前哨戦
相手が右に持つ大太刀が地面に叩きつけられ、強すぎる衝撃波が大地を抉る。その余波がヒビのようにこちらを襲い、僕は自分の回避に専念するのに必死だった。
(いくら村から離れているとはいえ、ここは森の中...。炎を使えば最悪山火事になる、やり難い....!)
僕は『魔纏狼・甕星浮』を発動し、翼も同時展開。回避に重きを置きつつも、即殺されないよう身を固める。
迫り来るショルダータックルからの回転斬りを空駆ける宙返りで避け、相手の攻撃の合間を縫って鋭く突きをねじ込む。
こちらの突きを向こうの鎧はものともせず、多少の傷をつけただけでほとんど効いていないようだった。しかもその傷でさえ、数秒で再生する始末。
仮にあの堅牢な鎧に傷をつけたとしても、完全に破壊しなければ再生されるだけ。
この時点で僕は刀での攻撃が有効打足りないことを悟り、攻めの方向性を変更することにした。
「刑部!氷!」
「ええよぉ!東の豊穣、十三番『月寒魑彌鏖』」
刑部の詠唱が終わり、相手の足元に雪の結晶のような文様が浮き上がる。そうして、鎧の脚部分が凍りつき機動力はほぼ失われた。
されどそれは薄氷。ともすれば一秒とかからず破壊されてしまうような脆い高速だ。だがその一秒が、次の一手に繋がることもある。
「『屑金星』!!」
術の発動から隕石の射出まで、その合間時間を相手の拘束時間に当て、決して外さぬよう鎧へと狙いを定めた。
通常、射出系の技には三つの工程が必要になる。一つ目は構え、二つ目は狙い、そうして最後に射出。
それに加えて僕の『屑金星』は合間時間も存在するので、どれだけ一つ一つの工程を熟練させたとしても絶対に命中まで一秒はかかる。
そんな条件を踏まえて、僕が生み出した隕石はたった一発。最短距離で最速の発動を実現させるには、一発に集中させるしかなかったからだ。
練り上げられた小隕石はまさに流星の如く。いや、流星以上に音を置き去りにした。
ドパっと気持ちのいい快音が鳴り響き、隕石は鎧の丁度中心を貫通する。しかし、隕石が鎧に空けたはずの穴はもう再生を始めている。
鎧の節々からうねうねと伸びる白く細い触手が、穴の空いた布を糸で修復するようにゆっくりと穴を塞いでいく。
しかもその間、鎧は動きを止めているわけでもなく、余裕と言わんばかりに攻撃を繰り出し続けてきた。
僕は今までの戦いで、体が再生するやつとは飽きるほど戦ってきた。ただ、再生するやつの共通項として、再生中は無防備になるという特徴があった。
(再生中も向かってくるって...無法にも程があるだろ...?!どうする....。考えろ!考えろ...!)
そんな連撃が一段落ついて、再生も完全に終了した途端、相手は急にピタッと動きを止める。
「どうやらお前には、多少本気を出した方がいいらしい。死を持って、お母様の痛みを知れ。『死蝋倚廬・なもみ剥ぎ』」
鎧がボコボコと膨張を始め、全長が五メートルになる辺りまで巨大化。先程まではがら空きだったはずの顔部分にも、鬼の面のような兜が生成された。
そうして、鎧を覆う蓑を靡かせ二本の大太刀を振るう姿は正になまはげのごとき姿。
加えて、返り血のように真っ赤な鬼の面から覗かせる鋭い眼光は怨みに満ちていて、こちらを射殺さんばかりに僕を睨みつけている。
「ゴアアアアアアァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!!!」
白い息を吐きながら、向こうは僕に爆音の咆哮を繰り出す。それに一瞬、体を硬直させられ、僕は無防備なまま相手のタックルをもろに喰らった。
受け身が取れたとはいえ、あの巨躯から放たれたタックルの威力は相当なもので、僕ははるか後方の木へと体を打ち付けられる。
「ご主人様っ!!東の豊穣、十二番っ!くっ...邪魔せんといて!!」
