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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
倭国大乱・羽後編
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菌糸邂逅

 

「そんじゃあ、ちょっくら行ってくるわ!またな、シュン!」


 そう言ってヤスは馬を走らせ、北の方にある城下町へと姿を消してしまった。その後、別行動隊の僕らも町を発つ。


 幸い、馬と荷物を運ぶ馬車は作之助が持っていたので、それに乗り込む形で僕たちは目的地の森へと進む。


 馬を操縦するのは作之助。荷台に居るのは僕含め、刑部と織と花丸の四人だ。


 町から森までは悪路が続いているため、荷台はガタガタと容赦なく揺れる。僕らはそれに、森に着くまでのあと数時間耐えなければならないのだと考えると、胸がゾッとした。


「しゅんすい〜....。吐きそう.......。」


「水飲む?そしたらちょっとだけだけど、楽になるよ。」


「ありが.........うっ。」


 織は口元を抑えながら、僕の差し出した水をちびちび飲んだ。そんな織に続いて、花丸もダウン。二人は吐きはしなかったものの、ぐったりと倒れ込んで顔色が土のように悪くなっている。


「悪酔いって感じやなぁ。そんで、ご主人様は大丈夫なん?」


「まあ、屋敷にいた頃とかは馬で色んな所に行ったしね。人を運ぶのが下手な馬もいたし...なんて言うか、色々あってもう慣れたかな。」


 一方僕にそんなことを聞いてくる刑部は、まるで酔っている様子がない。恐らく生まれつき三半規管が強いのだろう。


 三半規管を鍛えることは結構難しい。なにせ、吐き気やめまいと格闘し続けながら、少しづつ耐性を会得していくしか方法がないからだ。


 されど強い三半規管があるのとないのでは、戦闘力に雲泥の差が出る。敵から大きな衝撃を受け、そのせいで長時間動けなくなっているようでは、まるで話にならない。


 そのため、僕とヤスなんかはよく綱さんに稽古という名のぶん回しをしょっちゅうやられていた。


 今思い返せばあれはほぼ綱さんのストレス解消なのだが、それがあって強くなれたというのなら文句は無い。ほんの少しだけ、複雑ではあるが。


「みんなぁ、外さ見てみるだ!でっげえ芋虫がうじゃうじゃいるっぺ!」


 どうやら僕らは既に森の中へ入っていたようで、作之助が馬車を止めて地面へと降り立つ。


 それから織と花丸が全速力で外へ飛び出し、少し離れた草むらに駆け込んで苦しそうに吐いた。二人とも吐いてからはスッキリしたのか、先程までの顔色とは打って変わって血色が良くなっている。


