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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
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正しくなれなかったけだものたち


「な....。なん....で.....?作之.....助.........?」


ナイフが刺さったとはいえ、傷はそこまで深くない。内蔵は傷ついていないし、出血もそこそこ。


ダメージはさほど大きくないはずなのに、それでもガツンと殴られたような衝撃が僕の心を襲う。


作之助と僕が触れ合った期間は、あまりにも短い。それでも、僕は彼がこんなことをする人間には到底思えなかった。


彼は確かに、多くの人を救おうとしていたはずで。だから今までずっと、そのために僕たちは奔走していたのに。


「別に。春水を殺したかったわけでねぇ。おいはただ、人間が憎かった....。それだけだっぺ。」


それから作之助は、つらつらと自分の半生を語り出した。それを僕と「なまはげ」は、戦うことなんか一旦忘れて聞き入ってしまう。


痛々しさが存分に溢れ出る、まだ生傷のまま横たわっているような、彼の痛みの記憶を。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


捨て子だったおいは、もののけに助けられた。それは、ただの気まぐれだったのかもしれない。でも、そんな気まぐれ一つで、おいは命を救われた。


命を救われたあとも、人生はそれで終わりじゃない。救われてしまったからには、続いていくものだ。


おいはある森にあった村に返されて、そこで金持ちの老夫婦に拾われた。


その老夫婦は代々養蚕業を営んでいて、毎年毎年莫大な利益を村にもたらしていたという。


そのおかげで村は潤っており、孤児一人を抱え込むなんてのはわけない。そうやって、おいはその老夫婦の所有物になった。


「ぐっ.....。ごめんなさい....。ごめんなさい......。」


「反省が足りないねぇ?!今は不景気で、労働者も不満が溜まってるのさ!このお仕置きで、少しは反省しな!!」


老夫婦は経営者として、抜群の手腕で養蚕工場を回していた。しかし、そんなふうに経営者だけが儲けを得ていると、当然の如く労働者には不満が溜まる。


そこで老夫婦は、僕を実子ということにして週に二三回、僕を労働者へと投げ捨てた。悪いことはしていないのに、お仕置きという名目で。


酷い地獄だ。暴力。暴言。強姦。なんでもありの生き地獄が、今でも昨日の事のように思い出せる。


踏み潰されながら聞こえてくる野太い笑い声たちも、痛みで泣いていても誰も助けてくれない絶望感も、裸で投げ捨てられて寒さに凍える夜も、全てが未だにおいを縛り付ける。


「オラッ!ボンボンのとこの息子なんだろっ?!これぐらいは俺たち労働者のために貢献する義務があるよなぁ?!」


「ガキが!!テメェんとこの親はテメェを売ったんだよ!!もっといい声で鳴けや!!」


「フヒッ....。可哀想にねぇ...、おじさんが可愛がってあげるからねぇ....。もう大丈夫だから....ね?」


「おいおい!ひっでぇな!あいつに抱き潰されでもしたら、ほんとに死んじまうんじゃねえか!誰か止めてやれよ〜!」


「ペッ!鼻持ちならねぇんだよ!金持ちの匂いがするぜ、俺らなんか蚕の虫臭さが取れねえってのによ!」


「あがっ.....!ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい.........。」


青あざが消えた日は一日だってない。それから家に帰っても、汚いものを扱うようにおいは隔離され、食事は最低限の貧相なものだけ。


血便が止まらなくなった日だってあった。熱が四十度も出た日もあった。左足の骨が折れて、パンパンに腫れ上がった日だってあった。


今でも、おいの左足の指は曲がったままだ。そのせいで上手く走ることも、あの環境から逃げ出すこともできなかった。


でも、おいはある時、また救われることになる。それは人間なんかではなく、またしてももののけから。


おいは泣く時、決まって近くの森に行く。人気もないし、ここならあいつらに殴られる心配もないから。


そうやって、この日も例に漏れず森の中で泣いていた。蹲って、ダンゴムシみたいに。惨めにみっともなく、泣いていた。


「お前、こんなところに一人で子供がいたら危ないぞ。親とはぐれたのか?」


山伏のような格好をして、大きな鷹の翼を片方だけ携えた、カラス顔のもののけがおいの前に現れた。


叫び出したかった。その、久しぶりに向けられた温かさが、何より嬉しかったから。


「酷い傷だな....。どれ、少し見せてみろ。うむ...これなら俺でも治せそうだ。」


そのもののけがおいの頭に手を当てると、おいの傷はみるみるうちに治っていった。おいはそれを見て、生まれて初めて年相応にはしゃいでしまう。


「すごい...。すごいっぺ!どうやったんだべ!?」


「俺の密教で伝わる『阿頼耶識法術(あらやしきほうじゅつ)』だ。これを使えるのは俺と...あとは旧友の生臭坊主ぐらいか。」


「ありがとうだべ!!あっと、おいは作之助だべ.....そっちの名前は.....。」


「名か?俺の名は凰団(おううち)...。いや、その名は捨てたんだったな....。今はただの、山鴉(やまがらす)だ。よろしくな、作之助。」


この日この場所での出会いが、これから先、おいの人生を大きく変えることとなる。


この日から、おいは空いている時間を見つけてはいつも山鴉(やまがらす)と出会った場所に行くことにした。


傷を治してもらう以外にも、きっとおいは寂しかったんだと思う。おいにとって、山鴉(やまがらす)は初めての友達だった。


山鴉(やまがらす)は優しかった。会う度に新しい傷をつけてくるおいに、いつも何があったのかと聞いてくる。


おいはその問いに、答えられなかった。だってそうだろう?初めてできた友達に、こんなことを知られたくない。


「お前は....いつも傷だらけだな。....お前さえ良ければなんだが、俺と一緒にこの村を出ないか?俺は元来旅人だ。もう少ししたら、俺もここを発つ予定だったしな。」


