童の帝を殺すセーター
馬車に着いた途端、僕に向かって花丸と織が申し訳なさそうに、重々しい表情を携えて話しかけてきた。
「我が王...。指示通りとはいえ、貴方を置いて逃げてしまった。許せとは言いません。どうかなんなりと、罰をお与えください。」
「わたしも....弟をおいて逃げちゃうなんて、おねえちゃん失格。ごめん...ごめんね....。」
僕の前に深く跪く花丸と、俯いて半泣きになっている織。そんな二人に、僕は両腕を大きく広げて二人の首へと回し、どちらも力いっぱい抱きしめた。
「いいんだよ。生きてさえいれば、それでいいんだから。」
体制の都合上、二人の表情は見えないが、それでも二人が納得していないだろうということだけは何となく伝わった。
戦わずに逃げてしまったという負い目。仲間を置いて、自分たちだけ逃げ出してしまった後ろめたさ。
その気持ちは僕にだって十分理解出来るものだし、僕が逆の立場なら間違いなく納得できない。けれど、さっきの言葉がこれ以上ない僕も本音なのもまた事実。
二人を抱きしめながら、僕は二つの鼻をすする音を聞き続けた。悔しさに歯噛みし、己の不甲斐なさを恨む、そんな聞き覚えのある音を。
「あ〜...。春水、おいからもありがとうだべ。あんだがいなけりゃ、おいは死んでただ。」
僕に話しかけるタイミングを伺っていた作之助は、ようやく満を持して僕に感謝の言葉を述べる。僕はそれに答えるため、二人の抱擁を一度解いて作之助へと向かいなおった。
「全然いいって!ほらこの通り、大した怪我もないしさ。それで、あの時言おうとしてたことって...?」
僕の言葉を聞いて、作之助はハッと思い出したように慌てて説明を始める。
その後作之助は、三十分ほどにわたって僕らに懇切丁寧説明をしてくれた。話の途中から僕はどんどん理解が追いつかなくなってきて、最終的にはただ相槌を打つだけの機械と化す。
それを作之助も察したのか、話の最後で要点だけをまとめて語った。最初からそうして欲しいと思ってしまったのは、多分僕だけじゃないはずだ。
「ごほん...!まず、あの菌を食べて成虫になった蚕には本来無かった筋肉が発達してるだ。つまり、あの菌は筋肉に作用する類のものってわけだっぺ。だから菌の侵食具合にもよるけんど、筋肉を多少削げば菌も除去できんでねぇかって思ったんだべ。」
作之助が言うには、患部を菌ごと取り除くという何とも強引な手法を用いて、感染を治療できるのではないかということだった。
「水で菌が繁殖するのは分かってるだ。それで菌が表面にも露出してるってんなら、表面にだけ水を与えて浮き出させれば....?」
向日葵なんかだとよくある話だが、より太陽の光を浴びるために自らの向きを自分で調整すると言われている。
この茸もそれと同じで、より水があるところに身を寄せて繁殖するのだそうだ。
「そうすれば最低限の傷で最大限の除去ができるって訳か...!」
「んだ!!早速、戻って実験したいっぺ!!」
作之助が颯爽と馬に飛び乗り、僕らも彼の後を追うように荷台へと乗り込む。荷台には僕と花丸と織、それにいつの間にか術式を解いていた刑部を含めて四人。
僕らはそれぞれ違う面持ちで荷台に揺られながら、町までの時間を談笑して過ごした。
そうして町に到着し、研究室へと足を踏み入れた瞬間。僕は驚愕のあまり、一度開いた扉を勢いよく閉め直してしまった。
眼前の出来事に理解が追いつかず、脳みそが情報を処理しきれていない。僕は扉に右手をかけたまま、左手で目頭を抑えて天を仰ぐ。
「.....え?何?今の?」
扉の奥には見知らぬ女の人と、背中と胸元がばっかり空いているモコモコの服を着た優晏とかぐやが顔を真っ赤にして佇んでいた。
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「保昌殿!此度は羽後国の乱を治めていただけるという事で...京からはるばるのご来訪、誠に有難う御座います。」