 そうして二人の体調が万全になったところで、僕は辺りの木々や地面に目をやった。


 木々にはたくさんの大きな芋虫が引っ付いているが、その葉っぱは一部たりとも齧られた形跡がない。


「この地面....。ちょっと草をちぎってみると、根っこに白い菌糸が着いてるべ。ここはあの茸の群生地。全部食べ尽くしたと見るのが妥当だべな。」


 やはり、作之助の仮説は正しかったらしい。これらの芋虫は茸を好物とし、積極的に食べる習性を持っているようだ。


 そうして、今現在僕らが居る地点からあと数キロ先に進めば、こじんまりとした村に出るはず。


 一度その村を目標地点とし、そのまでの道のりで茸の回収と、あの芋虫の成虫の観察まで行えれば成果としては上々。


 僕ら一行は調査のため通常路ではなく、けもの道を進むことにした。そうやってしばらく狭い道を歩いていると、少し開けた空間に出る。


 そこには大量の茸が手付かずのまま群生しており、作之助は嬉々として空いた瓶に茸をせっせこ詰め続ける。


 その時、空から大きな影がもふっと僕の頭上に降ってきた。僕の頭の上で跳ねたあと、ぽてんと地面に転がり落ちたそれは、大きさ約一メートル程の真っ白い蚕だった。


 もふもふな体、クリクリの大きな目。これは断言出来る。間違いなく、この蚕はめちゃめちゃにかわいい。


「え〜!!おっきいもふもふ!可愛いなぁ!!」


「確かにこれは....触り心地がいいですね。」


「ふかふか!あったかーい!」


 僕と作之助を置き去りにして、他のみんなはすぐに蚕を囲んで触り始めた。蚕はそれがやや気に食わないのか、羽をバタバタさせて浮き上がろうとしている。


 しかしそれを見た作之助の表情は、お世辞にも良いものとは言えなかった。何かを深く考え込んでいるような、どうにも合点が行っていないような。


「そうか...。悪ぃけんど、ちょっとどいて欲しいべ!その蚕について調べたいことがあるっぺ!!」


 作之助は蚕を可愛がっていた三人を押しのけ、蚕の体を隅々まで触診した。それからようやく納得のいった表情を見せ、彼は蚕を三人へと手渡す。


「作之助、何か....分かったの?」


「んだ!ちょっと説明させてぐれ!まず普通の蚕ってのは、口もねぇし空も飛べねぇ。だけんどこいつはそうでねえ。こいつだけが変異個体なのがもって懸念は置いとくが、とにかく本来ながった筋肉や部位が発達してんだべ!」


「なる....ほど...?それが感染者の治療と、何かしら繋がってくるってわけなの?」


「もちろんだべ!これはつまりっ!!!!」


 刹那、ドンと響く轟音の後に大量の砂埃が僕らを襲った。その衝撃で蚕は飛んでいってしまい、僕らも風圧により軽く後ろへ押しのけられる。


 砂埃が晴れ、視界が明瞭になったところで僕はようやく今何が起きたのかを理解することが出来た。


「お母様の同胞(はらから)に、貴様らの下賎な手で触れるな。穢らわしい。」


 目の前には、巨大な白い鎧を全身に纏った少女が地面にクレーターを作って立っていた。状況から察するに恐らく、彼女が空から跳んできたのだろう。


 しかも身に纏っている鎧は明らかに異形のもの。鎧という言葉の持つ無生物な印象とは裏腹に、彼女のそれはどくどくと脈打ち、まるで生きているかのようでさえあった。


 一目見ただけで分かる。禍々しい雰囲気、溢れんばかりの殺気。そして何より、ひしひしと感じるこちらへ向けられた憎悪。


「....撤退だ。みんな!殿(しんがり)は僕がやる!早く馬車まで逃げて!!」


 この場にいた全員が、一目散に馬車へと駆けた。みんな逃げる前の一瞬、僕に信頼の眼差しを向けて。


(殿(しんがり)は命を預かる仕事...!そんな大役、信じられてなきゃ、任せられないもんね...!)


「逃がすと思う?何があっても、お前たちはここで死ね。」


 鎧の腕部分が変形、二本の腕だったものは今や鋭い太刀となり、Xの如く刃を交差させて僕に突撃してくる。


 僕はそれをギリギリ抜刀が間に合った刀で受け、なんとか致命傷を防いだ。


 しかし攻撃は依然止まらない。彼女は突撃の後少しの距離をとって、身を捩り体を回転させて再度こちらへ向かってくる。


 コマのように迫る二本の凶刃を捌きるのは不可能と判断し、僕は木々を盾にするため側面へと飛び退いた。


 何本もの木を切り倒して、彼女はようやく回転を止め一瞬の隙を見せた。この隙をついて、僕もみんなの後を追って馬車へと走る。


 狭いけもの道をダッシュでくぐり抜け、離れた後方に追跡者を連れながら僕は馬車の置かれていた人道へと出た。


 そこには既に馬車は無く、刑部がぽつんと一人取り残されているだけだった。


「他のみんな、来た道とはの別ルートで町へ逃げることにしたんよ。うちはその案内役。分身やけど、空飛ぶ時にはちゃあんと抱えてな?」


「この短時間でよく考えたね。でもごめん、思ったより相手の足が早かったみたい。もう一回隙を作りたいんだけど、援護お願い!」


「ふふ。不謹慎やけど、なんだか懐かしくて嬉しくなってまうわ。もちろんええよ。なんならここで、お相手さんはっ倒してしまおか!」

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