ずっと、聞きたかった言葉だった。ここから逃げ出したかったおいにとって、これは絶好の機会。今から考えれば、ここで山鴉(やまがらす)の手を取っていれば、きっと何かが変わったんだろう。


でもおいは、その手をとる事ができなかった。おいは、もうとっくに呪われてたんだ。


人の醜さに、愚かさに。その醜悪さが、おいの全身へ鎖のように巻きついて、離れようとしてくれない。


山鴉(やまがらす)の提案を断った僕に、彼は全てを見抜いたような表情を見せた。きっと、山鴉(やまがらす)は全部わかってたんだと思う。


おいが人間に何をされているのかも、おいが人間をどれだけ恨んでいるのかも。そうして、おいが復讐の計画を立てていることも。


「俺も...お前と一緒だよ。恨んださ。恨んで恨んで、仲間たちと一緒に人間を殺して回った。でもな、最後には何にも残らなかったよ。」


山鴉(やまがらす)はおいの頭をポンポンと撫でてから、自分の羽根を一枚むしっておいに手渡した。


「復讐ってのは、炎みたいなもんさ。燃やせば燃やすほど、憎い相手を焼き尽くすことだってできる。だが相手を焼き尽くした後は、焼け爛れた自分が遺るだけなんだ。作之助。」


「それは....どういう.....?」


「今は分からなくていい。ただな、俺はお前を止めようとは思わない。......後悔だけは、するなよ。」


そう言って、山鴉(やまがらす)は森の奥深くへと去っていった。それが、おいと彼との別れとなる。


山鴉(やまがらす)がいなくなったあとも、暴行は終わらない。おいは山鴉(やまがらす)の言葉の意味を咀嚼するように、長い間暴力に耐え続けた。


ただある時、なんの脈絡もなく、プツンと糸が切れてしまった。本当に、何かがあった訳では無い。ごくごく自然に、水が下に流れていくように、心が決壊してしまった。


おいは山鴉(やまがらす)から渡された羽根をぐしゃりと握り潰して、無感動に言葉を繋ぐ。


「みんな、死ねばいい。」


するとおいを中心に、巨大な竜巻が巻き上がる。その竜巻は全てを灰塵へと帰していき、おいをいじめていた人も、老夫婦も、全く関係ない人たちも、全てを切り裂いていく。


細かい無数の風の刃が纏まって、人間をミンチにしていく様は、本当に心地よかった。


「はは.....。ははは......!はははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!ざまあみろ!ざまあみろ!!死ね死ね死ね!!みんなみんな、早く死ね!!!!」


一気に家屋を吹き飛ばし、一方で人は細切れにして丁寧に殺す。じわじわじわじわ。殺してくださいと懇願してくるほどに、ゆっくりゆっくり痛めつけて。


「わ....悪かった!!今までのことは全部謝る!だから、だから....もうやめてくれぇ......!!!」


「助けてぇ!!!助けてくれぇー!!!!!」


「おじさんは可愛がってあげたでしょ?!おじさんは作之助くんの味方だからねっ?!」


「クソガキ!!!!!!!!いいから早くこれを止めろ!!!!!」


悲鳴が心地いい。ああ、もっと早くこうしておけばよかった。そうすれば、こんなに苦しむこともなかったのに。


「あぱっ。」


「きゅぎっ。」


「ぽへっ。」


「がぎゅ。」


人が絶命する時の声っていうのは、聞いていて爽快なものだ。動かなくなった肉塊を、液体になるまで刻むのも、なんだか料理をしているみたいで楽しい。


嵐が終わって、残っていたのはボロボロの日本家屋と、残骸となった家が少しだけ。


ボロボロの日本家屋には、抱き合って震えている老夫婦が、惨めに蹲ってこっちを見ていた。


よかった。デザートが残ってた。そう思っておいは、居間に置いてあったナイフを手に取り、一歩づつ老夫婦へと進んでいく。


「あ....あんたを今まで育ててやったのは誰っ...!」


喉元に一突き。恰幅のいい体から鮮血がどくどく溢れ出し、おいを糾弾する声はいびきのような鳴き声へと変わる。


「ひ.....!金か?!金ならいくらでもある!!ほら、金っ!お前もっ....!」


今度は素手で殴り続けた。顔が顔だって認識できないくらい、頭蓋骨ごと入念に拳ですり潰す。


「あー。疲れたっぺ。さて、死ぬか。」


全部終わった。だから、あとはおいが死ぬだけだ。


嫌い。人間が嫌い。人間が大嫌い。だったら、最後に残った人間も殺さなくちゃいけない。


肉塊に刺さっていたナイフを抜いて、自分に突き立てようとしたその時。後ろから、するはずのない声がした。


「貴様....か?この村を滅ぼしたのは。」


こうしておいは白茸(しろたけ)と出会って、目的が一緒だったため意気投合。


茸の流通や人の誘拐。デマを吹き込んだり、果ては貧乏商人に茸を売るようアドバイスしたりなど、色々な工作をやった。


全ては、人間を皆殺しにする。その為だけに。


おいは今でも、山鴉(やまがらす)の言葉が理解出来ていない。多分、もう一生理解できなくなってしまった言葉なんだろう。


はっきり言って、これらはどうでもいい過去のこと。おいはあの夜、村を滅ぼした日に死んだも同然の身だ。


生きる理由も、これから先未来を見る理由もない。後はただ、この身を焼き尽くす炎に身を委ねるだけ。


その果てにあるものが、人間の居なくなった焼け野原であることだけを、切に願って。

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