ミッション
食事の後、エスカローネとアンネリーゼはムッター・テレージアから呼び出された。
二人はムッター・テレージアの執務室に赴いた。
ムッターのすぐ隣には、ベアーテが立っていた。
「お呼び出し、失礼します」
アンネリーゼがそう言うと、二人は部屋の中に入った。
「よく来てくれました。神の祝福に感謝します」
ムッターが言った。
「どういう理由で私たちを呼び出しになられたのですか?」
「仕事ですよ、アンネリーゼ」
「仕事?」
エスカローネが口にした。
エスカローネは隣のアンネリーゼを見た。
アンネリーゼはけわしい表情をしていた。
「アンネリーゼ?」
「少し、説明が要りますね」
ベアーテが答えた。
「そうですね。エスカローネさんは何も知りませんから、詳しく説明が必要ですね」
ムッターはベアーテと顔を合わせた。
「私たち、ザンクト・エリーザベト修道会は悪魔と戦うことを生業としているのです」
「悪魔と戦う、ですか?」
「そうです。悪魔の脅威から人々を救う――それが私たちの修道会のミッションなのです」
「そのために、私たち修道会の者たちは武術や魔法の力を日夜磨いているのですよ」
ベアーテがエスカローネに言った。
「それで、シュヴェスターの皆さんは武器を持っていたのですね。納得できました」
エスカローネがうなずいた。
「それで、ムッター。私たちの仕事とは何でしょうか?」
アンネリーゼが尋ねた。
「そうですね。仕事の話をしましょうか。ベアーテ?」
「はい、かしこまりました。先日、マーリック村で人が石になる事件が発生しました。村人は一人残らず石になっており、誰一人石化を逃れた人はいないそうです」
「石化事件ですか? バジリスクやコカトリスのしわざでしょうか?」
エスカローネが言った。
「バジリスクやコカトリス……そうですね、その可能性もあります」
ベアーテが認めた。
「ですが、今のところ憶測にすぎません。そこで二人にはマーリック村に赴いて事件の調査を行っていただきたいのです。いかがですか?」
「わかりますた。シュヴェスター・アンネリーゼ、マーリック村に赴き、事件を調べてまいります」
アンネリーゼが胸を張って答えた。
「そこで、エスカローネさん、あなたにも事件の調査を任せたいのです。どうでしょうか?」
ベアーテが聞いた。
「私も、ですか!?」
エスカローネは驚いた。
まさか自分に振られるとは考えていなかったからだ。
軍人として魔物との戦闘経験はあったが、悪魔を相手にしたことは一度もない。
「事件解決のために、私はあなたの力が必要だと思っています。あなたにも頼みたいのです。どうですか?」
ムッターが優しく尋ねた。
「……はい、わかりました。私にも協力させてください!」
「無理はしなくていいのよ、エスカローネ?」
アンネリーゼが心配そうに尋ねた。
「はい。私はこの修道会に命を救われました。守られているのは安心しますが、ただ守られているのも嫌です。私にできることなら協力させてください!」
それがエスカローネの思いだった。
「わかったわ。それがあなたの思いなのね。いっしょに協力して事件を解決させましょう、エスカローネ!」
エスカローネとアンネリーゼはマーリック村に出発した。ムッター・テレージアは窓からその様子を眺めていた。
「二人は出発しましたか……神よ、二人の上に祝福があらんことを……そして、ベアーテ、あなたにも頼みたいことがあるのです」
「はい、何でしょうか?」
「エスカローネさんが悪魔に狙われる理由を探し出してほしいのです。彼女が狙われるのは何か理由があるはず。それを調べてほしいのです」
「承知しました。その理由を探ってごらんに入れます!」
ベアーテは胸に手を当てて答えた。
「頼みましたよ。汝の上に平安あれ」
マーリック村――Marick
住民のほとんどが農業に従事している。
小さな村である。
このマーリック村で事件は起こった。
住民のすべてが石化したのだ。
「ここが、マーリック村……」
思わず、エスカローネが口から言葉を漏らした。
アンネリーゼが。
「本当に人々が石化しているのね……見て、木々も石になっているわ。いったいこの村で何があったのかしら?」
二人は村の中を見て回った。
「アンネリーゼ、あの人は農具を持ったまま石化しているわ」
「バジリスクやコカトリスが犯人ならこうはいかないわね。まず、恐怖にひきつった表情やしぐさをするでしょうから……」
「石化の仕方が妙に日常的なのが、私には気になるの。何かに襲われたはずなのに、その気配が感じられないわ。それがかえって不気味なのよ」
エスカローネは深刻な表情をした。
「これなら悪魔のしわざとしてもおかしくないわ。エスカローネ、あそこにシベリウス教の教会が見えるでしょう? まずはそこに行ってみましょう!」
「ええ、そうね」
二人はシベリウス教の教会に足を向けた。
そこは大きく開けたところで、教会を中心に広場になっていた。
「何、これ……石化したみんなが生き生きとしているわ……まるで今にも動き出しそうな気配がある」
エスカローネが話した。
石化した人々は日常生活をしたまま石化していた。
市場で野菜を売る人、野菜を買う人、おみやげ屋を物色する観光客、教会に向かって祈りに出かけた人――すべてがそのままの状態で停止していた。
「まるで、なにもなかったみたいね……なんて言えばいいのかしら……写真で撮影された瞬間のような?」
アンネリーゼがしゃべった。
「ほう、これは外から来た人ですかな?」
「!?」
エスカローネたちの背後から声がした。
二人は後ろを振り向いた。
「あなた、誰? そして何者?」
アンネリーゼは右手を曲刀の柄に当てて詰問した。
そこには二メートル近い長身に、深いあごひげをたくわえた、黒髪、黒い服を着た男が立っていた。
「これは失礼しました。警戒させてしまいましたかな? 私の名はイグナティウス(Ignatius)。この村でシベリウス教の司祭を務めております。どうでしょう、これで不信感は解けましたかな?」
イグナティウスは穏やかに説明した。
「司祭? 神父様というわけね」
アンネリーゼが腰の曲刀から手を離した。
「あの、神父様? 神父様はどうして石化をまぬがれたのでしょうか?」
エスカローネが尋ねた。
「私はこの石化事件があった日は村の外に出かけていたのですよ。それで石化をまぬがれたのです。村に帰ってきて驚きました。村人たちがまるで生きたまま石化していたのですから」
「偶然でしたね」
「ええ、石化をまぬがれたことは神に感謝しなければなりませんね。ところで、あなた方は何者ですかな?」
「私たちはザンクト・エリーザベト修道会のシュヴェスターです。王都フレイヤからマーリック村にやってきました。私はアンネリーゼ、こちらはエスカローネと申します」
「どういった理由でこの村を訪れたのですかな?」
「石化事件が発生したため同修道会の修道女が派遣されたのです。つまり、私たちがやって来たというわけです」
「なるほど、よくわかりました。あなた方はこの事件解決のために派遣されてきたというわけですね?」
「そうです。神父様、私たちはこの事件を悪魔のしわざと考えていますが、何か気になることはおありですか?」
「残念ながら、私にできることは何も……おお、そうでした!」
イグナティウスが何かを思いついた。
「何、か?」
「この村の教会には秘密の通路があるのです。そこに行けば何か事件の手がかりがわかるかもしれません」
「秘密の通路?」
とエスカローネ。
「確かに、気になる情報ですね。わかりました。私たちはそこを調べてみることにします。ありがとうございました、神父様。平安あれ」
「平安あれ」