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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

職人は闇属性

作者: 猫宮蒼



「さて、何か言い残す事はあるかな? 命乞い以外で」


 にこやかに微笑む青年は、別に下がってもいない眼鏡のブリッジを指で押し上げながら問いかけた。

 青年が見下ろす先には縄で縛られ身動きのとれなくなった男女がいる。

 男女ともに二名ずつ、合計四名。


 いずれも顔を青ざめさせてガタガタと震えている。

 恐怖のあまり声も出せないようだ。


 一見すれば人当たりの良さそうな青年にここまで震えているのもおかしな話かもしれない。

 だが、この青年は彼らを殺すつもりでいたし、四名は抵抗できない状態だ。どうにかこの展開を回避するべくそれぞれが思考をフル回転させているため、現在余計な事を言おうとする者はいない。

 なるべく時間を稼ぐしかない……! そう思っているために会話で時間を稼ぐのがベターなのだが、しかし下手な事を言えば次の瞬間には命を刈り取られてしまう可能性もある。だからこそのジレンマ。


 彼らは何を言うべきかを必死に考えていた。



 事の発端として、青年――ジェイドはこの国では名を知らぬ者などいないと言われている魔導士であった。

 本来であれば騎士団が討伐隊を組んで挑む大型魔獣相手でもたった一人、その魔術でもって打ち倒せるような規格外の化け物。整い過ぎた容姿と相まって、本当にあれは人間なのか? と疑われるような存在。

 救いは彼が人類にとってそれなりに友好的である事だけだ。もし彼が人間を滅ぼそうと思ったのであれば、この国はとっくに消えているだろう。

 そう思われるだけの実力を持った、ある意味で危険人物。


 そんなジェイドであったが、彼は己の特技を用いてとある会社を興していた。

 会社名などはこの際どうでもいいので割愛するが、経営内容は人材の貸し出し……のようなものだった。ような、と曖昧なのは貸し出しているのが人間ではないからだ。


 ジェイドは魔導技術研究の第一人者であった。

 その彼が創り出したのが、人工精霊である。


 理論などは割愛する。どうせ説明したところで凡人が理解できるものでもないので。

 というか、彼の部下である他の魔術師たちも割と理解しきれていない。ただ、作るための手順はしっかり確立されているのでどうにか魔術師たちも人工精霊を作り出す事は可能であるという状態だ。


 しかし魔術師たちが作った人工精霊とジェイドの作る人工精霊はそのスペックに大きな差があった。

 ランクの低い人工精霊の貸し出し料金はリーズナブルだが、ジェイド作の人工精霊は料金一括で借りようなどとすれば下手をすれば国が傾きかねない。だがしかし、それだけの価値があるのも確かだった。



 ジェイドたちが作る人工精霊は戦う力を持たせていない。戦えるのであればそれこそ兵器として転用されるからだ。ジェイドは別に殺戮兵器を作りたいわけではなかったので、最初の段階で戦闘能力に関してはほぼ皆無のものしか作れないようにしていた。

 だからこそ他の魔術師たちがこの人工精霊を基準に戦えるような人工精霊を作ろうとしても大抵は失敗する。最初の製造過程で既に戦えないようになっているものを戦えるようにするとなれば、それこそ最初から作り直すしかない。理論構築だとかを一から、と考えると並の魔術師には土台無理な話だった。


 では何をするための人工精霊なのか、と問われれば基本的には家事手伝いだ。

 例えば貴族などは召使がいるので問題はないが、平民は場合によっては怪我や老いなどで家事がままならない事もある。そういう時他の家族が手助けしてくれればいいが、年老いて伴侶も既に旅立ち、息子・娘夫婦などと離れて暮らしているなんて者はそう簡単に周囲に頼れない。ご近所づきあいがあって周囲が助けてくれるとしても、そのご近所さんも同じく老人であった場合助けになれる範囲はたかが知れている。


 そういった者たちに格安で貸し出されるのが魔術師たちの作る人工精霊である。

 人工精霊たちは飛べるので時として屋根の上の掃除を、なんていう人がやるには少し危険な仕事も請け負う事だってあった。


 ジェイド作の人工精霊はそれよりももうちょっと用途が異なる。


 基本的には冒険者たちに向けての貸し出し。ジェイドの人工精霊は攻撃などの行為こそ行えないものの空間に収納できる魔法が使える。つまりは、荷物持ちとしての貸し出しだ。

 空も飛べるので場合によっては上空からの偵察なんてものもできなくはない。

 この人工精霊がいるかどうかで冒険者たちの生存率は大きく異なるのだ。


 まず荷物を全て空間に収納してもらうので、冒険者たちが持つ必要がない。その分身軽になるのでいざ魔物と戦う時に負担が少なく、遠慮なく全力が出せる。

 持ち物の中には薬などの瓶に入れておかねばならない物もあるのだが、そういった物を持った状態で戦うと場合によってはその薬が壊れる事もある。けれどもそういう心配をして立ち回る必要がない、これだけでも心持が大きく変わってくる。そして仮に怪我をしてもすぐさま人工精霊が空間から回復アイテムを取り出してくれる。場合によっては魔物から注意を引き付けてくれる事もあるため、冒険者たちはその間に薬を飲む事も可能だ。


 他にもできる事はあるのだが……それに関しては置いておくことにする。


 ともあれ荷物の重量を気にせず移動できるというのはとても大きい。

 例えばダンジョンなどで大量にアイテムを発見したとしても、場合によっては持ち運べないと判断する事もある。そうなるとどれを持っていくかで取捨選択を迫られる。泣く泣く諦めるアイテムだって出てくるのだ。

 だが人工精霊がいればそういった問題は解決できる。


 ジェイドの人工精霊は貸し出し料金がとんでもなく高いのだが、それでも貸してほしいと申し出る冒険者は後を絶たなかった。



 ジェイドの目の前で縛られている四名の男女もまた冒険者であった。

 彼らはジェイドの作った人工精霊を貸し出してほしいと言ってきた者たちだ。

 だがしかしこの時通常の人工精霊は全て他に貸し出されておりいなかったのだ。

 この時点でいたのはジェイドが新たに試作していたプロトタイプの人工精霊。いかんせん本来のものと多少異なるため流石にこれは……と思ったものの彼らはそれでも是非にと頼み込んだのだ。


 だからこそジェイドは契約をした。

 貸し出しに関して通常の人工精霊と少しばかり異なるので、本来のものと同じような認識でいられるとそれはそれで困るというのもあって。

 とはいえ貸し出しの条件だって精々が大事にする事、とかそういうものだ。あと、一括でレンタル料金を払えるわけもないので、日払いで毎日最低限人工精霊にこれだけの金額を収める事、とかそういうやつ。

 人工精霊に直接渡せば最終的に人工精霊が戻ってきた時にその料金はこちらで徴収できる。

 貸出期間によっては損をする場合もあるが、ジェイドとしてはそこら辺はどうでもよかったのである。


 試作品でもある新たな人工精霊のデータ採取も兼ねていたというのもあった。



 通常の人工精霊は見た目が人に近くはあるがそれでも人ではないとわかるものだった。

 だが試作品でもある人工精霊は限りなく人の見た目に近い形をしていた。


 金髪碧眼の十二~三歳くらいの少年。

 利発そうで、穏やかな物腰の少年は身動きのしやすそうな服を着てその背には大きなリュックを背負っていた。そんな少年がふわふわと地上から僅かばかり離れ浮いている。

 とはいえ、背丈もそう高いわけじゃないので浮いていてもジェイドが見上げる事もない。百四十センチ程度の身長に、浮いていても十センチ程。であればどうしたって見下ろす事になる。


