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百鬼夜行と踊る神  作者: 蠣崎 湊太
幼年編
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温もり

 体の節々が痛い。怪我は全て治癒してもらったはずなのに、痛みだけが体に残り続けている。戦っていた時は痛くも痒くもなかったのに、今では激痛が全身を覆っていた。


 まだ立ち上がることさえ出来ないので、大人しく大の字になって空を眺めることにした。そうやってしばらく倒れ込んでいると、刑部が隣に座ってきた。


「さっきは驚いたわぁ。まさかあそこまで動けるなんて思われへんかったもん。すごいなぁ、ご主人様!」


 そう愉快そうに笑う刑部は、僕の顔をつんつん触りながらも、痛みの深いところに治癒の術をかけている。傷は治っているので、回復の意味はないはずなのだが、それでも何故かほんのり痛みが和らいだような気がした。


「すごいじゃないよ...。全部急すぎるって....。それで、結局何がしたかったの?」


「えぇっと...まず色々説明せなあかんよなぁ。まあ大雑把に言うとな、大甕様の力を引き出してもらいたかったんよ。それが手っ取り早いご主人様の強化に繋がるしなぁ。戦ってる時に、いつもと変わったこととかなかった?」


 強いて言うなら、視界がいつもと違ったかもしれない。少し先の出来事を認識できているような、戦局の全体をまるまる上から俯瞰しているような、そんな感覚があった。


 そして外せないのは高揚感。戦う時に気持ちが昂ってしまうことは、生き物として当然の現象だ。ただ、それにしてもあの時は異常だったような気がする。思考が戦いに呑まれて、塗りつぶされていく確かな感触がまだ頭の中に残滓として残っている。


「恐らく、目覚めた術式は『未来測定』じゃろうよ。」


 茶釜がほかほかの焼き芋を両手に持って現れた。そうしてそれを僕と刑部の口に無理やり突っ込み、話を続けた。


「未来測定というのは、確定した未来を情報として知ることができる能力じゃな。今のボンには一秒か二秒先を知るのがやっとじゃろうがの。天津甕星は天上に坐す星の神。占星術の延長的な能力と考えてもらって結構じゃ。」


 茶釜はそうやって丁寧に解説をしてくれたが、そもそも僕は術式というものがよく分からなかった。怪訝そうな顔をして、得意げな茶釜の話を聞いていると、刑部が付け足して教えてくれた。


「そもそもなぁ、術式言うのはうちらもののけとか神様達が使える固有の不思議な力のこと。そしてうちらがお勉強とかで使えるようになる力が妖術。人間はこれを魔術とか言って使ってるんよ。それでも、やっぱりちょっと人には難しいみたいやねぇ。」


 ゴホンと、茶釜が自分の話を遮られて不機嫌そうに咳払いをした。なんとなくだが、話の全貌が見えてきた気がする。


 要するに、僕は術式というのを持っていて、それはまだ未熟ではあるものの、ようやく頭角を現し始めたというところだろう。


 僕は最初こそ少しわくわくして話を聞いていたものの、あまりに茶釜の話が長いせいで、途中で飽きてしまった。終いには占星術の成り立ちやら、自分の術式がどれだけ素晴らしいかについて話し出した。


 ちなみに、茶釜の術式は『分福』と言うらしく、幸運を分けることの出来る術式だそうだ。これを使って、僕の運を奪って自分の運へと変換し、常に当たり所が悪くならないように仕向けていたらしい。


 そんな長々とした話もとうとう終わりに近づいた。刑部は小さな口で一心不乱に焼き芋を食べていて、全く話を聞いていないようだった。


「とにかくじゃ!最後にものをいうのは鍛錬!普段の積み重ねこそ最も強い武器となる!そんなわけで、これから毎日みっちりしごいてやるからの、今日は解散じゃ!」


 思わず顔がひきつった。こんな命のやり取りを毎日するなんて、頭がおかしくなってしまう。そう思い茶釜

 へ抗議しようとした瞬間、そんなものは受け付けないと言わんばかりに茶釜は走り去ってしまった。


「さすがに、今日みたいなのを毎日するわけやないんやない...?」


 気の毒そうに、刑部が僕の方にぽんと手を置く。すると一気に力が抜けて、また気を失ってしまった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「春〜。ご飯、できたよ。」


 気がつくと、僕は家の縁側で寝転がっていた。多分刑部が運んでくれたのだろう。辺りはすっかり真っ赤に染まっていて、味噌汁の匂いが鼻腔をくすぐった。母は、嬉しそうに僕を抱き上げた


「随分重くなったのね、お母さん嬉しいわ。もう、こんなに泥だらけにして、全く元気な子ね。ご飯の前にお風呂、入っちゃいなさい。」


 母は僕を下ろして、顔に着いた泥を拭った。僕は、急に泣き出したくなった。槍で刺されるのも、思いっきり殴り飛ばされるのにも泣かなかったのに、どうしてか母の抱擁一つで、今にも涙が溢れ出してしまいそうだった。


(あれ?なにこれ。なんで?どこももう痛くないのに。口の中がしょっぱい、視界が雨上がりの蜘蛛の巣みたいだ。)


 僕は急いでお風呂場に向かって、湯船の中で泣いた。母に久々に抱きしめられたことが、そんなに嬉しかったのだろうか。たしかに最近、母は妹にかかりっきりで、僕に構ってくれる時間はほとんどなかった。


 僕はそれに対して、何も思わなかった。前世では構ってくれないなんて普通のことで、暴力が飛んでこないだけ全然マシだとさえ感じていた。それでも、いつの間にか慣れてしまっていたのだ。優しい両親がいて、温かいご飯があって、すぐに大声で泣くけれど、可愛い妹がいて。


 そこで気づいた。あぁ、寂しかったのだ。僕は自分でも知らぬ間に、寂しさを初めて知ってしまっていたのだ。


 お風呂から上がって、家族と狸の姿の刑部で食事を囲んだ。家族みんなが、僕を待ってくれていて、味噌汁はぬるくなっていた。それでも、僕はすごく美味しいと思った。


「お母さん、今日は...隣に寝てもいい?」


「なんだ春水、お母さんを妹に盗られてくやしいのか?」


 父がそうからかってきた。僕はそれで恥ずかしくなったが、それでもやっぱり気持ちは変わらなかった。


 母が父の耳たぶを引っ張って咎め、優しい声で言う。


「じゃあ今日は春と一緒に寝ようかしら。お父さん、雨音をお願いね。」


 その日は、とてもよく眠れた。そうして夢を見た。昔の家族三人で、こうして眠る夢。今の両親には少し失礼かもしれないが、僕にとってはどちらも親なのだ。今思えば、僕がじっと黙ったまま蹲っていないで、なにか行動を起こしていたら、昔の両親はああならなかったのかもしれない。


 そんな、もう出来もしない妄想を胸に抱えて、僕はその日を終えた。

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