治癒術を僕にかけようとする刑部を、白い大太刀が襲う。だが、刑部はすんでのところでその攻撃を回避。
しかし攻撃は避けることができたものの、僕と刑部は見事に分断されてしまう。ただしそのおかげで追撃は無く、僕は体勢を立て直すことに注力できた。
刀を地面に突き刺し、それを支点として体を起き上がらせる。それから僕は刀を地面に突き刺したまま、素手を構えて『未来測定』を発動、相手の行動を知覚し攻撃を待つ。
相手の攻撃パターンと動きの癖は、ここまで戦えば嫌でも見えてくる。あの鎧、特に肥大化してからは上半身と下半身のバランスが噛み合っていない。
上には大太刀二本を構え、堅牢な鎧を着込んでいるのに下半身はザル。もちろん鎧は全身を包み込んでいるため防御力は高いのだろうが、それにしたってアンバランスだ。
故に、こいつは転倒のリスクを抱えながら常に戦っていることになる。こいつに膝をつかせ、体勢を崩すことが出来れば、そう簡単には起き上がれまい。
重く、硬く、速い。これら三つを併せ持っている強力な相手だからこそ、その強さに見合ったデメリットも抱えているものだ。
「刑部っ!!一番の後に十一番!」
「....!任せとき!ご主人様!!」
予め知覚していた攻撃を避ける準備を済ませ、僕と刑部は重ねて詠唱を唄う。
「「東の豊穣、一番!『盛馬千』!!」」
僕は大太刀による上からの大振りを身を捩って回避し、術の重ねがけにより地面が砕けるほど強力になった跳躍を見せる。
しかし空に飛び上がった僕をただ見逃すはずもなく、叩きつけたはずの大太刀を力任せに戻して、無防備な僕を叩き斬ろうと刃を向かわせる。
「東の豊穣、十一番『豊妃螺硬鉛』!」
刑部の詠唱の後、空中に盾が三つ出現。二つは相手の手前に、そしてもう一つは相手の真上に。
僕は手前に出現した一つの盾を足場とし、それらを蹴ることで僕に向かっていた凶刃を回避する。その後、余ったもう一つの盾を踏み砕き、こちらを睨む鬼の面へと特攻した。
そうして面にぶつかる寸前で翼を器用はためかせ、勢いを殺さないまま風を受けることで身を一回転させる。
強烈な推進力と、回転による遠心力を得た僕のサマーソルトが綺麗に相手の顎を捉え、鬼の面が砕け散り後方へとバランスを崩した。
だが、まだ一手分足りない。この程度の威力では、相手はよろめくだけで地面に埋もれたりはしないだろう。
そこで僕は真上に設置されていた盾を、また足場に使って重力に逆らいながら地面へと全速力でダイブ。そうしてその目的地は、僕が体勢を起こすために刺しておいた刀がある場所。
相手がよろめき終わるより早く、僕は地面に到達して刀を抜いた。
「刑部!右足お願いっ!!!」
「まったく...人遣いが荒いわぁ...!東の豊穣、九番『砲水雪斬野』」
水の刃が刑部の掌の上に出現し、それを刑部が相手の右足へ放つ。はっきり言って、威力はそこまでだったが今はそれで十分。
刑部の水刃は鎧の脚部分に小さな傷をつけ、右足の踏ん切りをたった一瞬奪う。そのせいで全体重が左足に集中し、バランスが最も脆くなった刹那。僕が鎧の左足を切り落とした。
「小細工を...!人間風情がァ.....!!!!」
巨体が仇となり、鎧は地面へ深く沈み込んだ。その間に僕は刑部を抱き抱え、すぐさま空を飛んで戦線を離脱する。
短時間の戦闘ではあったものの、恐ろしく強い相手だと言うことが理解出来た。僕が貰ったのはたった一発の攻撃だけだったのに、まだ傷がズキズキ痛む。
「刑部....。治癒かけてもらっても.....?」
「ぁ......。はっ?!もちろんもちろん!ぽや〜っとしとったわぁ。ごめんなぁ。」
顔を赤くして僕にそっと触れる刑部は、なんだかとても恥ずかしそうにモジモジしていた。それを見た僕は、なんだかこっちまで恥ずかしくなって目を背ける。
絶妙な雰囲気が僕ら二人の間に流れ、そのまま僕たちは先に逃げ仰せた馬車まで空を飛行し続けた。




