本当の自分、影の自分。
白無垢をどっぷりと墨に浸したような黒無垢に、深紅の鮮血の色をした下地が見え隠れしている服を、はなまるは影で生成した。
さらに、顔は黒子のような黒色の布で覆われており、表情を伺うことは全くできない。それはまるで、死体の表情を隠すための布みたいで。
加えてその真っ黒な服から伸びる白魚のような手には、これまた鮮やかな紅の唐傘を携えている。
その傘をはなまるが開いて、緩く肩に添えた瞬間、ポツポツと黒い雨が降ってくる。
「kyuaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」
そんな異様な雰囲気を醸し出しているはなまるに、初めて茸の化け物が警戒心を見せた。
さっきまでとは打って変わって、茸の化け物はわたしになんか目もくれず、一直線にはなまるへ向かって走り出す。
「はなまるっ!!あぶない!!!!!」
わたしの呼び掛けも虚しく、茸の化け物はもう既にはなまるの付近へと迫っている。そうして、先程までわたしを襲っていた拳が、今度ははなまるまで襲おうとした。
「邪魔です。」
はなまるが指を軽く上に上げると、地面から影の狼がわんさか湧いて出てくる。
その狼たちはそれぞれが茸の化け物に喰らいつき、統制された群れなのだと分かるほど連携して的確に相手の動きを止めた。
「kiiiiiiiiiiaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」
「五月蝿いですね。出来れば、早く死んでください。」
すると地面から生えてきた影の茨が、狼たちごと相手を串刺しに貫く。苦しみ悶えた末にどろりと落ちていく狼と、未だしぶとくもがき続ける茸の化け物。
そうして、そのどちらもを冷めた目で見つめるはなまる。わたしは、こんなはなまるを見たことがなかった。見たくもなかった。
「この力なら...。ええ、間違いなく私の方が上です。私が.....。私こそ、あのお方と共に駆けるに相応しい。」
拳をグッと握りしめ、はなまるは不敵に笑う。それからカランコロンと下駄を鳴らして、はなまるはどこかへと歩き出した。
「ねぇ、はなまる。どこに.....行くの?」
「もちろん決まっています。我が王の所へ行くのです。織様も、共に参りますか?」
わたしは、正直言って少し不安に思っている。このままはなまるを、春水の元へと向かわせてもいいのだろうか。
戦力的に見たら、確かにはなまるは強くなった。けれど、これが本当に正しいことなのか。そんな言い表せない違和感が、私の心を翳らせた。
そう悩んでいるうちに、はなまるは再びカランコロンと進み始める。唐傘をくるくると回して、恋い焦がれた相手を迎えにでも行くように。
「私が....行かねばならないのです。あの...残骸などではなく。私が....。私があの方を支えるべきなのです....!」
残骸。その言葉が酷く、わたしの胸に突き刺さった。それは、違和感の正体のしっぽとも言うべきか。とにかく、その言葉がわたしはとても気になったのだ。
「残骸って.....なんのことなの。ねぇ、おしえて。はなまる。」
はなまるは、何も答えない。カランコロン。カランコロンと、下駄と音が響くだけだ。
「答えてよっ!!はなまる!!!」
ピタッと、音が止まる。それからはなまるは、血界のせいで真っ暗に見える空へと手を伸ばし、喉から声を押し出した。
「織様....。貴女にとって、我が王はどのようなお方ですか。」
しゅんすいは、わたしにとっての守るべきおとうとだ。それは絶対に変わらないし、変えようと思ったこともない。
「私にとって、あの方は夜空に燦然と煌めく、星のようなお方です。どれだけ暗い荒野でも、あの方がそこにいれば、私はそれだけで進めるのです。」
「屋敷での五年。私はあの方のお傍に、ずっと居りました。遠方の任務から、布団の中まで。私こそ、あのお方と共に駆ける存在なのだと、そう疑った夜はありませんでした。」
「我が王がいて、織様がいて、かぐや様がいて。それらを守る、私がいて。あの日々は、私の何よりの宝物です。でも、今はそうじゃない。」
はなまるは傘を地面にぽとりと落として、真っ黒な雨を全身に受けた。雨は勢いを増していき、痛いほどその身をこちらの肌へと打ち付けてくる。
