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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
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熱く滾る血潮

 

 いくつもの紅く立ち上る焔を折り重ねて作られた刀は、深紅の輝きを溢れんばかりに辺りへと撒き散らす。


 でも、こんなのじゃ全然足りない。私は深く息を吐いて、刀を構えたまま「なまはげ」の熱を奪おうと刀身に力を込める。


 すると、「なまはげ」の周囲に華が浮かんだ。青白くて、儚げで。それでいて相手の熱を奪う、そんな極寒の燃える花弁が「なまはげ」を完全に捉えた。


 しかし、「なまはげ」はそんな花弁など意にも介していないようで、砕けた大太刀を修復してから再度こちらに全速で向かってくる。


「バカね。綺麗なだけの華じゃないのよ、それ。」


 花弁がはらりと散っていき、確実に「なまはげ」の熱を奪う。華が展開していた部位はおおよそ全身だったので、「なまはげ」は見事、完全な氷漬けになった。


 それから奪った熱を刀身へと転用。深い輝きを放っていた刀は一転、静かに凪いだ深海の如き蒼へと身を翻す。


 激しくは無い。派手では無い。名前すら無い。ただ相手を焔で両断し、焼き斬り殺すためだけの無骨な武器。


 無駄な延焼などせず、目的を遂行するためのみの寡黙な刀身が、凍りついていた「なまはげ」を一刀両断した。


「ガ......!まだ....。まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ!!!!!!!!!!!!」


 だが、真っ二つになった「なまはげ」は、気色の悪い菌糸を伸ばして自身を縫合した。


 それ以外にも外骨格を再度生成し直したのか、先程よりもやや膨張した外殻が鎧となって、その身を包んでいた氷を砕く。


「私が一体、何人の人間を殺してきたと思ってる。貴様らがどれだけ足掻こうが、私を殺し切ることなど....できはしない。」


「なまはげ」がこちらを心底見下して、嘲るようにそう言う。確かに、あのレベルの再生力を持っている相手を、私は削り切ることができるのだろうか。


(残機は、あといくら残ってるの...?多分だけど、十や二十じゃ効かないでしょうね。五十....いや、百?それぐらいなら、何とかなりそうかも....。)


「希望がある...。と言った目だな。思い上がりも甚だしい。貴様らのようなゴミの思い上がりが!霊長の奢りが!お母様を傷つけたのだ!!それを今一度、私の手で教えてやる!!『死蝋倚廬(しろいろ)胞子変生(ほうしへんせい)』!!」


「なまはげ」の体が粘土のようにぐちゃぐちゃ形を変えていき、両腕に着いていた大太刀は大砲のような姿へと変わる。


 そうして、その大砲から真っ赤な茸の弾丸が二つ射出された。私はそれの着弾を防ぐため、炎の刀で弾丸を切り伏せる。


 刀を振るい、向かってくる茸の弾丸を真っ二つにした途端、弾丸の中から粉のような胞子が溢れ出して私の視界を奪った。


「たかが二発で打ち止めなわけがないだろう。今度は連射だ。精々耐えてみろ。」


 胞子の目潰しも何とか慣れてきて、私が薄目を開けた瞬間。私は自身に起きていた異変を、初めて悟った。


 立ち上がろうとするも、頭がフラフラして腰に力が入らない。おまけに視界はぐにゃぐにゃ歪んで、めまいがするほど気持ちが悪い。


(幻視毒....!さっきのは目潰しだけじゃなかった....!)


 もはや迫り来る弾丸がどれほどの量なのか、どれほどの速度なのか視認することさえままならなくなった。


 私はそれでも何とか回避をしようと、ごろんと地面を転がって、元の場所からできるだけ距離を取ることを試みる。


「優晏さん!!くっ....!『偽典(ぎてん)陽光転月光(ようこうてんじてつきひかり)』!」


 眩しい光の線がいくつか私の後方から伸び、私を庇うように向かってくる弾丸を撃ち落とす。


 しかしその努力も虚しく、打ち漏らした数発が私の付近へと着弾。毒性の胞子を撒き散らし、今度はかぐやまでもを襲った。


 その毒をもろに吸い込んで、かぐやは一気に顔色を青く染め上げる。それから恐らく、元いた位置的に、かぐやは私よりも毒の被弾量が多いだろう。


「効きま....せん....!!こんなところで負ける訳には...行きませんから.....!!」


 かぐやは情けなく地面に躓きながらも、ほふく前進のように腕だけで体を動かし、酷い顔をして私の元までやってきた。


「ダメ....なんです.....!一人だって欠けたら....ダメなんです.....!みんなで.....みんなでまた......!!」


 そう言ってかぐやは、私の服を歯で思いっきり噛み咥えて、「なまはげ」から逃げようと後退する。


 ぼやけて虚ろな視界からでも分かる。かぐやの目は必死だ。今でもまだ、自分が死ぬかもなんて怯えが一切ない。


 さっきまでは怯えていて、足だって若干震えていたはずなのに。なんで今はそんなに、強い目ができるんだろう。


(そっか。この子、私のことをまだ信じてるんだ。もう一回私が立ち上がって、また戦ってくれるって。こんなボロボロになった私でも、まだ信じてくれているんだ。)


