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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
123/235

割かれた愛、紡がれた白。(三)

 

「あぁああああ......。ああぁあぁあぁああああ.......!!あああああああああ!!!!!!!」


 蓋をして見ないようにしてきたはずの、愛されていた記憶。ずっと、見えないように閉じ込めてきた想いが、濁流のように溢れ出した。


 初めから何も無ければ、耐えられたんだ。幸せの味なんて知らないと、そう嘘をついてさえいれば、自分の空虚な孔を直視せずに済んだのに。


 でも、思い出してしまった。暖かな日々と、ぬるま湯のような幸せ。それに、自分が満たされていたということを。


 僕の人生は、とっくのとうに引き割かれてしまっていた。僕はもう冬雪じゃないし、ここは元の両親が生きている世界では無い。


 そもそも、母親は死んでるじゃないか。僕の目の前で、ゆっくり腐食していったじゃないか。


 映画でも見ているみたいに他人事な目線で、頭の中の記憶が再生される。セピア色の幸せと交互に映し出された母親の死体は、虚ろな目でこちらを睨んだ。


 何度瞳を覆っても、まぶたの裏には母の死体がいる。ぽろぽろ蛆が湧いて出て、逃げられないぞと叫んでいる。


 もう辛抱たまらなくなって、僕は瞳を大きく開いて俯く。そうして、視線の先にいたのは僕に馬乗りになられていたままの、前世の姿をした僕。


「ようやく.....僕を見てくれたね。」


 少年は泣いている。ただ静かに、涙だけを地面に向かわせて僕を見つめた。


 怯えた目。彼の瞳に映る僕の目と寸分の違いもない、孤独を恐れてやまない目だ。


 僕が目を逸らし続けてきた幸福に、前世のままの子供の僕は耐え続けた。ずっと一人で寂しさを抱えたまま、絶望と寄り添って。


 幸福は、精巧なガラス細工のようなものなんだ。見た目は美しくとも、一度砕けたら元には戻らないし、その破片で怪我だってする。


「傷だらけだね、君は。」


「そうだね。でも、君もそうでしょ?」


 青アザと切り傷だらけの前世の僕。噛み跡に爪痕、戦いの記録が刻まれている今世の僕。


 どちらも、傷ついてばかりだった。失って、泣いて、逃げて、喚いて。もうどうしようもなくなって、僕たちは一人で蹲るくらいしか出来なかった。


 そうだ。そうなんだ。それでも、前世と今世では大きく違うところが一つだけある。


「僕は...恵まれてたんだ。周りには色んな人がいて、僕が挫けても手を差し伸べてくれた。そうやって、僕は少しづつ大人になれたんだ。」


 蹲っている前世の僕を、僕は本来の身長の目線で見下ろした。泣き腫らした目は真っ赤になって、自分の膝だけを見つめている。


 小さな子供。愛を知っていて、人の温もりを知っていて。それが失われてしまったから、その孤独が余計に体を蝕んでいく。


 本当に怖かったのは、孤独じゃない。もうあの日々が戻ってこないんじゃないか。もう二度と戻れないんじゃないか。そんな類の、不安が恐ろしかったんだ。


「もう...僕たちは戻れないよ。どれだけ幸せだったとしても、壊れてしまった日々には戻れない。」


「じゃあ...僕はずっと一人なの......?それは.....いやだよ..........。」


 そうじゃない。違うんだ。戻れなくてもいい。失ってしまったものは、もう取り返しがつかない。


 だからこそ、僕は今持っている全てを取りこぼしたくないんだ。


 失った悲しみも、もう二度と会えない寂しさも。一人では乗り越えられないものだ。でも、僕たちは一人なんかじゃないだろう。


 確かに、僕たちは愛されていた。その離別の痛みが、身を割くことになったとしても。それでも僕は、これから先を見ていたい。


 この先の未来を、僕が大好きな。僕を好きになってくれたみんなと、一緒に歩んで行きたいと思えたから。


「もう、一人じゃない。ずっと一人にさせて...ごめん。迎えに来たよ、冬雪。」


 そんな風に名前を呼ばれた前世の僕は、充血した目で僕を見上げる。そうして、目線がピッタリと合った。


 今度は怯えた目じゃない。驚いたような、大雨の中でふと傘を差された捨て猫のような、そんな脆い光を放つ目。


 星が瞬くのは、見つけて欲しいからなんだ。真っ暗な宇宙の中で、ただ一人でもいいから、誰かに見つけて欲しいと願った。


 そんな願いを、僕は聞こうと思う。だってそれが、僕が前世で一番やって欲しかったことだったから。


「君の願いが....そのエゴが.....。絶対に埋まらない欠落を埋めるための、自分勝手な偽物だったとしても.....?それでも、君は.....?」


「うん。それでも、僕はこうして僕に手を差し伸べるよ。だって、他でもない自分自身なんだよ?しれに、このエゴが偽物だとしても、僕の好意は本物だ。それさえ本物なら、僕はみんなに胸を張れる。大好きだ〜っ!ってさ。」


