憧れは不朽となりて
優晏にとって、春水は紛れもなく恩人である。彼女の記憶の中にある初めての優しさは、彼から貰ったもの。
悪霊として、本人の根源にあった魂を縛る『飢え』。その軛から自らを解き放ってくれた彼を、優晏は心から愛している。
だが、その愛は酷く独善的なものだ。救ってもらったからこそ、今度は自分が彼を救わねばならない。
そんな強迫観念じみたものが、優晏を強さに執着させる。故に、強さこそが彼女の中で唯一絶対の指針。
強いものだけが春水と添い遂げられ、強いものだけが全てを得ることができる。極めて歪な、誇りある弱肉強食。
しかしここで、その絶対的な指針が揺らぐ。優晏は自分と拮抗した実力を持つ花丸を、端的に言えば恐れた。
自分の椅子が奪われてしまうのではないか。花丸より弱いかもしれない自分は、最早春水にとってお払い箱なのではないか。
心に鬱屈とした感情が澱を成し、魂を淀ませる。そうして皮肉にも、その心を晴らしたのは、相対している好敵手と呼ぶにふさわしい相手だった。
花丸が吠える。未熟を知り、膝を折って尚、彼の影で在りたいと。それから、そんな漆黒の目が見据えているのは、揺らぐことの無い白銀。
花丸の瞳に映っている優晏は、いつだって輝いていた。それこそ、五年という月日を彼と過ごしていた花丸ですら、嫉妬してしまうほどに。
嫉妬の裏に隠れていたのは、どうしようもない憧れだった。強くて綺麗で、凍える姿なんて微塵も見せない、完全な強者。
(本当に....私なんかに憧れてるのね。バカな子。....それに喜んでる、私はもっとバカだけど。)
花丸が吠えたように、優晏も精一杯の強がりを見せる。本当は、彼女もこれ以上ハーレムが増えることを望んではいない。
彼を独占したい。あわよくば彼との子供が欲しい。そんな乙女の願いは、一度心の奥底にしまって。
今はただ、憧れを裏切らないために相手を打ち砕く。強者として、彼を愛する者として。全身全霊で、思いっきりぶん殴る。
花丸が完全に立ち上がる。そうしてそれと同時に、優晏も直立して足を一歩前へ出す。
二人を分かつ間隔は、距離にして約一メートル弱。お互いがあと一二歩歩み寄れば、もう拳の当たる射程距離。
静かな辺りに、足音だけが木霊した。一歩、また一歩と、決着までの時間がみるみる短くなっていく。
この状況、どちらが勝ってもおかしくは無い。だが、花丸はこの状況を鑑みて、自分の方に勝ち目があると踏んだ。
(最後で術式勝負ではなく、肉弾戦を選んだ時点で貴女の敗北だ。いくら私が疲労しているとは言え、それは向こうも同じこと。条件が五分なら、フィジカルが強い私の方に分がある。)
そこに加えられた、耐久面の差。花丸は体力が損耗しているだけだが、優晏は未だ自爆のダメージが残る死に体。
花丸は以上の点を踏まえて、勝利を確信する。しかし、慢心は無い。それは相手を尊敬し、憧れとして認めているが故の警戒から来る信頼。
まだ、何か隠しているのではないか。こちらにどこか見落としがあるのではないか。決着の瞬間が近づく今でさえ、花丸は気を抜くことはしない。
(いや、いかにフィジカル勝負になっても、先手を取られれば敗北に繋がりかねない。つまりこの戦い、先に殴った方が勝つ!)
花丸はリスクを嫌い、あと残り一歩分の距離で早めに踏み込み拳を構える。どちらもギリギリの状況、消えかけのロウソクの前では、そよ風さえ致命傷になりかねない。
「もらっ.....!!!!たああああああああ!!!!!!!」
優晏が踏み込んだ刹那、花丸が拳を放つ。射程距離ギリギリの、緻密に見極められたトドメの一撃。
花丸の拳は確かに、優晏の顔面へと向けて撃ち抜かれた。だが、花丸は拳を放った直後、手応えの違和感に気づく。
(硬い....。これが...人肌の感覚?いいや違う?!まさか、まだ使えたのか?!)
