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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
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おねえちゃん

 

「『影狼送(かげろうおく)り・墨揚羽(すみあげは)』」


 はなまるの周囲に、ふわっと黒色のアゲハ蝶が数匹漂い始める。それらは薄青色の鱗粉を撒き散らしながら、辺りへと散開した。


 あの鱗粉には何かある。わたしは直感でそう感じ、鱗粉を吸い込まないように口と鼻を手を抑え、軽く後ろへ飛ぶ。


 しかしそれも見越してか、蝶々たちは一気にこちらへと距離を詰めてきた。わたしはそれを迎撃するため、『八束落(やつかおとし)』を槍へと変化させる。


 そうしてそのまま、向かってくる蝶々たちへと穂先を突き刺そうとしたその時、蝶々たちは水風船が割れたようにパシャリと爆ぜ、真っ黒な墨をぶちまけた。


「めくらまし....?!」


「えぇ。織様には申し訳ありませんが、ここで拘束させてもらいます。『影狼送(かげろうおく)り・蔦漆(つたうるし)』」


 わたしの足から頭にかけてを、ツタのような形をした影がまとわりついて拘束してくる。


 それでも、ツタはわたしを逃がさないように締まっているが、キツくはなっていない。本当に戦いなくないのだろう。


 痛みを与えない程度に締まったツタを、わたしはまた『八束落(やつかおとし)』を変形させて切り落とす。


 痛めつけるほどキツく締めていたなら、きっとこんな簡単に脱出はできなかった。やっぱり、はなまるはこんなことを望んでるわけじゃない。


 わたしが拘束から抜け出したのを見て、はなまるはギリリと歯を鳴らした。それから、はなまるは地面にあった水溜まりのひとつに傘の先っぽをつけて、苦虫を噛み潰したように喉の奥から言葉をせり出した。


「.........『影狼送(かげろうおく)り・金魚罰(きんぎょばち)』」


 はなまるがそう言うと、水溜まりは一瞬でその大きさを広げ、血界内の地面を全て飲み込んでいく。


 そうしてわたしもそれに飲み込まれ、真っ暗な水溜まりの中へと落ちていった。


 水溜まりの中は深い深海のように仄暗く、本当に液体の中にいるかの如き感覚が全身に伝わる。けれど、息が苦しくなるなんてことはない。


 落ちていく。ただ、沈むように落ちていく。視界の端にはいくつかの金魚の影が映るものの、さっきまで近くにいたはずのはなまるはどこにも見えなかった。


「はなまる〜!どこにいるの.....!」


 大声を出して呼びかけても、当然返事はない。ただその代わり、金魚の影が二匹こちらに向かってくる。


 金魚は明らかに敵意を持って、素早くこちらに突っ込む。一方わたしは、慣れない感覚に体の制御が難しく、かろうじて躱すのが精一杯だった。


(本当に水の中みたい....。体が...ぜんっぜん速く動いてくれない。)


 そんなわたしを追い詰めるみたいに、金魚たちは前と後ろでわたしを挟み込む陣形をとる。


 そこで、わたしはあえて下に自ら沈んでいくことを選択。金魚たちの挟撃を回避し、一旦相手の射程外まで逃げ延びることに成功した。


 元々、おそらくこの影の水溜まりには沈むという性質があるのだろう。そのおかげで、わたしは金魚たちから逃げることが出来た。


 でも、考えることはまだまだ山積みだ。はなまるはどこにいるのか、とか。どうやってここから抜け出そうかな、とか。


 色々なことに頭を悩ませながら、とにかくわたしは下へ下へと向かっていった。そうしてしばらく沈み続けていると、ふと底に足がついた。


「ここが....一番ふかいところ、なのかな。」


 ボソリとそう呟いて、わたしはぐるっと辺りを見回す。相も変わらず、視界が開けていないので何にも見えない。


 それでも、その中で一つだけ。弱々しいけれど、星みたいに光っている明かりを見つけた。


 わたしはそれに向かって、泳ぐように足を進める。そうやって明かりまでたどり着いた先には、蹲っている、小さな子供がいた。


「....ほら、帰ろう?はなまる。みんなが待ってる。」


「ぐすん......。くすん.......。」


 わたしは、それを見て思ってしまった。そっか、はなまるもまだまだ子供だったんだと。


 いつもの大人びていたはなまるは、はなまるが頑張って作り上げていたもので。本当のはなまるは、今ここにいる子供なんだ。


 膝を抱え、表情は全く見えないけれど。そのことだけが、ひしひしとわたしの心に伝わってきた。


「わたしと、いっしょなのね。はなまるも。」


「.....一緒.......?」


「そう。いっしょ。わたしも、本当はおねえちゃんなんかじゃないんだ。」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、ゆっくりとはなまるはこちらに向ける。それを見てわたしは、鏡でも見ているのかと思った。