「初めまして、ボク、人工精霊のヴォイド。よろしくね」


 にこっと人懐こい笑みを浮かべたヴォイドは、言われなければ人工精霊には到底見えないものだった。



 ヴォイドを貸してほしいと言ってきた冒険者たちは、とあるダンジョンに挑もうとしていた。

 長丁場になる事を想定して、だからこそ人工精霊を借りようと思ったのだ。人工精霊が収納する道具に関しては時間停止している事もあって、食料など長期保存も可能。腐る心配のない食料が大量にあるというだけでも安心感が違う。


 彼らが挑もうとしたダンジョンというものは、この世界に大量に存在するものだった。


 どういう経緯で発生するのかはよくわかっていない。今もダンジョンに関しては謎が多く、それらの調査に人生を捧げている者だって存在している。規模も日帰りで戻ってこれるような小規模のものから数日、数か月かかっても踏破できないような大規模なものまで実に多数。


 ダンジョンはある日突然出来上がる事もあるし、またある日突然消える事もある。

 消えた場合その中にいた者たちがどうなるかは様々だ。

 後日死体が別の場所から出てくることもあれば、全然違う場所からひょっこり生きたまま現れるなんてこともある。とはいえ、出来上がる時は突然でも消える時は多少なりとも前兆があるので余程運が悪くなければ脱出は可能だ。


 ヴォイドを借りた冒険者たちは最近出現した大規模と思しきダンジョンに挑もうとしていた。既にそこに乗り込んだ者は複数いたが、その誰もが途中で引き返してきたというのだ。そんな彼らからの話を纏めるともしかしたら今までにあったダンジョンの中でも本当に最大級なのではと思われるもので、だからこそそこに挑むためには事前準備が重要になる。

 人工精霊がいれば持ち物に関してはそこまで心配しなくてもいいが、それで全て解決するわけでもない。実力不足で先に進めない事だってあるし、場合によっては命を落とす事もある。



 ダンジョンはその内部が全て同じというものでもなく、普通の洞窟めいたものから中に入ったはずなのに外にいるような風景の場所まで実に様々だった。

 実際の空があるわけでもないのに浮かぶ太陽や月。星々までもが存在しているところもある。

 風が吹き、草花の香りを運んできたりだとか場所によっては本当にここがダンジョンだったかを忘れそうになる所さえも。



 今回彼らが挑んだダンジョンもまた、そういった内部がどこか別の土地を思わせるようなものだった。


 いくらジェイドが優れているといっても、人工精霊を大量に作り出したりはできない。だからこそ数が限られている。そしてそれらはレンタル料を払えるだけの金と実力を兼ね備えた者たちが独占している状態に近かった。

 だがここで一発ドカンと大きな事を達成させて有名になりたいと思っていた彼らは、どうしてもと頼み込んだのだ。そしてたまたま新たなタイプを試作していた。そういう意味では彼らは運が良かったのかもしれない。少なくともこの時点では。



 最初の時点では彼らメンバーの二人の女性たちがヴォイドを見て可愛い~なんてキャッキャしていた。

 男たちもまだこの時点ではヴォイドに対して何を思うでもなかった。

 小さな弟のような存在、くらいに思っていたかもしれない。


 ダンジョンに入って序盤は上手くやれていた。



 問題が出たのは中盤あたりに突入してからだ。このあたりで彼らの実力的に厳しくなってきたのか、進む速度がガクンと落ちた。けれども彼らは諦めずに先を目指そうとしていた。

 だがしかしここでもう一つの問題が起きたのである。


 人工精霊――ヴォイドである。


 契約の際、毎日彼にレンタル料金を支払わなければならないとジェイドに言われていた。

 必要金額は最低でも銀貨四枚、払えるのなら金貨一枚。

 また、手持ちに銀貨や金貨がない場合、ダンジョンの中で見つけた宝石などを与える事、とも言われていた。


 例えば本来借りる際に支払わなければならない金額を支払えず、分割で毎日人工精霊に少額とはいえ支払ったとする。返却時に、しかし払いきれなかった分が出る事も勿論ある。その場合は毎月決まった金額を支払わなければならない。踏み倒そうとすれば別の人工精霊に取り立てられる。


 戦う力のない人工精霊が取り立てにきたとして、別に恐れる程のものではない。だがしかし、周囲を飛び回り残りの金額〇〇ゴールドです支払って下さい、と延々言われてみろ。

 周囲に何をしでかしたが一発でバレる。


 あいつ借金踏み倒してるのかよ、とか言われようものなら他の場所での信用も信頼もどこまでも落ちてしまう。例えば一仕事終えて酒場で一杯、なんてやろうとしてもまず酒場の人間に「そんな事より先に支払いなよ……うちはツケなんてやらないからね」とか言われるのだ。

 食堂などで食事をする際はまだ多少大目に見てもらえる。人間食事は必須であるがゆえに。また、宿もあまり豪華なところでなければそこまで厳しい目を向けられない。今日は払えずとも、ご飯食べて寝て起きたら返済するための行動をとるのだろうと思われるからだ。


 今月の支払い分を払えばそういった取り立てが周囲で延々纏わりつくなんて事はない。だが、そうなっている者は「あぁ、金払ってないんだな……」と周囲の者が見て即座に気付くのである。


 金がなくて払えない、とかならまだしもあるのに払わない、とかであれば最悪だ。

 他の店でも支払いを踏み倒されるのではないかと警戒される。

 そうなれば普通にそこらの店を利用できなくなるし、そもそも冒険者として次の活動に出ようとしても新たな人工精霊を借りる事はできない。

 小規模ダンジョンであれば荷物持ちなどいなくたってどうにかなるけれど、そうでない場合は挑む事こそが無謀としか言いようがない。


 ヴォイドもまた他の人工精霊と同じようにそういった毎日支払わなければならない金額があるタイプであった。


 だがしかし、ダンジョンの中を進むにしても魔物が強くなり、進行速度ががくんと落ちた彼らには手持ちがなくなりつつあった。

 ダンジョンの中なので金を使う機会はまずない。だが、それでも持ち合わせていた分は既に支払いに回してしまったし、もう払うための物がないとなってしまった。

 進むのが遅くとも途中で宝石だとか鉱石を見つける事ができていれば話は違った。だがしかし、そういった物も発見できなかったのだ。


 払えなくなった場合どうするのか、とかそこら辺も事前の契約でジェイドから聞いていた。

 その場合はヴォイドのパフォーマンスが低下すると言われていた。

 低下……と言われてもピンとこない。

 最初に払えなくなった時、今手持ちがないから払えない、と冒険者の一人が告げた。

 その後、ヴォイドのパフォーマンスが低下したらしく、ふわふわと浮いていたヴォイドは地面にぺたりと足を付けて歩くようになった。



 なんだ、これだけか。


 そう思ってしまったのも無理はない。

 もっと色んな意味で悪い展開を想像してしまったのだ。


 だから軽く考えてしまった。


 浮いていたヴォイドは地に足をつけ、歩くようになった。小柄な体格なので歩幅も小さい。

 冒険者のうち女性二人は申し訳なさそうにしていたが、それでもてくてく一生懸命歩くヴォイドを見てちょっと可愛いなんて言ったりもしていた。


 けれども支払えないと言ってから更に一日が経過し、二日が経過するようになるとヴォイドの動きは目に見えて悪くなってきた。歩く速度も大分落ちたし、まるで本当の人間のように肩で息をして足取りもよろよろとしたものになっている。

