人を救う理由
毎度毎度、こういう現実を突きつけられる度に思う。人間はクソだ。利己的で、排他的で、傲慢で。業のごった煮。罪過の坩堝。本当に、吐き気がする。
虐殺という手段は決して、肯定されてはならないものだ。それでも、ふと思ってしまう。あの恨みは、どこに持っていけば良かったんだろうって。
村から逃げて、誰も知らないところで生きて。昔はあんなこともあったけど、今は幸せだねって。僕だったら、そんなふうに思えるだろうか。
倫理的に肯定はできない。けれど、どこか理解出来るもの。作之助にとって、あれは紛れもなく正当な復讐だった。
僕はひとまず、刺さっていたナイフを抜いて、傷口を焼いて止血。作之助の方に向かいなおって、一瞬だけその瞳をじっと見つめる。
「は.....。完全に不意打ちの一突きだったのに、余裕だっペか。参ったな、こりゃ。」
「問題ありません。十分、隙は生まれました。」
作之助に言葉を投げかけようとしたところで、後方にいた「なまはげ」からの襲撃を受けてしまう。
僕はそれに対処するため、振りかぶられた大太刀の力の向きをナイフで逸らし、なんとか回避に成功。
(だけど、こんなナイフ一本じゃ長くは持たない...!クソッ...!これじゃあヤスを助けるどころじゃ無くなる...!)
戦闘が長引き過ぎたためか、体力も残りわずか。およそ術式を発動できるほどの力は、もう僕には残っていない。
とはいえ、相手もそこまで余裕があるわけじゃないはずだ。さっきの攻撃だって、もし相手が万全だったならナイフでなんて防げなかった。
僕はヘロヘロ。「なまはげ」も満身創痍。作之助はそこまで気にしなくていい。客観的に見ても、勝率は五分五分。
だったら後は、心の戦い。お互いが拮抗状態にあるのなら、心で負けないことが何よりも大事だ。
そう、心で負けないことが大事。それなのに、今の僕ははっきり言ってブレブレだ。自分の中で、これで本当に正しいのかと、心が揺らいでしまっている。
その揺らぎを、「なまはげ」や作之助は決して見逃さない。復讐に走り、純粋なまでに磨きあげられた執念の嗅覚が、こちらの厭いを正確に嗅ぎとった。
「貴様は一体、何のために人を救う。そのような体で、そのような力を持ってして、なぜ人を救う!!」
「ぐっ....!それ....は.....!」
「即答すらできないのか!その程度の大義で!その程度の覚悟で!!!我らに勝てると思うな!!!!」
「なまはげ」のショルダータックルが、こちらの全身を器用に撃ち抜く。その衝撃で僕は弾き飛ばされ、地面へと伏して泥に塗れる。
揺れる頭の中で、何度も「なまはげ」の声が反芻される。何のために、僕は人を救うのか。
託されたからか?人ともののけが手を取り合って生きるなんて、理想の世界に憧れたからか?
結局そんなものは、借り物の理想に過ぎない。人から受け継いだものでは、駄目なんだ。
自分を薪として復讐の炎を燃やし、なんとしてでも自分の理想を体現しようとする。そんな勝利を掴み取るほどの飢えに、借り物では太刀打ちできない。
(思い出せ。何のために、僕はここに来た!何のために、人を救う!!)
