夢の中
夢の中だ、ここは。
少女は少年を愛していた。
いとおしいほどに。
少女は将来、少年と結婚すると思っていた。
なぜかはわからない。
そういう確信があった。
一方、少年の側がどうであったのかはわからない。
少女は少年の気持ちがわからなかった。
いったい少年は少女のことをどう思っているんだろうか……
ほかに好きな人、愛する人がいるのだろうか。
そう思うと少女の胸は苦しくなる。
せつなくなる……
自分が少年を愛していると自覚させられる。
こればかりはほかの女には譲れない。
これは記憶ではない。
ずっと昔の思い出だ。
とても大切な人生の思い出。
今、少年はどんな姿をしているだろう?
自分は大人になった。
少年も大人になったはずだ。
深くまどろみながら、エスカローネは目を覚ました。
「ここは……?」
エスカローネは自分が知らない部屋にいた。
ここはどこなのだろう?
どこに自分はいるのだろう?
そう思いながらベッドから起き上がる。
「はあ……えっと……」
状況分析が追い付かない。
自分が今、見知らぬ部屋にいることは確かだ。
この部屋は自分の記憶に存在しない場所だ。
記憶が途中で途切れている。
確か、メドゥサという女に殺されかけたことを思い出した。
だが、それよりも先ほどの夢のことが気になった。
あれだけ深い夢は久しぶりだ。
自分の愛の夢――
頬が赤くなった。
あの夢は真実だ。
エスカローネはいまでもあの少年を愛している。
少年が今、どこで、何をしているのかはわからない。
ただ、あの少年には「誇り」があることは確かだ。
そして、いつもクールでかっこよかった。
エスカローネは少年の姿を思い浮かべた。
自分が知っている少年の姿は小さいままだ。
エスカローネはしばらくぼおっとしていた。
トントン。
そこにノックが入った。
エスカローネはドアに気を向けた。
「はい」
返事をする。
ドアが開いた。
「はあい! 目が覚めたのね。よかったわ」
「あなたは確か……」
エスカローネの脳裏に女性の顔が映った。
「ごめんなさい。あんな状況じゃ、私の名前も覚えていないわよね。もう一度自己紹介をするわね。私はアンネリーゼ。ザンクト・エリーザベト修道会の修道女よ」
アンネリーゼが明るく話した。
「修道女?」
「ここはザンクト・エリーザベト修道会の宿舎よ。それにしても、よく目覚めたわね。ずっと眠っていたから心配したわ」
「私はあれから、どのくらい眠っていたんですか?」
エスカローネが質問した。
「丸二日ほど、眠っていたわ」
「二日間も!?」
エスカローネは驚いた。
「ええ。だから心配していたのよ。でも、安心して。この中ならあのメドゥサとかいう女もそう簡単に侵入できないわ。強いシュヴェスターたちがいるから」
エスカローネはアンネリーゼにそう言われて、自分が彼女に命を助けられたことを思い出した。
「命を助けていただいて、ありがとうございます」
エスカローネは礼をした。
「気にしなくていいわよ。それも含めて私たちの修道会の存在意義だからね。それと、敬語も使わなくていいわ。シュヴェスターの世界は同胞の世界なの。名前で呼んで。アンネリーゼでいいわよ」
アンネリーゼは右手を腰に当ててにっこりと笑った。
「それじゃあ……ありがとう、アンネリーゼ。あなたが助けてくれなかったら、私は命を落としていたわ」
ふと、そこで鐘が鳴った。
「あら、もうこんな時間」
「この鐘の音は?」
「これは礼拝を告げる鐘よ。シュヴェスターたちが神と向かい合い、祈りを捧げるの。ちょうどいいわ。ついてきて。今、シュヴェスターのみんなが礼拝堂に集まるから」
「そうかい。暗殺にしくじったかい」
暗い一室の中で老婆が答えた。
「はっ、申しわけありません、グライア(Graia)様。途中で思わぬ邪魔が入りましたので……」
メドゥサがひざまずいて答えた。
「おまえが暗殺に失敗するとは珍しいことがあるものだね。そうじゃないかい、メドゥサ?」
「はい。邪魔をした者はザンクト・エリーザベト修道会の修道女でした」
「ザンクト・エリーザベト修道会?」
老婆は目を細めた。
「あの対悪魔修道会じゃないか。それなら、我々の邪魔をしたのもうなずけるね」
「あの修道会の実力は侮れません」
「忌々しいことだよ。例の娘は今、修道会に保護されているわけだ。これでは手を出しようがないね……」
グライアは毒々しく話した。
「今、あの娘は我々にとって脅威じゃないが、『ヴァルキューレ』として真に目覚めたとき、我々を脅かす存在になるだろうね。今のうちに始末しておかなくては……」
「今後の対応はいかがいたしましょうか?」
メドゥサが尋ねた。
「今しばらくは監視しておくことだね。娘の行動を見張るんだよ」
「はっ! その時は今度こそ必ず、抹殺してみせます!」
「期待してるよ、メドゥサ。ではもう下がりな」
「はい」
メドゥサは立ち上がると、くるりと後ろに向きを変え、そのまま自動ドアの向こうに消えていった。
部屋には一人、グライアのみが残された。
部屋は暗かった。
その中は占い師を思わせた。
部屋の中央には水晶球が置かれていた。
グライアは水晶球を見つめた。
「ずいぶんと大ごとになっていたね。ザンクト・エリーザベト修道会かい……我々悪魔の邪魔をする組織……忌々しいね」
グライアがつぶやいた。
「その様子では失敗だったようだな」
部屋の通信機から男の声がした。
グライアは通信機の方を見た。
「あんたかい。ずいぶんと情報が早いじゃないか」
「フフフ……それが私だからな。敵はずいぶんと大きいではないか」
グライアは憎々し気な視線を向けた。
「前々から思っていたけど、あんたはどっちの味方なんだい?」
「フフフ。私はどちらの味方でもない。私としては個人的な探求心で動いているにすぎない。私なら『ヴァルキューレ』の抹殺より、研究の方に興味がある」
「フン、そんな事を言っていて、寝首をかかれなければいいけどね!」
「ローザリント(Rosalind)のことか? フッフッフ。問題ない。実によく調教できているよ。私への忠誠心に疑いはない」
「まあ、いいさ。今に見ていな。あの子娘は必ず、しとめて見せるよ」