 女性二人は可愛いなんて言っていられる余裕もなく、少しばかり罪悪感すらあった。


 魔物が徐々に強くなり、先に進む速度が落ちたとはいえ、ここに来てヴォイドの歩みもまた更に遅くなる原因となってしまった。


 これにイラついたのはリーダーだ。

 ちんたら歩いてんじゃねぇぞ! と檄を飛ばす。


 能力が低下してるからね、回復しないと落ちる一方だよ、とヴォイドが言えば言い訳すんなと更に怒鳴る。


 レンタル代金が支払えないなら、いっそ引き返したらどうだい? とのヴォイドの勧めはお前にそんな決定権はねぇよと一蹴された。


 その後も魔物に苦戦しつつもどうにか勝利し、奥へと進む。

 途中で見つけた宝石をヴォイドが手に取ろうとした瞬間、リーダーの鋭い叫びが響いた。

「それはお前のじゃねぇ! 勝手に触るな!!」

「でも、支払い」

「うるせぇな。払うかどうかは俺が決める。お前が勝手に判断して持ってくんじゃねぇ」


 どんっ、とヴォイドを突き飛ばすようにして宝石から遠ざけて、リーダーはそれを拾った。その上で、ヴォイドに勝手に盗るんじゃねぇぞ、と言ってアイテムを収納させる。

 他の人工精霊と違いヴォイドは背中に背負ってるリュックの中に物を入れる仕組みになっていた。

 だからこそ、リーダーは言いながらも自分でそのリュックの中に宝石を突っ込む。


 その後も他にいくつかの鉱石を発見したが、いずれもヴォイドに渡される事はなく荷としてリュックの中に詰められていく。


 やがて足取りも危うくなったヴォイドが、せめて食事を頂戴、と言えばお前人工精霊だろ、食う必要ないくせに何言ってるんだ。食料は貴重なんだよ、なんて言って結局何も与えない。

 確かに人工精霊が物を食べる必要はそこまでない。けれど食べられないわけでもないし、この時点でのヴォイドは腹からきゅうきゅうと切ない音を立てていた。


 最初のうちは可哀そうだよ、あげなよ、なんて言ってた女性たちも、思うように進まなくなってきた事に苛立ちを覚えたのか、言うだけ無駄なんだから大人しくして、なんて言い始める始末。



 そうして、最初に用意していた荷の大半が消耗されたあたりで。


 彼らは見た。


 ダンジョンの中に時折存在するという、外へ一瞬で脱出できる転移方陣を。正直これ以上進むのは難しいと誰もが思っていた。けれど、引き返そうにも微妙な所だったのだ。であれば一縷の望みをかけて進むしかない。

 だがここで、外へ戻れるとなれば。間違いなくそうした方がいい。


 にやりと笑ったリーダーは、一度休憩しようと言い出してそこでヴォイドに持たせていた荷物を一度全て取り出す事にした。


 食料や水はほぼ残っていない。

 回復薬などは多少余裕があった。

 それ以外はダンジョンの中で見つけた武器や防具の素材になるだろう物や、他の大陸で採れると言われる薬草の類。ダンジョンの中では別の大陸で採れる素材が多く出るというのもあって、わざわざ他の大陸へ行くよりもまずはダンジョンに挑む方が入手の可能性は高かった。


 宝石や鉱石。やや重たい物も混じっていたが、それらをリーダーは適当に分けていく。


 そうしてヴォイドが疲れているようだから、ここからは俺たちが荷物を持つぜ、なんて言ったのだ。


 この頃にはヴォイドは完全にお荷物となっていた。

 思うように進めないのは魔物が彼らよりも強いから、というのもあるが、この頃にはちょっとも進まないうちにヴォイドがもうだめ、なんて言いだすのだ。

 最初の頃はまだヴォイドに好意的だった女性二人も、この頃になると随分ととげとげしい態度になっていた。


 その時点で彼らがいたダンジョンの中は、さながらどこかの渓谷のようになっていた。長い吊り橋が続いている手前で彼らは休憩し、そうして荷物を分配した。


 荷物がなくなった事で多少身軽になったのか、ヴォイドの足取りは本当にわずかではあるがマシになった。

 とはいえ、最初の頃と比べると遅いままだ。吊り橋を移動して、渡り切ればその向こう側すぐの場所に転移方陣がある。ここで魔物に襲われたら……と考えたが、幸いな事にこの辺りに魔物の気配は存在しなかった。だからこそ休憩できたというのもある。



 ぎぃ、ぎぃ、と聞いているだけで不安になりそうな吊り橋から出る音を聞きながら一行は橋を渡っていく。

 先導していたのはリーダーではない男冒険者だ。次いで女性冒険者二人、殿しんがりはリーダーが。そしてそのすぐ後ろにヴォイドが、といった具合だった。


 一見するともし後ろから魔物が迫って来てもリーダーがいるので問題はなさそうに思える。

 だがこの時、リーダーは既に足手纏いになっていたヴォイドを囮にするつもりであった。

 とはいえ、そういった事態になる事もないままにもうじき橋を渡り終える、というところまでやってきた。


 転移方陣から放たれる淡い輝きに、冒険者たちもどこか安心したような顔をしていた。



 仮に万全の状態であったとしても、彼らの実力ではこれ以上先に進むのは危険だった。ダンジョン探索など命あってこそだ。死んだら何も残らない。本当はこの先も進んで踏破したい気持ちはある。けれどもそれは己の実力が許さない。これ以上は行けば死ぬ。それはもう、誰に言われるでもなく理解してしまっていた。


「よし、それじゃあの転移方陣で戻るとするか」

 リーダーの言葉に、ヴォイドは下げていた視線を僅かに上げた。

 もう気力だけで動いているといってもいいくらい、ヴォイドはふらふらだった。

 無理もない。

 そもそも金や銀、宝石などには自然発生した魔力が溜まりやすい。本来ならば報酬としてそれらをもらい、そこからエネルギーを回収する事で本来の能力を発揮するものなのだ。けれどもう一体何日報酬をもらっていないのだろう。それならばとせめて普通の食べ物からでも少量エネルギーを回収したいところだったのだが、精霊は食べなくてもいいという認識があるためか彼らは食事すら分けてくれなかった。

 活動するためのエネルギーを寄越さず、けれど本来の働きをしろと無茶を言う。


 ヴォイドはこの冒険者さんたちは駄目だな、と思いながらもそれでも気力だけでどうにかついていっているところだった。帰らなければ。帰って、きちんと報告しなければ。

 こういう人たちに他の同胞を貸し出したら、きっともっと酷い目に遭わされる。


 生みの親であるジェイドからも、かつて人工精霊を、人工的に作れるのだからという理由で乱雑に扱われた事があると聞いていた。確かに作れる。けれど、何のコストもなく無尽蔵に作り出せるものでもないのだ。それに折角手塩にかけて育てたものを、我が子同然の者たちを雑に扱われて誰がそれを良しとするのか。


 レンタル料金を払っているのだから多少乱暴にしてもよいとでも思っているのだろうか。

 そもそもジェイドは貸すつもりはなかったのだ。ただ、どうしてもと頼まれたからこそ妥協案として貸しているだけで。

 報酬を支払うという形で定期的に日々エネルギーを摂取させる。それが本来の約束だ。

 けれど彼らはその約束をとっくに違えてしまっている。


 だからこそ、彼らにもう次はない。


 例え後から何を言われても、もうヴォイドは彼らの事を見限っている。

 だからこそ、あの転移方陣で外に出てしまえばそれで終わる話なのだ。


 だが――



 橋をそろそろ渡り終えようかという頃に、ふとリーダーが振り返った。

「え――?」

 そして、ヴォイドを勢いよく突き飛ばしたのだ。

 吊り橋が大きく揺れる。ヴォイドが後ろに吹っ飛んで、その衝撃でぎぃぃぃ、と何とも不吉な音が鳴る。

 ぎーぃ、ぎーぃ、とまるで何かの鳴き声のようにも聞こえたが、ヴォイドはもう歩くだけでもやっとというくらい衰弱していたので、咄嗟に受け身を取る事もどうにか踏みとどまる事もできなかった。


