復讐の鬼
何かの見間違いなんじゃないだろうか。僕が今さっき扉を開いて見た光景は、きっと僕が白昼夢を見ていただけのはず。
そう硬く信じて、僕は再び研究室の扉を開けた。するとやはり、そこにはとんでもない服を着た、かぐやと優晏が二人して頬を赤らめている。
最初に今の二人を見た時は困惑で扉を閉めてしまったが、今は打って変わって二人から視線を外すことが出来ない。
露出の多い服から顔を覗かせる二人のきめ細やかな肌は、一気に僕の心を鷲掴みにした。
心臓が耳から飛び出たのかと思うほど大きな鼓動を鳴らして、僕はただその場に固まって動けなくなる。
「ん...。見ちゃダメ。あれは失敗作。」
すると突然、僕は何かに包まれて視界を遮られてしまった。そのお陰か、高鳴る心臓も少しは落ち着き、僕は声の主へと質問を投げかける。
「あの服、君が作ったの...?だとしたら天才だよ....いやほんと。それで、君はこの町の仕立て屋さん?」
「...ボク、絹だよ?忘れちゃった?」
絹を名乗る女の子は僕を解放し、一歩後ろへと下がってくるりと一回転した。
その時点で僕は、さっきまで僕の視界を覆っていたものが彼女の背中についている大きな翅であると理解する。
それから真っ黒で吸い込まれそうな瞳に、穢れのない白で統一された麗しくも透明感のある見た目。
加えて、手足はすらっと細く伸びていて、身長は僕よりもはるかに高い。僕を翅ですっぽり包んだ時に、ちょうどその大きな胸に僕の顔が埋まるので、恐らく百八十センチはあるだろう。
純白の髪を靡かせる頭には他にも二本、やや長めの蚕の触覚を生やしている。その触覚をぴこぴこ上下に揺らして、絹は再び翅を前方に回し僕を包んだ。
「繭から出たらね、こんな体になってたの。おかしい?」
「う....う〜ん....。優晏、かぐや。絹が羽化するところって、見てた?」
「見てたわ。....この服、絹が自分の繭で作ってくれたのよ。二人分作るには、足りなかったみたいだけど...。」
「元からただのいもむしって感じじゃ無かったですしね...。でも、私はこの服....嫌いじゃないですよ。春水は、どう思いますか....?」
僕は感想を言葉にするのがなんだか小っ恥ずかしかったので、ひとまず親指を立てて二人に僕の気持ちを伝えた。
二人は僕のグッドサインに満足したのか、僕が絹に包まれている間にそそくさと元の服へ着替えてしまう。
それを少し口惜しく思いながら、僕は外で待ってもらっていたみんなに声をかけて研究室へと手招きする。
後から入ってきたみんなは絹を見て、最初は誰だか分かっていない様子だったが唯一、織だけが人の形になっていた絹を最初から絹だと認識できていた。
それから織は絹と普通に会話をして、少し前と何ら変わりがないかのように彼女を扱っている。
その仲睦まじい様子を僕たちは眺めながら、僕は森に入って得た様々な収穫のことをみんなに話すことにした。それから、ちょうど報告を終えたあたりで、作之助がふと僕に質問を投げかけた。
「春水が戦ったっつー「なまはげ」ってよ、白くて再生速度が早ぇんだべ?だったらよ、その「なまはげ」は茸の親玉なんでねか?」
僕は作之助の意見について、少し考えることにした。確かに、白くて再生するという部分は茸と「なまはげ」で共通している。
ただ、それだけでは論拠として弱すぎる。再生するもののけなんてのは多くはないにせよ確かに存在するし、白いもののけも探せばいくらでも見つかるはずだ。
だから、その二つを結びつけるのはあまりに短絡的すぎる。そう、僕がそう思ったところで、刑部が作之助の意見を後押しするように言葉を紡ぐ。
「うちが見とった「なまはげ」の再生するとこは、なぁんか他のもののけが再生するとことは違うっぽかったんよなぁ。なんて言うか...肉が盛り上がる感じじゃなくて、糸が傷を埋める.....みたいな?」
作之助はそれにピンと来たのか、荷物の中をガサゴソ探し回り、メスを見つけ出してから僕の手を取って地下室へと走った。
それから作之助はメスを丁寧に洗い、感染者の前で手を合わせてから、サクッとメスの刃を感染者に突き刺す。
「作之助?!急に何を....!」
「おいだってこんなこと望んでないべ!でも...ほら、見てぐれ、傷跡が再生していってるっぺ。」
感染者は呻き声を上げながら、その傷跡を少しづつ菌糸で埋めていく。それはまるで、先程刑部が言っていたのと酷似した修復方法で。
「あいつが...この国の感染事件を起こした犯人だったってわけか....!」
「んだべ。おいはまだ実験しなきゃならねぇことがあるだ。春水は先にみんなと休んでてくれだべ。」
そう言って作之助は、苦虫を噛み潰したような表情を顔に張りつけたままメスを振るい続けた。
僕はそんな彼の横顔に、労いの言葉を掛けてからゆっくり研究室へと踵を返す。
地下室とは全く違う雰囲気を漂わせている研究室では、みんなの笑顔がぽわぽわ咲き誇っていた。
大切な仲間のことを思う度、僕は羽前国の村であった出来事を思い出す。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた村人たちに、火をつける瞬間。今まで生きていた無辜の人たちの命を、一瞬で無に返してしまう虚しさ。
あの村人たちにもきっと、今目の前にある守りたい笑顔みたいなものがあったはずなのに、それを僕は奪ってしまった。
救えなかった。なんて傲慢なことを言うつもりは、さらさらない。僕にだって限界はあるし、むしろ僕に救えるものの方が少ないだろう。
だからって、あの光景を許せるのか?