 だって、わたしもいっしょだったから。わたしも、おねえちゃんを演じてた。ただ、それだけだったから。


「はじめてしゅんすいと会った時から、何となく分かってたの。わたしはしゅんすいのおねえちゃんじゃないんだーって。もちろん、はなまるのおねえちゃんでもない。」


「違っ....!織様は.....しきさまはっ...!」


「違わないよ。わたしはね、ヒドいお父さんと、かわいそうなお母さんから産まれただけの子供。はなまるのおねえちゃんなんかじゃない。ぜんぶ、ぜーんぶうそ。」


 わたしの言葉を否定しようと、はなまるが勢いよく立ち上がる。けれど自分の足に引っかかって、はなまるは体勢を崩してしまった。


 ゆっくりと地面に倒れ、そのまま動かなくなったはなまるは、まだ諦めきれないと言わんばかりに、言葉を紡ぐ。


「あの五年間....私は織様を、姉のように思っていました。それなのに、それなのに.....!違うと、言うのですか....!」


「うん。わたしは違う。にせもの。にせものの、おねえちゃん。」


 心が砕ける音がした。薄氷を踏み割るみたいに、パキンとした音が響く。わたしはそれを聞きながら、一歩づつはなまるの方へと向かう。


「嘘つき....。嘘つき!嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!家族だって.....おねえちゃんだって.....。言ってくれてたのに!!!!!」


「はなまるだって!!!ずっとずっとかくしてた!子供の自分を、大人っぽくふるまわせて!!嘘つき!!!はなまるの嘘つき!!!!!」


 睨み合う。二つの視線が交錯し、絶対に視線を外すまいと強く結びつく。


 わたしは泣いているはなまるの瞳を、綺麗だなと思いながら見つめ続けた。濁りのない瞳から溢れる、綺麗に光る涙。


 わたしはようやく、はなまるの近くまでやってくることが出来た。そうしてそれから、こちらを睨むはなまるの頭を、ぎゅっと抱きしめる。


「嘘つきでも...いいよ。わたしはにせもの。にせものなの。でもね、それでもわたしは....はなまるのおねえちゃんでありたいの。」


 頭を優しく撫でて、はなまるの涙を拭う。そうすると、はなまるは更に泣き出してしまった。


「私は...。あの屋敷での暮らしが、大好きでした。それを奪っていく....あの二人が......許せなかった.......。」


「うん。」


「強くならなきゃって、強くなればきっと。またあの頃みたいに私を頼ってくれるって...。でも、強くなんかなれなくて....。」


「うん。」


「あの二人と我が王が仲睦まじくする度に、ずっと嫌だった。でも、何よりも....。こんなことで嫌になる自分が....一番嫌だった.....!」


「うん。」


「私は...私が嫌いです。あの二人も....好きじゃありません.....。」


「でも、嫌いじゃないんでしょ?」


 はなまるは、無言のまま首を縦に振った。それを見て、わたしは嬉しくなった。やっぱり、はなまるはいい子だ。


「だったら、これから好きになっていけばいいよ。」


 わたしは、これからもずっと嘘をつき続ける。わたしがそうしたいから。わたしが、みんなのおねえちゃんで在りたいから。


 パキンと血界が壊れ、世界が再び元に戻る。うっすらとした月明かりがわたしたちを照らし、優しく包み込む。


 わたしは泣き疲れたであろうはなまるを背負って、おさかべの所まで下がろうと足を進めた。しかし、その時。


「kyuaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!」


 白かったはずの茸の化け物が、真っ赤に染って大声を上げた。そこでわたしは、相手がまだ死んでいなかったのかと気付かされる。


「今.....いいところなの....!邪魔.....しないで....!」


「私が、まいた種です。織様、私が責任を取ります。」


 血界は崩れ、今のはなまるは相当疲れ切っているはずだ。それなのに、はなまるはわたしの前に立った。


 さっきまでとは違う。腕っ節だけじゃない、心の強さを証明するために。わたしはそんなはなまるの背中が、いつもよりも一回り大きく見えた。


「行っておいで、はなまる。わたしが...おねえちゃんが、見てるからね。」

・【血界侵蝕】『不明常夜(あかずのとこよ)

自らの影を拡張し、空間に張り巡らせることで世界を分断する血界侵蝕。


特段、何か特殊な効果を持つ訳では無いが、この血界内部では花丸の術式である『影狼送(かげろうおく)り』の自由度が跳ね上がる。


・『影狼送(かげろうおく)り・墨揚羽(すみあげは)

黒色のアゲハ蝶を生成し、術者本体の半径50メートルまでを回遊できる。


この蝶々が放つ鱗粉には睡眠効果があり、その他にもこの蝶が攻撃された場合は辺りに墨を撒き散らして爆発四散する。


・『影狼送(かげろうおく)り・蔦漆(つたうるし)

ツタを生成し、対象を拘束する技。このツタには対象の影を吸い取り、影を吸い取った分命を削るという効果も持ち合わせている。


・『影狼送(かげろうおく)り・金魚罰(きんぎょばち)

影を拡張し、内部を影で満たした空間を地中に仮生成することが出来る。


この時の影は液体のような性質を持ち、影の中に引きずり込んだ対象を強制的に下へと沈ませる。


加えて、この空間内では金魚を無数に生成することが可能。一匹一匹の性能はそれほど高くないが、まとまればそれなりの脅威となりうる。




(あか)の狂騒

茸に侵されたものたちの最終形態。この形態を披露するには、内包された人間から奪ったエネルギーを全て排出せねばならない。


エネルギーを放出し切り、茸の依代となっていた人間の血液が消滅した時点で、茸ごとその生命は終わりを迎える。



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