頭の中に浮かんできたのは、仲間たちの笑顔だった。一緒にご飯を食べたり、一緒にくだらないことで笑いあったり。
そういう日常が、僕は好きだった。みんなが笑ってくれるから、僕はその笑顔のために頑張ろうって思えるんだ。
みんなのために。なんて綺麗な想いじゃない。これは、僕がただみんなと当たり前を過ごしたいっていうだけのエゴ。
僕は、寂しがり屋なだけなんだ。一人が嫌で、みんなと居るのが大好きで。
それで、その当たり前は人かもののけ、どっちかしかいないような歪な世界で成立するものじゃないから。
取り戻すんだ。僕が過ごせなかった当たり前を、前世で出来なかった、人としての温みがある生活を。
寂しがり屋だから、できるだけ多くの人を救って、みんなで笑い合える暖かい世界を作りたい。これが、僕の飢えだ。
「シュン!!!!!!!!オレはまだ死んでねぇぞおおおおおおおお!!!!!!!だから、諦めんじゃねええええええええ!!!!!!!」
遠くの方から、ヤスの声が聞こえる。あれだけ心配してたのに、こんな元気そうにはしゃげるのかよ。
「誰が....諦めたって......?まったく、最高の相棒だよ、ほんと。」
泥の重みを身体中に感じながらも、それでもと立ち上がる。目の前には、おそらくトドメを刺しに来たであろう作之助。
(ヤスが「なまはげ」を抑えてくれてるっぽいな...。だったらこっちは、最短で援護に行く。)
「なぁ、春水。おいたちの復讐のために、死んでくれだっぺ。」
「作之助こそ、僕のエゴのために、死んでくれ。」
覚悟は決めた。今の僕なら、迷いなく作之助を殺せる。作之助と僕の距離は、おおよそ五メートルほど。そうしてその丁度中間に、僕がさっきの衝撃で手放したナイフが落ちてある。
あれを先に拾い、相手に突き刺すことが出来た方が勝者となる。酷く単純で、残酷な最終決戦。
刹那の睨み合いの後で、お互いが何も言うことなく、運命を感じるほど同時にスタートを切った。
足場の悪さと残り体力、それにダメージの具合も相まって、僕の方が圧倒的にスピードが出ない。僕はこの勝負に、あと一歩のところで敗北する。
「取ったっぺ!死ねぇええええええ!!!!!」
ナイフを取り、勝ちを確信して向かってくる作之助の顔面に向かって、僕は拳をめり込ませた。
僕は勝負の負けを悟った時、もう既に拳を自然と構えていたのだ。だってそうだろう、これは何でもありの実践。わざわざ一度の駆け引きに負けたくらいで、諦めたりはしない。
こちらの拳の衝撃で、作之助の持っていたナイフが宙へと投げ飛ばされる。それを僕は宙で掴み、そのまま作之助の首元へと突き立てた。
「お前の敗因は、一つのことに囚われすぎたことだよ。お前はあの夜。村を滅ぼした後、そのまま逃げていれば良かったんだ。そうすれば、そうすればきっと.....。」
喉からナイフを生やして、泥を跳ねさせる作之助は、やっぱりどこか晴れやかな表情だった。罪を精算したかのような、そんなふうな微笑みを浮かべて。
「逃げるなんて....無理だべ.....。おいは村を......滅ぼした......。人間が......憎かった....から.....。だったら......他の奴ら.....みんなも.....殺さない....と.....。」
「....真面目すぎるよ。あの時、作之助の復讐は終わったんだ。その後は、もうきっと自由だったのに。」
「春水は優しいな....ぁ......。いいんだ......。おいは....山鴉の手を取らなかった.....。それが....答えだっペ.....。」
大量に血を吐き出して、作之助はゆっくりと地面に背中を預ける。眠るように、泥に沈んでいくように。
「もし......あの手を取ってたら........。何か....変わった.....べか.....?なぁ...... 山鴉。」
仰向けになった作之助は、空へと手を伸ばす。そうして力尽きたのか、作之助は腕をばしゃりと泥の中に漬け込んで事切れた。
「お前の想い。僕は絶対に忘れないよ、作之助。」
人の醜さのせいで、作之助はこうなるしか無かったんだ。優しくて、真面目だったから、人間の醜悪さに耐えきれなかった。
僕はそれを、握りつぶしたんだ。自分のエゴで、みんなと一緒に居たいってだけの、自分勝手な想いで。
「.....謝らない。それは、侮辱だから。」
僕は作之助の開いていた目を優しく閉じさせて、ヤスの元へと踵を返す。本当の決着を、つけに行くために。




