割かれた愛、紡がれた白。(五)
あんな化け物は母では無い。そんなこと、あっていいはずがないのだ。
ボクは母を知らないし、どういう人なのか、どんな道を歩いてきたのかも全く知らない。けれど、あの一瞬の邂逅だけでも分かることはあった。
あの人は、人殺しなんか望んでない。あんなに優しく笑う人が、こんなに憎悪を振りまくなんて、考えることさえ失礼にあたる。
そんなことを思いながら、ボクは強風の中を飛び回ってやすまささんを探した。
そうして元の位置とは少し離れた地点で、風に煽られゴロゴロと転がり回っているやすまささんを発見。
「わりぃ。まだ自分じゃあんまし動けねェんだ...。手ェ、貸してくれるか?」
ボクは手を貸してやすまささんを立ち上がらせ、手持ちの糸で傷をガチガチにテーピング。
なんとか自立できるぐらいまで、体の機能を乗り戻させる。そんなことをしていると、今度は全く知らない人が後ろから声を掛けてきた。
「敵....か...?いや、違ぇか。って、保昌サン...!無事だったみてぇで何よりだぜ....!」
「これが無事に見えるかよ....。まあ、オレもテメェも生きてる。よく生き残った、藤四郎。」
どうやら二人は知り合いのようで、その藤四郎という人がやすまささんに肩を貸してあげる形で、ボクらはこの場から離脱する。
「てかよォ...アンタ、シュンはどうしたんだ?一緒じゃねェみてぇだが。」
「ん.....。春水はまだ残ってる。足止め....だって。」
ボクの言葉を聞いた瞬間、やすまささんはその足をピタッと止めた。それからぐるっと真後ろに体を向けて、支えも使わずに走り出そうとして転ぶ。
その表情には鬼気迫るものがあり、今の自分の状態など目にも入っていないようだった。
やすまささんは藤四郎さんの心配を振り切って、強風に歯向かい思いっきりほふく前進を開始する。
「あんなデカブツを一人で足止めだァ...?あのバカが.....!そういう時はなぁ...オレと一緒にって言ったろうが...!」
「おいおい無茶すんな!この状況、一旦引いて数で叩くのがベストだろ?!この際多少の被害は仕方ねぇ...仕方ねぇんだ....。」
「藤四郎....男にゃ引けねぇ時ってもんがあんだろうが...!アイツが....アイツだけいい格好してやがんだ....。相棒のオレが...行ってやんないでどうするんだよ.....!!」
芋虫のように地面を這い、懸命に前に進もうとするやすまささんを、ボクはひょっと抱え上げて後方へと運ぶ。
男の矜恃など知ったことか。ボクは春水に任されたんだ。ボクはボクで精一杯、春水に後顧の憂いを残さないよう務めるだけだ。
ボクの腕の中で、やすまささんはじたばたと藻掻く。けれどその抵抗は弱々しく、力のない私でも簡単に抑え込める程だった。
やすまささんは今の自分の無力さに気がついたのか、抵抗をすぐにやめてギリっと強く歯噛みをする。
「情けねェ.....!!」
それから心底悔しそうに、ボソリと一言呟いた。そうして涙がこぼれないように、グッと頭に力を込めて空を見上げる。
その瞬間、空気が一変した。急に溺れたみたいに、呼吸の仕方が分からなくなってその場に倒れ込む。
それはボクだけでなく、藤四郎さんも同様で。ただ一人、やすまささんだけは冷や汗をかく程度で済んでいるみたいだった。
「なんだよアレ.....なんなんだよ......!!保昌サン、アンタ....何か知ってんのか....。」
「アレは......まさかシュンの.......?」
空に、この世のものとは思えないほどの大隕石が浮かんでいた。
本能が震え上がる。眼前の圧倒的な未曾有の滅亡に、カチカチと歯が鳴らずにはいられない。
巨大な化け物よりももっと恐ろしい、無機物の恐怖。それがとてつもない力と共に、化け物へと降りかかった。
地が揺れ、空が戦慄き、海が泣く。この自然にある全てを揺るがしかねない、理の外側にある力が化け物を襲う。
しかし化け物は、それを真正面から受け止めた。避ければいいのに、馬鹿正直に真っ向から。
化け物の巨体と隕石の巨体。その質量衝突がしばらく続き、そうして勝利したのは、まさかの化け物側だった。