シュンと分かれて、オレは羽後国の大名が住まう大久保城に来ている。
こういう硬っ苦しい雰囲気はあまり好きじゃないんだが、これも仕事と割り切ってオレは何とか丁寧な対応を試みる。
「勿論です。よろしければ、現状この国が陥っている状況なども教えて頂けると嬉しいです。」
両の手を畳に付き、低頭平身を意識しながら頭を下げる。京にいた頃に親族たちから口酸っぱく礼儀作法について言われた甲斐もあり、オレはつつがなく大名との謁見を終えることができた。
大名が教えてくれた情報は、大まかに分けて三つ。
一つ目は茸についてだ。
まず、この国ではあの茸による感染爆発は起こっていないらしい。今年は豊作だったから、見ず知らずの茸を食べようと思うほど困窮していなかったみたいだ。
二つ目に、茸の発生源について。これは、今日シュンたちが向かった森の奥にある村が発生源となっており、その村で盛んだった養蚕工場とも連絡がつかなくなっている。
そうして最後に三つ目、村の辺りを徘徊しているもののけについてだ。ぶっちゃけ、これが一番マズい。
連絡がつかなくなった養蚕工場とコンタクトを取るため、連絡用の武士を数名送ったが全滅。それに対応して、今度は戦上手な武士の精鋭をまとめて送ったがこれまた壊滅。
そのうち数人が何とか逃げ帰ってきたらしいが、数人とも酷い重症を負っており、たった一つの遺言を遺して死亡したそうだ。
「なまはげ」
みな、口々にこれを呟いて死んでいった。恐らく、なまはげのような見た目のもののけに襲われたのだろう。
加えてこのもののけが、どうやら茸を放った張本人なのだ。いや、茸の本体と言い替えてもいいかもしれない。
遺言となった「なまはげ」を調査するため森に入った武士団は、幸運なことに「なまはげ」と遭遇していながら部隊の半数を残して帰還できたのだ。
その帰還した武士たちの情報によると、「なまはげ」に斬り殺された仲間の傷口から茸が盛り上がって、全身を真っ白に包んでいったとのこと。
そうして白く染め上げられ、命を失ったはずの武士は生前と同じように刀を取って暴れ出した。それはまるで、殺戮だけを是とする意思のない人形のようで。
これらの情報を整理して、オレはある場所へと向かっていた。大名の城から徒歩数分、城下町に堂々と構えられていた武家屋敷の門をオレは叩く。
そこは大名お抱えの武士団の道場であり、同時に森から帰還した武士たちが所属している場所でもある。
「藤原保昌という者だ!聞きたいことがあって来た、少し話を聞かせてくれ!!」
少しの静寂の後、古臭い門が不協和音を立ててゆっくり開く。そうして開かれた門の先には、腕を組んで堂々とこちらを見据える、バンダナをつけて野盗然とした男が立っていた。
「あぁん?!クソガキが、堂々としてんじゃねぇか!一丁前に刀なんか差しやがって!」
男は右手に持っていた木刀を振って、こちらの首へ寸止めする。それからこちらを見てフッと鼻で笑い、木刀を懐へしまう。
「藤原だか何だか知らねぇけどよ、今のに対応出来ねぇようじゃ話にすらなんねぇ。帰んなガキ。地位と権力だけで成り上がった武士なんざ、眼中にねぇんだよ。」
深く深呼吸をする。そう、全てにおいて大切なのは冷静であることだ。静かに怒りを沈め、物腰柔らかく話を進める。そう、物腰柔らかく。
「テメェ!下手に出てりゃァいい気になりやがって!真剣で来いよ、こっちは素手でやってやるからなァ!」
にっこりと笑顔を作るつもりが、つい獰猛に口角を上げてしまった。そんなオレの対応に向こうもキレたのか、男は木刀を投げ捨てて道場の奥へと向かう。
「逃げんなァ!!死合だっつってんだよ玉無し!!」
「逃げてねぇよガキ!着いてこいやぁ!ガキだろうと関係ねぇ!ブッ殺してやる!」




