表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
幼年編
13/235

迷宮への招待状

「馬鹿たれ!おなごの色香に騙されて奥の手を渋るとは...とんだ大馬鹿者じゃ!」


 パチンと、僕の頬を茶釜が叩いた。当然だろう。修行の成果を確かめるためだったはずなのに、自ら命を差し出すような真似をしたのだ。ここで叱責されない方がおかしいとまで思う。


 しばらくしてため息をついた茶釜が、呆れたように優晏を指さした。


「どうするんじゃあれ、定期的にボンの肉を食わせる気か?無理があるとは思わんか?」


 実際、茶釜の指摘は正しかった。優晏の食料問題については、今のところ全く目処が立っていない。放っておけばいつ背中を刺されて食べられるかもわからないし、僕を食べなくても他の人を無差別に食い殺すんじゃ意味が無い。


 僕が悩ましげに優晏を見つめると、優晏は僕に向かって飛びついてきた。柔らかい感触が全身に伝い、僕は一瞬で顔を真っ赤に染め上げてしまった。そんな僕を見て、茶釜がまた深々とため息を吐いた。


「でもなぁ、優晏ちゃんは平気やと思うよ?だってご主人様の血は神が混じっとる特別製。定期的に血を吸えばお腹が空くことはないと思うけどなぁ。」


 それを聞いた優晏は、感極まったのか嬉しそうに僕の首筋を舐め始めた。あまりにくすぐったいので、笑みを浮かべながらもなんとか優晏の両腕から脱出する。優晏はむっとした顔でむくれたが、そんな姿も含めてまるで犬みたいだなと思った。


 あの涼しげな見た目からは想像もつかないほどベタベタくっついてくる優晏のギャップに心を馳せつつ、辺りの花たちに目をやる。


 優晏によると、これらの花は死体からの熱を奪って作ったもので、朝が来ると自動的に消滅するらしい。そして死体から熱を奪ったことで、副次的に魂の残留を防ぎ人間が悪霊に転じないようになっていたらしい。


 ただ、死体を食うために遠くからやってくる悪霊がいない訳では無いので、そこらにはまばらに悪霊が点在していた。


「ごほん!まあ今回のことはいいとして、次こんなことがあったらただじゃおかんぞ!分かったら悪霊退治に行ってこんか!」


 夜はまだ明ける気配がなく、体は多少ダメージが残っているものの、動けはする状態だ。この戦場にいる悪霊は大体ざっと五十程度、これなら今のままでも十分に対処ができる。


 刀をとり、再び戦いへと身を投じる。すると、優晏が後ろにぴったりと着いてきた。先程まで殺されそうになっていた相手なのに、いや、だからだろうか、優晏の存在は非常に頼もしかった。


 僕が前衛をこなし、亡者のような風体をしている悪霊を切りつける。すかさず防御姿勢をとった悪霊の腕を優晏が凍らせ、反撃の期を与えずに切り伏せる。


 これを何度か繰り返し、熱が溜まったので優晏の炎の矢で一気に殲滅。そうして悪霊の掃討はあっけなく幕を閉じた。


「一応聞くけど、優晏の術式ってどんな感じなの?」


「私の術式は『焔奪氷化(えんだつひょうか)』って言って、対象の熱を奪って炎の花を作り出せるの!それを貯めて一気に放出もできて、さっきみたいに矢にしたり、他にも刀にできたり色々できるんだ〜。」


 優晏は自慢げにそう教えてくれた。炎の形を変えることが出来るのは見ていて知っているが、刀の形にまで変形できる程の自由度があったことに驚愕する。それに加えて見ていてわかったことは、熱を奪う際には相手に手のひらを向けなければいけないが、放出する際はそれ用の挙動を必要としていないということ。


 これを近接と併用すれば、敵と刀で切り結んでいる最中に遠隔操作して矢を飛ばすか、炎で作り出したもう一本の刀で切りつけるなんてことも出来るわけだ。隙がない、なんて次元の話じゃない。


 僕が慄いていると、急に刑部が僕の背中をゆっくりなぞった。僕は驚いて飛び跳ね、それを見た刑部は愉快がって笑っていた。


「ご主人様、うちにも構ってやぁ〜。ほんとに心配しとったんやからな?あと、勝手にうちの術真似したやろ。ご主人様のえっち〜!」


 刑部はころころと表情を変えて、最終的にはじと目で僕を見つめながらも、その表情にはどこか嬉しさが宿っていた。それで僕は完全に気を緩めて、刑部の頭をポンポンと撫でる。刑部はそれで気分を良くしたのか、鼻歌を歌い始めた。


