バフォメット
エスカローネとアンネリーゼはドラゴンゾンビを倒した後、地下室を調べていた。
五芒星魔法陣と、割れた瓶が印象に残った。
「五芒星に割れた瓶……これらは何を意味しているのかしらね……」
アンネリーゼが言葉を漏らした。
エスカローネは割れた瓶をじっと見つめた。
「これは……もしかしたら何かの封印だったのかもしれないわ」
「封印? 何のために?」
「何か、強大な力を持つ存在を封じるために……たとえば悪魔とかを……ただ一つ言えるのはここで封じられていた何かは、ドラゴンゾンビより強い力を持った存在だということよ」
エスカローネが割れた瓶を触った。
「それが石化事件を引き起こした本人というわけね。でも、封じられていた存在はどこに行ったのかしら?」
アンネリーゼが疑問を口にした。
「わからないわ。もうこれ以上ここにいても、なにもわかりそうもないし、いったん外に出ましょうか?」
エスカローネとアンネリーゼは地上に戻ってきた。
教会の外に出ると、太陽の光を感じた。
「さすがにあの暗くて湿っぽい空気は嫌だったわ。外の空気と太陽の光は最高ね」
アンネリーゼが体の伸びをした。
エスカローネも大きく深呼吸した。
アンネリーゼと同じく、エスカローネもあの暗くて湿っぽい空気は嫌だったのだ。
「おや? どうやら無事に帰ってこれたみたいですねえ……ドラゴンゾンビがいたはずですが、いったい、どうしたのですか?」
そこにイグナティウスが現れた。
アンネリーゼは目を鋭くした。
「神父様! どうして地下の道の奥にドラゴンゾンビがいたことを知っているんですか!」
イグナティウスは笑いながら答えた。
「フッフッフ。それはですね。私があそこにドラゴンゾンビを置いたからですよ。お二人にはドラゴンゾンビのエサになると思って居場所を教えて差し上げたのですが……うまくいきませんでしたね。残念ですよ」
「イグナティウス、あなたは何者!?」
「それはですね。私があなた方が探している悪魔なのですよ!」
イグナティウスは大きく両手を広げた。
「なんですって!?」
アンネリーゼが驚いた。
「忌々しいシベリウス教の聖職者の姿を見せるのは苦痛でしたよ。もちろん、ウソをつくのもね」
「じゃあ、あなたが石化事件の犯人なの!?」
エスカローネが問い詰めた。
イグナティウスはニイッと笑うと。
「その通り! すべては私がしたことですよ! さあ、忌々しい仮の姿を放棄し、この私の真の姿を見せて差し上げましょう!」
イグナティウスの体がオーラに包まれた。
オーラは揺らめくと、イグナティウスの体を変えていった。
ヤギの頭、コウモリの翼、そして馬の蹄を持った存在に変貌した。
「フッハハハハハ! 我が名はバフォメット(Baphomet)! 悪魔バフォメットなり!」
エスカローネはハルバードを召喚した。
アンネリーゼは曲刀を手に持った。
「何か、最初からうさん臭かったのよね! 行くわよ、エスカローネ!」
「ええ、行きましょう、アンネリーゼ!」
「盛り上がっているところ悪いですが、場所を変えましょう。お互いここでは戦いにくいでしょう?」
バフォメットはニヤアと笑い、周囲の石化された人たちを見た。
「ゲスね!」
アンネリーゼがはき捨てた。
石化された人々はまだ生きている。
もし戦闘で破壊されてしまったら、石化が解けても死亡してしまう。
「では、同意ができたことですし、場所を変えることにしましょう!」
バフォメットは指を一本空に向けた。
さらにバフォメットの周囲に魔法陣が展開された。
周囲の風景が歪む。
風景が安定すると、そこは黒い大地の上にいた。
「これは……亜空間?」
エスカローネが気づいた。
