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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
121/235

割かれた愛、紡がれた白。(一)

 

 ボロボロの家屋では天井の所々穴が空いており、星明かりが雨漏りして、部屋の中に温かみのある光を届けている。


 そうしてそんな部屋の真ん中に、ゆりかご椅子に腰掛けて、薄い絹を使った編み物をしている真っ白な女のもののけがいた。


 六本ある腕は器用に編み物を黙々と続け、口がないのにも関わらず、その表情は微笑んでいることが本能的に理解できる。


 星明かりが日向の日差しであるかのような錯覚。不思議と僕は、心穏やかなような気持ちになった。


「お母様っ!!お母様っ!!!」


 そんな「なまはげ」の金切り声で、僕はふっと我に返る。そうして自分の使命、やるべきだったことを思い出し、たるんだ心に気合を入れ直す。


「なまはげ」がお母様と呼んだもののけは編み物を一旦辞めて、自らの懐に飛び込んできた「なまはげ」の頭をあやす様に撫でた。


「ごめんなさい....ごめんなさい....!!私は奪うことしか出来なかったの.....!これしか....私は知らないの....!!」


「お母様に報いたかった....。こんな私を...娘として扱ってくれたお母様.....。大好きなの....お母様の幸せだけが.....私の幸せなの........。」


 僕たちと戦った時の、烈火の如き迫力を持った「なまはげ」はもう居ない。そこにいるのは、ただの小さな娘だけ。


 僕は今この空間で、あと一歩を踏み込むことがどうしてもできなかった。いや、踏み込んじゃいけないと、思ってしまったんだ。


「沢山呪って...沢山殺して.....!そんなことをお母様が望んでないって分かってたの!でも....でも.......!それでも私は....お母様のために....何かを残したかったのよ....。」


 泣きじゃくる「なまはげ」の頬を、蚕の見た目をしたもののけが優しく持ち上げてそっとなぞる。それから少しだけ見つめ合って、「なまはげ」は最期にボロボロと大粒の涙を零した。


「....ふふ。お母様は、やっぱり優しい。こんな罪深い私にも、労いの言葉をくれるなんて。あぁ....お母様がそう言ってくれるだけで、その笑顔が見れただけで。私は良かったのね。」


「なまはげ」は蚕との長い抱擁を終えて、割かれたように一人空を見上げる。その瞳には、宝石のように輝く大量の星と、流れ星にも似た白い線たち。


 その正体は、大量に飛翔する蚕の群勢。空を駆け、遠く遠くへと飛んでいく、箱庭からの脱走者。


「お母様....。お母様の願いは.....叶えてあげられなかったけれど....。人から奪われた空は、私が取り返した...から....。だから、泣かないで....お母様。」


