!いつでも待ってるわ!じゃあ、私はこれから春水に会いに行ってくるから。お先に!」
煽りの応酬が再び始まる。けれど、嫌な雰囲気は微塵も漂っていない。どこか爽やかで吹っ切れたような、そんな風がさらりと二人の間を通り抜ける。
一人浴槽に残った花丸は、沈み行く太陽を眺めて考え事に耽った。結論が出ないことを、ぐるぐる考えて。
「優晏様....。ゆあゆあ?ゆーさま?ゆっちゃん?友達なのですから、あだ名くらいは考えておかねば....。我が王も、ご友人のことはあだ名で呼んでいましたから。」
「それは...ちがうとおもう....。」
花丸があだ名を呟き始めた数分後、最初からこっそり全てを覗いていた織は、思わず飛び出して指摘する。
しかし結局、このあだ名決定会に織も巻き込まれてしまう。そうして最終的には織まで盛り上がり、晏の漢字の音読みであるアンを用いた、アンちゃんというあだ名に決定。
それから数日後、アンちゃんと花丸が優晏のことを呼ぶも、気付かれずに終わってしまうのだった。
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どくどくと、心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。時刻は夜九時半。日が完全に沈み、僕は部屋の明かりを消して静かに人を待つ。
部屋の真ん中には布団があって、僕はそれに下半身を包みながら上半身を起こしている。ソワソワしていて、なんだかどこにいればいいのか分からない。
これから何が起こるのか。正直、分かっているような分かっていないような感じだ。ふわふわしすぎていて実感がない。その癖、心臓だけは嫌にうるさく鳴り響く。
そんな僕の鼓動をさらに高める要因として、段々大きくなってくる柔らかな足音が、とすとすと廊下から聞こえる。
そうして部屋の襖の前に、華奢で細身なシルエットが浮かび上がった。
「春水....?入っても...いいかしら?」
「....ど....どうぞ.......!」
襖を開けて入ってきたのは、わざとらしくはだけて、白くてきめ細かい肌をこれでもかと見せつけている浴衣姿の優晏。
僕は思わず彼女から目線を外して、足元の方を見てしまう。瑞々しい足首がゆっくりとこちらに近づき、そうしてぶつかる寸前で静止した。
「.....ぁ。」
見上げるとそこには、恍惚とした表情をした優晏が、ぺろりと舌なめずりをしてこちらをじっと見つめている。
その瞬間、はらりと浴衣が布団へ落ちた。僕はなんだかいけないものを見ているような気がして、反射的に目を閉じてしまう。
それが、相手を誘っている行為だと知りもせずに。
決して重くはない。けれど確かな重みが、僕の体にのしかかる。ひんやりとした感覚が胸元に触れ、僕はひゃっと驚いた声を出す。
押し倒され、瞳を瞑り無抵抗な僕に、優晏は容赦なく襲いかかる。
まずは唇を奪われた。意識が唇だけに集中し、呼吸さえ忘れて繋がり合う。そうして気づけば、僕の浴衣はどこかへ飛ばされていた。
首筋を舌が通り過ぎ、くすぐったい感触が脳を走り抜ける。それは暗に、これからお前を食べる。と言われているかのようだった。
「....春水.....。この赤いの、なぁに?」
「......赤いの?...........!」
優晏が指を立てて触れた場所は、まさに今日の昼、かぐやが僕にキスした場所だった。よもやあの一瞬で、痕を残すだなんて。
「ふーん...。かぐや.....抜け目ないのね。もう、怒っちゃった。」
カプリと、傷痕を覆うように優晏が僕の首へかぶりつく。若干の痛みと熱が脳を支配し、目の前の出来事しか最早考えられない。
歯を離し、唇にまとわりついた僕の血液を優晏が舌でより強固に塗り回す。仄暗い部屋で異彩を放つのは、真っ赤な目と唇。
「今夜は、覚悟してよね♡」
「あっ...ちょま...って.....!優しく.....っ.....♡」
次の日の朝、僕は干からびて余計に瀕死となった。この場所に長くいては身が持たない。そんな確信が心を埋めつくし、僕は出来るだけ早くここを発つことを決意。
そうして次の目的地、蝦夷へと向かうことを決めた。
(かぐや)「.............。」
(刑部)「.............。」
(花丸)「.............。」
(優晏)「..................てへ♡」
(かぐや&刑部&花丸)「殺すっ!!!!!!」
(春水の中で全てを見ていたミカ)《マジやめて欲しい。》