「屋敷を出た後、私は屈辱に泥を舐めた!あの銀色の、理不尽な強さに私は叩きのめされた!!それだけじゃない、あろうことか!!あの銀色は私の居場所まで奪っていった!!!!」
「強さが!!力だけが!!!私とあの方を繋ぎ止めてくれる唯一のものだったのに!!!!私は!!!私は!!!それさえ奪われたんだ!!!あの、ぽっと出の過去の残骸たちに!!!!!!!」
雨とともに横殴りになって飛んでくる言葉の一つ一つを、わたしは受け止めた。
はなまるは、ずっと我慢していたんだ。ずっと言えなかったこと、ずっと耐え続けてきたこと。それが、今になって溢れ出てきてしまったんだ。
悲鳴にも似たその慟哭は、わたしの胸を引き裂くには十分すぎる悲しみを孕んでやって来る。でも、だからこそ、わたしはここを通しちゃいけない。
こんな情けない姿のはなまるを、しゅんすいには見せられないから。これを見せてしまったら、今までのはなまるの我慢が、全部ムダになっちゃう気がしたから。
「面白くない。楽しくない。好きじゃない!!あの時だって!!!私があの銀色ぐらい強かったなら、逃げろなんてあの方は言わなかった!!任せろなんて言わなかった!!!私は.........!私はっ.....!一緒に戦ってくれって......!また屋敷の時みたいにって、言って欲しかった!!!!!!!!!!」
「......強さだけが、私の取り柄です。だから、一緒に行きましょう、織様。」
「ごめん。ごめんね、はなまる。ここは通してあげられない。」
わたしはおねえちゃんなんだ。しゅんすいだけじゃない。はなまるも、かぐやも、ゆうあも、おさかべも、きぬも。わたしはみんなのおねえちゃんだから。
覚悟は決めた。わたしは、もう一歩も引かない。たとえはなまるがどんなに強くっても、はなまるがわたしを嫌いになっても、わたしはここを動かない。
それが、おねえちゃんとしてはなまるにしてあげられる最大限のことだから。
「はなまるは、こんなこと望んでない。正気に戻って...!じゃなきゃ、ここは通せない。」
はなまるは少し驚いたように、ピクリと身体を跳ねさせた。しかし、その後は落ち着いたのかゆっくりと落とした傘を拾い上げる。
気づけば、もう墨の雨は止んでいた。その代わりに、雨の足跡である水溜まりが、そこら中に沢山できている。
「退いてください。私は、織様と戦いたくありません。」
「わたしもだよ、はなまる。でもね、わたしは泣いてる妹を見逃せるほど、悪いおねえちゃんじゃない!」
はなまるは不思議そうに首を傾げて、わたしに問いかけてきた。それに対して、わたしは得意げに答える。
「私は泣いていません。第一、織様には顔も見えないはずですが。」
「見えなくても分かるよ。だって、家族だから。」
はなまるは泣いている。ずっとずっと、傷つき続けている。言ってあげなきゃいけない、教えてあげなきゃいけない。
本当にはなまるが面白くないって思ってるのは、ゆうあなんかじゃないってことを。
「今しゅんすいの所に行っても、後でむなしくなるだけだよ。そうやって悲しむはなまるを、わたしは見たくない。」
はなまるに向かって、わたしは手を伸ばす。帰ろうって、もういいんだよって、そう言うために。
「はなまるが本当にイヤだったのは、弱かった自分でしょ。ゆうあたちなんかじゃないよ、それだけは絶対に、違う。」
「違わない....!違くなんか.........っ!通してください。これが、最後通牒です。」
首を振る。断固として振る。だって、私は知っているからだ。はなまるが、ちゃんとゆうあたちと仲良くしようとしていたことも。夜な夜な、一人で術式の修行をしていたことも。
はなまるは、自分の弱さをすり替えて他の人を憎むなんてこと、絶対にしない。思っていても、絶対に口には出さないんだ。
(知ってたよ。本当ははなまるがゆうあたちのこと良く思ってないの。だけど、ゆうあたちを好きになろうとしてたのも、わたしは知ってるから!)
「どかない!わたしは、はなまるがだいだいだいだいだいだいだいだいだいすきだから!ぜったいに、退いてあげない!!!」
「くっ.......。どうなっても....知りませんよ.......!」