 作之助が言っていた。元来、蚕は空を飛ぶことが出来ないのだと。それに加えて食事をすることも、自由に葉と葉を伝うことさえできない。


 それは人による、家畜化が要因となっている。人がより多くの糸を効率的にとるため、己の利益を追求したがために、彼女らは空を、自由を奪われた。


「なまはげ」がやりたかったのは、復讐だけじゃなかったんだ。本当に彼女がやりたかったこと。それは、蚕たちに空を返すことだったんだ。


「大丈夫....お母様の本当の娘は、もう自由になったわ。だから...偽物で、侵略者なだけの私のことは...もう忘れたっていい....っ?!」


 今度は、涙を流した蚕のもののけの方から、「なまはげ」に抱きついた。それに一瞬、呆気に取られた「なまはげ」だったが、すぐにその行為の意味に気がついたらしい。


「なまはげ」は涙を堪えようとして下手な笑顔を作るも、結局そんな作り笑顔は崩壊。すぐに顔をぐちゃぐちゃなものにしてしまった。


「いい....の...?私は....ただの寄生茸よ....。お母様の娘なんかじゃない.....。赤の他人なのよ......?」


 蚕のもののけの、娘を抱きしめる力が強まる。僕には聞こえないし分からないが、きっと二人だけで今、別の世界が作られているのだろう。


「こんな幸せなことって.....あっていいのね.......。お母様の腕の中で....死ねる......なんて........。」


 蚕のもののけの背中に回されていた「なまはげ」の腕が、名残惜しそうにだらりと下がり落ちる。最期に彼女は、星を見て死んだんだ。


 彼女の母親は「なまはげ」をそっとゆりかご椅子に座らせて、瞳を閉じさせる。そうして祈るように、彼女の前で手を合わせた。


 すると彼女を包むように真っ白な糸が生成され、「なまはげ」を包み込む繭が完成。それは、彼女にとって何よりも尊い棺桶で。


「....罪は消えないよ。「なまはげ」が沢山の人を殺して、村をいくつも滅ぼしたっていう結果だけは...なくなったりしない。」


 どれだけ深い思いや意味があろうと、彼女がその手を血に染めた事だけは変わらない。井戸に詰め込まれた人たちを燃やした炎が、彼女を決して許さないから。


 復讐とは、終着地点と何ら変わらない。復讐を達成しようとしまいと、その先にはなんの道も残っていないのだ。


 不幸のどん詰まり。復讐が復讐を呼び、どんどん絶望の連鎖に叩き落とされる。そうして、それは死ぬまで終わらない。


 かと言って、忘れられるわけでもないんだ。何をやっても、冷たい虚構が横たわる。復讐に相応しい絶望を与えられた時に、人は死ぬ。


 今僕の目の前にいる、蚕のもののけはそれをきっと理解している。理解して尚、娘の弔い合戦のために僕に向かい合った。


「どの道...ここで生かして返すことはできなかったんだ。あんたは何もしていないのかもしれないけど、ここで殺すよ。」


 先程の踏み込めなかった時間は、僕に十分回復の隙間を与えてくれた。今なら、術式もある程度は使用出来るはず。


 自分の限界をしっかりと見定め、心を戦闘モードに切替える。それは相手も同様だったようで、相手は六本の腕を使い、生成した糸で複雑なあやとりをし始めた。


「まさか...!この気配っ?!」


 気づいた時にはもう遅かった。僕と相手の周囲一体を糸が包み込み、視界は暖かな白に覆われる。


 おそらくは、今僕と相手は巨大な繭の中に内包されているのだろう。その繭の正体は、十中八九【血界侵蝕】。


(いかに回復したとはいえ...今の状態で長く血界内にいたら勝ち目はないな...。まずは脱出を!)


 と息巻いた所で、僕はある異変に気づいた。それは相手の体がほんの少しだけ、先刻よりも大きくなっていること。


「巨大化かっ.....!だけどそれはもう慣れてる!」


「なまはげ」戦で既に、対大型は慣れている。僕は速攻でケリをつけようと相手に走り出した。しかし、ガクンと視界が揺れて転んでしまう。


(くっ....!一体何が起こってる....?!)


 そこで初めて、僕は自分の手のひらを見た。なんだか、いつもより小さい気がする。


 その違和感を裏付けるように、また視界が少し下に下がった。体感だが、最初との視界の高低差は三センチほど。


 血界内に引き摺り込まれてからおおよそ三十秒。この体感と大体一致する。つまり、これは相手が巨大化しているわけじゃない。逆にこっちが縮んでいるんだ。


(身長だけじゃない...筋肉量も、術式の感じも。全部がどんどん未熟になっていく感じだ。ってことは、タネは別にあるな。)


「....年齢の引き下げか...!」


 今現在、僕の年齢は十三歳。この血界の効果が一体どれ程かはまだ分からないが、悠長に戦っている暇はまずないだろう。


 先程までよりもより深刻に、脱出が困難になってきた。このまま下手を打てば、最悪僕は赤ん坊にでもさせられてしまうに違いない。


 そうなれば、もう勝ち目は無くなってしまう。焦りは禁物、呼吸を一定に保ち、深く腰を落として相手の様子を伺う。


 立ち方。重心の位置。体の運び。どれをとっても素人、これならば撃破は容易い。


 僕は転んでしまわないように足元に注意して、全力で地面を蹴り飛ばした。それから拳を構え、相手に向かって全力の一撃を繰り出す。


 しかし、こちらの攻撃は相手の直前でピタッと停止し、それ以上動くことはなかった。


「攻撃が....当たらない....?」

・【血界侵蝕】『母子想白宮(ははこをおもうしろのみや)


血界内に引き摺り込んだ相手の姿形を自らの精神年齢まで引き下げる術式。


ここで言う精神年齢とは、取り繕っているものではなく、真に心の奥底で自らが飼っている幼い自分の年齢のこと。


この血界内では、相手への暴力行為の一切が不可能となっており、力づくでの突破は不可能。ただし、自分との対話を終え、しっかり子供の自分と向き合って大人になったものには、この血界は作用しない。

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