 伸ばした手を、前世の僕が少し戸惑いながら掴む。その感触を確かめたあと、僕は腕を思いっきり引っ張って僕を立ち上がらせた。


 完全に立ち上がった前世の僕は、段々体が薄れていって宙に消えていく。おそらく、この血界の効果が終了したのだろう。


 それと同時に血界も崩壊を始め、今までは視界にも映っていなかった蚕のもののけの姿が再び出現する。


 怒りは無い。それどころか、感謝の念すら湧きつつあった。それを相手も察したのか、にこにことこちらを見て微笑む。


「ん....子を愛さなかった親はいない....だって。」


「うわっ?!絹っ?!びっくりしたぁ...。ってか、絹って後方にいるんじゃなかった......?」


 突然僕の背後に絹が現れて、僕に声を掛けてきた。僕はそれに驚きつつも、心臓の鼓動をなんとか宥めて話を続ける。


「来る途中....やす...まさ....?がいたから、取り敢えず糸で包んで止血....したよ。」


「そっか....無事っぽかった?」


「ん...平気。」


 それを聞いて一安心した僕は、にこにこ微笑む蚕のもののけの方へと目線を返して、これからどうするかを考えあぐねた。


(殺さなきゃいけないんだけど....。だけど......だけどなぁ......。見た目的にも....うん....。)


 正直、このもののけが何をしたのか僕は把握していない。「なまはげ」と関わりがあるのは確実なんだろうが、それにしたって人殺しをしているかは不明だ。


 それを状況判断だけで殺すと言うのは、些か野蛮が過ぎるのではないか。そんな思いが、ふと頭の中を過ぎる。


 しかし、そんな僕の悩みなど気にしていないと言わんばかりに、蚕のもののけは椅子に座って編み物を続けた。


 そうしてしばらく経ってその編み物が終わったのか、蚕のもののけは完成した真っ白な羽衣を絹に被せて、満足そうに絹の頭を撫でる。


「ん...ありがと。おかーさん。」


「あー。まあ....何となくね、察しはついてたけどね。」


「なまはげ」の発言に、同じ蚕のような見た目、それに元々は芋虫だったことを鑑みれば、まあ妥当な結論ではある。


 しかしこれで、疑いが確証に変わってしまった。目の前のもののけは、絹の母親だ。それを手にかけることなんて、僕に果たしてできるのだろうか。


「ん。春水、気にしないでいい。.....おかーさんは、もう長くない。」


 そんな中、絹は僕の悩みを見透かしたようにバッサリとそう言い切った。それからすぐ、その言葉を裏付けるように、蚕のもののけが地面へと倒れ伏す。


 そこで僕は、また作之助の言葉を思い出す。蚕が人間に奪われたものは二つ。空と、それから寿命。


 蚕は飛べず、口もないため食事が取れず、二週間ほどしか生きられない。その代わり、成虫になる際には沢山の糸を吐き出すのだ。


 心底、人間に都合のいい改造をされた生き物だ。その在り方は、消費されるだけの機会と何ら変わらない。


 絹は倒れた蚕のもののけを抱え、複雑そうな目で相手を見つめた。それもそのはず、絹からしてみれば、母親とは言いつつも初対面の相手。


 どうしていいのか分からないんだろう。絹は何かを喋ろうとしては辞め、喋ろうとしては辞めを繰り返していた。


 そんな喋りあぐねている絹を見て、蚕のもののけは手を頬に差し伸べる。不器用な母の、最後の想い。


 それを絹は優しく握り返して、より強く自分の頬に押し当てさせた。


「ん....。おかーさんの分まで、生きるね。」


 お互い、涙は無い。どこで流していいのか、どうやって流せばいいのか。そう迷っているうちに、時間が来てしまったから。


 それでも、絹はしばらくまだ温もりの宿った母親の手を頬ずりし続けた。そのなんともやるせない光景を、僕は黙って見つめる。


 それから、ふと何かの錯覚が全身を駆け巡る。寒気のような、おぞましい何かと退治したような。そんな錯覚。


(なんだ....?このざわめき....?これで全部終わったはず....。そう...だよな....?)


 漠然とした嫌な予感がざわざわと悪寒を呼び、僕は急いで絹を担ぎながら家屋を飛び出す。


「ん....。春水、もうちょっとだけ...。」


「....ごめん....。そのお願いは聞けない...かも....。」


「....?なん..............?!」


 突然、背後の先程まで僕たちが居た家屋から轟音が鳴り響く。その音の主を見たであろう絹は絶句し、僕もそれを確かめるために後ろを確認した。


「.......おいおいおいおいおいおい。流石に冗談だろ...?」


 翅を広げれば全長百メートルはあるんじゃないかと思えるほどの大きさを持った蚕の化け物が、家屋を突き破って空を見上げていた。


 翅は茶色くボロボロで、その顔は憎悪に歪み切っている。間違っても、先程の蚕のもののけとは似ても似つかない。


 だが、この状況だ。あの化け物は明らかに、さっきの蚕の。


「違う....あれは、違う。」


 絹が強めに、僕の考えを否定した。あれは自分の母親ではないと、そう彼女は断言したのだ。


 であれば、これ以上僕が追求することは何も無い。ひとまず今は、絹を連れてヤスを回収。その後は後方まで一旦引く。


 そう計画を立て、巨大な蚕の化け物を睨んだ。するとその瞬間、蚕の化け物は近くの町に向かって、大声で叫んだ。


「bbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbbb。」


 聞けば誰もが不快になるような、蟲の羽音とひしめきの雑音。そうして僕はそれが、本能的に宣戦布告だと理解出来てしまう。


「あいつ...町を狙う気か.....!」

喰禍蠱(クワコ)


それは呪いの押しつけによって、哀れにも人間を殺すだけの化け物になってしまった白母(はくも)の新しい名前。人口密集地を狙い、ひたすらその巨体による殺戮を繰り返す。


呪いの発動のキーは願いの達成。その願いは、自分の実の娘に看取られて死ぬこと。


これは狐との契約であるため、呪いが発動したが最後。死ぬまで人を機械的に殺し続ける。


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