「じゃあな、役立たず」


 そうして一足先に橋を渡り向こう側についたリーダーが剣を抜き――


 吊り橋の縄部分をスパッと切り裂いたのである。


 そうなると勿論橋は崩壊する。吊り橋の下は、大分下の方に川があるように見えるがそれでも随分距離がある。もしここに冒険者たちが落ちればひとたまりもなかっただろう。もしかしたらかろうじて生き残れる可能性もあるかもしれないが、あまりにも高さがありすぎた。


 自分の意思で飛んでいた時とは違う、強制的な浮遊感。


 そこから落ちていると実感するのはすぐだった。


 わざわざ自分たちの荷物を回収したのもこのためだったのか、とヴォイドは今更ながらに理解した。

 今ヴォイドが持っている物はほとんど何もない。

 最初の頃にもらっていた報酬がちょっとだけだ。

 金貨はない。大半が銀貨だった。

 そしてそこに集まったらしき自然の魔力はとっくにヴォイドが回収したので何の意味もないただただ普通の銀貨だ。それ以外の報酬はもらえなかった。


「あーぁ、駄目な人たち」


 落下しながらもヴォイドはそんな風に呟いた。



 ――さて、一方ダンジョンから転移方陣で無事外に脱出した四人の冒険者たちは、回収した宝石や鉱石をまずは金に換えようと思い街へとやってきた。

 だがしかし、その街に入った途端に衛兵たちに捕らえられたのである。

 何がなんだかわからないまま捕えられ縄で縛られ身動きを封じられる。更には念の為魔術などを使えないようにと、一時的に封印する札を貼られてしまった。

 よりにもよって魔術だけを封印するタイプではなく、能力を全体的に封印するやつだ。


 そういった封印具の存在を知らないわけではなかったがそれらが使われるのは基本的に大罪を犯した者だけだ。だからこそ自分たちがどうしてこんな目に遭っているのか、彼らには理解できなかった。


 だがしかし、動きを封じられ連れていかれた先で彼らはようやく理解する。


 そこにはジェイドがいた。いっそ凄惨な笑みを浮かべた状態で。


 更に周囲には彼らを取り囲むように他の冒険者たちや街の住人達がずらりと勢ぞろいしていたのだ。


「貸した人工精霊について聞くつもりはないが、一応聞こうか。ヴォイドはどうした?」


 疑問形で言っているが、その様子から既にわかっているとでも言わんばかりだ。そして何故か周囲にいる者たちもまた彼ら四人を憎々しげに睨みつけている。


 人工精霊に何らかの術を施してあったからこそジェイドがこうしている、というのを今更ながらに彼らは理解した。どうした、と言われてももうアレはダンジョンの中で壊れたに違いない。

 不味いな……と思いながらもリーダーが口を開く。


「あんな役立たずを寄越すなんてどうかしてる! あいつじゃなきゃ俺たちはもっとダンジョンの先へ進めたかもしれないのに!!」


 だが、咄嗟に言葉にできたのは謝罪でもなければ逆切れといってもいいものだった。ぴく、とジェイドの眉が僅かに動く。


「その程度の実力であれ以上先に行けるとでも? 面白い冗談だな。

 そもそも、役立たずにしたのはお前らだ。本来日々渡さねばならない報酬も払わず、更には食事なども与えず、ついでに睡眠すらロクにさせず。

 マトモな活動エネルギーを与えずましてや休息もさせないで常に最高のパフォーマンスを維持しろ? じゃあまずはお前らがやってみせろという話だろうが」


 民間に貸し出している家事手伝い程度の人工精霊ならばまだしも、冒険者たちと行動を共にする人工精霊はそちらと比べて圧倒的に危険な場所に赴くのだ。

 だからこそ日々確実にエネルギーを確保するべく日払い報酬で金や銀、宝石、鉱石などに含まれる魔力を摂取し、それがない場合であっても食物などを取り込んでエネルギーに変換する。

 それは、人工精霊を借りる冒険者からしても常識だった。


 更には彼らが眠る時、人工精霊を見張りとして置く事もあるが、それだってある程度の休息を与えなければ人工精霊だって回復しない。

 だが彼らはその休息すらヴォイドに与えず、飲まず食わず魔力も与えず、という有様だった。


 ヴォイドが人工精霊だったから生きているけれど、人間だったらとっくのとうに死んでいてもおかしくない程の酷使っぷりだ。


 正直に言ってジェイドはブチ切れていた。

 今回のヴォイドは今までの人工精霊とは少しばかり違うタイプとして作成したものの、それでも立派に自らの作品であり、我が子である。それを粗雑な扱いをされて笑って済ませられる程、ジェイドの心は広くない。

 そもそも試作品である事は最初に告げたし、それでもその上でどうしてもと頼み込んできたのは向こうだ。だというのにこの仕打ち。彼らがここに連れてこられた時点で開幕風魔法でズタズタに切り裂かなかっただけでもジェイドにしては我慢している方だ。だがそれでもイラついた事に変わりはないのでリーダーの顔面に蹴りをぶち込んだのは悪くない。何か凄い音したし、鼻血も出たし歯も欠けたっぽいけどジェイドからすればだからなんだという話だ。


「なっ、なんて事を……!」

 仲間の男冒険者が何かを言おうとしたが、ジェイドの絶対零度と言ってもいいくらい冷ややかな視線に結局は口をつぐんだ。下手な事を言えば次は自分だ、というのを理解してしまったので。


「大した実力もないくせに口先だけは立派だな。そもそも本当に実力があったならあのダンジョンで日々の支払いが滞る事もなかったはずなのだが」

「は、払おうとは思ってたのよ!? でも、そういう時に限って手持ちは使い切ったし新しい宝石とか見つからなくて」

「では聞くが、その荷物は何だ」

「そ、れは……」


 女冒険者の一人が弁明しようと試みたが、それも無駄に終わる。


「そもそも、自分たちで使えなくしておいて、その上で転移方陣で脱出できるにも関わらずダンジョンの中で捨ててこようとしたとか、言い訳できる立場かお前ら」

「ちょっと待って!? なんでそんな事知ってるの!?」


 もう一人の女冒険者が叫ぶ。

 そもそもダンジョンの中の出来事を、何故今ここに連れてこられたばかりで、ジェイドが知っているというのだ。


「そんなもの、見ていたからに決まっているだろう」

 こんな風にな、と言ってジェイドが片手を上げるとすいっと人工精霊が現れた。ヴォイドではない。それは多くの者が見慣れたタイプの人工精霊だった。


 人工精霊が手を前方に差し出すと、少し離れた場所に長方形の光が浮き上がる。

 そこにある光景が映し出された。


 ダンジョンの中、吊り橋を渡り終えるかどうかといったところをリーダーに突き飛ばされ、そのまま吊り橋を切られ落下していくヴォイドの姿が。


「人工精霊には同調機能が備わっている。これはつまり、他の場所にいる人工精霊が見たり聞いたりしたものを共有できるという機能だ。

 これがあるから、今までとは別の人工精霊を借りても毎回指示を出したりすることもなく仕事をさせる事ができる。

 そして今回は試作品であるヴォイドに関してのデータ収集も含めている。だからこそ、他の人工精霊たちは常にヴォイドと同調しその様子を見ていた」


 家事手伝いなどをするだけの人工精霊であっても、毎回同じ個体が同じ家に派遣されるわけではない。だが毎回違う精霊に毎回こうしてこうやってほしい、と言う指示を出すのも一度や二度ならともかくそれ以上となれば面倒になってくる。だからこそ人工精霊たちは個にして全、全にして個というようになっているのだ。

