私は午後さんが好き
私は姉のホペと近所のカフェに来ている。
家事を代わりにやってくれた人だ。私をあんな目に合わせといてね(怒)
私はココア、ホペちゃんはコーヒー。生粋の甘党なので、ココアにホイップをトッピングしてもらった。ホペちゃんはガムシロップとミルクを一杯ずつ。
コーヒー飲む人ってよくわかんない。絶対苦いより甘い方がおいしいじゃん。大人ぶりやがって。
「コーヒーおいしいの?」
「だから飲んでるんじゃない」
「ココアより?」
「どうだろう、ココアは甘すぎるのよ」
はいはい、でたでた。"甘すぎる"というお言葉。甘すぎたら誰も飲みませーん。ちょうどいいから飲むんですー。
「飲んでみる?」
「やだやだ、せっかくおいしい口なのに、汚さないで!」
「それはお店に失礼でしょ」
その一言で少しはしゃぎすぎたかと気づき、体を小さく丸める。
「これだからがきは」
「がきじゃないですー中学生はもう大人ですー」
「私から見たら子供よ」
「でた!ザ主観!これだから大人は…」
「あんたはどっちなのよ」
「子どもにもなれるし、大人にもなれる、オールラウンダー!」
「じゃあ、これから料理当番もよろしく頼むわ」
「今は子どもだもん!」
「がきが」
「子どもじゃない!」
私はココアを口いっぱいにすすると、ホペの"料理"という言葉で思い出した様子を見せる。
「あ、そうそう…」
昨日あった事をホペに話した。寝坊したことから、ロヴェのことまで。
「という、話がありまして…」
「なるほどね、私もそんなこと聞いたことがあるわよ」
「そうなの?」
「ヘルから聞いた話なんだけどね」
「どんなことがあったの?」
ホペは、はっとした表情の後、眉間にしわを寄せた。
「ちょっと待って、私、思い出したんだけど、あんた、感謝のかの字すらなくない?」
「そ、その節はどうも…それで…」
「今日だって昼前に起きてきたじゃん。モーニングに行くって約束してたのに。何時に寝たのさ」
「昨日は11時過ぎ」
「午前消し去ってんじゃん、私じゃなくて午前さんに謝ったら?」
「なに午前さんって」
「ユーモアを知れ」
「私は午後さんが好きだもん!」
「あんたって変わってるわよね」
「どの口が言うか」
ホペを睨み、歯ぎしりするウィズ。徐々に膨らみを増す頬。
「そういうのいいから、昨日のことについて教えてよ。簡単にでいいから」
「ほんと簡単にでいい?」
私は大きく頷いた。少しでもロヴェちゃんのことを知ることができるのなら。気になりすぎて夜も眠れな…何よ、何見てんのよ!心配して気になるのは本当なんだから!
「ロヴェちゃんは…」
私は息を呑む。コーヒーが入ったグラスの氷が音を立てる。
「暴力恐怖症なの」
「なにそれ」
「そのままの意味よ。自分が振るうのも、誰かが誰かに振るうのも、見ることができないの。見てしまったら…」
再びコーヒーが入ったグラスの氷が音を立てる。
「そこからは私も知らないんだけどね」
「なんじゃい!緊張が飲み物にもうつって氷溶けちゃったじゃん!」
「仕方ないじゃん。私だってあんたから聞いて驚いてるのよ」
「責任感じちゃうんじゃない?自分に置き換えちゃったりして」
「だから何度も謝るってこと?」
「違うかなー」
私の家庭でそんな暴力的なことは起こるわけないけど、些細な小突き合いでも影響するのかな。
「変に意識せずにいつも通り過ごそ」
「そうだね」
ココアが入ったグラスの氷が音を立てる。
「姉ちゃーん、帰ろー」
幼い女の子の声が店の入り口から聞こえてきた。私はスマホの時間を確認すると、勢いよく席を立った。そして、残っているココアを勢いよくすする。
「あんた、もしかして寝るのが好きでもなく、起きられないでもなく、時間を守れないだけなんじゃ…?」
ウィズはストローをくわえたまま、目をぱちくりさせる。
「姉ちゃん、それ、まじ?」
「いや、わからん、だって、ね」
確かに思い返せば時間を守れていないような…私、ダメ人間…?
「気づけただけいいかもね、これから気をつければいいし」
「でも、どうやって気をつければいいか」
「姉ちゃーん、まだー?」
「こういうところかもね」
「なるほど、目先のことしか考えられないところか」
「あんたにしては物分かりがいいわね」
ホペを残し、フォーの元へ足早に駆けていくウィズ。ややご立腹のフォーをウィズがなだめながら店を出ていく。
「それ以上は言わないようにね」
存在感を消していた、ホペの背後の女性が話しかけてきた。
「わかってるわよ。私はあんたらのためじゃなくて、家族のために協力してやってるだけ」
私は氷が溶け、薄まったコーヒーで喉を潤す。
「仮に、私が口走ったらどうなるの?私たちを消すことはできないんでしょ?」
「大切なものはなんだ」
空のグラスを凝視するホペ。
「守りたいものはなんだ」
ホペは唾液と混ざった息を呑む。当然むせる。
「消すことはできないけど、消す一歩手前までならできる。わかったら言う通りに動くことね。計画通り進んでいるのだから」
ホペの背後から椅子を引く音がする。
「あ、そうそう、あの子、フォーのことだけど」