ほん…もの…だ…
「1時間も遅刻!」
「ごめんって、ホペちゃんとの話に夢中でさー」
「知ーらない!2つ目のオムライスもぐちゃぐちゃだったし」
「あんたさすがに引っ張りすぎ、しつこい女は嫌われるぞ」
公園で遊んでいたフォーを迎えに行って帰宅する予定だったが、時間を守れずこの様である。
「またロヴェちゃんに叱られるよ」
「何して遊んでたの?」
「話すり替えた!」
「ホペちゃんの話が長かったって言っとけば大丈夫よ」
「棚上げさんだ…」
「それで、何して遊んでたの」
× × ×
私は公園にやってきた。一人で。えらいだろ。何も持ってこなかったけど。何して遊ぼうか。
とりあえず、足元にあった木の棒を拾い上げた。えい、やー、とう。
それっぽく振り回していると、正面からそいつはやってきた。そいつは優雅に私の前に現れると、私をじっと見つめてきた。じっと、じーっと、じーーっと。
もちろん、私も見つめる。じっと、じーっと、じーーっと。
そいつは立派な一本の角を持ち、7色の雲を纏っていた。
そう、そいつはいわゆるユニコーンだった。ユニコーンなんて空想上の生物だと思っていたから、何が適切な行動かわからなかった。ウマかロバに誰かが角をつけただけかもしれないし。
私は試しに手にある木の棒を投げてみた。
それは一瞬で…燃えカスとなった。何が起こったか理解できなかった。けれど、ユニコーンの角から黒煙が立っていることから予測はできた。
ユニコーンの立派な角からビームが射出されていたのだ。
それが事実だと思い始めると、段々とフォーの口が開いていき、放心していた。時折、肩と手が細かく震えている。
そんなフォーを気にも留めず、ユニコーンは前進する。フォーは下がろうとしたが、足が動かず、尻餅をついてしまった。
ユニコーンが近づくのと同じくして、フォーも腕で後退する。その距離は一定を保ったままだ。文字通り、離れることがなければ、縮まることもない。ユニコーンが加速すれば、フォーもその分加速する。逆にユニコーンが緩めれば、フォーも緩める。
「なんでやねん!」
どこからか声が聞こえ、フォーは我を取り戻した。しかし、一定の距離を保つことはやめない。速ければ速く、緩めれば緩める。
この関係は数分続いた。
「だから、なんでやねん!」
再び声が聞こえてきた。フォーの向いている方から。
一体と一人の距離はまるで互いの心の距離を表しているようだった。いや、それにしては近すぎか。
「近づかないでよ!」
「嬢ちゃんが離れてくからや」
「そっちが近づいてくるから離れるんじゃん!」
「じゃあ、この距離で話すか」
「あれ、てか、喋ってる…?」
「ユニコーンが喋って何が悪い?」
「いや、別に、悪くはないけど、おかしいというか…」
「嬢ちゃん、それをなんちゃうか知っとるか?」
私は首を横にも縦にも振らなかった。ただ、ユニコーンから目を離さず、様子を窺っていた。
「偏見や。嬢ちゃんたちから見たらおかしいかもしれん。せやけどな、わしからしたら普通やねん。嬢ちゃんたちが喋るように、わしらユニコーンも喋れるんや」
「人間にも伝わるものなの?」
「そらわからんな、初めて会ったもんやから、嬢ちゃんが人間なら、他の人間にも伝わるんやないか?」
「そうなのかな」
「嬢ちゃん…」
「フォー、私の名前」
「そか、ええ名前やな。4番目の子か?」
「え、すごい、なんでわかったの!?」
「そら、舐められたら困るわ」
気づくと2人の距離はわずかとなっていた。
「フォーちゃん見た時から気になっててん、でも、いきなり棒投げてくるもんで、勢いでビーム出てもうたわ、すまんの」
あれ本当にビームだったんだ。見間違いじゃなかったんだ。
「何が気になったの?」
「さっきも言うたけど、わしは人間を初めて見た。話すことはできないって思ってた。でも、フォーちゃんには声が届いてるようやってん。不思議やのう思うてな」
「初めての人間、どう?」
「せやな、ちゃんと二足歩行なんやなーって」
「それだけ?」
「まぁ、会ってそんな経ってないでな」