 そして人工精霊たちの中でも特に仕事を割り当てられていなかった者たちは、ふよふよと周囲を漂いながらもヴォイドの様子を確認していた。


 その場所がたまたま外であったりだとかしただけだ。


 最初は何事だろうと思っていた街の者たちも、彼らが映し出している光景を見てダンジョンを探索している冒険者の様子であるとわかると、暇な者たちは足を止めてそれを見物していた。


 最初のうちはまぁ、問題なかった。

 試作品の人工精霊であるヴォイドは今回が初仕事とはいえ、それ以前でも街の中で姿を見た者がいる。人に限りなく近い見た目、それも十二、三歳くらいの少年となれば自分の息子か孫か、といった風に見ている者たちもいた。

 あら頑張ってるわねぇ、なんて微笑ましく笑う主婦や、ヴォイドちゃん今回が初仕事なのねぇ、応援しちゃうわぁ、なんて笑う老婆。おっ、坊主初仕事だったのか、最初の仕事がダンジョン探索とかやるなぁ! なんて言ってる男。

 概ね微笑ましく見守られていた。


 だがしかし、それも最初のうちだけだ。


 彼らが報酬を支払えなくなり、ヴォイドがエネルギーを確保できず徐々に動きも制限されてくるようになり、更には食事も休息も与えず酷使されていく様に、それらを見ていた街の者たちの視線はどんどん険しくなっていった。

 中にはヴォイドの事を近所に住む孫の友達、くらいに見ていたご老人もいたが、そんなご老人の視線はとんでもなく厳しい。ダンジョンの中だからとて好き勝手しているな、なんて言うくらいならまだいい。

 だが、ダンジョンから戻ってきたらただじゃすまねぇ、なんてのたまう者もいた。


 更にはちょっとでもエネルギーを確保したいというヴォイドの訴えを「うるせぇ役立たず」で一蹴したリーダーの反応にはその直後街のいたるところでブーイングが起きた。同じくその光景を見ていた他の冒険者に至っては、

「てめーの実力ないくせによくそんな偉そうな事言えたもんだなぁ!?」

 なんて叫びが上がった程だ。


 冒険者たちは知っている。

 人工精霊がいるからこそ、長丁場になりがちなダンジョンでもある程度進めるようになった事を。

 人工精霊がいなかった頃、荷物は全て自分たちで運ばなければならなかったし、持てる量には限りがあった。途中で見つけた財宝だって、時と場合によっては泣く泣く諦める事だってあったのだ。だが人工精霊がいれば、そういった事がなくなる。

 更には魔物と戦う時も荷物の事を気にする必要がなくなり、思い切り動けるようになった。

 人工精霊がいなかった頃のダンジョン探索は、それこそまだ実力的に余裕があろうとも食料の残り具合などで引き返さなければならなかったりすることもあり、思うように進まなかったのだ。


 レンタル料は確かにとんでもなく高いけれど、それでも借りたいと言う冒険者たちは大勢いる。


 だというのに、借りた冒険者がその人工精霊を雑に扱っている光景を見せられてみろ。借りたくても借りる事ができなかった者たちからすればふざけるなという話である。


 冒険者四人組に向けられるヘイトは、下がるどころか上がる一方。あいつらの顔覚えたからな……とか言ってるやつも出てきたし、彼らとは関わらない方が良さそうだ、なんて言ってる商人もいた。

 冒険者以外の者たちも安価で色々手伝ってくれる人工精霊の世話になった者は多く、大半が人工精霊に好意的だ。それを乱暴に扱う者を見て、良い感情を持つはずもない。


 極めつけに、ダンジョンから脱出前にわざわざ吊り橋で捨ててきた事だ。


 彼らはダンジョンから脱出する前、転移方陣に乗る前に、

「あんな役立たずに金払うとかぼったくりもいいとこだぜ」

「むしろこっちが慰謝料欲しいくらいだ」

 なんて話していたのだ。その会話はジェイドたちに聞こえはしなかったけれど、それでもここまでの行動で何となく想像できてしまう。例えこの会話がされていてもいなくても、ジェイドたちの彼らに対する態度が変わる事はなかっただろう。


「さて、何か言い残す事はあるかな? 命乞い以外で」


 そこでこのジェイドの言葉である。

 とはいえジェイドとしては彼らを赦すつもりなど毛頭ない。だが、やり方を間違えればこちらも面倒な事になるというのはわかっていた。


「いや、だって、やっぱ高すぎるわよ!? 外ならともかくダンジョンの中なんて金銭使う事もそうないから持ち合わせなんて多く持つはずがないし、金目のものだってそう都合よく見つかるはずないのよ!? それでも毎日払えって、無理よ無理!」


 しばしの沈黙の後、そう叫んだのは女冒険者だった。

 ダンジョンに行く前にある程度の準備を整えるのに資金を使うため、ダンジョンに入った直後は持ち合わせなどない場合の方が多い。むしろそれが当たり前だった。

 そこにきてダンジョン内での支払いというのは、中々に難しいものだと女は弁明する。


「それを承知の上で借りたのでしょう。だったら、数日分の持ち合わせは用意しておくべきでは?」


 だがそれに対するジェイドの反応は当たり前といえば当たり前だがとても冷ややかで。

 そしてそれに対してそうだそうだと頷く周囲の者たち。

 どう足掻いても四人組の味方はこの場にいない。


 女が余計な事を言ったせいで、ますます状況は苦しくなってしまった、と判断したリーダーは思わず女を睨みつけたが、それで事態が好転するはずもない。


「そもそも、文句をつけるのはまだしも、意図的に危害を加えるというのはどういう事だ。せめて連れ帰ってくればともかく、ダンジョンの中にわざと打ち捨ててきたとなればレンタル料金どころで済まないぞ。きっちり全額弁償できるんだろうな?」

「……それは……!」


 そうだ、ダンジョンの中ですっかり気が大きくなっていたが、元々のレンタル料だって決して安くはない。

 それらを分割で日々払い、ダンジョンから出てきてもまだ支払わなければならない事だってあるのだ。

 だが、彼らはダンジョンの中で早々に壊れてしまった、とか魔物にやられて、とかいう言い訳を用意していたのだ。本来ならば。

 ダンジョンの中で起きた事など誰も知るはずがない。であれば、とっくに人工精霊はいなくなってしまったし、その分の料金は支払わない、とごねるつもりもあった。要は踏み倒すつもり満々だったのである。


 ちなみに一括で借りようとすると本気で国が傾くレベルでジェイド作の人工精霊はお高い存在なのだが、日払いで人工精霊に支払う金額を毎日滞らせずに支払って、その上でダンジョンから戻って来てジェイドの所へ人工精霊を返しにきた上で、彼らが大事に扱われていたと判断されるのならば支払いはその時点で終了する。

 つまり、借りた上で大事に扱い最後にきちんと返しにきて今後の支払いだとかを問い合わせる真っ当な感覚の持ち主であれば、借金を背負うとかしなくても良いのだ。

 例え支払いが一日程止まったとしても、ダンジョンの中で見つけた宝石や鉱石などをすぐさま渡しているのであればそれくらいでぐだぐだ言うつもりもない。


 ここで重要視されているのは、借りたものを大事にできるかどうか、という部分でもあった。


 そもそもジェイドは人工精霊を貸し出すつもりは当初はなかった。基本的に自分の研究の手伝いをしてもらうために作ったと言ってもいい。ただ、他に必要としている者たちからどうしてもと懇願されたり頼み込まれたりと面倒な事になったのもあって、じゃあ仕方ないなと貸し出す事にしただけだ。