「『焔奪氷化』。自分の熱を奪うなんて、こんなの朝飯前なんだから....!」
左半身の完全凍結。優晏はあえて、先手を捨てて花丸の攻撃を左頬で受ける。
血界戦の終了。先刻の自爆。花丸は無意識に、もう術式は使えない。自爆技はもうないと、そう思い込んでいた。
思考の偏りを突き、相手に術式という手札の存在を除外させることで、優晏はスムーズに素直な肉弾戦へと誘導。
(誘われた....!!だけど衝撃が無くなったわけじゃない!!このまま押し切っ...!)
優晏の左頬を打ち据えた花丸の右腕が、凍結によりそのまま接着。右腕を引こうとした運動で、優晏を花丸の傍らへと引き寄せてしまう。
作戦はあった。確かな実力も、それに見合った心持ちも。足りないものは、何一つだってなかった。
それでも、ここ一番で優晏の天才性が光る。場馴れから導き出された、天性のアドリブ力。先読みによる発想の煌めきが、花丸の焦りを産んだ。
残酷な結論。優晏は何より、戦闘センスで花丸に勝っていた。その事実が、その敗北感が、優晏の拳より先に花丸の胸へと叩きつけられる。
(....あと一手、届きませんか.....。)
「あぁあああああああぁああああぁあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
無防備な花丸の頬を、正真正銘トドメの一撃が襲う。普段の花丸であれば、よろめくことさえないであろう一撃。
それでも、消えかけのロウソクを消すには十分な威力だった。花丸は地面へと仰向けで倒れ、優晏は凍結した左半身分、まだ立っている。
勝者となった優晏は、フラフラの脳みそで指を指す。その指された先には、彼女の想い人である春水が、熱い眼差しを彼女に向けていた。
そんな眼を見て、優晏は一言伝えて立ったまま気絶する。堂々と、心の底から愛を込めて。
「今晩、部屋で待っててね。」
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「二人とも無茶するわぁ...。結局、困るのうちなんやからなぁ?」
そう言いながら、刑部は術式を使って四人に分身。優晏と花丸に人員を二人づつ分け、治癒術を施し続ける。
そうして僕は何をしているのかと言うと、気絶した二人の頭を膝の上に乗せて、膝枕をしていた。
右に優晏、左に花丸。二人の重量が膝に押し寄せて、足がビリビリ痺れる。疲労した体には相当重労働なのだが、そんなことはどうでもいい。
今はただ、あの激戦を繰り広げた二人を労いたい気持ちでいっぱいだ。僕は両者の頭を撫でて、眠ったように気絶している顔を眺める。
「どっちも、気持ち良さそうですね。」
「そうだね。あれだけ戦ったんだもん。大分疲れたんじゃない?」
膝枕している僕の背中に、かぐやがもたれかかってくる。それからつんつんと僕の頬を突き、朗らかに笑った。
「ふふっ。春水も疲れているでしょう?今は二人も寝てるので、私が春水を撫でてあげますっ。」
かぐやは細い指でわしゃわしゃと僕の頭を撫でて、そのまま僕の頭をギュッと胸の内へ抱え込む。
「かぐや....?その......。えっと.....。」
「何も...言わないでください。春水は、どっしり構えていればいいんです。そうすれば、私も正妻として、どっしり構えますから。」
かぐやは僕の後頭部に顔を埋めて、表情を隠した。それからしばらく経って、かぐやは僕の首筋に軽くキスをして、パッと僕の肩に手を回す。
「全く...二人とも春水を困らせて....。仕方ない人たちですね!だから、私がしっかりしなくっちゃ!」
立ち上がったかぐやはスタスタと部屋を出て、お風呂の水とタオルを持って帰ってきた。
温いお湯にタオルを浸し、温めたタオルで優晏の凍結した部分をゆっくり丁寧に溶かしていく。
「....ありがとう、良いお嫁さんだね、かぐやは。」
「ふふ...。じゃあ春水も、浮気をしない良い夫になってくださいね?」
「さすがに...これ以上は増えないんじゃ....ないかなぁ......。うん。.....ごめんなさい。」
機嫌良さそうに、鼻歌交じりでかぐやはタオルを動かし続ける。そんな彼女に僕は頼もしさを感じつつ、自分の不甲斐なさに落ち込むのだった。
予定ではハーレム要員があと一人増えます。