「その通りですよ! ここでなら互いに全力を出せるでしょう?」
そう言うとバフォメットがあぐらをかいて宙に浮遊した。
「葬送火!」
バフォメットが黒い炎を二発、エスカローネとアンネリーゼに放った。
炎は正確に二人を狙ってやって来た。
「これくらい!」
エスカローネは黒い炎をハルバードで切断した。
「えい!」
アンネリーゼは小型の水泡弾で黒い炎を迎撃した。
エスカローネはジャンプした。
「はっ!」
跳びこんでハルバードでバフォメットを斬りつける。
「おっと!」
バフォメットは身をひねって、空中でエスカローネの攻撃をかわした。
「葬送点火!」
地面から次々と炎が噴出する。
「くっ!?」
エスカローネは後方に下がりながら炎を回避する。
「なんて、魔力!」
アンネリーゼもステップで炎の噴出をかわした。
「ハイリヒ・バル(Heiligball)!」
青白い光の球がバフォメットに向かう。
エスカローネは青白い球を放った。
神聖な魔力がバフォメットを包む。
バフォメットの姿が光の中に消えた。
「やったの?」
アンネリーゼが尋ねた。
「いいえ! この程度で倒せる相手ではないはずよ!」
エスカローネが警戒を促す。
二人に緊張感が走る。
「ほっほっほ。その通りですよ!」
収まった光芒からバフォメットの声がした。
「!?」
「!?」
バフォメットの姿が現れる。
バフォメットは闇の障壁に包まれていた。
「これなら、どうかしら!」
アンネリーゼが特大の水泡を自分の前に作り出す。
水の魔力が収束されていく。
アンネリーゼが水泡弾を発射した。
水泡弾はバフォメットめがけて飛んでいった。
水泡弾がバフォメットの障壁とぶつかる。
水泡が爆発した。
アンネリーゼの攻撃はバフォメットの障壁を破壊した。
「な、何!?」
「くらいなさい! リヒト・プファイル!」
エスカローネはハルバードの先端から光の矢を何本も放った。
「ぐ、ぐあっ!?」
光の矢がバフォメットに突き刺さった。
「まだまだ!」
アンネリーゼが追撃する。
アンネリーゼから無数の氷のナイフが発射された。
氷裂弾がバフォメットの体を傷つける。
「これで終わりよ! 氷柱花!」
バフォメットの上から大きなつららがいくつも襲いかかった。
つららは落下すると、咲いている花のようになった。
「きっ、きさまらあ……手加減していればいい気になりよって!」
バフォメットの体から黒い血が滴っていた。
「死ぬがいい!」
バフォメットは口から黒い炎をはいた。
「葬炎の息」である。
今度は黒い炎がエスカローネとアンネリーゼを呑みこんでいく。
二人は魔法障壁でこの攻撃を防いだ。
「葬送炎川!」
炎の川が出現した。
炎の川はエスカローネとアンネリーゼに直撃した。
二人は魔法障壁でガードしたものの、防ぎきれず、弾き飛ばされた。
「くらいなさい! 闇黒門!」
「きゃああああああ!?」
「あああああああああ!?」
二人の上に黒く、丸い門が現れた。
それが二人から体力を削っていく。
「はっはっは! もがけ! 苦しめ! そして死ねえ!!」
(このままじゃ……ここで終わりなの……?)
エスカローネはそう思った。
隣ではアンネリーゼが苦悶にあえいでいる。
このままではバフォメットにやられる。
そして殺されるだろう。
エスカローネとアンネリーゼは追いつめられた。
(力が欲しい?)
その時、声がした。
(え? 誰?)
(もう一度言うね? 力が欲しい? この状況を打ち破る力が……)
エスカローネは声の主を知りたかった。
しかし、闇黒門で体力を奪われている現在、その余裕はなかった。
(力が欲しい! バフォメットを倒せる力が欲しい!)