 だからこそ、大事にできないのなら貸すのをやめると最初の時点でそれはもう念を押す勢いで伝えてある。


 ジェイドに人工精霊の貸し出しを頼んだ者の中には権力者も複数存在していた。中には実力は間違いないのに様々な不運のせいで中々ダンジョン探索で先に進めない冒険者も存在していた。

 そういった者たちが熱意たっぷりに頼み込んだ結果が今だというのに、今、こうして目の前の四馬鹿のせいでそれは台無しになろうとしているのだ。


 例えば自分の意思で借りるのをやめたのであればまだしも、誰かのせいで借りる事ができなくなったとなれば、その怒りの矛先は当然そちらへ向けられる。

 つまりは現時点でそれらを向けられているのは四人の冒険者である。


 この四人、元々人工精霊を借りる時の話は耳にしてはいた。けれども、あまり深く考えてはいなかったのだ。

 それ以前に、誰かから借りた物を扱う際、慎重に扱うような事もせず普段通りの扱いをしていた。その普段通り、がある程度大事にできているならともかくそうでもない。

 万一借りた物が駄目になってしまっても、似たようなので返せばいいやとか謝れば大丈夫だろ、とかいう考えの持ち主であった。一度目はともかく二度目からは絶対物を貸してもらえないタイプ。



「正直こういう輩が他にもいるようであれば、人工精霊の貸し出しも廃止するしかないわけで。

 今まで大事に扱ってくれた者には悪いが、あいつには貸せてどうして自分には貸してくれないんだ、とかいう言いがかりも面倒なんでな。なんならいっそ、他国に移る事も考えるレベル」


「なっ!?」

「待ってくれ! それは困る!!」

「そうよ、それだけはやめてちょうだいジェイドちゃん!」


 ジェイドのその発言で、周囲にいた者たちが一斉に止めに入る。

 この国では名を知らぬ者などいないというくらいに有名な彼ではあるが、他国にもそれなりに名は知られている。人工精霊に関してその技術を盗めないものかとやってくるスパイ紛いの者とているのだ。

 そんな彼が他国へ行けば、この国は力ある魔導士に見捨てられた国と評され下手をすれば他国の侵略だって有り得る。ジェイドの実力は知る者は知っている。他国でも一部の国では彼を脅威とみなしている。ジェイドの存在が他国がこの国にちょっかいをかけるのを止めている――いわば抑止力にもなっているというのに、そんな彼がこの国を出たなんて広まれば。


 脅威は魔物や魔獣だけで充分だというのに、他国の侵略まで増やされてはたまったものじゃない。


 それこそそれだけ重要な存在であれば場合によっては周辺をガチガチに囲い込まれ飼い殺しにされる可能性もあり得たが、ジェイドの場合はそうなれば周辺諸共を焦土にするのは可能なのである程度の自由を許されているといってもいい。


 街の住人や冒険者たちがどうにかジェイドを宥めようとしていたが、ジェイドが片手をすっと上げると同時に一斉に口を噤んだ。


「出ていくにしろ留まるにしろ、まずはこいつらに関してだな。

 で、弁償にあたって返済額のアテはあるか? 無いならこっちで勝手に話を進める事もやぶさかではないが」

「は、どうするつもりだよ。仕事の斡旋でもするのか、無い袖は振れねぇぞ」


 リーダーは強気に言い返したものの、それが虚勢である事は簡単に知れた。

 弁償、と言われてもどうするつもりなのか。

 ダンジョンで稼いでこい、なんて言われたら迷わず逃げ出すつもりだった。そうでなくとも通常の仕事を斡旋されても、隙を見て逃げ出す事はできるだろう。

 あれこれ考えていたが、結局のところ彼らはこの場を切り抜けられそうにないと判断したためか、今ではすっかり開き直りつつあった。

 そうやって「あ、こいつらから返済してもらうのは無理だし時間の無駄だな」と思わせるつもりだったのである。


「あぁ、あと人工精霊貸し出す時にも言ったが、こういう時の判決はこちらにゆだねられている。文句は王家に言うように。

 で、彼らの処断だが」


「え? ちょっと待って?」


「自分で直接手を下すのはどうかと思う」


 女冒険者が思わず制止しようとしたが、ジェイドはそんな事気付いてないとばかりに口を開く。


「何故ならうっかり殺してしまうだろうからな。どれだけ手加減してもこいつらをミンチにしてしまうだろう我が魔術の威力の強さが今は憎い……」


「いやあの、ちょっと?」


 現実逃避と開き直りもあって引いたはずの汗が、再びだらだらと流れるような感覚。けれどもジェイドは四人組の様子など意にも介さない。

 とても聞き捨てならないような言葉が聞こえたはずなのに、周囲で聞いてる人たちも誰も気にしてなさそうなのが余計に恐ろしかった。


「だからこそ、この場にいる皆さんにゆだねようと思う。彼らにふさわしい罰を、貴方たちに託そう」


「え――?」


 だが、ジェイドの言葉は彼らが思っていたより拍子抜けするものだった。

 てっきりこの場でジェイドに殺されるのではないかとすら思っていたのに。

 冒険者も複数名混じってはいるが、大半は戦う力もロクになさそうな街の住民たちだ。

 ならば、思ったよりも酷い事にはならないのではないか。四人は軽率にもそう思ってしまった。

 なんだ、精々ちょっとタコ殴りにされて解放か。案外ヌルいな、とも。


 だが彼らの考えは甘かった。


 確かにぐるりと取り囲まれているし、数の暴力という意味ではそうなのだが。

 ここにいる者たちのほぼ全員が人工精霊の恩恵を受けているという事実をちゃんと理解できていなかった。


「ぎゃあああああああっ!?」


 最初に悲鳴を上げたのは、女冒険者だった。何事かともう一人の女冒険者がそちらへ視線を向けると、剣を手にした男によって彼女の足が切られていた。

「よし、こいつの足の腱は切ったから、もう逃げられないぞ。こいつはどうする?」

「まぁ顔は悪くないし、娼館でよかんべ。ある程度使いつぶしてからゾロムの館に送ればいいっぺ」

 痛みにのたうち回る女冒険者など視界に入っていませんとばかりにのんびりとした会話がされている。

「よし、じゃあこいつはまず娼館に運んでくるか」

「一応切った部分布巻いとけ。道に血の跡つくぞ」

「そうだったな。……おい、何か布ないか?」

「あんたが首に巻いてる手拭いでいいんじゃないかい?」

「オラのか? これ散々汗拭いたから汚れてっけど……ま、これでいいか」

「ひぎゃあ!? いやあああ沁みる、やめてそれ外してえええええ!」


 汗の他に泥汚れもついた布を傷口に巻かれ、女はどうにか逃れようと身を捩る。だが、痛みはあるのにどうしてか足が動いてくれない。腱を切った、というのは嘘でも冗談でもないのだろう。完全に神経を切断されているなら痛みも感じないだろうはずなのに痛みを感じるのは、あえてそうしたのか、それとも切った男の腕が悪かったのか……どちらにしても現状をどうにかできるはずもなく、女は必死にやめてと叫んでいた。


「うるせぇなぁ。いっそ喉も潰すか?」

「いんやぁ? どうせゾロムの館にいけば嫌でもそうなるんだから、今のうちに好きなだけ叫ばせとけ」

「それもそうだな」

「ははは」


 ずるずると引きずられていく女冒険者を、残された三名は何が起きたのかわからない、という様子で見ていた。悲鳴が、命乞いが、懇願が遠のいていく。そうして仲間だった彼女の声が聞こえなくなってから、ようやく彼らは気付いたのだ。


