勝利の灯火
血界の使用直後であることに加え、術式の使用過多により、私の体力は大きく損耗している。
おそらく、これ以上の長期戦闘は見込めない。しかし、目の前には緋く身を染め、こちらをすり潰さんと迫る茸の化け物が一匹。
(息も絶え絶え。おおよそ、万全に戦えるような状態ではない。ですが、心はこれ以上ないほど、晴れやかです!)
「屠る。」
術式の使用は多く見積っても、せいぜいあと一回が限度。その一回で確実に仕留め切るため、私はまずギアを上げていく。
思い出すのは、いつも見ていた星。私を煌々と照らす、眩いくらいに輝き続けている我が王の御背中。
あの方なら、こういう時になんて言うだろうか。今の私を見て、何を思うのだろうか。
(花丸、僕は信じてるよ。きっと勝つって、僕の花丸なら、絶対負けない。そうでしょ?)
「勿論ですっ!!!!!我が王!!!!『影狼送り・魔纏狼』擬似展開!!!!」
影をこの身に纏わせ、具足の如き甲冑を作り上げる。姿形は我が王のものと酷似した作りとなっているが、構成物質が影であるため我が王のものと異なり黒の色違いだ。
だが、これはあくまで擬似展開。力量が上がるわけでも、身のこなしが素早くなるわけでもない。その代わり、硬度と想いは跳ね上がる。
「kyooooooooooooooooaaaaaaaaa!!!!!!」
緋に染まり、以前までとは比べ物にならないほど速く重い拳を、私はそのままノーガードで受け止める。
具足にヒビが入り、衝撃が私の体を襲うがそんなことは関係ない。私は飛んできた拳を思いっきり掴んで、逃げられなくなった相手目掛けてお返しの拳をぶつける。
「kyuuii?!」
まさかこれだけヘロヘロなこちらに反撃を喰らうとは思ってもみなかったのか、相手はこちらの攻撃にやや怯んだ。
「こんなもので....終わりだとでも.....?」
その後は怯んだ隙を狙い、相手の後頭部へと両手を伸ばして顔部分をホールド。それから地面を思いっきり蹴り上げて、茸の化け物の顔面へと膝蹴りを迷いなく打ち込む。
それにより、軽く浮いた相手へ追撃をするため、身を捩って遠心力に任せた蹴りを腹部へめり込ませた。
(なっ...掴まれた?!この力の圧...まさか、あの時の「なまはげ」と同等の力を?!)
「yeahhhhhhhhhhhhhhaaaaaaaa!!!!!!」
まるで鞭でも扱うかのように、私は地面へと何度も何度も打ち付けられる。地面から轟音が響く度、少し、また少しと影の装甲が剥がれ落ち、ダメージがどんどんと大きくなっていく。
「いい加減っ....!離しなさいっ!!」
地面に打ち付けられた直後の浮遊感を利用して、腹筋の要領で体を起こし相手へと頭突きをお見舞する。
その勢いもあってか、相手はたまらず腕を私の足から離し、衝撃で瞳を閉じた。
そうして向こうは痛みに顔を歪めているため、追撃の心配はない。だったら、こちらは攻めるのみ。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
これは罰だ。それから、私の贖いのチャンスでもある。だからここで限界を超えなきゃ、私は一生弱いままだ。
好きになれなかった。強くて、綺麗で、我が王の隣に平然と立つ、そんな優晏様が。
屋敷にいた時、我が王は時々優晏様たちの話を私に聞かせてくれた。頼りになる、昔なじみの仲間たちだと。
私はそれを、どこか遠い国の話のものだと思っていた。仮に彼女らが戻ってきたとしても、今の私に敵うわけはないと、そう見下していた。
けれど実際は、居場所がないのは私の方だった。ぽっと出なのは私で、弱いのは私で、信頼されているのは、優晏様たちのほうだった。
だから嫌だった。この身を焼き焦がすような嫉妬も、すぐに絆されてしまうかぐや様も、私を置いて行ってしまう我が王も。
認めよう。私はあの方と共に駆けるには、相応しくない。圧倒的に、何もかもが足りてないんだ。
だけど。いや、だからこそ。私はここで、共に駆けるために必要な切符を手に入れなきゃならない。力だけじゃない、強さという切符を。
脳みそがふらつく感覚に悶えながらも、私は『影狼送り』を発動。刀を影で生成し、相手の真上へと構える。
(これでっ!!!終わらせる!!!!!)
