足でまとい
死んでしまうのは怖い。私でもわかるくらいの憎悪と怨嗟を纏わせながら、二本の大太刀を携えて向かってくる「なまはげ」は、私にとって最早死そのものだった。
逃げ出してしまいたいと、何度思ったことか。でも私は結局、目の前のこの人を置いては行けなかった。
なぜか。そんなの自分でも分からない。恐怖で足が竦んでしまっただけなのか、それとも自分が少しでも力になれると驕ったのか。
きっと、どれも違う。私は本当は臆病で、そもそもこんな森に入る時だって怖かった。
だけど。それでも私は今、この森に一人で立っている。目の前には満身創痍の優晏さん、後方には私を今にも殺さんとする「なまはげ」。
逃げない理由。私が今ここに、立っている理由。それはきっと、やっぱり怖いからなんだ。
私は怖い。死んでしまうことよりも、自分が消えてしまうことよりも。もっと、怖いものがある。
私は足でまといだ。お荷物だ。使えない弱虫だ。でも、私はもう囚われのお姫様じゃない。
あの時、迷宮で初めて優晏さんと戦った時。私はあの姿に、不覚にも憧れてしまった。
あれほど強くなれたなら。あれだけ綺麗になれたら、どれだけいいのかと。
春水に守られるだけだった私と、春水の力になろうとした優晏さん。私は、あなたのそんな強さに背中を押されたんだ。
腕っ節だけじゃない、姿形だけじゃない。その心の在り方に、私はどこまでも尊敬と羨望を抱いた。
だから、私は逃げない。そんな自分の憧れを、自分の大好きな人たちを、裏切りたくなんてないから。
そのためなら、自分の醜い過去だってなんだって、使い潰してやる。そうじゃなきゃ、私はみんなと肩を並べることなんて、できっこない。
私は苦悶の表情を浮かべ、それでも尚こちらを気にかけてくれている優晏さんの頬を両手で支え、彼女の唇にそっと自分の唇を合わせた。
それから深く舌を入れて、急な出来事に頬を紅潮させる優晏さんの表情を薄目で見つめる。
「んっ....!ぷはっ....!優晏さん、私が三十秒稼ぎます。それまでに、なんとか立て直してください。」
そう言って私は、呆然と座り込む優晏さんに背を向けて、今にも迫ってきている「なまはげ」と向かい合った。
皮肉なものだ。あれだけ憎んでいた自分の性質、体液で人を癒すことが出来る。なんて下品なものに、今はこんなにも感謝している。
私は両腕を「なまはげ」の方へ向けて、光の放射準備をした。私の最大同時展開数は五門。五つの光点を私の周りに漂わせ、いつでも発射できるよう力を溜めた。
「一つ、確認しておきたいことがあります。あなたはどうして、こんなにも人を憎むのですか?」
未熟な私には、自分の実力だけで三十秒を稼ぎ切る自信なんてない。だから、どんな狡い手を使ってでも私は目的を達成させる。
「お母様は....人間に奪われた。だから、私が代わって奪い返す。それだけだ。」
「お喋りはっ!嫌いみたいですねっ...!」
「貴様らのように愛を知らぬ獣風情と、交わす言葉など持ち合わせていないという事だ!!」
言葉と共に振り下ろされる大太刀に向けて、私は垂直に閃光を射出。それだけで事前に準備していた四つの門がおじゃんになり、たった一撃を防ぐだけでこちらの手数は壊滅状態になった。
(まだ十秒も経ってないのに....。門を再生性するのは...許してくれないでしょうね。)
残るはあと二十数秒。シンプルに考えれば、私が「なまはげ」に五回は殺されていてもおかしくない時間だ。
その残り時間をどう稼ぎ切るか。脳みそをフル回転させて、私はたった一つだけ、ある作戦を思いついた。
体を使い、頭を使い、術式も使った。あと残っているのはもう、私の命だけ。
「あなた。お母様の代わりに人間を虐殺してるんでしたっけ?そんな虐殺を指示するような人がお母様だなんて、お里が知れますね?」
ピタッと、薙ぎ払いを繰り出そうとしていた「なまはげ」の動きが止まる。そうやって相手が静止している間に、私はありったけの力を残りの一門に込めた。
「お母様は!!!!!!!!!!お母様はそんなこと言ってない!!!!!!!!!!!!!!お母様を侮辱するなぁ!!!!!!!!」
「じゃあ、ただあなたが暴走してるだけじゃないですか。もしかして、自分が人間を殺したいがためにお母様って口実を作ってるんですか?だとしたら、どっちが獣か分かりませんね。」
「だぁあああああまああああああああれえええええええええええええ!!!!!!!!!」
思った通り、「なまはげ」は私の挑発に食いついてきた。京にいた頃、よく大人の貴族が皮肉を言い合っていたのを聞いていたことが、こんなところで役立つなんて。
怒りで単調な動きになった「なまはげ」は、怒りに任せて両の大太刀をブンブン振り回す。それに向かって私は前進し、相手の間合いのより内側へと入り込んだ。
相手が巨体だったおかげもあって、少し踏み込めばそこはもう大太刀の届かない安全領域。
「なまはげ」も私が突っ込んでくるのは予想外だったのか、一瞬怒りを忘れてギョッとしたような表情を見せ、反射で体を後ろに引く。
しかし、もう既に遅い。私は光が限界ギリギリまで溜まった門を自分の少し前に構え、「なまはげ」の顔あたりまで近づける。
「『偽典・陽光転月光・新星』!!」
門の許容量以上に力を注ぎ、力の過剰供給による門の大爆発を引き起こす。
門が大爆発した途端、辺りを極光が包み込む。その余波に私も当然巻き込まれ、私は強い衝撃で地面へと叩きつけられた。
(あれだけ至近距離で爆発を浴びたんですから...!最低でも十秒は動けないはずです!)