「確かに、かにかに」
カニのポーズをして見せる。
「わしからしたら、人間の方が空想上の生物なんやで」
「なにそれおもしろい。私たち空想フレンズだね!」
「友達…か…せや、わしにも名前くれんかのう」
「名前?ユニコーンって名前じゃないの?」
「あほ、それならフォーちゃんの名前が"ニンゲン"になってまうやろ」
「あ、そうか」
「せやろ?」みたいな顔でフォーの顔を覗き込む。うーん、ユニコ、二コーン、ニコちん、ニコ、うーん…なんかこう、一捻りさせたいよね。
「じゃあ、オリーで」
「じゃあて、テキトーに決めたんか?」
「テキトーじゃないよ!」
「では、なにゆえオリー?」
「意味はないけど…なんとなく…」
「なんとなくじゃん!名前だよ?一生使うんだよ?」
「じゃあ、あげない」
「わかったわかった、ありがたくオリーという名をいただくよ」
「嬉しい?」
「そ、そこはかとなく」
「良かった!」
私はオリーと名付けた。折り紙で折ってみたいと思ったからオリーにしたなんて、言えないよね。
「オリーはこれかりどうするの?」
「んー、それがなんでここにいるのかもようわからんのよ」
「家、来る?」
「ありがたい話なんやけど、わし、ここから出られないらしいねん」
「かわいそう」
フォーの視線が角に集中していることに気づいたオリー。
「なんや、角触りたいんか?」
フォーは視線を逸らし、吹けもしない口笛を雰囲気でやってみせる。もちろん、音は出ない。その姿を見て、フォーの手にそっと角を差し出した。
「言うてくれたらええのに」
「だってビーム出たじゃん!」
「ああ、あれな、100年に一発しか出せないんや。だから、もう出ることはない、安心せい」
「そんなものを、あんな木の棒なんかに使ったの!?」
「ただの木の棒ちゃうで、初めて見たニンゲンが投げてきた木の棒や。そら恐いで」
「たしかに、かにかに」
フォーは蟹のポーズをしてみせた。
「角あったかいんだね」
「さっきのビームの温もりが残っとるんやわ」
「温もりて」
角を触りながら、少し話題を巻き戻す。
「オリーは何かしたいことないの?」
「今はどうやってここに来たか、なんでここから出られないか、考えんといかんな」
「それはやらないといけないことでしょ。私が聞いたのはしたいこと」
「そうは言うてもな」
オリーは角をフォーから離し、あぐらをかいて、腕を組む。明後日の方向を向き、思考を巡らせている。
その姿を見たフォーは残念そうにしていた。
お前、めっちゃニンゲンぽいやんけ。それ着ぐるみちゃうやろな。
フォーはオリーの背後に周り、異世界の窓、チャックを探し始める。事細かく、念入りに。角の先端から、蹄、尻尾の先まで。
調査の結果、分かったことがあった。それは…
「ほん…もの…だ…」
私がそう呟いてもオリーは気づかず、考えに考えていた。
そこまで考えるならないじゃん、したいこと。
「ごめんな、フォー。出てこうへんわ、したいこと」
「そか。じゃあさ」
フォーは立ち上がり、オリーを見下ろすように話を続ける。
「次会ったときに教えてね」
「次会えるんかな」
「会えるよ!だって私が会いたいって思ってるんだから」
わしはこの時、微かだが、確かに感じたことがある。このフォーとかいう女の子、過去に出会ったことがある気がする。
そもそも、この子がニンゲンだって分かった時点で少しおかしいと思っていた。初めて見たというのに、ニンゲンだとわかったからだ。
オリーの顔は、どこか懐かしんでいた。
「では、わしはこの出られない空間で待っていることとしよう」
「それしかできないもんね」
フォーは笑ってくれた。
「じゃあ、またね」
フォーは帰り際、何度も振り返り、そのたびに手を振ってくれた。
だるまさんがころんだみたいよのう…だるまさんがころんだってなんだ…?
「わしのしたいこと、見つかったな」
フォーが見えなくなってから、オリーはそこにフォーがいるかのように話しかける。
「君にまた会いたい」
オリーは茂みに寝そべり、瞳を閉じた。