刀を振り下ろそうと、力を込めた瞬間。茸の化け物は目を開けていないのにも関わらず、勘だけでこちらの攻撃を回避すべく後ろへと引いた。
限界以上の術式使用のため、刀の長さはそこまで長くない。少しでも後ろに引かれてしまったなら、おそらく殺しきれずに終わってしまう。
そうなれば、その後に繰り出される反撃を防ぐ手立てを、こちらは持ち合わせていない。
迂闊だった。曲がりなりにも、相手は我が王が撤退を選んだ程の「なまはげ」レベルまで力を引き上げた化け物。あと一手が、まだ足りない。
(やはり....私には、ダメだというのですか...!)
「『瞬光篝火』....じゅつしきでえいしょうは無くしたからっ....!長くは出せないけどっ.....!」
織様の術式、『天衣無法』による魔術の詠唱省略が行われ、私の背中に小さな灯火が生み出される。
本当に小さな、一瞬の輝き。その一瞬の光が、私の影をほんの少しだけ伸ばした。
(私にとっての星は....!一つだけではなかった!!)
「織様っ....!!おねえちゃん!!!!感謝します!!!!」
「.....あ........うん....!うん!!ぶちかませ!!!!妹っ!!!!!!!!」
刀を振り下ろしている途中で、刀身はやや長さを増して茸の化け物へと刃を斬り進める。
「kyuuuuuuuuuuuiiiiiiiiiiiiiiii!!!!!!」
(私だけじゃ...私だけじゃ届かなかった....!けれど、私と織様なら!!)
そうして、その僅かに伸ばした数センチが、相手の体を一刀両断した。
茸の化け物は体を真っ二つに分け、そのまま消滅。一方で私は限界を超えた疲れから、その場にパタリと倒れ込んでしまう。
「わたしたち...ボロボロだね。」
「えぇ...そうですね。でも、不思議と悪い気分じゃありません。」
私がそう言うと、織様はふふっと笑った。それから、織様は私を背中におぶって森を抜け、刑部様のいる野営地へと足を進める。
「織様....。私は...この戦いが終わったら、優晏様に決闘でも申し込もうと思っています。」
「ケンカ?やってもいいけど、ちゃんと終わったあとは仲直りするんだよ?わかったの!はなまる!」
私はコクリと頷き、織様の横顔に目を向けた。小さくとも力強い、私が何度も救われた彼女の顔を。
私は、織様みたいに強くなれるだろうか。おねえちゃんみたいに、強くなれるだろうか。
分からない。分からないけれど、進み続けるしかないんだ。私は夜空に浮かぶ星を眺めながら、近くにいるはずの我が王へと想いを馳せた。
(私は....強くなります。だからどうか、その時までご無事で....我が王。)
星は何も言わない。夜はただ静かに、私たちを包み込む。その静けさが、今の私の不安を酷く蝕んだ。
言うなれば、虫の知らせとでも表現しようか。ある種の胸騒ぎが、ざわざわと私の中で沸き起こる。
その不安を肯定するように、空に一筋の白が走る。見覚えがあるような、柔らかそうなもふもふの翅。
「絹....様......?」
・『瞬光篝火』
詠唱は「弾ける火花。燻る火種。あなたは大きくなれないけれど、私が息を吹きかけましょう。『瞬光篝火』」
効果としてはほんの一瞬、光の玉を生み出す程度の魔術に過ぎない。