叩きつけられた体をゆっくりと起き上がらせて、私は光を防ぐために閉じていた目を開ける。すると、そこには一切ダメージを追っていない、無傷の「なまはげ」が悠々と立っていた。
「『死蝋倚廬・骸纒』」
「なまはげ」は先刻よりもさらに禍々しさを増しており、身体中に人間の骸骨を纏わせている。
さらに「なまはげ」の象徴だった鬼の面まで骸骨に変貌しており、思わず私は一歩後ずさりしてしまった。
だが、一見無傷に見えていた「なまはげ」が、急に膝から崩れ落ちる。そうしてよろよろと立ち上がり、鋭い眼光でこちらを睨む。
「守りを固めて...この威力....!いや、違う!私の方が、脆くさせられた....?!」
ボロボロと、「なまはげ」の体の表面が剥がれていく。さっきまではあんなに硬そうだった装甲は、もはや見る影もない。
「貴様....!何をした!!!!!」
自分でも全く分からない。なぜこうなったのか、どうしてあんなに「なまはげ」が苦しんでいるのか。ただ一つ分かるのは、今がチャンスと言うことだ。
この時点で私が稼いだ時間は二十五秒。あと五秒なら、なんとか間に合う。そう私は確信し、「なまはげ」が動きを止めている間に門を再生性しようと試みた。
けれど、「なまはげ」はその巨体からは想像もつかないほど俊敏に起き上がり、二つの大太刀をクロスに構えて突進してくる。
「舐めるな人間がぁ!!!!お母様を侮辱したその罪、確実に贖ってもらう!!!!!」
油断した。一瞬、私は思ってしまったのだ。このまま行けば、時間稼ぎなんて目じゃないって。もしかしたら勝てるかもしれないって。
そんな甘えを、「なまはげ」は見落とさなかった。時間がゆっくりと感じられ、私に迫る凶刃は今か今かと私の首をはねるのを待っている。
でも、目的は何とか達成できそうだ。このまま私が殺されても、その余韻でギリギリ三十秒は稼げるはず。
私は目を閉じて、自分の最後の瞬間を待った。最後に思い出すのは、あの日の朝日に照らされる春水と、夜を抜け出した後に過ごしたみんなとの時間。
短かった。私の人生から見れば、あまりに短すぎる時間だった。けれど、その短かった時間が、何よりも大切な宝物だ。
(あとは....任せましたよ。優晏さん。)
「何!!勝手に死のうとしてんのよ!!このバカっ!!」
ガキンと、激しい金属音が響き渡る。そうして、眩しいくらいの炎の花が咲き誇っているのを、私はまぶた越しでも理解出来た。
それからゆっくりと目を開けて、私は目の前に燦然と輝く大輪を見た。紅蓮に燃え盛る一本の刀で、二つの大きな凶刃を受け止めた彼女。
炎の刀は勢いを止めることなく、そのまま「なまはげ」の腕に固定されていた大太刀を二本とも燃やし砕いた。
「私は三十秒も要らないわ。それより、よく頑張ったわね。かっこよかったわよ、かぐや。」
・『偽典・陽光転月光・新星』
過剰なまでのエネルギーを一門に集め、力を暴発させる自爆技。
暴発のため通常のレーザーとは異なり、指向性を与えられないのが難点だが、威力はその分数十倍に跳ね上がる。
・『死蝋倚廬・骸纒』
今まで殺害し、取り込んだ人間の分自らの身体能力が強化される。
この他にも、死体に菌糸を与えて操ったり、自立操作させることが可能。
特例として、魂レベルで繋がりのある白母にエネルギーを供給することが出来るが、それが行われたことは一度もない。
かぐやの術式は太陽光の蓄積&発射ですので、そのエネルギーは当然、太陽光そのもの。
高純度かつ高密度な紫外線を受けた茸は細菌が劣化、急速に結合力を失い硬度を維持できなくなったということです。