 彼女の末路に。


 娼館で使いつぶされた後は、ゾロムの館と言っていた。

 ゾロムとはこの街に暮らす貴族の一人で、三度の飯より他人を甚振るのが好きという生まれついてのサディストだ。否、サディストという言葉では生温い。

 彼の館には死んでも構わない罪人などが定期的に送られる。そうして、嬉々として彼は殺すのだ。ありとあらゆる方法で痛めつけた上で。

 あの館で死ぬ者は、原型を留めていれば幸運な方と言える。


「やっ、やめて、やめていやあああああああ!?」


 次に叫んだのは、もう一人の女冒険者だ。

 足を切られたわけではない。だが、逃げ出さないようにか、片足を念入りに叩き潰された。棍棒で、麺棒で、金槌で。そういった物を持っている者たち複数名で足首のあたりを執拗に叩き潰す。必死に逃げようとしても取り押さえられているので逃げられず、肉と骨を叩かれる音が内側からも響いているのか女は必死に叫んでいた。


「こいつはどうする?」

「さっきのやつとは別の娼館に連れてって、そこで駄目そうならグナンのとこにでも持ってくか?」

「あー、それでいいか」

「だな」


「えっ、えっ、まって、いや、まってごめんあやまるから待って、ねぇ冗談でしょ? グナンって、それ確か……」

「まぁ行きたくないってんなら、精々その前の娼館で飽きられないように必死で稼げよ」

「あ、あ……いや、やだ、いやああああああ、やだああああああ! うわあああああああ!!」


 こどものように泣きじゃくり始めた女に、しかし誰も何の反応も示さなかった。


「じゃ、連れていくな」

「あああああああああ! うわあああああああああん!! やだよおおおおおおおたすけておかあさああああああああん!!」

「おいうるせぇぞ」

「ひぐっ」


 ごちんと拳を頭に落とされて、一瞬だけ大人しくなる。そのまま手早く女は運ばれていった。


 ちなみにグナンは焼きごて職人である。ゾロムとは無二の親友と言っているものの、彼は別に人を痛めつける趣味はない。ただ、己が作り上げた焼きごての出来栄えを試したいだけで。

 娼館で稼ぐ事ができなくなった時点での彼女の未来もまた確定した。


 残された男たちは顔を真っ白にして彼女たちが連れていかれた先を見ていた。もう既に二人の姿は見えない。声も聞こえない。ただ、つい先程まではいた、という事実だけはあった。二人の叫びが耳にこびりついて残っているからだ。


「この二人はどうしようかねぇ……」

「とりあえず暴れたりしない程度に痛めつけておいた方がいいんじゃないかしら」

「そうよね、あの二人はあっさり連れていかれたけど、この二人が抵抗しないとは限らないし」

「今は抵抗できないように札をつけてるけど、いずれはその効果も切れちゃうしねぇ……」


 まるで井戸端会議でもしているかのようなのんびりとした口調で取り囲んでいた女性たちが言う。


 だがいくらおっとりのんびりとした声音だろうと言っている内容は彼らの処遇だ。そのはずなのに、何故だかそう感じられなかった。なんだかまるで悪い夢でも見ているかのような気分になってくる。


「おっ、なんだ痛めつけておくのか? まぁあっちの女たちよりは頑丈そうだし多少は痛めつけておいた方がいいかもなぁ」

「あぁ、あんた。丁度良かった。任せてもいいかい?」

「あぁ、勿論だとも。こう見えて得意だからね」


「げぶっ!?」


 中年女性の旦那と思しき男がにこやかに話しかけてくる。そうして妻の言葉にやはりにこにこしたまま頷いて、次の瞬間にはリーダーの腹に男のつま先がめり込んでいた。攻撃に入るまでの動作が全くわからなかった。

 そのせいで咄嗟に腹に力を入れる事すらできず、思わず横に倒れ伏した。


「がっ!? うぁっ、ギャッ!!」


 倒れた事でより蹴りやすい体勢にでもなってしまったのか、立て続けに蹴りが身体中を襲う。ダンジョン帰りで防具を身に着けているというのに、男の蹴りは的確にダメージを与えていった。

 革鎧――それも胸のあたりを覆うだけ――程度じゃやっぱ大した役に立たねぇのかなぁ……とどこか現実逃避まがいの事を一瞬だけ思い浮かべたが、恐らく金属製の鎧であったとしても結果はそう変わらなかっただろう。


 ぎゃあ、とかひぃ! とか自分が上げた覚えのない声が聞こえるな、と思って視線を動かしてみれば、どうやら残されたもう一人の仲間も別の男たちに殴られたりしているところだった。

 殴り合いの喧嘩であればまだしも、一方的に殴られるだけ。完全にサンドバッグだった。


 殴られたり蹴られたりして、全身がズキズキと痛む。目の前が時々暗くなったりしている気がする。顔面が腫れて瞼が下がっているのだろうか、視界が妙に狭かった。


「あらまぁ、随分酷い顔になっちゃったわねぇ……」

 老婆のそんな声が聞こえたが、老婆がどこにいるのかがわからない。音の位置から普段はすぐに場所を割り出せるはずなのに、なんだか四方八方から聞こえているような気がするのだ。


「でも仕方のない事なのよねぇ……あなたたちのせいで私たちまで人工精霊貸してもらえなくなったらとても困るもの。貴方たちはきっと自分のせいで周囲に迷惑がかかっても気にしなかったのでしょう? 私もね、貴方たちの事はどうでもいいのよ。そんなどうでもいい貴方たちをどうにかする事で人工精霊を今まで通り貸してもらえるのなら、勿論そうするわぁ」


 おっとりとした女の声。そこからは本当に自分たちの事などどうでもいいというのが滲んでいて、今更助けてくれとみっともなく縋った所で意味がないのだと知らされた。

 自分たちが軽んじた人工精霊よりも今の自分たちは価値がない、そう断言されている。


「とりあえず話し合って二人をどうするか決めたんだけど。

 地下と闘技場、どっちがいいかしら?」


 ぐわんぐわんと痛む頭のせいで、最初何を言われたのかすぐに理解できなかった。そのせいだろう、答えるのが遅れたのは。


「地下で、ちかでおねがいします……ずびっ、うぇっ……」

 リーダーがこたえるよりも先に仲間の男がこたえてしまった。


「あら、地下を選んだの。まぁ……じゃあいいわ。こっちの彼が闘技場ね」


 女の声がする。けれどそれが誰が言ったのかがリーダーにはわからなかった。


 リーダーも仲間も、同じように男たちに連れられて運ばれていく。

 闘技場はわかるが、地下とはどこをさしているのだろうか……そんな疑問は勿論あったが、質問できるような余裕は今のリーダーにはなかった。それどころか下手に何か喋ろうとすると口の中が酷く痛む。

 自分の足で歩ける程の余裕はなく、街の男たちに運ばれているのもあって、リーダーの意識は知らぬ間に沈んでいった……



「ジェイドさん、これがワシらの判断だ。生温い、というのならもっと悲惨な目に遭わせてやってもいい。だからどうか、せめて今まで通りワシらに人工精霊を貸してくれんか?」

 そう言ってきた老人は村長だとか町長だとかいう立場ではないけれど、それでも長くこの街に住んでいる者だ。そんな彼はしわくちゃの顔を更にしわくちゃにさせて、なにとぞこの通り、ともみ手をしている。


 ふむ、とジェイドは一考する様子を見せた。


 元々あいつらは殺そうと思っていた。そりゃあ、作り方は教えている。だからこそジェイドの部下にあたる魔術師たちも作れるのだ。とはいえ、基本スペックが違い過ぎるわけだが。

