3?話
「独創性とは毒草で、独走しながら独奏すー」
彼女はスマホの画面に触れる。再び大の字になり目を瞑る。
「独創せー」
再びスマホの画面に再び触れる。ようやく起きられたのか、今度はちゃんと目覚ましを切った。
スヌーズ機能はとても便利だ。私みたいな人でも起きるまで鳴り続けてくれる。下僕みたいだ。
無造作に蹴飛ばされたタオルケットをよそに、大の字になっている。
特大の欠伸を一つ。続いてくしゃみを二つ。
くしゃみ2回って、悪い噂されてるんだっけか。
誰やろうか。総理大臣か?石油王か?私を迎えにきてくれる王子様か?返しに噂流してやろうか。禿げてるとか、けちくさいとか、口臭きついとか。あ、これただの悪口や。
「よっと…」
大の字のまま上体を起こす。指を絡ませて、大きく伸びる。上に、右に、左に。
「ぷは〜」
虚空を見つめている。何も考えていない。いや、"何も考えていない"を考えている。
なんだかんだ朝一が一番頭の回転が早い。
人間、何も考えていないように見えて、脳は勝手に働いている。こんな私のために。スヌーズ機能みたいだな。
そうこうしていると、あ、何もしてないか。
階段を駆け上がるうるさい足音が聞こえてきた。なんや、家事でもあったんか。
「姉ちゃん!"かじ"や、"かじ"!」
ほんまやったか〜。
「なんで!?何が原因なん!?」
「原…因…?」
「せや、コンセントか?コンロか?ヒーターか?」
「しいて言うなら、ね、寝坊…?」
寝坊?何を言うとるんやこの子は。"家事"の話ちゃうんかい。ねぼう、ねぼう、ねぼう…?
私は脳内で"寝坊"というワードを連呼している内に背筋が凍っていた。
目覚ましで起きたと思っていた、いや、実際には起きたのだが、時間が時間だった。
7時指された針を置き去りに、短針と長針は進みに進み、に11時を指していた。まるで、兎と亀のようだ。ん、セブンイレブンな…ってやかましいわ!
「てか、"かじ"ってそっちのことか、てっきり…」
ーブルルルルルル
つまり、妹は"家事"を伝えに来ていた。私はてっきり"火事"だと勘違いしていた。
いや、私のこれからを指していたのかもね…はあ。
嫌な寒気がする。
妹と何気ない会話をしていて気づかなかった。
妹の背後に鬼がいることに。
ヤツは口から冷気を出し、目を光らせ、牙を剥き出しにしていた。
私は巻き戻るように、大の字で再び眠りについた。もちろん偽りの。
「はぁ、あんたはいつもいつもいつも…」
鬼は"いつも"を繰り返すことが癖だ。英語圏じゃなくてよかったな。エブリイタイム、エブリイタイム、エブリイタイム…。
「いい加減、生活リズム整えたら?」
「だって、寝るの好きだもん」
片目を開き言い返す。
「そういうことじゃないでしょ」
「寝る子は育つって言うし」
「私らの遺伝子じゃ胸は育たないわよ」
「うっさい!身長の話じゃわれい!」
「親に向かってうっさいとはなんじゃい!」
私はもうこうしちゃいられなくなり、勢いよく立ち上がった。
ゆっくり、ゆっくりと鬼に近づく。その光景はまさにだるまさんが転んだ。鬼はずっとこっちを睨んできているが。
「姉ちゃん、鬼に見られてる間は動いちゃいけないよ」
こやつ、私の心を読んだだと…?