 今この場において、弱かったのは私だ。力を持っていながら、戦える力がありながら。私だけが諦めていた。


 でも、かぐやは違う。この子は最後まで、自分に出来ることを全うしようとしている。


 この子はきっと、自分が役立たずなことなんて分かってたんだ。だけど、かぐやは抗った。自分が足でまといだとしても、それが諦める理由にはならないから。


 その泥臭さが、無駄な抵抗が。まだ私に、チャンスを残してくれていた。


(まだ頭は回る。体は動かないけど、術式の発動ならギリギリいける!かぐやの作ったこの奇跡、無駄にはしない!!)


「本当に最後まで、生き汚い者共だ。絶望と悔恨に塗れながら、お母様に懺悔して死ね。」


「なまはげ」がこちらのトドメとして選択したのは、弾丸の一斉掃射だった。雨のように降り注ぐ茸の弾丸を私たちは眺めながら、私はか細い声を上げた。


 それは傍から聞けば、悲鳴だったのかもしれない。あるいは、恐怖からの慟哭だったのかも。


 けれど、私とその隣にいる少女は、決してそうは思わなかった。これは、反撃の狼煙だ。最後の最後に、それでもと牙を立てた、私たちのカウンター。


「【血界侵蝕】『燼不凍星(もえずのいてぼし)』」


 辺りを銀世界へと染め上げ、無茶な状態で血界を作り出した身体が悲鳴を漏らす。全身がひび割れるように痛み、今にも身体は熱を吐き出したいと叫ぶ。


 その苦痛を感じる度、私は自分の奥歯が砕けるほど歯を噛み締めた。そのおかげか、弾丸は全て不温度に耐えきれず崩壊。私たちは追撃を逃れ、未だに生存することが出来ている。


 今の崩壊を目の当たりにしたせいか、「なまはげ」は容易に踏み込んでくることはなかった。こちらに深く踏み込めば死あるのみ。それを本能で理解しているようだ。


「か.....ぐや....無事?術式は?」


「.....時間をかければ、三発くらい...ならいけそうです。」


「分か....った。なら、私の合図で真上.....に打ち上げて.....。」


 弱々しくかぐやは頷き、力を溜め始める。それを「なまはげ」も脅威と判断したのか、再び形を変形させてこちらにゆっくり向かってきた。


「近づけば消滅するというわけか。確かに強力だが、所詮は悪あがきだな。今までそれを使わなかったことから察するに、恐らく大きな反動や何かの副作用があるのだろう。」


「なまはげ」はその骸骨の兜の下からでも分かるほど、嗜虐的な笑みを見せて、余裕と言わんばかりに舌なめずりをする。


「人間を嬲り殺しにする....。この瞬間だけ、本当に胸が梳くような思い。ああ、これでお母様も、幾分か寝つきが良くなるといいのだけど。」


 恍惚とした顔とは裏腹に、「なまはげ」は巨大で凶悪なハンマーを茸で生成した。


 そうして今までの憎しみに満ちた声色とは違い、その雰囲気はかつてないほど柔らかなものに変貌している。


「その防御ごと押しつぶす。だから、早く死んで?」


 大質量のハンマーが、ものすごい勢いでこちらに振り下ろされる。私はそれを、苦虫を噛み潰したような表情で睨んだ。


(耐え切れるかは五分五分....。いや、結構厳しい....かも...!)


「あ....ああぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!」


 喝を入れる。今まで諦めていた自分に。強くなるなんて言って、春水の隣に立つなんて言っておいて、こんなところで諦めていた弱い自分に。


 それでも、やはり耐えきれない。身体が内側から燃えるように熱くなり、血界も維持できなくなる。


 それに引き換え、「なまはげ」のハンマーはまだ半分ほど質量を保っている。いくら半分削ったとはいえ、今の私たちにとっては致命傷。


 私は最後の力を振り絞って、喉がちぎれるぐらい大声で叫んだ。


「かぐや!!!!!!今!!!!!!!!!!!!」


「まかせて......!!!!!!!ください!!!!!」


 三本の束ねられた光が直線となって、私たちの頭上に降りかかるハンマーを粉々に砕いて貫通する。


 光は貫通したあとも勢いを緩めずに、天へと登って雲をも貫いた。私はそれを見て、ニッと力なく笑う。


 寿命が数秒伸びるだけの悪あがき。全神経をすり減らして、やっとの思いで打ち上げた光の筋。これがたとえ、無茶で無謀な抵抗だったとしても。


 決して、無駄ではなかった。

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