 作り方を理解できていたとしても、そこまで簡単にぽんぽこ増やせるわけでもない。時間をかけてようやくそれなりの数になってきたところなのだ。

 それを、他にもいるんだからとかいう理由で軽率に粗末に扱われて失うような事になってはとてもじゃないがやってられない。

 そしてああいった手合いを野放しにして他にも同じような連中が増えたらそれこそ面倒だ。

 ああいうのに限ってこちらが貸す事に難色を示せばああでもないこうでもないと文句ばかりは一丁前に言うのだから。


 とはいえジェイドが直接手を下すとなると即死確定だ。どうせならヴォイドと同じ目に遭わせてやろうかとも思ったが、飲まず食わずの労働をさせても彼らは普通の人間だ。数日で終わってしまう。

 ヴォイドに本来支払われるはずだった料金分となるかはともかく労働させてその稼ぎはこちらがまるっと頂けば、彼らもあの時のヴォイドの気持ちを少しくらい理解するかもしれない。精々絶望しろ。


「そうだな。わざわざかわりに手を汚してくれたんだ。今回の件で他の者に精霊を貸し出すのをやめる、というのは無かったことにしておこう」

「ありがてぇことです」

 好々爺の顔をして笑う老人だが、内容を考えるととんでもなく醜悪だ。けれどジェイドもまた似たようなものなのでそれを気にする事もない。




 ――数日後。


「ただいま」

「あぁ、お帰りヴォイド」

「戻ってくるのに苦労しちゃった。あの人たちはどうしてる?」

「なんだ、見てないのか?」

「うん、まだ本調子じゃないからね」


 ジェイドの研究所に他の人工精霊に連れられてヴォイドが戻ってきた。


 いくら能力がガクッと落ちたとはいえヴォイドは人工精霊だ。普通の人間よりも余程頑丈であった。

 あの時、吊り橋から落下したその先は川が流れていた。随分な高さから落ちたので着水の衝撃はとんでもなかったけれど、普通の人間であれば間違いなく死んでいただろう状況を、しかしヴォイドは生き残った。幸い川の底にはいくつかの鉱石があり、そこからどうにか魔力を回収したので川の底に沈む事だけは避けられたし、そもそも彼らの様子を他の人工精霊を通して見ていたのだからああなった時点でジェイドは他の人工精霊にヴォイドを救出に向かわせていた。


 彼らが使った転移方陣はいつまでも存在していたわけでもなく、人工精霊を迎えに寄越した時点で消えていたが特に問題はない。

 人工精霊たちには一度だけ緊急事態にダンジョンの外に脱出できる能力を備えさせている。

 ヴォイドにもそれはあったけれど、彼の場合は力が消耗しすぎて上手く使えなかった。

 彼らが支払いを滞らせてしまった時に一度ヴォイドが引き返した方がいいんじゃない? と言った時点で引き返すを選択していれば。

 あの時はまだヴォイドも彼らを連れてダンジョンの外にパッと戻る事ができたのだ。今回は迎えに来た人工精霊の能力でダンジョンから脱出し、こうして戻ってきたというわけだ。



「それで、あの人たちはどうしたの?」

「あぁ、あいつらか。義憤に駆られた街の人たちの手で然るべき場所に送られたぞ」

「そうなんだ」


 ヴォイドはそれ以上聞いてこなかった。そもそも見た目は人に限りなく近くしてあるとはいえ、中身は別物だ。あいつらに復讐したい、なんて言いだすとは思っていなかったし、そもそも特に愛着があるわけでもないのだから、無関心を貫くかとも思っていたのだ。どうしたのか、と聞いてきただけでもジェイドにとっては少しだけ驚くものであった。


 深くは聞かれなかったけれど、女たちは今必死になって娼館で働いているらしい。そもそもお互い娼館を追い出されれば行きつく先は人生の終焉だ。望んでいない身売りであってもそこに必死にしがみつくしかない。


 地下を選んだ男冒険者は下水施設の清掃という仕事を与えられるようになった。

 逃げ出そうと思えば逃げられるかもしれないが、その足には鉄球付きの足枷がされているので逃げた所ですぐに捕まるだろう。

 下水に飛び込むという暴挙に出るとも思えない。というか、足枷のせいで最悪溺死だ。それもとんでもなく汚れた水の中。死に場所としてはどうかと思う。

 一応休憩と食事は許可されているし、解放されるまでは長い年月を要するけれど上手くいけば生きて出られる。


 とはいえ、その頃にはきっともう冒険者としての復帰はできないだろう。



 残るリーダーだが、彼は闘技場で剣闘士として戦わされる事になった。

 怪我をある程度治されてからの出場だったため最初は楽勝だと思っていたようだが、あの闘技場はヤラセ一切無しだ。見ているだけならあいつくらいなら自分にも勝てそう、と思える戦いも多々あったようだが、実際参加してその考えはすぐさま粉砕されただろう。

 圧倒的な強さがあるわけでもなく、また魅せる戦いができるわけでもない。

 勝ててもギリギリ。泥臭い試合が好みだという客にはそれなりに支持されていたようだが、その人気も闘技場の花形スターと比べれば雲泥の差だ。


 最終的にある貴族が観客として行った時に、彼は捕えてあった魔獣との一対一の戦いをさせられ――生きたまま魔獣に食われた。

 恐らくは、彼が闘技場で戦うようになってから一番の盛り上がりだったのではないだろうか。大した人気も無かった彼の人気が最も上がった瞬間がまさに死ぬ間際だった、というのはなんとも皮肉な話だ。



「何か、悩んでる?」

 眉間にしわを寄せて考え込んでいたが、ヴォイドに顔を覗き込まれひとまずは取り繕う。

「悩むというほどのものじゃない。人工精霊の見た目を人に近づけた結果が今回だ。見た目はやはり以前のままで増やしていくべきかと悩んでな」

「確かに、ボクの見た目が人に近くて、こどもっぽいからあの人たちが軽んじてしまった、っていうのは考えられるね。人工精霊だって言ってもふとした瞬間にそれを忘れてしまうのは仕方のないことなのかも」

「あぁ、今回の件でダンジョンの中であっても人工精霊に好き勝手やらかせないと知れ渡ったとは思うが……それでもふとした瞬間その事実を忘れるやつは出ると思う。

 人はどうしても繰り返す生物だからな」

「じゃあ、ボクみたいな見た目の同胞はもう生まれないのかしら?」

「その方がいいのではないか、と悩んでいる」

「そう。それは仕方のない事かもね。でも。

 ボクとしては、ボクと同じような兄弟が増えればいいなって思うよ」


 その言葉にジェイドは思わず目を瞬かせる。


「他にいる人工精霊たちは、兄弟ではないのか?」

「お兄さんやお姉さんだよ。でも、ボクだけ違うから、どっちかっていうと家族というよりも親戚ってイメージ」

「……そうか」


 家族も親戚も一族と言う点で括れば同じだろうに、と思ってしまったがそれでも考え直す。ジェイドよりヴォイドの方が余程人らしい感性を持っているように思えるが、恐らくそれは気のせいではないのだろう。


「……時間はかかるかもしれないが。

 お前の兄弟を増やそうと思う」

「いいの?」

「あぁ、仲間は多い方がいいからな」

「ふふ。それもそう。楽しみに待ってる」


 はにかむヴォイドに手を伸ばし、その頭に手を乗せる。そうして柔らかな髪を撫でてやれば、ヴォイドもまた嬉しそうにふふふと笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この話と、契約解除の話がすごく好きですね。素晴らしいざまぁ。理想的。何度も読み返したくなります。スッキリ話を有難うございます。
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