 悪霊退治も終わって、あとは帰るだけ。今夜限りの花園とはもうお別れということで、どこか寂しさを覚えつつ帰路につこうとした。


「モウ帰っちゃうの?せっかく楽しくなってきたトコなのに?」


 その場にいた全員が冷や汗混じりで振り返る。まるで気配を感じなかった。あの茶釜でさえもが警戒し、体を膨張させる。


 その不気味で高い声をした気配のない声の主は、なんとも異様な形をした女の子だった。顔は普通の人間と何ら変わりがないのに、身につけているはだけた死装束からは骨だけの胴体が覗いている。


 首には大きなしめ縄が巻きついていて、どこからが骨でどこからが生身なのか判別がつかない。両手にノコギリを持ち、けたけた気味悪く笑っているその少女は、不意に口をひらいた。


「ボクはただのお使いなのデス。茶釜サマ、大縄(だいじょう)サマがお呼びデスよ。」


 それを聞いた茶釜は、なにかに納得したように頷いて、警戒を解き身を縮めた。


「そうか...あの引きこもり...。あやつもそろそろか。うむ、事情はなんとなく察しておる。近々またこやつらも連れて出向くと、そう伝えておいてくれんかのう?」


 茶釜は目を細め、月を仰ぎ見た。それは茶釜が初めて見せる、死期を悟り何かを覚悟したような。そんな、老いて死にゆくものの目だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 迷宮の奥深く、最後の松明に火をつけて、長い長い下準備を終える。迷宮の階層は全部で五階あり、それぞれがなかなかの広さを持っている。部下にもある程度手伝わせたとはいえ、やはりその全てに松明を設置するというのは重労働だった。


 とは言ったものの、それが苦痛だった訳では無い。部下たちもみな、久しぶりに来訪者が来るということで血湧き肉躍っていた。殺されるやもしれぬというのに、まったく呑気な奴らだ。


 疲労がどっと全身を襲い、眠るように地面へと倒れ込む。ここ最近はどうも疲れやすい。これも老いの影響なのだろうか。なんにせよ、もう先は長くないのだ。目を瞑り、ぼーっとしていると様々なことを考える。こんな時思い出されるのは、いつだって過去の出来事だ。


 懐かしい記憶、まだ私たちが地上で暮らしていた頃。同族がたくさんいて、人間たちも優しくて、神もまだいっぱいいた。もう戻ることの出来ない、決して戻れないあの頃。


 そういえば、あの狸と狐たちは元気だろうか。人間との合戦があったというのは耳にしたが、その後どれだけが生き残ったのかは聞き及んでいない。だが少なくとも、狸の姫は生きているようだった。


(あの狸、もうジジィなのか。いい気味だ、あ。それを言ったら私もジジィなのか。なんかショックだな。)


 昔の相棒に思いを馳せる。あれほどの男だ、もう前線に出れるほど若くはないだろうが、きっと久々に弟子を取って浮かれているだろう。何しろ神の器なんだとか。


 それにしても、神を降ろすなんて真似をするのは、十中八九またあの姫さまのワガママだろう。いつだってあの姫さまはワンパクで、それをよく姉に窘められていた。


 妹に比べて姉の方は随分と優秀だった。術をとっても大人には負け無し、色香をとってもそこらの狐では話にならない。そして子供ながらに実力を買われて、合戦の主力として活躍していたらしい。


 ただ妹であるあの姫さまも、負けじと今では立派な犬神刑部になったというのだから驚きだ。あんなワンパク娘がもののけどもを率いるようになるのを見ることができるとは、人生長生きはしてみるものだな。


「大縄サマ!すぐに来てくれるッテ!よかったデスね!」


 部下が遠征から帰ってきたようだ。相変わらず、こいつには気配というものがまるでない。我ながらよくこんなものを従えられているなと思う。そう、彼女のように、私の部下は皆私に殉じようとしてくれている。私の願い、ともすれば自分勝手な欲望を、自分の事のように喜んで。心底、いい部下を持ったと思う。私は体を起こし、そんな部下へ労いの言葉をかける。


「大縄サマに褒められるなんて光栄デス!このシニカ、守護者として粉骨砕身デス!骨は無くなったらコマるんデスけど...。」


 そう言って、彼女は自分の持ち場へと踵を返した。私は再び一人になり、最後の間でまた瞑目した。


 想うのは、ただ一羽の女。もう先に逝ってしまった、どこまでも人間を愛した女のこと。


「もうすぐ、私もそっちに行くよ。あの日から、随分と待たせたね。」


 その言葉は、誰にも聞こえないはずのもの。それでも、誰に聞かれるはずもないその言葉で再び覚悟を決めたように、大蛇は大きく目を開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