「マジかよ...。あの隕石を防ぎ切っちまった....。クッソ....!どっち応援したらいいのか分っかんねぇ!!」
藤四郎さんは頭をガシガシと搔いて、そう悪態を付いた。それに対して、やすまささんは沈黙を貫く。
やすまささんはただじっと、燃えるように紅くなった空を眺め続けていた。その目に写っているのは、嫉妬か羨望か。果てまた、置いていかれたことの侘しさか。
ただ状況だけ見れば、事態はだいぶ好転している。化け物は瀕死で、人的被害は全くない。だったら、今のうちに逃げなければ。
そうボクが思ったところで、ボクらのいる一帯に突然影が差した。その影の正体は、砕け散った大隕石の破片で。
その破片が、こちらを目掛けて急接近してきている。そのスピードは凄まじく、間違っても手負いのこちらが処理できる速さでは無い。
三者が三様に死を覚悟し、その走馬灯に思いを巡らせた。しかし、最後まで走馬灯が投影されることは、決してなかった。
「bbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbb」
化け物が吠える。死ぬまいと、死なせまいと吠え、空へと駆け上がっていく。その飛び上がりの風圧が、ほんの少し隕石の軌道を横にずらす。
そのお陰でボクたちは全員死を免れ、なんとか首の皮一枚命を繋ぐことが出来た。
それから、これは気の所為かもしれないけれど。ボクにはあの羽ばたきの瞬間、化け物がこっちを見たような気がしたんだ。
「おかーさんは.......っ......!おかーさんだった......。」
憎悪に呑まれ、呪いの中に沈んで行っても、母はどこまでも母だった。それを、この純白の羽衣が証明してくれている。
産まれてからこれまで、母に逢えたのはほんの少しだけの時間だった。
芋虫として物心着いた時にはもう、母とは離れ離れになっていた。でも、またこうして繋いでもらった。
一瞬でも、少しでも。繋がれたものは、確かにボクの中にある。
ボクは二度目の隕石によって蟲みたいに死んでいく母を、最期まで見続けた。本当に、誇らしい最期だったと、ボクは思った。
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目を開けた時、僕は目の前の光景を疑った。だって、まさか思わないだろう。たった数分意識を預けただけで、全てが終わっているなんて。
《あは♡どう?お気に召したかな?私の力は!これからもじゃんじゃん、頼っていいんだよぉ?》
「それは...どうだろ.....。なんか、自分が自分じゃないみたいだ。」
喜ばしいことじゃないか。人的被害はゼロ。町も焼けていなければ、仲間たちが死んだ訳でもない。
正に完全勝利。これ以上の成果はありえないだろうと確信できるほどの、ワンサイドゲーム。
けれど、本当にこれで良かったのかというしこりが、僕の胸の中には残った。
(僕が何をした...?何もしてないだろ.....。これは自分の力じゃない。自分の力じゃ....ないんだ...。)
圧倒的な破壊を前にして、僕はただ戦慄した。そうして同時に、こうも思ってしまった。これがあれば、もう全部どうでもいいんじゃないかと。
これから先は全てミカに任せて、僕は仲間たちとのんびり日々を過ごして行ければそれでいい。そんな雑念が、ふっと頭の中を過ぎる。
「こんなに強いと持て余しちゃいそうだし...本当にマズイ時以外はやめておくよ。でも、ありがとミカ。ミカのおかげで助かった。」
《...ふっ。うん!礼には及ばないよ!私はただ、君の良き隣人でありたいだけなのさ。じゃあ、しばらくはおやすみ。キミ、力の使いすぎでちょっと寝込むことになるから。》
「えっ何それ聞いてなっ」
バタリと地面に倒れ込み、僕は一切の身動きが取れなくなった。そうして意識も途絶え、再び完全な暗闇へと落ちる。
《あはははは!!!人間ってのは楽でいいねぇ!でもやりすぎないようにしなきゃ。私はあくまで擬似巡礼者。地球の救済のための、⬛︎⬛︎⬛︎巡礼者とは違うんだ。でしゃばりはいけないよねぇ。》




