エカジェリーナ
再びエスカローネの夢の中だ、ここは。
夢の中は心地よかった。
夢の中でエスカローネは金色の粒子が漂う空間にいた。
この空間は神秘的だった。
エスカローネはこの神秘的な空間に浮かんでいた。
「初めまして、エスカローネ」
背後から声がかけられた。
エスカローネは背後を振り返る。
そこには長い髪をポニーテールにした、小さな女の子がいた。
「あなたは誰?」
エスカローネが尋ねた。
その女の子のことは、エスカローネは知らなかった。
「私はエカジェリーナ(Ekajcherina)。私はあなたのオリジナル」
「オリジナル?」
エスカローネにはエカジェリーナの言っていることがわからなかった。
「オリジナルってどういう意味?」
「私はあなた。あなたは私。そして私はあなたの力。バフォメットとの戦いで私の力を貸したでしょう?」
「それじゃあ、あの時聞こえた声は……?」
「そう、私よ。私があなたに力を貸してあげたの」
エスカローネは混乱した。
エカジェリーナの言葉をうまく咀嚼できなかったからだ。
エスカローネはぽかんとした表情をした。
「うふふふ。意味が分からないっていう顔をしているわね?」
エカジェリーナが笑った。
「ここは、とても居心地がいいわね。どうしてかしら? あなたの夢の中だからっていう理由じゃないわ。もっとほかの理由でしょう? ここは『彼』との思い出の場所なのね。見て、あそこに映っているわ。ちょっと見てみましょう」
エカジェリーナが指で指し示した。
その映像はエスカローネの記憶だった。
エスカローネはエカジェリーナが差した映像に見入った。
ある男の子が出てくる夢だ。
遊びはいつも「おままごと」だった。
シチュエーションはいつも結婚後。
二人は夫婦役だった。
なぜそうなのか?
それは女の子にとって疑いえないことだった。
女の子は将来この男の子と結婚すると思っていた。
それくらい自明なことだった。
男の子は「探検」をしたがった。
「また、おままごとかあ……俺はむしろ探検がしたい!」
「もう、早く帰ってきてね。夕食を作っておくから」
この男の子はエスカローネの幼少のころからの知り合いで、実のきょうだいのように育った。
「うふふふふふ」
エカジェリーナが笑顔を浮かべた。
エスカローネは恥ずかしくて真っ赤になった。
男の子は今、どこにいるのだろう?
どんな大人になっているのだろう?
「とても素敵な思い出ね」
「あ、あう……」
エスカローネは映像から目をそらした。
小さなころの自分に赤面した。
とても直視できなかった。
「あなたは幸せね。こんな素敵な思い出を持っているんだもの」
「え?」
「ヴァルキューレ――Walküre」
「え? 何?」
「覚えておいて。それがあなたのアイデンティティーになるといいのだけれど……」
そう言うとエカジェリーナは消えた。
「あっ。待って!」
エスカローネはエカジェリーナに手を伸ばしたがエカジェリーナは消えてしまった。
エカジェリーナ――彼女はいったい何者だろうか?
気持ちいいまどろみと共に、エスカローネは目を覚ました。
「ヴァルキューレ……」
エスカローネは起きた。
相変わらず、顔は赤面している。
エスカローネには恥ずかしい夢だった。
幼少のころの夢を見てしまった。
だが、同時にうれしくもあった。
それは「彼」との大切な思い出だから。
それに気になることもあった。
エカジェリーナと名乗った女の子だ。
彼女は自分をエスカローネの力だと言った。
その意味がエスカローネには気になった。
それはエスカローネには未知の力が宿っているということだ。
だとすれば、それがメドゥサに狙われる理由なのではないか……
エスカローネにはそう思えた。
トントン!
扉が叩かれる音がした。
不意に沈黙が破られた。
「はい、どなた様ですか?」
「私よ。アンネリーゼ。もう起きてるの、エスカローネ?」
扉の向こうからアンネリーゼの声がした。
「少し待ってて! 今着替えるから!」
そう言うと、エスカローネは身支度を整えた。
時計は午前五時を指していた。
ザンクト・エリーザベト修道会では起床時間は午前五時である。
「ごめんなさい。待たせてしまったわね」
エスカローネは部屋のドアを開けた。
ドアの前ではアンネリーゼが立っていた。
「ああ、いいのよ。そんなに待ってないから」
アンネリーゼは明るく答えた。
「祈りと食事に行きましょうか」
「ええ、そうね」
エスカローネとアンネリーゼは祈りのために礼拝堂に出かけた。