お金は…おっかねー
「オリー、家に連れて帰っていい?」
私はフォーと帰宅中である。フォーが公園で何をしていたかを半ば、いや、9割ほど疑いながら聞いていた。信じているのはフォーが公園にいたことくらいだ。
何がユニコーンだ、いるはずがないだろ。ましてや喋るなんて。こんにゃく食っても会話なんてできないよ。
フォーが楽しそうに、もう目がピッカピカで眩しいくらいに話している中、空を見上げていた。
空といえば何色か。青、白、灰、黒。赤、と答える人はいるだろうか。赤い空。夕焼けならありえるか。精神が安定しているかどうか試せそう。
ちなみに、私は青と答える。だって、今、空は青いんだもん。
あ、雲だ。すんごくでかいな。異質すぎないか?ちょっと鳥肌が立ってしまうわ。控えめに言ってキモい。なんて言えば伝わるかな。あ、そう、キメラだ!顔はニンゲン、身体は昆虫…かな。足もあるし、でも、尻尾はない。あぁ、見んとこ見んとこ。膝の皿をこしょぐられた時みたいな感覚や、これ。こんなん見るより、フォーの話を聞いてる方がましだわ。
「それで、さよならしてきたの」
「そ、そう。私も会いたいな」
「姉ちゃんも会いたい?」
なわけあるかい。ビーム出す化け物なんか会いたくないわ…信じてないけどね。
「一目見るくらいなら…」
「また会いに行くから、その時は姉ちゃんも一緒に行こうね」
熱出して寝てよ。
「姉ちゃん、菓子欲しい!」
「え、いきなり何よ」
フォーは駄菓子屋を指差し、私に言った。そこは通りにポツリと佇む、古き良き駄菓子屋だった。
しかし、一般的なのとは異なる点があった。
"店主不在 お金を置いておいてください"の貼り紙があった。いわゆる、無人販売店というやつだ。
「こんなとこにあったっけ」
「私も初めて見た。あまりここ通らないけど」
「見た感じ、一昔前からあったようだもんね」
フォーは引き戸をゆっくり開ける。
「すいませーん、あ、店主いないんだっけか」
店内は駄菓子ばかりで、少し奥にお金を入れる箱が置かれていた。
「なにこれ、これもなに、初めて見た」
フォーがそう言うと、私も駄菓子を手に取る。私も見たことない駄菓子だ。
商品名を見ると、グミ、ガム、キャンディと書かれていた。色が様々で食べ物とは思えない。
「あ、これ知ってるやつ!」
そこには袋詰めされた塩煎餅があった。私もこれは小さい頃からよく食べている。
駄菓子屋だから、これに似たものが多く置かれているとばかり思っていた。グミやらガムはどんな味なのだろう。どんな食感なのだろう。全く想像がつかない。
「知らなかったやつ買ってこっか」
「姉ちゃん、お金あるの?」
あ、持ってないや。というか、お金ってどうやって手に入れるんだ。
あ?なんだお前、すごい偉そうに腰に手なんか当てちゃって、私見てくるじゃん。
フォーは勝ってない身長で、ウィズを見下ろしていた。そこにあった台に乗って。
「持ってるよ、お金」
終わった。この子…こいつが優位に立つとろくなことがない。ていうか、嘘だろ、お金持ってるなんて。
「見せてみろ」
そう言うと、フォーはポケットに手を突っ込んで、おもむろに握り拳をウィズに見せる。
そして、落ちてくるお金を受けるために左手を添える。
お金を落とす前に右手を軽く揺らし、音を鳴らしてみせた。
ウィズは手で顔を覆った。
十円玉2枚と五十円玉、それから百円玉が聴こえる。フォーはまだ音を鳴らしている。
「それ、どこで拾った?」
「え」
まだ見せてないのに信じてもらえて驚くフォー。
「あ、え、えーと…」
焦って話そうとした時、フォーの手が緩み、お金が顔を出した。小さい手では四枚を全て受けることができず、床に十円玉が転がる。
チリーン。
お金の落下音がウィズの鼓膜を刺激した。
はっとした表情をした後、ウィズは右耳を抑えた。そして、目をつむった。
何かを受信しているような、何かを思い出そうとしているかのような、そんな表情でいた。
そして、ゆっくり目を開く。口を開く。
「お金は…おっかねー」
「えっと、だからこのお金は…え」
どこで拾ったのかを、あたふたしながら夢中で説明していたフォーは、しょうもないウィズの一言で我に返った。しょうもない言うな。
「ごめんごめん、それで何だって?」
ウィズは落ちた十円玉を拾い上げ、フォーに渡しながら言う。
「だがらー、公園の話したじゃん?木の枝拾う前に光ってるものあったから、拾ったの。それがまさかお金だとは思わなかったな…ほんとだよ?」