「鬼って私のことかな…?」
「私じゃなくて、姉ちゃんが言ってた」
「あんたねぇ…」
私は親の追随を許さまいと、すぐさま行動に出た。
膝をつき、手をつき、肘を曲げ、額を床に擦り付ける。
「許してください」
「だるまさんが転んだ?」
なわけあるかい、がきが。
妹は私を見てむすっとし、どこかへ逃げていった。
「私じゃなくて、お姉ちゃんに感謝しなさいよ」
「なんでよ」
会話は頭を下げたまま行われている。
「あんたの仕事やってくれたからに決まってるじゃない」
「やってくれたんロヴェちゃんかと思ってた」
「ホペちゃん、もう出かけちゃってるから、帰ってからちゃんと言いなさいね」
「はーい」
面倒そうな表情の顔を上げると同時に気だるそうな声で返事をする。
ロヴェは手を振り上げると、ウィズの頭に手を置いた。私は肩をすくめて、目を瞑った。
「寝癖どうなってんのよ、直してきなさい」
最後はいつも優しくしてくれるんだよね。叩かれたり、蹴られたりしたことないな。
「姉ちゃん!私オムライス食べたい!」
「あ、そうそうホペちゃんから、仕事は代わりにやっといてねって伝言しといてって言われてたんだっけ」
「げっ…」
というか、妹よ、お前は帰ってこんでええ。下手な口出しされると困るでごわす。
「当たり前でしょ」
「手際悪いの知ってるじゃん!だから料理は当番から外してもらってるのに」
「あんたもいずれ作らざるを得なくなるんだから、ほら、私が手伝ってあげるから」
「オムライスね、オムライス!卵ふわっふわの!」
こいつうるさすぎ、お前の頭ふわっふわにしてやろうか。
「なに、これ…」
「オムライスよ、見てわかるでしょ」
「私の知ってるオムライスこれじゃない」
「ごめん、あんたがこんなにできないと思ってなかったわ」
「うるさいなぁ、味は大丈夫だから黙って食べなさい」
「いただきまーす」
努力した跡のオムライスを頬張るフォー。それを息を呑んで見守るウィズと、汚物を見るような目でチラ見しているロヴェ。
「ど、どう?」
「まぁ、70点やな、あ…」
と、言ったのと同時に、フォーはスプーンをその場に落とす。
親が鬼なら子も鬼。ウィズの目が光っていた。
「あんたは美味いかそうでないかで答えりゃいいものの、なんで点数つけんのよ!」
スプーンを落とした勢いで飛んだケチャップが、返り血のようにフォーの服に付着した。
「痛い!姉ちゃん、叩いてきた!」
「叩いてないじゃない!ケチャップを使いよって、この!」
「やめなさい!」
ウィズがフォーを掴もうとした時、ロヴェが叫んだ。
普段は冗談混じりに怒っているのだが、今回は違った。本気で怒っているようだった。
私は口を開けたまま、ロヴェの方を見つめていた。フォーの肩は震えていた。
その場は時代外れのように、まさに氷河期だった。
すると、ロヴェは自我を取り戻したかと思うと、その場にしゃがみ込んでしまった。
頭を抱えて、何かを発している。
「ご…………さい…」
うまく聞き取れないため、私は固まった体をゆっくり解凍するかの如く動かし、そっとロヴェに近づく。
「姉ちゃん…」
私を心配する声は震えていた。でも、振り向かなかった。いや、振り向けなかった。
同じように豹変するかもしれないと思ったら、目を離すわけにはいかなかった。
そっと、獲物を狩る猛獣のように。唾すら飲み込めず、口の端から滴っている。
呼吸もままならず、一歩出すごとに、一歩出し吸い、一歩出し吐いている。
残り一歩のところで、ウィズもしゃがみ込み、耳を傾ける。
「ごめんなさい、ごめんなサイ、ゴメンナサイ…」
私は動けなくなってしまった。目を合わせたらではなく、声を聞いたら石にされてしまうメデゥーサのようだ。
次に取る行動が思いつかなかった。
並々ならぬ恐怖から逃げ出したい気持ちと、逃げてしまってはいけない、こんな状態のロヴェを放っておいてはいけないという気持ちが葛藤している。
こんなロヴェちゃんを見るのは初めてだ。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…。
「ロヴェちゃん、大丈夫だよ。私たち、こわくないよ」
悩んでいて気づかなかったが、フォーがロヴェちゃんの頭を包み込んでいた。
「誰だって間違えることあるよね。でも、今のはわたしたちが間違ってたんだから、教えてくれたロヴェちゃんは間違ってないよ。大丈夫、大丈夫。」
「フォー…」
目を潤ませたロヴェがフォーを見る。
「ごめんね、ごめんね、2人とも、ごめんね」
「"ごめんね"じゃなくて"ありがとう"が聞きたいな〜」
「…ありがとう」
ロヴェの声は震えていた。それでも、親としてしっかりしないといけないという思いからか、言葉自体ははっきり発されていた。
私はこの時感じた。何かがおかしいことに。
ロヴェちゃんの状態はもちろんだが、妹のフォーの存在だ。あまりに大人すぎる。これが齢11歳にできる行動なのか?私は不気味に感じた。
ただ、今回の件に関しては助かった。姉がいない状態で、こんなことになるとは思ってなかった。というか、思うことなど不可能である。
「フォー、ありがとう、助かった」
「じゃあ、お礼にオムライスおかわり!次は綺麗なの!」
フォーの口周りはケチャップまみれだった。