エスカローネは心からそう願った。
声の主は答えた。
(じゃあ、あげる、戦乙女の力を)
「むっ? 何だ?」
バフォメットはエスカローネの身に起きた変化に気づいた。
エスカローネの全身から金色の光が放たれていた。
そのエスカローネは闇黒門によるダメージをまったく受けていなかった。
エスカローネが立ち上がる。
彼女の碧眼がいっそう青く光った。
エスカローネはゆっくりとバフォメットに前進した。
「バ、バカな!? こんなことが!?」
バフォメットにはありえない光景だった。
闇黒門はバフォメットの中でも上位の攻撃魔法であり、それに耐える力を持つ人間などありえなかった。
今のエスカローネには闇黒門はまったくダメージを与えることができないのだった。
バフォメットには信じられなかった。
「くっ、おのれ! これをくらうがいい! 闇獄力!」
エスカローネの全周囲に闇の槍が現れた。
全ての槍がエスカローネただ一人を狙う。
「死ね!」
闇の槍が発射された。
エスカローネの全方位から迫り来る闇の槍。
エスカローネの左手が金色の光を集めた。
エスカローネは払うように左手を動かした。
その瞬間、すべての闇の槍が撃ち落とされた。
「なっ、何だと!?」
バフォメットは驚愕した。
エスカローネはハルバードを手にしてなおも、前進を続ける。
「くっ、くそ!」
バフォメットが葬送火を放った。
しかし、エスカローネの見えない力がそれをかき消した。
「くっ、来るな! 来るなあああああ!!」
バフォメットは恐怖におびえた。
ひたすら葬送火を放つ。
全ての葬送火がエスカローネに無力化された。
エスカローネのハルバードが金色の光をまとった。
リヒト・ヘレバルデだ。
バフォメットは闇のバリアを張った。
エスカローネはハルバードを振るった。
それはバフォメットのバリアを破壊し、バフォメットに致命傷を与えた。
「ぐおおっ!? がはっ!? そんな……バカな……!?」
バフォメットは宙から落ちた。
「こんな……こんなことがあ……この私があ……」
バフォメットはそうつぶやくと、黒い粒子と化して消滅した。
全てが終わった後、エスカローネに意識が戻った。
「はっ……!? 私は何を……?」
エスカローネは我に返った。
今まで何をしていたか思い出そうとする。
「だめだわ。自分が何をしていたか思い出せない……」
「エ、エスカローネ……」
「!」
エスカローネの後ろから、アンネリーゼの声がした。
「アンネリーゼ! 待っていて! すぐに回復させるから!」
エスカローネはアンネリーゼに近づくと、光属性の回復魔法をかけた。
アンネリーゼのダメージが癒されていく。
「ふう……ありがとう、エスカローネ。すっかり回復したわ」
アンネリーゼは立ち上がった。
「よかった。あら……?」
周囲の風景がグニャグニャ歪む。
二人は元いた場所に、教会の前にいた。
「見て、石化した人たちが!」
エスカローネが言った。
石化した人々が輝き出した。
すると、村人たちの石化が解けた。
村人たちは動き出した。
「石化が解けたのね。ミッション完了ね」
「そうですか……そんなことがあったのですか……」
ムッター・テレージアが言った。
アンネリーゼが。
「そうなんですよ。危ないところでした。バフォメットを倒せたのはエスカローネのおかげです。最後にエスカローネの力がバフォメットを上回ったんです」
エスカローネとアンネリーゼはムッター・テレージアの執務室でミッションの報告をしていた。
「エスカローネさん、今回のミッションに協力してくれてありがとうございました。修道会を代表してお礼を申し上げます」
「い、いえ。無我夢中でしたから……私にも、どうやってバフォメットを倒せたのか覚えていないんです」
エスカローネは照れた。
実際、エスカローネは本当にどうやってバフォメットを倒したのか全く覚えていなかった。
気が付いたときにはもうバフォメットは消えていたからだ。
「エスカローネさん、あなたには隠された力があるようですね?」
「隠された力、ですか?」
「はい。それがどのようなものかはわかりませんが、光の力なのは間違いないでしょう」
「そんな力が……」
「エスカローネさん、あなたは自分を、自分の力を知らねばなりません。自分自身のためにも、これから先生きていくためにも……」
ムッターは押し黙った。
「はい。私は自分でもそれを知りたいと思います」
「あなたが命を狙われるのも、その秘密と関係があるのでしょう」
「私が命を狙われる理由ですか?」
「今、あなたについてベアーテに調べてもらっているところです。何かわかったら報告させましょう」
「でも、私は普通の娘です。普通の両親に育てられました。その私がどうして悪魔メドゥサから狙われるんでしょう?」
エスカローネは必死に訴えた。
「それは私にもわかりません。ただ一つ言えるのは、あなたの秘密が、悪魔の脅威になるということです。それ以上のことは現時点ではわかりません」
エスカローネは何かを言おうとした。
だが、うまく言葉に表わすことができなかった。
「主に祈りましょう。神が私たちを真実へと導いてくださいますように。ミッションご苦労様でした。ゆっくりと休んでください」