嘘をついているようには見えないし、おそらく本当のことだろう。でも、なんで公園にお金が落ちていたのか。
「その公園ってどこにあるの?」
「もうないよ」
「どういうこと?」
「私が出たら、もうそこには何もなかったの」
「なにそれ、普通そんなことなくない?おかしいと思わなかったの?」
「姉ちゃんの普通と公園の普通は違うのかも」
立て続けによくわからないことを話すフォーに半ば呆れるウィズ。そもそも公園に行ったことがうそ…なら、そのお金はどこからってなるし…。
「お金を使ったらなくなるし、時間も過ぎたらなくなる。公園も使ったからなくなる、そういうことなのかもね」
やっぱり、この子、おかしい。昨日のことといい、大人すぎる。それでも、普段は12歳ではあるのだが。私よりも大人びているのは癪である。とても12年での経験値では説明できない。
フォーは料金箱にお金を入れようとしてこう言った。
「お金、入ってる」
私はこの子について深く考えることはやめた。単純に考えが独創的なだけだろう、と思うことにした。
「私たちの前に誰か来てたのかな」
「そうみたい」
「それで、何買うか決めたの?」
「グミとキャンディ!」
フォーは小さい手で持ったグミ2個とキャンディ3個をウィズに見せる。
「私はどれ食べようかな〜」
フォーの手のひらのグミを取ろうとした時、フォーは手を握った。
困惑の表情でフォーを見るウィズ。悪い笑みを浮かべるフォー。
「このお金、私が拾ったもの。それで買ったものは私のもの」
けっちー!石油王でもそんなけちくさくないぞ。ちょうど5個買うな。紛らわしいだろ。
フォーはお金を料金箱に入れた。
チリーン。
再びお金の落下音がウィズの鼓膜を襲った。
瞬時に、右耳を抑え、目をつむった。
一瞬、いや、瞬く間もなく、脳裏に女性の顔が浮かんだ。見たことのない顔だ。今まで見たことある人よりも、おそらく年齢は上。もちろん、会ったことはないのだが、なぜか、心があたたかくなった。
そして、音は遅れてやってきた。
「毎度あり」
フォーはその声に反応して振り返る。
「姉ちゃん何やってんの、DJ?」
不思議そうにウィズを見つめるフォー。ウィズは左手で胸をおさえる。
「ない乳揉んでも大きくならないぞ」
言いながら、お菓子をポケットにしまった。
ウィズにフォーの声は届いていなかった。
ウィズにはお金の音が長く、とてつもなく長く耳に残り続けていた。
苦しい…というより、温かく暖かい。その熱は徐々に体全体へと渡り、ウィズは膝をついた後、倒れてしまった。
「姉ちゃん!?」
フォーはウィズに呼びかける前に走り出していた。倒れたウィズの肩を、小さい身体で支える。
「姉ちゃん?ね、姉ちゃん?」
声は震えていた。弱々しく、いつ消えてもおかしくない声で必死に呼びかけていた。
その頑張りは虚しく、声は届いていなかった。
ウィズは意識を戻さない。
泣きそうになりながらもなんとか歯を食いしばり、ウィズを担いで店を出る。
するとそこには、女性が立っていた。フォーたちを待っていたかのように。待っていた割には驚いた表情をしている。
「何があった?」
「ね、姉ちゃんが…ひっく…」
口を開いた途端、ダムが崩れたように、涙が溢れ出てきた。
フォーはどうしよう、どうしようと呟きながら、ウィズをそこに寝かせ、女性にすがりつく。
「帰ったら話を聞くわ。とりあえず…」
女性はフォーの頭を優しく抱え、優しく撫でてやった。
「ウィズは心配ないわ。私に任せなさい。フォーは…」
「一人で帰れる」
鼻水垂らして女性を見上げながら言う。
「顔、ぐっちゃぐちゃじゃない」
女性はフォーの顔を裾で拭いてやった。
「フォーは強い子ね」
ぐちゃぐちゃの顔で、ぎこちない笑顔を作ってみせるフォー。
「じゃあ、後でね、姉ちゃん!」
「気をつけなさいよ」
姉ちゃん、久々に聞いたな。
駆けていくフォーを見つめる女性。見えなくなると、優しい表現から一変、険しい表情に。
「あなたたち、一体どこから出てきたのよ」
フォーたちが入っていたはずの駄菓子屋は、そこにはもうなかった。空き地というか、そこに何かがあったことすら思わせないほど、荒れ果てていた。
眠っているウィズの側で胡座をかき、女性は右手をウィズの額に置いた。そして、女性も目をつむる。
「ごめんね、ウィズ。少し見させてもらうよ」