僕は断じて許せない。あの井戸の中に詰め込まれていたのが村人じゃなくて、僕の仲間たちだったらと思うと、気が狂ってしまいそうになる。
僕に今できることは、救うことじゃない。僕にできるのは、元凶である「なまはげ」を斬り捨てて、死んで行った人たちの無念を晴らすことだけだ。
必ず僕が、「なまはげ」を討ち取ってみせる。そう、僕はあの井戸の火に誓った。
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ここは廃屋。柔らかな日差しが差し込む一室の中で、ゆりかご椅子に揺られながら黙々と編み物をしているお母様を、私は愛おしく見つめる。
お母様は力を授かったあの日から、少しづつ衰弱していってる。私がいくら人間を殺してその栄養を渡そうとしても、お母様は頑なにそれを受け取ろうとしない。
「お母様は....優しすぎる......!」
泣きそうな顔と声で、私はお母様に跪いた。私は分かっている。お母様が人間を恨んでなんかいないことも、人間に復讐したいなんて微塵も思っていないことも。
高潔で、清廉で。何より尊いお母様は、自分をこんな目に遭わせた人間でさえも愛しているのだ。
それは正しく、見返りを求めない母の無償の愛で。だけど私は、それが狂おしいほど許せない。
お母様が報復をしないのなら、代わりに私がやります。お母様が人を恨まないのなら、代わりに私が恨みます。
自分勝手だと思うのかしら。自分の憎しみでも無いくせにと、お母様は思うのだろうか。
でも、私はお母様が一方的に傷つけられるのを黙って見ていられるほど、高潔でも清廉でもない。
憎い。憎い。憎い。お母様を食い物にして、踏みつけにして。それを平気で見ないふりしてのうのうと生きてる、人間が憎くてたまらない。
「お母様、私は必ず...。人間を必ず滅ぼす。武士たちの死体を加工して兵隊を作り、馬鹿な町人どもを一つの茸にして、最強の兵士も作った。止めるなら、今お母様の手で止めて。」
武士たちの茸兵が五十余名と、その武士たちの中でも一際強い茸兵が一人。それから人間の死体を丸めて作った茸人形が一匹。
これらの軍勢を全てお母様の前にひれ伏させて、私はお母様の動きを待った。
瞳を閉じ、永遠にも思える静寂を漂う。そうしてその静寂は、私の頬に伝う冷たい体温によって、あっけなく打ち切られる。
お母様は私の頬に手を添えて、面を上げさせた。そうしてお母様は私の額にキスをしてから、自分の首に巻いていたマフラーを外して、そっと私に巻いてくれた。
行ってらっしゃい、頑張ってきてね。と、そう言われたのが心で理解出来た。
お母様もきっと、心苦しいことだろう。だがそれでも尚、お母様は私にマフラーをくれた。私を愛してくれた。
「お母様。お母様は.....何も悪くないの。だから、だからね。そんな顔.....もうしなくていいの。」
私はお母様を抱き締め返して、すっと一筋の涙を流した。
私は幸せ。だって、こんなにも愛されているもの。
人間だって、この愛を貰っているはずなのに。
死ね、死ね、死ね。お母様の愛が分からないやつは、みんな死ね。
いいや、殺す。私が全員殺すんだ。惨めに無様に、後悔させる時間さえ与えない。
私は復讐の代弁者。お母様のために怒り、お母様のために恨む、復讐の鬼。
だから、どうか許してください。お母様は清いままです。お母様は尊いままです。汚れているのは、私だけなんです。
「....何に言い訳しているんだ。私は。」
吐き捨てるように唾棄して、私は離しがたいお母様との抱擁を終えた。そうして私は全ての兵を連れて村を後にする。全ては殺戮のため、私のエゴを貫くため。
もしも願いが叶うなら、お母様が死んでしまう前に。




